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魔術師のお仕事  作者: 雲先
魔術師ここに立つ
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2-1 目指せ魔術師の称号




 なななっ! これは一体全体どういうことなんだろう? 

 何で私は永久さんと同じベッドの上で目覚めたんだっ?! それも裸でっ?! 


 落ち着くんだっ私っ! 冷静になるんだっ私っ! べっ、別に永久さんなら私の初めてを差し出しても悔いは無いもんっ!! 


 ……特にそれっぽいことはされてないみたい。


 ……っ! 何を期待していたんだ私はっ! 私自身でも自分の妄想回路には問題が有るとは知っていたよ! けれども、こんな破廉恥なことさらっと思い浮かべてしまうなんてっ!! 永久さんに大変失礼だぞっ! 私ごとき小童が、永久さんみたいな上級魔術師、それも黒を冠してる人に、あんな事やこんな事して貰える筈がないっ!! 

 ……でも、何で私も永久さんも裸で、私は永久さんの細い腕に抱きしめられて居るんだろう? 


 ……謎だっ。




 地平線の向こうが茜色に染まり初める。その光景は、まるでのそのそとお日様が顔を出そうか出すまいか迷ってるみたいだった。きっとお日様はあと五分~って起きるのを嫌がっているんだよ。

 師走の寒空の下、私は白い息を吐きながら街並みの隙間から垣間見える地平線から視線を戻した。ネズミ色のパーカーを着た永久さんの背中を追う。


 私が永久さんの弟子として、この街に来てから始まった朝のマラソン。初めはとっても辛くて、終始目蓋が重かった。脚もなかなか前に進んでくれなかったと思う。けれども、半年を超える時間が経とうとしている今は、瞼はしっかり開いているし脚もサクサク前に進んでくれる。前は永久さんの影を追うので精一杯だったけれど、今はこうやって永久さんの背中を追いかけながら周りの景色の変化を眺めることも出来るんだよ。


 うむ、私も日々進化してるんだっ。


 永久さんの住まいである、マンションを出発した永久さんと私はすぐ近くにある森を目指してランニングを始めた。この森は都会のど真ん中に在るけれど、結構大きい。地図で見ると少し歪な丸の形をしていて、真ん中に神社が鎮座しているんだよ。マラソンのコースはこの丸い森の円周を半分ぐらい廻って、真ん中にある神社を突っ切る形になるんだ。線を引くと丸を半分にする感じになるね。


 でっ、今から円周を走り切った私達は森の真ん中、神社に向かって行くところなんだけれど……、毎朝この登り坂を見上げる度に私はう~と一回唸ってしまう。

 だって、だって、だってねっ!


「この傾斜角度! なぜお前は私を拒むように此処にあるのだぁ~っ!」


 私の目の前は、私の行く手を阻むように急勾配の坂がでんっと私達を待ち構えているんだよ。心臓破りの坂なんだ。私達の目的地はこの坂の上になる。

 壁のようにさえ思える坂に私が立ちすくんでいると、永久さんが私の背中をぱんぱんっと叩いて先を急かした。


「は~い、沙紀ちゃんゴーゴーっ! 今日は上で茜ちゃんが待ってくれてるから、止まらないでいくわよ~」


 っ! なんですとっ!? 茜さんが天上で私のことをお待ちしてくれてるんですか!? これは急がねばっ!! 


 茜さんはこの坂の上に祀られている『燈神社ともしび』の女の神主さんなんだよ。黒髪がとっても艶やかな美人さんで、永久さんの妹さんでも在るんだよ。血の繋がりはないそうだけれど、永久さんとはとっても仲良しさんで、永久さんの弟子の私にもとっても善くしてくれる人なんだ。勿論茜さんのことは私もだいだい大好きだ。永久さんと同じく、私のラブな人なんだよ。


 私の大好きな茜さんが、この急勾配の坂の上で私のことを待ってくれて居る。頑張れずに居られないじゃないかっ!

 さあっいくぞっ! 私っ! 

