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魔術師のお仕事  作者: 雲先
魔術師ここに立つ
1/10

1-1 始まりは絶体絶命

 ねえ、沙紀ちゃんは知ってる? 運命のお話。


 むか~し、むかし、運命の神さまが居ました。

 運命の神さまは絶大な力の持ち主で、その所為かとても傲慢な考えの持ち主でもありました。

 運命の神さまが傲慢な考えになってしまったのは他の神さまの所為でもあるんだけど、詳しくはまたその内に……


 あるとき、運命の神さまは気付きました。自分が一番大きなことを、自分が一番強いことを。

 運命の神さまはとても傲慢に他の神さまを疎みました。蔑みました。

 でも、運命の神さまの傲慢な考えに他の神さまは怒りました。それでね、運命の神さまを二つに分けてしまったのです。


 運命は二つに分かれました。『始まりの運命』と『終わりの運命』に。

 運命の神さまは怒りました。傲慢な考えのもと、復讐を誓います。


 それでね、ここ重要なことなんだけど、運命の神さまが誓った復讐は今も達成されていません。

 今も、運命の神さまは復讐の機会をうかがっているです。


 私達を巻き込んで……




 目の前に広がるのはオレンジ色の火炎の壁。

 私はその火炎の色の温度だけで自分の眼が焼けてしまうんじゃないかな? と馬鹿なことを頭の隅で考えて、ふふふっと力無く笑ってみた。

 もしこのまま力尽きたら目の前に迫る火炎に私は焼かれてしまうに違いない。


 私は沙紀。只今『魔術師』になる為に師匠の元で魔術を学ぶ、見習い魔術師なのだよ! ……大きな声で『見習い』って言うのもあれだけど……


 ともかく、私は見習いだけど魔術が使える魔術師で、魔術師である私はいま目の前に迫る炎を魔術を使って防いでいるのだよ!


 そう! ことの始まりは私がアルバイト先から帰る途中の地下鉄のホーム! 今日も一日バイトに精を出したわたくし、沙紀は来る魔術師認定試験に向けて、怒濤のペーパーテスト対策に健気に頭を悩ませて居たのであります! 


 そんなわたくしに神様はきっと悪戯心をくすぐられたに違いありません! 迫る魔術師認定試験に向けて前哨戦をご用意していたのです!! 


 ふっと気が付けべば、人もまばらな地下鉄に立ち込めます、白、白、真っ白!! なんと地下鉄中に真っ白い煙が立ち込めていたのです!! 

 ややっ!! これは何事!? っとわたくしは騒然となる地下鉄のなかで呆然自失! 気付けば目の前に迫る炎の壁!! 後ろにはまだ逃げ遅れている方々の姿!!

 わたくし、沙紀はこの時悟ったのです!! 魔の力の道に生きると決めたわたくし、今ぞ真価の発揮する時だぁ~!!


 ――っと勢い込んでみた……けれども、やっぱり現実はそんなに甘くなくてね、初めの勢いはどこへやら……今の私はとっても辛い状況に追い込まれてたんだよ。

 どれぐらい辛いかって言えば、マラソンで全体の半分を過ぎた位かな? やっと半分過ぎたと思ったのにまだ半分も残ってるの~!! って項垂れるぐらい私は追い込まれてる。

 でも、そう考えるとマラソンと違って今は全然先が見えないから余計に辛かったり……それなら回れ右してこの壁と化してる炎から逃げ出せば良いんだけれど、でも現実はもうちょっと複雑なんだよね。


 私はペタンって膝を付いて座り込んだ。俯き加減に両手を前に突き出しながら、魔術を行使するために師匠から教えて貰った呪文を定期的に唱え続ける。……本当はね、一回唱えれば行使――魔術を使い続けることは出来るはずなんだけど――うう、これが見習い魔術師と一人前の魔術師の差なんだよね。私は魔術を行使し続けることは至難のワザなんだよ。

 そんな事を考えながら私は後ろに少しだけ眼をやって、さらに気持ちをブルーにしてみた。


 私の後ろには地下鉄の駅中に充満した煙でゲホゴホやってる人が三人。この三人は私が必死になって炎を食い止めてたにも関わらず、この地下鉄の火事に巻き込まれて逃げ遅れたトロイ人達――まあね、私もそうだけど――ともかく、後ろの三人がどうにかして逃げてくれないと私も逃げられないんだよ。


