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第三話 年上系の幽霊さんは好きですか?

更新、遅れてすいません。

あと、今回も短いです。

 かちり。枕元に置かれた時計の針が深夜一時過ぎを指し示した。

「――ふむふむ。大体はわかった」

 薄暗い病室の中、月明かりがさしこむ窓辺のベッドにひとり胡坐あぐらで座り込み、腕を組んで目を閉じ、じっと誰かの話を聞いていた少年――通り魔に腹を刺されて入院した男・山田輝明はそう呟いて顔を上げた。

「つまりお前はもう、実はおばあちゃんなわけだ」

 すると静かだった部屋に、突然少女の声が響き渡る。

「違っ……いや、違わないけど、やっぱり違うよっ!!」

 本来なら輝明一人しかいないはずの暗い病室に、月の明かりに照らしだされて一人の少女の姿が浮かび上がった。過去にこの病院で病死し、以来幽霊として漂い続けてきた女・柊木真奈である。

「いや、だって。お前が白血病で死んでから、もうかれこれ六十年は経ってるんだろう? 立派なお婆ちゃんじゃあないか」

「だから、話の落ち着くところが微妙に違うよね!? 普通はそう、突然霊感が現れたことに驚いて、もっとこう現実逃避とかするよね!? あはは、幻覚が見えるー、とか!」

 あせあせと全身を使ってそう力説する真奈。頭が動く度にその長い髪もゆらりと揺れる。その先端近くの玉の飾りが、揺れる度に近くの棚を透過する様を無感動に眺めながら、輝明はそんなにお婆ちゃん扱いされたくないものなのか、やはり死んでも女の子なんだな、などと一人ごちた。

「――って、ちょっと聞いてる!?」

「ああ、うん、聞いてるよ。……めんどくさい奴だなァ」

「ひどっ!?」

 ぎゃあぎゃあとうるさい真奈を軽くあしらいながら、輝明は窓から見える月へと目を移す。

 ――ちなみに先程からの様子から既にわかりきっている事だろうと思うが、一応言っておこう。輝明も真奈も、夕食時から現在までのこの数時間の間に、随分と仲良くなっていた。まあ、最初こそは一悶着あったが、それも少しの間だけである。ぶっちゃけあまり深く考えずに、とりあえず流されていればいいんじゃないかなあ……などと、輝明が早々に己の中で結論を出したのが大きかった。一種の現実逃避状態のようにも思えるが、この非常識極まりない状況で一人落ち着き払って、あまつさえ順応さえしているところを見る限り、元々そういう類の、変人と呼ばれるべき人種であっただけなのかもしれない。

 それはさておき。

(――満月、いや立待月たちまちづき居待月いまちづきの辺りか)

 正円ではなく、少々欠けて楕円のようになっている月を眺め、輝明はふと思う。

(――と、すると、二、三日前は満月……)

 満月。

 古来より生き物へなにかしらの影響を与えると言われてきた、神秘の月。現代でも、満月の夜は交通事故が多いなどと言われている。

 輝明は、ひょい、と何気ない動作でそばの空中へ右手を伸ばすと、そしてなにもないはずの・・・・・・・・そこで、なにかを摘み取った。

(……僕が刺されたのも、二日前だ)

 輝明は、なにかをつまんだまま、その右手を持ち上げて月に透かしてみる。はたから見れば、何も持っていない右手を見ているように思われるが、しかし、彼の目は、そこに奇妙な存在を確認していた。

 半透明に明滅する、虫のような微生物のような、そんな妖しい姿でうごめく謎の生物。

 おそらくは精霊せいれい、などと呼ばれるものだった。

(……満月の夜と僕が生死をさまよった夜が重なっていた、としたら。やっぱり、僕がこんな風になったことに――霊感が目覚めたことに、関係しているんだろうか)

 日が落ちてから気がついたのだが、現在輝明は、そこらかしこの空中に、同じようにうごめく半透明の精霊を見ることができるようになっていた。最初は気味悪がった輝明だったが、死人である真奈にも同じものが見えることを知ると、それは一転してこれはなんなのだろう、と興味をそそぐ対象へと変化した。

 それは個々に様々な色を持っているようだったが、それは総じて薄く、かろうじて判別ができる程度のものだった。

 また、それは不透明であると共に全体がぼんやりと光を纏っており、時折明滅しては、消えたり、現れたり、離れた場所に移動していたりしていた。

 不透明でおぼろげなそれは、じっと見つめるこちらに、それが本当に存在しているのか、それともしていないのか、不思議なことにさながら文字におけるゲシュタルト崩壊のように、観察するこちらへ、そのような困惑をもたらした。

「――木霊こだま、だね」

「うわっ」

 見れば、いつのまにか真奈も輝明のすぐそばに寄り、一緒になって精霊を見つめていた。

 突然声をかけられたことに驚いた輝明だったが、すぐに彼女の言葉に聞きなれない単語があることに気付く。

「えと、柊木さん」

「なんでしょう」

 しかし、そう言って振り向いた真奈と目が合って初めて、輝明は今自分たちがどれだけ近くにいるのかに気がついた。

(顔ッ……近ッ……)