 この峰のような坂の向こうに私の女神さまがお待ちなのだっ!! ……




 ――すみません。私が浅はかでした。

 この大体半年の間、一度も一息に登りきれたことは無かったのに、茜さんをお待たせさせないぜぇ~って、言葉の最後にキリッて音を付ける勢いで意気込んだのがいけなかったんだよ……


 張り切り過ぎた私は頑張りが空回りしてしまったんだ。急勾配の坂を登り切った途端、うっと吐き気でうずくまってしまったんだよ。今も下手に口を開くと何か飛び出しちゃいそうだ……

 顔が真っ青になっちゃた私を、永久さんと竹箒を片手に私達を待ってくれていた茜さんが、神社の敷地にある社務所に運んでくれた。師走の冷たい空気で冷え切った私を暖かくしてくれる。


「沙紀ちゃん大丈夫? ……永久ねーさん。私の勘違いだった……かな? 沙紀ちゃん今日魔術師の試験日だったよね? こんな朝早くから倒れてしまって大丈夫?」


「大丈夫、沙紀ちゃん見掛けに依らず強い子だから、少し休めば大丈夫。魔術で体の調子も戻したし。それでね、茜ちゃん。昨日話した通り、沙紀ちゃんを魔術協会に送って欲しいの。私は先に協会に行かないとっ……あっ、いけない、もう行かないと……」


 永久さんは壁に掛けてある時計を見てそう言うと、茜さんに私のことをよろしくねって言ってから、社務所の畳の上に転がっている私の顔を覗き込んで、ニッコリ私に笑いかけてくれた。


「沙紀ちゃん、それじゃあ私は先に魔術協会に行ってるからね。沙紀ちゃんは具合が良くなるまで茜ちゃんと一緒にね」


 そこで一度口を閉ざした永久さんは、ふと淋しげな眼をした。私の顔に掛かった髪を退けながら、まるで告白するように言葉を掛けてくれる。


「私はね沙紀ちゃん、沙紀ちゃんが魔術師になろうと思ってくれて、とっても嬉しい。この前みたいなことの後でも、私のことを大好きと言ってくれた沙紀ちゃんが、私と同じ道を進もうとしてくれることがね……少しだけね、怖かった……沙紀ちゃんが私のところに来たとき、沙紀ちゃんの真っ白な『運命』を垣間見てしまったとき……魔術師になってこの子は幸せになれるのかなって……でも、沙紀ちゃんは私が最初に思っていた以上に強い子だった。自分で運命を切り開いて生きて行けると、私が信じられるくらいにね」


 永久さんの細い指先が、私の髪を優しく梳いてくれる。髪の毛を梳かれる心地よさ、私はうっとりとしながら目を細めた。

 ああ、分かった。私が永久さんのこと、こんなに大好きな理由が……


「沙紀ちゃん、私は貴女のことを信じる。どんなに辛いことに遭っても、貴女は自分の道を進めると信じる。だから、これだけは覚えて居てね? 沙紀ちゃん」


 永久さんの笑い方、微笑と世間では言うのだろうね? そうとも! この微笑が私を虜にするんだよ。

 ふっと、永久さんの影が近付いて、私はキョトンとした。私が無防備になって居る間に、永久さんはそっと私の額に口付けを落とす。それはとっても優しく、永久さんが私を大切に思ってくれていることが伝わって来る気がした。


「私は沙紀ちゃんの味方よ……絶対にね」




 永久さんが魔術協会の事務所に行ってしまった後は、茜さんが親身になって私の介護をしてくれたんだよ。聞いたことはなかったけれども、茜さんも例に漏れずとっても凄い魔術師さんなんだと思う。今も私のおでこに、さり気無く掌をかざして笑ってくれている。私には何をしているのかよく分からないけれど、とっても居心地が良いんだよ! 表現はし辛いけれど、日向のなかで寝転んでるみたい。今にもこのまま寝てしまいそう……だよ。


「沙紀ちゃん寝ちゃあダ~メ。体調も良くなってきたなら、朝ご飯にしましょう?」


 おおっ! 茜さんお手製の朝ご飯っ!? なんと貴重なっ! 