 もうこれはどうしようも無い。私は自棄になって後ろの三人に向かって声を張り上げたんだ。


「ねえ!! お願いだからさっさと逃げてよ!!」


「あ……うっ……ま、魔女!!」


 三人の内の一人が途端に叫んだと思ったら他の二人も似たような声を上げて駅の出口に煙に巻かれながら逃げていった。私は慌てて、ちょっと待ってよ!! って呼び止めようとしたけれど、あっという間に二人は何処かに行ってしまった。後に残ったのは私と私のことを『魔女』って叫んだ人だけになっちゃた。


 私はもうトコトン項垂れた。今度は視線を迫ってくる炎に向けたまま、後ろにまだ残っている人に声をまた張り上げる。


「一つ言わせてもらうけどっ! 私は魔術師見習いで、魔女じゃないからっ!! それよりあなたもさっさと逃げてよっ!!」


 そう、私は『魔女』じゃない。『魔術師』見習いなんだよっ! これ結構重要! 『魔女』は『魔術師』の中でも人でない存在、魔女の場合は『悪魔』だったり『使徒』に力を分け与えられた人。私みたいな『能力者』の中でもエリート中のエリートなんだよ。ただし、近代史に於いて『魔女』は確認されていないっと、これは明日のテストで絶対に出るはず……って、私なに呑気に魔術師の手引き思い出してるんだろ!? いまそれどころじゃないのに!!


 もう頭の中がパニック状態。本当に私このままじゃ死んじゃうかも? 

 私はブンブンって思いっきり頭を振って祈るように呪文をもう一回唱え直す。でも今まで経験のないくらい魔術を行使し続けてた私はもう限界に近かった。呪文を唱え直しても炎を防いでいてくれた見えない壁は炎の勢いに負けてどんどん私に近づいてくる。見えない壁越しに伝わってきた熱気に、もう私は眼を開けていることが出来なくなっちゃたよ……。


 ああ、こんなことなら一般人なんて助けるんじゃなかったな~私一人だけならなんとかなったのに……私がそこまで考えて、いよいよ前に突き出している私の手のひらに我慢出来ないぐらいの熱気が当たった。私は咄嗟に手を引っ込めて、代わりに頭を抱える体制を取って来るはずの痛みと苦しみに身構えてみた。

 ――そんなとき、私の頭の中を掠めるのは、この前貰ったバイト代の明細と冷蔵庫のなかにある私のお師匠さま特性のプリンだった。


「あつあつあつあつあつぅ~い!? …………あれ? 熱くない?」


 私は遂に限界を超えちゃったのかな? それとも私の体は知らない間に耐火仕様になってたとか? 私は来るはずの痛みとか苦しみが来ないことに唖然とした。恐る恐る顔を上げて眼を開く。私はそのまま息を止めて文字通り固まってみたよ! 


 いま私の目の前は炎の壁の真っ赤から今度は真っ黒な壁になっていて、あんなに私を焼き尽くそうとして迫ってた筈の炎は何処にも見当たらない……これはあれだね? 雰囲気から言っても死後の世界ってやつですか?


「あ~、なるほど、ここが死後の世界で、少ししたらイケメンの天使様が私を迎えに来てくれるっと……」


 私がそんな声を上げたら途端に私の後ろからクスクス笑い声が聞こえてきた。ガバッと勢い良く後ろを振り返って、私はそこにいた人にますます困惑、混乱してみた。


「永久さんなんでこんな所に? ――って永久さんも死んじゃったんですか!? いや! そんなわけ無いですよね? 永久さんなら笑顔でお迎えの人なんて追い返しちゃいますもんね!? それどころか天使さまの羽むしり取って剥製みたいにしちゃいますもんね!? 」


「沙紀ちゃん……私、永久がとこしえの黄泉の国からのお迎えだったら……どうしてみる?」


 クスクス笑う姿がとっても良く似合うその人は私のお師匠さまであり、名前を永久さん――本人曰く、終わりを知らないらしいその人は――特別な魔術師しか着ることを許されない『黒』の外套の裾を託し上げて私に向かって座り込んだ。私の頭を小さな子供をあやすみたいにポンポンって叩いてまたクスクス笑いかけてくれる。