 超が付くほど料理が上手な永久さんから、茜ちゃんも料理上手よ~っと聞いていた私は、嬉々として茜さんに、はいっと返事をした。忠犬よろしく、私は畳の上に正座をして待つことにしたぞよ。毎日、永久さんのとっても美味しい料理を食べさせて貰って居る身としては、期待せずにいられないものね! 

 一度社務所の奥に消えた茜さんは、大きめの四角いお盆を持ってすぐに戻って来てくれた。私の前にお盆の上から、ラップがされたおにぎりやお惣菜の軽食と小さめのお鍋を並べてくれる。


 ……いえ、茜さんがわざわざ私のために作ってくれた物ですとも、不満なんてありませんよ? ちょっとだけ、期待はしましたですけど……そもそも、さっきまで腹痛に悶えて居た身ですから、これくらいが丁度良いのです。まさかこれ以上なんて望みませんよ? 公の奴に『お前は食べ物のことになると目の色が変わる』なんて言われたことはあったけど、ただ単に美味しい物を食べたいだけです! この気持ち、どこかおかしいで御座いましょうか? 


 私がそんなことを頭の中でつらつらと考えて居る間に、茜さんはおにぎりやお惣菜に掛けてあったラップを取って並べてくれた。それから私にさっきまでしていたように手の平をおにぎり達にかざしてから、クスクスと笑い始めたんだよ。

 あれっ? 何で茜さんは笑ってるのかな? クスクス笑われる理由が分からなかった私はキョトンとしてしまったよ。


「クスッ……ごめんなさいね。沙紀ちゃんの顔に考えていることがあんまりのも出てたから、つい……」


 続けて茜さんは沙紀ちゃん可愛いって言ってくれたけれど、私は恥ずかしさのあまりに顔を伏せて茜さんの視界から逃げた。

 ああっ! 私のお馬鹿っ! 食い意地を張るのも大概しろよ沙紀っ!! 茜さんがわざわざ私のため握ってくれた三角おにぎりだぞっ! おかずに定番の鳥の唐揚げとたこさんウインナー、だし巻き玉子にお稲荷さんまでっ! 女の子の味方、食物繊維たっぷりの温野菜と私の大好きなプチトマトもあるんだよっ! これ以上何を望むのだっ私っ!


 とにかく茜さんにお礼を言わないといけないぞ。そう思った私は恥ずかしさで真っ赤になって居るだろう顔を、無理やり上げて口を開こうとしたけれど、茜さんはまるで私が顔をあげるのを待っていたように、私の口に、えいっとおにぎりを押し込んだんだよ。


 うわわっ!?

 茜さんの行動があまりに突然で、私はあたふたとしながら口の中に押し込まれたおにぎりを咀嚼そしゃくした。おっ? 中身は焼いた鮭だよ。うむ、私の好きなおにぎりの具だ。

 って! 何を呑気におにぎりを味わっているんだ私はっ!?


「っ! ……茜さんっ! そのっ! ……とっても美味しいです。このおにぎり……」


 っ! ち・が・う・だろっお馬鹿っ! 茜さんが私のために作ってくれた物だぞっ! 美味しいに決まってるっ!

 ……だから、違~うっ!


「よかった~、前に沙紀ちゃんが、鮭が好きだって言ってたからおにぎりの具にしたんだけれど、気に入ってくれたみたいで嬉しい――」


「違うんですっ、私が言いたいのはそう言うことじゃなくて……ち、違いますっ! 誤解なんですっ! 茜さんの作ってくれた鮭のおにぎりはとっても美味しいです! ホカホカで海苔もパリッとしてますし、鮭も適度にほぐれてて……あれ? このおにぎり今作ったみたいに温かい?」


 まじまじとおにぎりを凝視し始めた私を置いてけぼりして、茜さんは自分の前に小さなお鍋を引き寄せて蓋を外した。どうやらお鍋の中身はお味噌汁みたい。

 うむ、お米にお味噌汁、これぞ日本人のそうるふーどだよ。ああ、日本人に生まれて良かった……

 とか、また要らぬことを私が考えて居る間に、茜さんはお味噌汁をお玉で優しくかき回しながら、パチンと指を鳴らしたんだよ。するとどうだろう、途端にたぶん冷めていたはずのお味噌汁から湯気が立ち初めたんだ。私はその光景に目を丸くしたよ。


「茜さん? 今どうやって魔力を行使したんですか? 呪文も唱えていませんでしたし、なんと言えばいいか分からないですけれど……凄く自然ですよね? 魔力の使い方が?」


 私の質問に茜さんはまたクスクス笑って、沙紀ちゃんも力の捉え方が上手くなったのね~って褒めてくれた。それから、先に食べてしまいましょうねって、お鍋からお味噌汁をよそって私に渡してくれる。


 あっ、今更気付いたけれども、茜さんの笑い方って永久さんにそっくりだ。流石姉妹、血縁関係は無いのにとっても似てる。そう言えば、似てると言ったら最近気付いたことだけれど、永久さんの魔力の使い方も凄い特殊なんだよ。


 私に魔力の使い方を教えてくれるときは特にどうということは無いんだ。他の魔術師の人と変わらないと思う。でも、永久さんが私に魔力の使い方を教えるとは関係なしに魔力を行使したときは、明らかに普通じゃないんだよ。私にも分かるぐらい。

 なんだろう? 茜さんの魔力の使い方も特殊だけれど、永久さんのはもっと特殊なんだと思う。自然体の次元を超えてる気がする。まるで物が高い所から下に落ちるのが当たり前のように、永久さんが魔力を行使するのは当たり前なんだ。自然じゃない。もっと先、理のようなものだと私は思う。

 永久さんはやっぱり特別なんだよ。


「沙紀ちゃん、そんなにお味噌汁に見入って……もしかして髪の毛が入っちゃた? ごめんなさいね。今取って――」


「あっ……すみません。違うんです。ちょと考え事してて……お味噌汁はとっても美味しいです」


「そう、それなら良いのだけれど……それじゃ今日の試験が心配なのかしら? 沙紀ちゃんなら大丈夫。永久ねーさんが魔術の面は心配無いって言って居たもの……心配なら、今から私がテストしてみようかな~」


 うっ……確かに試験のことは心配ですけれども……茜さん、最後になんだか音符が付きそうですけれど、私の気のせいですよね? 笑い方が私をいじる時の永久さんの小悪魔モードにそっくりですけど、それも私の気のせいですよね?


「それじゃ食べながらで良いから、試験前の最後の復習しましょう?」


 ああ、やっぱり、この人は永久さんの妹だよ。まるで獲物を見つけた肉食獣のような眼の輝き方なんて本当にそっくりだよ。

 きっと茜さんの眼に、今の私は震える野兎で、パクッと一口なんだと思った。




「それでは第一問、小手はじめに魔術の基本となる魔力の説明と、最も基本となる『色』を全て特徴も併せて説明せよ~」


 ふふふっ、この問題は毎年出ることが判ってるから、完璧なのです! 唐揚げを一つ頬張っていた私は、ゴクンッと飲み込んでから意気揚々と答え始めた。


「魔術の源となる魔力は元々自然界に存在するエネルギーで、人間は自らの『器』に魔力を貯めて、必要なときにその器から魔力を取り出して使うことにより、魔力を『行使』します。そして、この魔力には属性と云えるものが有り、それぞれを魔術では『色』で識別しています……えーと、この色には基本となる『赤』『青』『黄』の基本三色の他に『無色』『黒』が有り、特に魔術に於いて『黒』は特別なものとなっています」


 おっ、茜さんがうんうん首を縦に振ってくれているところを見ると上手く説明出来てるみたいだね?

 よしっ! 残りもこのままスルッとサクッと説明してしんぜよー。


「『赤』の属性に挙げられるものとして、先ず代表的な物は火です。尚、この『赤』に限らず各色はそれぞれの属性の代表的な物を抽象的に冠した色が当てられています……うっ順番おかしいか……えーと、『赤』は火の属性で、他の色と比べると攻撃的な面が強く、また他の色の魔術師でも簡易的な魔術なら行使することが出来る、最も人と交わりやすい色です」