 あう~駄目だ。ダメ駄目だ。私は思いっきり永久さんの腕の中に飛び込んで、ワンワン、ポロポロ泣き叫んだ。


「う~っ、永久さん怖かったんです~! だって、だって!! いきなりボワッって来て! ギャーギャー騒いで! 揉み苦茶にされちゃって!! 気づいたら真白で!! 」


「あ~っと? はいはい、沙紀ちゃん。怖かった怖かった。もう大丈夫だから、少し落ち着こうね~? 」


 何時までも泣き止まないで支離滅裂なことを口走っている私。そんな私の頭を永久さんは抱きしめてくれながら、またポンポン優しく叩いて落ち着かせてくれる。

 私はもう好きなだけ泣き喚いた。やっと永久さんの温かさに安心して泣き止んだよ。


 だけれど! 今度は永久さんの後ろに人影を見つけて、今度は露骨に顔を目一杯顰めてしまった。

 だって! 私のことを魔女って指差した人がまだポケ~ってそこで腰抜かしてるだよ! ちゃっちゃと何処かに行っちゃえばいいのに!! って思ってたらその人はヘナヘナって突っ伏して倒れちゃった。


「え~と、永久さん。あの人はどうするんですか? ……って!? それよりなんでここにいるんですかっ!? あとあとっ! この黒い壁って何なんですかっ!? あの炎の壁はどこにっ!?」


「はいはい、沙紀ちゃん後で答えて上げるから、今はここから離れましょうね~?」


 永久さんはまた私に笑い掛ながらヘナヘナって座り込んでる私を立たしてくれた。ぱっぱっと服についた埃をはたいて落としてくれる。

 あぅ~少しでいいから私にその落ち着きと余裕を分けて欲しいぞよ。


 私を立たせた後、永久さんは倒れてた鈍間な人に向かってペラペラ呟いて――多分、呪文かな? ――まだ煙が充満している駅から私の手を牽いてくれる。外に続く今は止まっているエスカレータをゆっくりと登っていった。


 途中、私達とは入れ違いに消防隊の人達が駅の中に入って行った。私はその防火服を着込んだ消防隊の物々しい雰囲気に、私は驚いて、それから慌てた。

 だって! 私たち魔力を行使する『魔術師』は世間一般の人達からはアウトローな存在に見られてるんだ。もともと『魔女』って呼び方が蔑視の意味になったのも世間一般の人達が要因なんだよ。これも明日のテストに……あぅ~まだ私、完全に落ち着きを取り戻しきれてないみたい……

 頑張れ私、落ち着け私、こんなんじゃ明日のテストは取れないぞ!! ……ダメだね私、ボロボロだね私……


 私はエスカレータを昇りながら一回息をついた。それから前に見える、黒い背中にもたれ掛かるみたいにに抱きついた。私の気持ちを察してくれた永久さんは一回止まって笑いながら「大丈夫、大丈夫」って手を握って残り少なくなった段差を登って行ってくれた。

 でも、エスカレータを登り切った私の目の前にはこれまた私をビビらせて逃げ腰にさせる光景が広がっていたんだ。私は気が遠くなる気がして永久さんに引っ付いた。


 だって!! この寒空の下、テレビのニュースで見る光景が目の前に広がってたんだよ! 消防車と救急車が何台もあって、赤色灯が眩しくて眩しくて、ワンワン、ガヤガヤ地下鉄にいた人達が騒いでるし、なかには泣いてたり、ケガの手当をしてもらってる人もいる。よく見れば私の後ろにいた人も混じっていて、私は出来るだけ人の眼に触れないように永久さんの細い線に隠れた。


「なかなかの大事になってるみたいね……あっ、沙紀ちゃん大丈夫よ。今私と沙紀ちゃんには『影薄』を行使してあるから普通の人達には私達は見えないからね」


「……永久さん、先に言ってくださいよ~もう! ビビったじゃないですか!」


 やっと落ち着きを取り戻した私は歩き出した永久さんの後に付いて行った。気になって地下鉄を振り返る。原因は何だったんだろう? と考えた。

 地下鉄に電車はまだ来ていなかったし、よく考えれば火が出てから広がるまでが異常だったと思うんだよね? 地下鉄に私は詳しくないし、火事の事なんてさっぱり分からないけれど……

 考え事をしながら歩いていた私は、永久さんが立ち止まったことに気がつかないでバフンって永久さんの背中に飛び込んだ。


「うぎゅ~、永久さんどうかしたんですか? あっ! フィットちゃん車屋さんから戻ってきてたんです……ね」


 永久さんの視線を追えば、そこには見慣れた白い車が主人の帰りを待っていた――けど、ワイパーに挟んである黄色い紙に私は顔を引き攣らせた。もっとも、顔の引きつり具合は持ち主に及ばないけれど。