 因みに、駆け出しの魔術師見習いが一番初めに教わる魔術は赤の魔術なんだよ。ロウソクに火をつけたり、消したり、火の勢いをコントロールしたりするんだ。応用で、さっき茜さんがして居たみたいに物に熱を加えたり、逆に奪ったりすることも出来るらしい……でも、なんでさっき茜さんは呪文で『精霊』を『触媒』にしないで魔力を行使出来たんだろう? 永久さんもそうだけれど、魔術師の常識を無視する姉妹だよ、まったく。


「えーと、次に『青』の属性で代表的な物は水です。青の魔術は別名『呪術』と呼ばれ結界を得意としています。あっ、さっきの赤は、逆に結界みたいな持続的な魔力の行使が苦手です。あと、青は人も含めた生き物の治癒力を高めたりすることが出来る、回復術にも長けています」


 永久さん曰わく、昔は回復術の力のおかげで他の色の魔術師より重宝がられたらしい。ただ、今も昔もお医者さんという人達は色々と染まり易くて、悪いことに手を出す人も多いそうだ。近代の魔術師の歴史でも、悪い意味の有名人は青の魔術師が一番多いんだよ。でも、悪人にならない人達も当然居て、そう言う人達は聖者とか女神様と呼ばれて居た人達も一杯いるよ。


「基本三色最後の色は『黄』で、この色は他の二つと違い代表的な属性が複数あり、大きく分けると大地と大気になります。大地は土地と植物を象徴していて、大気は風と雷を支配するものです。この黄が一番説明し難いんです……えーと、黄色は他の色と比べると力の制御が難しい反面で、術の発動までの時間が速く、また力を行使出来る範囲がとても広い特徴を持っています」


 ふう、一番難関の黄色も何とかなったかな?

 一旦息を付いた私は茜さんが私の話を聞く片手間に淹れてくれたお茶を啜ってから、頭の中でペラペラ丸暗記した筈の魔術師の友をめくった。うっ、よくよく考えるとこの魔術師の友、あっちこっち抜けてないかな……? まずい、冷や汗が出てきた。焦るな沙紀、迷うな沙紀、大丈夫。永久さんからお墨付きをこの前貰ったんだよ。心配無いっ!

 さあ、どんどん行こう!


「ゴホン……え~、先に述べたように赤、青、そして黄が魔力の基本三色と呼ばれ、一部の例外を除き、生きとして生けるものはこの基本三色いずれかの力を備えて居ると云われています」


 さあっ! 次は私の色、無色の説明だぞっ! ちょっと無色は特殊な色なのだよ。


「次に『無色』、別名『多色』は先に述べた基本三色とは例外の色となり、人だけが持つ色なのです。無色は別名が多色と云われるように、基本三色全ての属性を行使することが出来る唯一の色で、近代魔術史で最も有名な『リネシアの魔女』の色であったと云われています」


 『リネシアの魔女』と云う人は魔術の総本山『リネシア公国』の建国にも深く関係している人なんだ。聖女さまと双璧をなす、魔術師が敬う存在なんだよ。

 魔術師は宗教的な傾倒は禁じられて居るんだけれども、私はリネシアの魔女が大好きで、よく魔女さまの伝記を読むんだ。数々の大立ち回りしたお話は私のお気に入りだよ。ただ、永久さんは魔女さまが好きじゃないみたい。前に永久さんにリネシアの魔女の話を振ったら、あれは脚色され過ぎで気持ち悪いって、普段ニコニコしてる永久さんが渋い顔をしたんだ。それからは永久さんに、魔女さまの話はしてない。

 おっと、ついつい話が脱線しちゃた。えーと、話を無色のことに戻して……


「無色は基本三色全ての属性を行使出来る反面、魔術を行使するまでのプロセスが複雑であると云われており、他の色では簡単に出来ることでも、無色は習得まで時間がかかり、生涯を通して全ての色の中で習得出来る力が最も少ない、器用貧乏な色なのです」


 よしよし、この器用貧乏と言う所が無色のポイントなんだよ。ちょっと前に、同期の魔術師見習いの人達と交流を持ちましょうって集まりがあって、そこで軽くお食事をしながら見習い同士色々お話をしたんだ。けれども、私は終始顔が引きつっていないか心配だったよ。


 えーと、私は他のみんなより弟子入りがちょっとだけ遅いには遅かった。でも、正直そんなに大したことは無いと思ってた。けれども、みんなと話をして分かった。私だけあきらかにみんなより遅れてるだよ。

 大体みんな片手分位は魔術を行使出来るのが普通で、人によってはもう両手で数え切れない数の魔術を行使出来るって子も居たんだ。周りがそんな状況で私が行使出来たのは一つ、『無色壁』だけ、その無色壁の出来もちょっと怪しい状態だった。

 あのとき受けた衝撃は自他共にマイペースと認める私でさえ焦って、永久さんに泣き付かせたぐらいだ。それでね、永久さんはさっき私が説明した通り、無色は器用貧乏な色なのって教えてくれて、逆に私は無色では覚えが速い方っと言ってくれた。あとあと、沙紀ちゃんは魔術師として大成する。私が保証しちゃうっ! って犬猫みたいに可愛がられたよ。

 うん、永久さんがそう言ってくれるなら大丈夫だと思った。私はそれ以来、自分が同期のみんなから取り残されてると焦らなくなったつもりだよ。


「残る一つの色は、魔術に於いて尊崇そんすうされる色、『黒』この色は他の色と違い明確化されたものではありません。魔術師の最高峰で、絶対のものとして、特に優れた魔術師に魔術協会が一種の勲章として与える色です」


 そう、『黒』は本当にごく限られた魔術師だけが名乗れる色なんだよ。

 魔術師は名乗るとき、自分の属性を名前と一緒に名乗ることが礼儀なんだ。私がめでたく今日の試験に合格すれば『無色の魔術師沙紀』と名乗ることになるのでありますよ! そして、経験と実績を積んで魔術師のお上、魔術協会が、あなたは『世界でも』指折りの魔術師ですっと認めたなら、初めて『私は黒の魔術師です(きりっ』っと名乗れるわけだよ。ここの『世界でも』がポイント。試験にも出ると思う。


 因みに、世界中に魔術師はそれなりの人数が居るらしいけれども、『黒』を名乗れる魔術師はほんの一握りだけなんだよ! そしてっ! 私の師匠は『黒の魔術師』なのですっ! えっへん、今期の魔術師見習いの中で『黒の魔術師』を師匠にしているのは私だけなのです。永久さんのことはみんな知らなかったけれども、同期の緋乃ちゃんの師匠さんだけは永久さんのこと知ってたみたいだった。「あの人の弟子なの!? ……アナタが?」って最後に勿体ないって言葉が続きそうだったよ……そうです、私には猫に小判なお師匠様なのです。


「うん、それだけ説明出来てるなら、この手の問題は大丈夫そうね……それじゃあ次の問題は……」


 …………

 ……

 ……


 おお、遂に私の決戦の場所、魔術協会が見えて来たよ。


 燈神社の社務所で、茜さんから朝ご飯と魔術の復習を有り難く頂戴した私は、一度永久さんの住まいに帰った。軽くシャワーを浴びて汗を流した後、さささっと身支度をして、茜さんに魔術協会まで車で送ってもらっているんだ。


 魔術協会の建物は永久さんに聞いたところによると、わざと目立たないように郊外に建てたらしい、四階建ての、ぱっと見は何かの研究施設みたいな建物だ。因みにこの魔術協会の正式名称は『アジア統括支部日本魔術協会事務所関東本部』って長い名前なんだ。アジア統括支部って名乗っているから、アジア、主に東アジアで一番上に位置している場所なんだぞよ。もっと言えば、世界中にある魔術協会の中で二番目に大きい権限を持っている所でもあるそうなんだ。施設の規模だけ見れば、小さいけどね。


「は~い、沙紀ちゃん、本日の舞台に到着しました。試験が終わったら迎えに来るから、連絡寄越してね。うん、沙紀ちゃんの今までの頑張りが実を結びますように、沙紀ちゃん、ちょっと顔貸して…………うん! それじゃあ沙紀ちゃん、頑張ってね! 」


 おおっ! 私が車から降りる際に、茜さんがほっぺにチューしてくれたぞ! 

 これは茜さんの期待になんとしても応えなくてはいけないぞよっ!