 いつも余裕が顔に出ていると言っても過言じゃないって言うぐらい笑ってる永久さんが、顔を引き攣らせながら私を置き去りにタッタッとフィットちゃんに近づく。白い車の上で異彩を放つ黄色い紙を取り上げて、私が永久さんと知りあってもう随分にもなるにも関わらず滅多に聞いたことのない深っ~いため息永久さんはついた。それを聞いて、私は苦笑いしたよ。うむ、可哀想だ。


「あ~、永久さん? 車屋さんからフィットちゃん引き上げてきたところだったんですね……取りあえず乗りましょう?」


 永久さんはもう一度ため息を付いてから、車に私と一緒に乗り込んでキーを回す。途端に僅かな始動音が耳に届いて、私はほっと助士席に体を預けて息を付いた。


「災難だったわね沙紀ちゃん。でも、沙紀ちゃんが行使してた『無色壁』はなかなか上手く行ってたから良かったよ。相手もこれに懲りて大人しくしてくれれば良いんだけれど……」


「へっ? 相手? 大人しく? 何の事ですか永久さん?」


 車のエアコンの噴出し口から出始めた温かい風。それと一緒に出た永久さんの言葉に私は眉をひそめて問いかければ、ハンドルを握った自称二十一歳のその人は、私が知っている誰よりも可愛く笑って爆弾発言をポロリってその口から出してくれた。


「あのね、沙紀ちゃん。さっきの地下鉄の火事は魔の力を使った『魔術師』の仕業だったりするのよね」


 うん、正しく今の私を表現するなら、開いた口が塞がらないってやつだね? 






 永久さんが地下鉄から車を走らせて少し、見慣れた建物が見えて来た。私は車中で永久さんを質問攻めにしていた口をようやく止めて、代わりに息を吐いた。


「沙紀ちゃん、私は車を車庫に入れてくる来るから先に上がってて」


「分かりましたけど……大丈夫ですか? 車屋さんから戻って来たその日のうちにまた逆戻りなんてならないですか?」


「……沙紀ちゃん? 実は怒ってる?」


「いいえ~? 怒ってなんていませんよ~? 実は永久さんが、私がゼイゼイ言いながら無色壁を行使していた時に、後ろで様子をあたたか~く見守ってたことなんて、全然気にしてなんかいませんよ~」


 私の言葉に永久さんは仕方がないな~って笑いながら後で埋め合わせをしてくれることを約束してくれた。永久さんはそのまま私を置いて車を車庫に入れに行った。その後ろ姿を見送って私は目の前の建物を見上げる。


 ここは良く言う住宅地と呼ばれる所の一角だよ。私の目の前にある建物は四階建ての、高級とは付かないけれど雰囲気の良いマンションで、さらに言えば私が厄介になっている永久さんの部屋があるんだ。正直言って自称二十一歳が一人で住むには場違いな所だと思う。因みに一階には私もお気に入りの喫茶店『フェアリーテイル』が入っている。このお店のチーズケーキと甘めのエスプレッソのセットが堪らなくって……って、グチグチ言ってないで、さっさと中に入って温まろう。


 私はエントランスから二階にある永久さんの部屋、私が居候している部屋に向かってエレベーターに乗り込んだ。僅かな浮遊感か心地良く私に掛かって、知らず知らずの内に今日何回目かのため息を付いた。疲れた~よ~って小さく呟く。

 でも、私が疲れたなんて呟くにはまだまだ早すぎたと、エレベータの扉が開いた先に見えた人影で気が付いちゃった。


「げげっ! ……なんでコウがいるの!? 今日は平日でしょう!?」


 私は永久さんの部屋の前で呑気にあくびをしてる男に向かって、ビシッっと指を差して問題点を指摘してやる。だって! この男、公は私と同い年で十六歳――そう言えば先週で十七歳か――で私が魔法使いになるために諦めた高校に通ってるはずなんですよ! ええ勿論、お昼ちょっと過ぎたぐらいの今の時間にここにいてはいけない人間の筈なんですよ! って! まさかこの男!


「アンタっ! もしかして学校サボって来たんじゃないでしょうね!? きっとそうだ! そうに違いない! なによ何よ!! ちょっとばっかりテストで点数取れるからって高校中退した私に対する嫌味なの!? そうなの! 赤点でも取ってしまえばいいんだ!!」


 私の絶叫ともいえる言葉にも公は私を馬鹿にしたみたいにニヤリって下品に笑った。両手を小さく振ってここ最近の口癖を口にする。


「ハイハイ、おバカな沙紀ちゃんちょっと落ち着こうか? まずはチャチャと鍵開けてくれ。二十分も待ちぼうけしてたから手が悴んじまったぜ」


 なんと横暴な奴なんだろう! この男は!! 学校をサボったうえに私を馬鹿呼ばわり! 確かに一回しか受けてない高校のテストは赤点だらけだったけど! あまつさえ、私に鍵を開けろだ~ぁ!! 

 私は息を肺にいっぱいに吸い込む。これでもかってぐらいに吸い込む。目の前にいる横暴極まりない男を少しでもギャフンと言わせてやる為に吸い込む。もとより、部屋に上げるなんて言語道断だ! 怒鳴りつけてやる! 


「ふっ!? ふがががっ!!??」


「は~い、沙紀ちゃん、公ちゃんが来てくれたから嬉しいのはわかるけど、あんまり大きな声は出さないでね~」


 私の怒鳴り声は後ろから来た永久さんの手で強制的に不発に終わってしまう。けれど! 今度は永久さんの発言に私は頭に血が登ってしまったぞよ。

 だって! 公ちゃんが来てくれたから嬉しい!? それは違いますよ永久さん! 全くもってその認識は誤解なんですよ! 私はこの男が来るたびにいつも何時も気苦労の連続なんですよ! この男は私の天敵、いやいや私のテキなんですよ!


 永久さんは私を腕の中でモガモガ藻掻かせている間に部屋の鍵を開けて公を中に入れてしまった。私は諦めて大人しくするしかなかった。そんな大人しくなった私を永久さんはお得意のクスクス小悪魔笑いを浮かべて、腕を解いて部屋の中に入ってしまう。なんでだろう? 何時も公の奴を追い返すことが出来ない。

 あ~っ、なんか私流されてないかなぁ~? いやいや! 違う! 私の周りがマイペースな人が多いだけだ。きっとそうだ! そうに違いない……

 私はガックリと肩を落として部屋の中に入った。


「ただいま~……」




 白いカップに注がれる黒い液体。程よく湯気をたたせているそれを永久さんは三つ用意してから、その内の二つに乳白色の液体を僅かに付け足していく。妖しく銀色に光るかき混ぜぼうで混ぜて、黒かった液体は変色していった。最後に金色に光る小さな小瓶から、これもまた先程と同じく妖しく光る匙を使って、白くて木目が細かい砂をカップに一杯、二杯と入れてまたかき混ぜれば……魔術師として指折りの永久さんが作ったコーヒー、ミルク、砂糖多めの出来上がりなのだよ!


 まだまだ熱々の永久さん特性のコーヒー、ミルク、砂糖多めを私はフーフーしながらすすって、今日は異常に多いため息をついた。これに公は欠伸をかみ殺しながらお疲れですね~沙紀様、なんて! おちょくって来るんだよ! 公の奴め、私の至福の一時まで奪うつもりかっ!! ぐるるっ!!


「沙紀ちゃ~ん、魔の道に生きる者はいつ何時でも冷静であれ、って教えたでしょ~? ほら、公ちゃんも、沙紀ちゃんが可愛いからってからかい過ぎちゃだ~め」


「ぎゃ~っ!! 永久さん、いっ、一体何を言うんですかっ!? 公がそっ! そんな事考えてる訳ないじゃないですかっ!!」


「そうですよ永久さん、沙紀に可愛いなんて思う奴はそうそういませんよ。もしいるとしたらそいつはよっぽどの物好きか変わり者ですよ」


 コイツはっ! なんだいっ! そんなに私をけちょんけちょんに言って楽しみたいのか!? 私は自棄になって公の前にあった三時のオヤツにテーブルに上がってたケーキを強奪してやった。このケーキは一階の喫茶店フェアリーテイルでテイクアウトした物だよ。このケーキは公も大好きだからダメージは大きい筈だっ!


「オイオイ、沙紀良いのか? 俺のケーキ食っちまったら、そのままお前の腹に付いちまうぞ。まあ俺には関係のないことだけどな。ああ~、でも将来お前にも彼氏が出来たらそいつは可哀想~」


 この男はっ! 私をイライラさせることには何でこんなにもこの男は天才的なんだろうっ! 落ち着け私っ! これ以上かっかしたら公の思う壺だぞっ! さっきも永久さんに言われたじゃないかっ、私は魔の道に生きるぞっ! 公なんて目じゃないんだからっ!