 私は茜さんが運転する赤い車に、頑張ります! の意味を込めて、ブンブン手を振って見送ったよ。





「うむ、前に登録に来て以来だから、半年振りくらいかな? おーっ、窓がピカピカに磨かれているね~、いい仕事してますね~…………」


 うっ……緊張してきたのかな? 明らかにへんてこなこと口走っちゃってる……

 いかんっ! 迷うな沙紀! 突き進むんだ沙紀! 今日のために今まで頑張って来たじゃないか! お前なら大丈夫だぞ! 玉砕覚悟で突き進めっ! ……ぎょ、玉砕はしちゃ駄目だぞ私……


 緊張を和らげようとした私は、少し大袈裟なくらいに大きく深呼吸をした。ふぅーっと息を吐いてから、瞼を閉じて思いを巡らせてみる。


 私が魔術師を目指すと決めてから、もう半年を過ぎてるんだ……長かったような短かったような……、泣いても笑っても、今日の結果次第で私は魔術師になるんだね……こけるのはこの際無視、考えないぞ。


 魔術師になる、ふと思いつきで私は漠然と魔術師になった自分を思い描いてみようとした。けれども、なかなかその像を見出すことは出来なかった。少し不安になる。こんな私が立派な『魔術師』と云う存在になれるのかな? 今更になって心配になった私は、どうしてそう思ってしまうのか考えて、今度は簡単に、自分なりの答えを出せた気がした。


 閉じた目蓋の裏に、とっても淋しげに笑って居た男の人の姿が浮かび上がってくる。魔術という力に魅入られ、道を外してしまった人。

 私が立派な魔術師になった自分を思い描くことが出来ない理由は、果たして、私もあの人のようにならないとは言い切れないからと、思ってしまうからなんだ。


 永久さんはこの半年を超える時間、私に魔術の基本と言えるものを教えてくれた。思い返すと、常に魔術と言う力の恐ろしさと合わせて教えてくれていた。

 正直に白状するとね、その恐ろしさ、私はあんまり熱心じゃなかったんだ……でも、輝樹さんの一件は、私に頭から冷水を浴びせかけた。


 魔術と云う『力』を得て生まれた私達は、一緒に『弱さ』も併せ持つ存在……あの人はそれを私に知らしめたんだ。



 『……妹を助けて下さい』


 永久さんの背中に隠れていて、輝樹さんが最後にどんな顔をしていたのか私は知らない。ただ、もしかしたら笑っていたのかもしれないと思う。日向のように、最後も……だって、直前まで永久さんに自分の不始末を押し付けてしまって申し訳ないと言いながら、永久さんならどうにかしてくれるっと、漠然とした安心に満ちていたように私には思えたから……


 でもね、やっぱり最後は泣いて居たんだと私は思うんだ……涙は直接流さなくても、心のなかで…………


 目蓋をゆっくりと開いていくと、お日さまの光があの人の像をあっという間に掻き消していった。あの時のように……

 輝樹さんは消えてしまった……けれども、輝樹さんは確かに居て、妹さんの身を案じて居たんだよ……

 唐突な考え方になるけれども、輝樹さんは可哀想な人だったと思ってしまうんだ。だってね、本当は自分の力で妹さんを……守ってあげたかったんだと思うんだよ。えーと、悪の組織から? 


 そこまで考えた私は今更だけれども、輝樹さんが最後までその身を案じて居た妹さんが気になって来た。

 これは私の勝手な希望になってしまうけれど、ある意味で輝樹さんが自分の命を犠牲にしてまで、永久さんに悪の組織から守って欲しいと願った存在だもの。私は妹さんに幸せになって欲しいぞよ。


 よしっ! 試験が終わったら永久さんに妹さんのこと聞いてみよう。もしかしたら、輝樹さんの妹さんのこと永久さんが知ってるかもしれないからね。

 うんうん、そうしよう。

 自分が出した行動計画に、一人満足した私はコクコクと頷いて、ついでに腕組みなんかしたりした。そうしたらね、神様はそんな私をスッゴくお気に入りになったんだと思うんだよ。ご褒美にとびきりの出会いを、私に与えてくれたんだ。