 私は一回深呼吸をしてからはたと気づいた。そう言えばまだ地下鉄のこと詳しく聞いてないぞっ!? 私は対面に座る永久さん向かいあった。


「永久さんっ! 公は脇に置いといて、地下鉄のこと説明してください!! あの火事を起こした犯人ってっ!!」


 私の問いかけに永久さんは う~ん、って少し悩むみたいな仕草をしてからにっぱって笑う。その笑い方が怖い筈の話の内容に対してとても無邪気な笑い方で私は顔を引き攣らせた。私の半月とちょっとの時間、永久さんとの付き合いで培った経験が、私に警告をカンカン、ガヤガヤ鳴らしてたまらない。


「例えば沙紀ちゃん。もし沙紀ちゃんが力、この場合は魔力を手っ取り早く手に入れる方法が有るならどうするかな~?」


 魔力を手っ取り早く手に入れる方法? 私は永久さんの言葉を訝しみながら少し考えた。はっきり言って、そんな方法が有るなら是非とも教えて貰いたいぞ! 私が今までどれだけの苦労! 冷たい水に手を悴ませて雑巾掛けしたりとか! 永久さんの見かけと裏腹な下着を干すときとか! 実は料理にすっご~っくうるさい永久さんに作った料理、毎日ダメ出しされたりとか! 毎日毎日永久さんの専属メイドとしてどれだけ苦労してきたことかっ!


 因みにここ最近の私の一日の生活サイクルは、五割が永久さんの専属メイドで三割がバイト、一割が魔術の訓練で残りが自由時間なのだよ。ただ実際は自由時間も魔術の勉強をしていることが多いから私の時間がないんだよね……


 うよよっ、いけない、全く関係がないこと考えちゃった。もしかして私ウップンが溜まってるのかな? って! いけないっ! また関係ないこと考えてた……


 話を戻して、手っ取り早く魔力が手に入れることが出来るならそれはとっても素晴らしいことだよ。私も今頃は大魔法使いになっていたに違いないっ! でも、実際はそんなに世の中甘くはないはずなんだ。


「確かに、もしそんな方法が有るなら直ぐにでもやってみたいです……でも、その話には無理が有ると思います。だってっだって! 永久さんがこの前教えてくれました。魔力はその人の器、ダムみたいな所に一時的に貯まっているもので、魔法なり魔術を行使するときはそのダムから取り出して消費するもので、そのダムの大きさは生涯不変のものだって……それに、魔力の使いかたを学ぶためには魔術を少しずつ行使して体で覚えていくしかないって」


 永久さんは私の答えにまたまたニッコリ笑ってくれた。「うんうん、いい答えね~とっても嬉しいわ~」って永久さんは言ってくれて、私はえっへんと胸を大きく張った。見たか公っ! 聞いたか公っ! 私だって確実に魔術師として成長しているんだぞっ!!


 私は公の鼻を開かせてやったぞと、鼻高々の気分で優雅にコーヒー、ミルク、砂糖多めを飲んだ。あ~、今日のコーヒー、ミルク、砂糖多めは格別に美味しく感じるぞよ。

 でも、私が意気揚々としていられるのも永久さんの笑みの浮かべ方に違和感を感じるまでだった。なんだかおかしい。永久さんの笑い方が何だかおかしいぞ? なんか笑い方にクスクス笑いが入ってないかな? もっと言えば永久さんの眼にゴメンね~って色合いが含まれてないか?


 不安になった私を見透かしていたように、公がコーヒーブレイク後の余韻を楽しむみたいな声で、私を置き去りに永久さんとしゃべり始めた。


「俺は魔法やら魔術やらそっちの世界の事は全然知らない、って正直に言えば絵本の中のお伽話ですけど」って公は一度前置きをして、わざとらしく私と同じ永久さん特性のコーヒー、ミルク、砂糖多めを口にしてリラックスした風に言葉を続ける。さらに言えば、ついでに私のことをバカにしたみたいに一瞥寄越してからっ! なにさっ! そんなに私に落ち着けと言いたいのかっ! 


「手っ取り早く力を手に入れたい。だったらお伽話の世界で、方法と言うかパターンは決まってるじゃないですか? 例えばは悪い魔女に魔法の秘薬でも作って貰うとか? 伝説の指輪を使うとか? あ~でも、悪役が力を欲しがるときにやることの王道は……」


 公はまた私をイライラさせるためか……いや、きっとそうに違いない! 私をイライラさせるために公はまた私に一瞥くれた後で、口元を私から見てニヤリとさせた。


「王道は悪魔を召喚して、俺に全人類を屈服させる力を!! っとでもお願いするのが一番だと思いますけどね~」


 公は~屈服させつ力を!! の部分を右手を振り上げて強調した。

 確かに言いたいことは私でもわかるよ! でもでも! それは魔の力をよく知らないから言えることだものっ!! 私は息巻いて直ぐに公の話を否定してやる。


「公! あんたの話は魔の力を知らないから言えることだよ! いい? 悪魔なんて存在、本当はいないの。それに本当の魔の力はそんなお伽話の世界みたいに便利なものでもないし、限界もあるんだからね?」


 そうだよ! 私の言ったことは正しいはず! 魔術師の手引きにも近代史に悪魔はもちろん魔女も存在は確認されていないって書かれてた。もっと言えば過去に記録されていた悪魔の記述は明確に悪魔に存在を決定づけるものではないって書いてあったもんねっ!! 

 うん! 完璧だ! 悪魔のことは魔術師認定試験の過去問でも出題されてたから予習も完璧なんだよ! 

 もう一度、私は胸を張ってきっぱりと公にゲ・ン・ジ・ツを突きつける。


「悪魔はお伽話の中だけの存在! 簡単に力を得る方法なんてぇ……ない……筈ですよね? 永久さん?」


 最初の勢いは何処に行ったんだろう私? 公にばっかり意識が向いてた私が、同意して貰いたくて永久さんの方を向いた。そしたら永久さんのクスクス笑いが一層深くなってて……途端そう思ったら私の中にあった自信は何処へやら。それまで轟々と燃え上がっていた筈の私の自信は頼りない小さなロウソクの灯火に、もっと言えば永久さんの口から直接「ゴメンね~沙紀ちゃん」と言われてしまえば、もう私の目の前は真っ暗になっちゃった。


「沙紀ちゃんには悪いけれど、公ちゃんの頭の冴え方が鋭かったわね。私もそうだけれど、魔の道に生きるモノはお伽話に出てくるような存在が一杯いるのよね~一般に悪魔と呼ばれる存在も含めてね」


 え~っと、永久さん、ちょっと私泣いてもいいですか? いいですよね?




「つまりつまり、今日私が地下鉄で死にそうになったのは、悪魔を召喚して人外の力を得てしまおう~って企んだ、わっる~い『魔術師』が見習いながらもこの将来ちょ~有望な沙紀様の命を狙っていたっということなんですね? 永久さん?」


 私の簡潔明瞭な説明に、お前のどこが将来有望なんだよっと野暮ったいことを言う公を、私はギロリって泣き腫らした赤い眼を三角にして睨みつけた。いいかい公! こう見えても私は将来を期待されているんだぞ! 魔術師協会日本支部の犬童さん――永久さんとは大分親しい間柄で何時も永久さんにケンちゃんとあだ名で呼ばれているカッコいいおじ様にも、沙紀ちゃんは将来大魔術師になるねって眼を掛けて貰ったんだぞっ!


「そうね~沙紀ちゃんの言う通りの筋書きで間違いはないんじゃないのかな? 私もフィットちゃんを引取りに行く出かけ際にケンちゃんから知れせて貰っただけだから。でも疑問なのよね。私、テルちゃん……あ~とね、そのわる~い魔術師の名前は輝樹って言うのだけれど、その輝樹ちゃんは将来有望な子だったのよ? 私も一時テルちゃんって愛称を付けて魔術の稽古を付けてあげてたぐらいだから」


 なっ! なんと!? それは初耳ですぞ永久さん! ここ何年間は弟子を取ってないって言ってたじゃないですか!? 私のちょっとした誇りだったのにっ……って、それなことは今はどうだっていいぞ私。それよりも永久さん!?


「永久さん!? その、わっる~い『魔術師』と知り合いで、それも師弟関係だったんですか!?」


 永久さんは私の言葉にうん、うんって頷いて、あれはね~とその魔術師の話をしてくれた。


「確か五年位前の話だったかな? 私が魔術協会で指導員をしていた頃のお話。テルちゃんは今の沙紀ちゃんと同じで駆け出しの魔術師見習いだったの。あの時は百年に一度の逸材って言われていてね、協会の人間で師弟関係に成りたがっていた人は一杯いたの」


 一度そこで話を切った永久さんは、苦い思い出を語る風に息を付いた。優秀も時には考えものよね~っと言って、話の続きをしてくれた。


「あんまりにも師弟関係に成りたがった人が多すぎてね、最後は収拾がつかなくなっの。結局その時、指導する役割は受けよっていなかったんだけど、前任者のたっての希望もあって、私が一時的に魔の道を教えることになったのよ」