 誰かのクスクス笑う声が、背中の方から聞こえた。私はハテナマークを頭に浮かべて振り返ったよ。


 透き通るような髪の毛をお嬢様風のツーサイドアップにした、私と同じくらいの女の子がそこには居てね、手で口元を隠しながら笑っていたんだよ。

 おっ、なんだか日本人離れしたとっても美人さんな子だね。笑い方もなんだかすごい自然と……激かわいく出来てる。


 う、羨ましい、あんな風に私はかわいく笑えないからね……前に公から、沙紀の笑い方はお淑やかと言えるものは皆無だなって、言われたことがあるくらいだからね……それにしても公の奴っ、今更だけれども、もうちょっと言い方は無かったのか! お淑やかさは無いけど、愛嬌があるとか! 


 女の子は私が公に対して内心で怒っていたことを、自分を怒っていると勘違いしたみたいで、一度軽くせき払いした後で、私に悪気はないと示すようににっこり笑ってから、ごめんなさいって謝ってくれたんだ。

 いえ、違うんです! 貴女は悪くないのですよ! 全て公の奴めが悪いのです! せき払いして誤魔化す動作も、にっこり笑う姿も可愛い貴女は正義なのです!


「ごめんなさい、悪いとは思ったんですけれど、貴女を観察していたら、とっても面白くて……ごめんなさい」


「え~と、気にしないでください! 可愛い貴女は正義なのです! ……それで、その、観察って?」


 女の子はまたクスクス笑ってから、実は私が茜さんの車から降りてきた来た所から、私のことを見ていたと教えてくれたんだ。


「今日ここに来たということは、貴女も魔術の道を志す人なのでしょう? あっ、ごめんなさい、先走ってしまいましたね」


 女の子はふんわりと笑って、右手を胸に持っていった。

 およっ、これは魔術師同士が挨拶する時の礼儀作法、その一だ。初対面用だよ。


「初めまして、魔術師を志す者、名前を瑠璃と言います。今日は魔術師の試験を受けるためにここに来たんですけれど……貴女も魔術師を志す者ですよね?」


「あっ、はい、そうです! えーと、こっ、こちらこそ初めまして、瑠璃さんと同じ魔術師を目指しています沙紀です! よろしくお願いします!」


 瑠璃さんは一瞬だけキョトンとした後、貴女は面白い人ですねって、またクスクス笑い始めたんだ。

 あれ? 私なにかおかしかったかな? 


「くふっ……ごめんなさい、こう笑ってばかりだと気分を悪くしてしまいますよね? 仕切り直しをして、えーとですね、私も貴女と同じ見習い未満の人間ですから、お互いに堅くなるのは止めませんか? 貴女がよければさん付けも止めましょう」


「あ~、なるほど、確かに瑠璃さん……瑠璃……瑠璃ちゃんの言う通りだよね。うん! それじゃあ改めまして、仲良くしようね瑠璃ちゃん!」


 うむ、やっぱり友好のしるしは握手だよね!

 私は永久さんから、沙紀ちゃんの笑顔は太陽の輝きよ~って言ってもらった笑顔を浮かべて、右手を瑠璃ちゃんに差し出したんだ。

 でもね、なんでだろう? 私はてっきり直ぐに手を取ってくれるものだと思ったんだけれど、瑠璃ちゃんは何かに迷ったふうに一瞬だけ目を伏せてね、私にはそれがとっても辛そうに見えたんだ。


「? ……瑠璃ちゃん?」


「あっ……ごめんなさい。こちらこそ、仲良くして行きましょう沙紀」


 瑠璃ちゃんはまた可愛く笑って、何事も無かったみたいに私の手を取ってくれた……でもね、なんでだろう……この時、瑠璃ちゃんの笑顔に私はあれ? って思ったんだよ。この笑い方、何処かで見た気がする……

 とっても些細な違和感。この時の私にはそれがなんだったのか、考えるまでは至らなかったんだ。

 そう、ただとっても悲しそうな笑い方だなって、思っただけだったんだ。


「よーしっ、それじゃあ私達の戦いの場に……しゅぱ~つ!」


「くふっ……お~~っ」





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