 そうなんだと私は永久さんの話を聞いて妙に納得した。私の時も魔術協会のなかですこし揉めたようだった。……私の場合は今回の犯人とは逆の意味みたいだけど……

 一緒に話を聞いていた公が興味深げに永久さんに質問する。


「因みに、沙紀と比べるとその輝樹ってどれぐらい優秀だったんです?」


 公の質問に永久さんは無邪気に答えてくれた。


「う~ん、そうねえ……沙紀ちゃんを自転車に例えるなら、テルちゃんはアレよ、真っ赤なスポーツカー」


「……沙紀、まあ、あれだ相手は百年に一度の逸材だ。気にするな」


「………………」


 ……なにさ、公の奴。自分でも不味いこと聞いちゃったって顔しないで欲しいぞ。ええ、そうですよ! 私は自転車レベルですよっ! エコだもんっ! 悪いかっ!!

 永久さんも仕舞ったって顔しないでください!


「……え~と、そう、テルちゃんはそれぐらい逸材だったの。覚えも早くて、結局私のところに居たのは少しの間だけだった……沙紀ちゃん、くら~い」


 暗い沙紀ちゃんなんて沙紀ちゃんじゃないって言ってくれた永久さんは、自分の分のケーキを私の前に持ってきて気を引こうとした。でもっ! ケーキ一つで私の繊細な心の傷は癒えなもんね!

 おおっ! 永久さんが冷蔵庫から自家製プリンを持ってきてくれたぞ! わ~い。


 現金な女だよな、沙紀って、って公が何やら呟いてるけど気にしないもんね。


「え~と、それじゃあ話を戻すけれど、結局テルちゃんはあっと言う間に見習いから卒業してね。てっきり私は立派な魔術師になって活躍するんだと思ってたんだけどね……実際は違ったの」


 そこまで言った永久さんは難しい顔になって続きを教えてくれた。


「独り立ちして初めの一年目はいろんな人を訪ねて歩いていたみたい。たぶん色んなものを自分のものにしたかったのね。風の便りにそう聞いていた私はあの子の将来が楽しみだな~ってあの時はそう思ったけど…………私の許を離れてからもうすぐ一年って頃にね、元気ですか~? って電話が掛かって来たの。一言二言電話口に話してから何日か後だった。テルちゃんの行方が分からなくなったって知ったのは」


 私が珍しいと思ってしまう、重いため息を永久さんがついた。それから、そういえばって、一人立ち上がると綺麗に片付いている棚の中からアルバムを取り出して私達の前に広げてくれる。アルバムの一枚、眼鏡を掛けた男の人を指差して「これがテルちゃん」と指し示してくれた。


 写真の中に映る男の人は全体的に細い線の人だった。線の細さと同じフレームの細い眼鏡を掛けた、ほんわりと笑っている、いかにも優男ですって主張している人だった。

 日なたに座って本のページを捲っている姿が似合いそうな人だと思う。とても人を襲うようには見えない人だよ。見せ掛けだけなら、公の方がよっぽど悪人面だと私は思う。


 でも、実際に私は殺されかけた訳だし、人は見掛けによらないとも言う。実際にその姿を私は見たわけではないけれど、うむ、この人は要注意人物なのだと私は頭の中にインプットした。


「ケンちゃんの話では、もう数人の人を襲っているみたい。死人こそ出ていないらしいけれど、襲われた人の中にはボコボコにされて、今も入院してる人も居るらしいから……沙紀ちゃん。当分の間は十二分に注意をしなさいね。一度狙われたわけだから」


 私は、はいって返事をしてもう一度写真のなかで、平和そうに笑っている男の人を見た。

 やっぱり私にはこの人は悪人には見えない。それなにの……、一体なにがこの人を魔術師を襲う……魔術師狩りに駆り立てたんだろう? 試しに永久さんに心当たりを聞いても、私も不思議なのよねっと永久さんも首を捻るだけだった。


「本当に不思議なの……あんなに頭がよくて良い子なのに……正直、今でも嘘みたいに感じてる部分があるの。私も知りたいな……理由」


 この人は優秀な魔術師と永久さんも認める程の人。なら、なんで『優秀』と云われている程の人なのに魔道の『禁忌』を破るようなことするのかな?

 私は永久さんと一緒に頭を悩ませた。





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