 いくら幼馴染で免疫があるとは言っても、所詮は輝明も初心でお年頃な普通の少年である。自分の顔の前すぐそこにある真奈の顔に、すぐに彼の顔は赤くなる。

「あれ、どうしたの?」

 きょとん、とした顔でそう聞く真奈にハッと我に返ると、輝明は慌てて自分の身体を離しながら、そっぽを向いた。

「い、いや――その、こ、コダマって?」

「ああ……」

 真奈がどこか納得したような声を漏らす。いくらか落ち着きを取り戻した輝明は、再び真奈へと向き合うと、もしやと思いながら「これ?」と右手につまんだ精霊を向けた。

「そう、それ」

 真奈は輝明が持つ精霊に指を向けながら言った。

「木の霊、って書いて木霊こだま。ほら、この子はほんのり緑色」

 見れば、たしかにその精霊は緑色だった。――が、やはり薄いので、月に透かさなければそうそうわからない。

「木霊はね、木とか植物の周りにたくさんいるんだよ」

 嬉々としてそう話す真奈を横目に、輝明は手元の精霊と周りに漂う精霊の色を見比べてみた。

(わかりにくいなあ……)

 やっぱり、とそう思っていると、ふと輝明は気づいた。といっても、疑問自体は随分と前から持っていたのだが、今までは微妙に問いづらかったのだ。今なら会話的に自然だろう。そう気づいた彼は、意を決してそばに座る幽霊に語りかけた。

「なあ、柊木さん」

 呼ばれ、こちらへ振り向いた彼女の目を見ながら、輝明は静かに紡ぐ。

「なんで柊木さんは、そんなに色々知っているんだい?」

 輝明に、周囲のこの虫のような存在が「精霊」と呼ばれるものだと、そう教えたのも真奈であった。

「それは――」

 真奈はそう言うと、顎に人差し指を当てて、少しの間宙へと視線をさまよわせた。

「たしか、聞いたんだよ。うん」

「聞いた?」

 思わず、おうむ返しに聞き返す。

「うん。ほんとに偶にだったけれど、輝明くんの他にもね、私や精霊の見える人が入院してくることもあるんだよ」

 驚きだった。しかし、考えてみれば、それも当然のことである。

「たしか、あれは――十年前? いや、二十年前? それとも三十年前くらいだった……かな? あれ、いつだったっけ?」

「いや、もういつでもいいよ」

 形のいい眉を中央に寄せて、真剣にそう悩む真奈に、輝明はあきれながら言った。

「わかった、わかった。つまり、そういう人が入院したときにそいつから聞いた、と。そういうことだね?」

「そうそう」

 真奈がこくこくと頷く。

 ふうん、と。そう呟きながら、しかし、と輝明は思う。

「そうか。――でもさ、なんでその人はそんなこと知っていたんだろう。精霊ってのは、その人が勝手に名付けたんだろうか」

 だとすると、その人は結構なロマンチストである上に相当ポジティブシンキングなのだろう。たしかに半透明に輝くところは薄々と微妙にだけ神秘的な風にも見えないことはないが、しかし、よくぞまあ、こんなよくわからん、うぞうぞうごめく気持ちの悪い虫にしか見えないヤツらを「精霊」なぞという大層な名前で呼ぼうと思うのだろうか。

 そんなことを輝明がうっすら考えていると、思い出すかのように軽く考え込んでいた真奈がようやく口を開いた。

「いや、あの人はたしか呪術協会の術師ひとだったはずだから――アヤシ関連を色々知ってるのは普通なんじゃないかな」

 きわめて自然体で、今までと変わらぬ風に真奈はそうこぼす。

 だが、そうして。

 深夜の病室に静寂が広がった。

「――――え?」

 数秒後。かろうじてそう反応すると同時に、輝明のフリーズした思考も再起動していく。

「いや……え? あの……え?」

(今、なんて……? じゅ、呪術協会?

 それって語彙的に、じゅ、呪術師たちの組織、みたいな……?

 え。つ、つまり、なんだ。僕が常日頃妄想してきたような、あんな人やこんな人みたいなのが、実際にい、いると……?)

 輝明が困惑することしばし。しかし、すぐになにか得心したかのような顔をすると、次の瞬間、彼は真奈の腕を掴んでいた。

 今度は彼女が困惑する番である。

「と、突然どうしたのさ」

 なにかしら気迫さえ感じられるような気もする、そんな真剣な表情で、己の腕を強く握る輝明に、真奈は軽く怖気づく。

 ――だが。

「……柊木さん」

「は、はいッ」

 ――だが、忘れてはならない。

「……今、『呪術協会』って――言ったよね?」

「え、あ、うん」

 ――こいつは。

「……それ――本当?」

「う、うん」

 ――この男は。

「あの……柊木さん」

「えと、な、なに?」

「――僕でも、魔法とか使えるかな?」

 ――この男は、転生しなかったことを本気で残念がるバカなのである、ということを。

「――は?」

 真剣な顔で輝明がそう告げ、たっぷり五秒が経ったとき。ようやく唖然とした状態から回復した真奈は、開口一番にそう呟いた。

「魔法、って言った?」

「ああ――僕、使えるだろうか? その、魔法とか……術? とか、そういうの。やっぱちゃんとした人に弟子入りしたりとかしなきゃダメなんだろうか?」

 ジトー、と。真奈が半目で輝明を見つめた。

「な、なんだよ」

 真奈の眼力の前にうろたえる輝明を見て、彼女は大げさにため息を吐くと言った。

「あのねえ、輝明くん。突然魔法とか言い出したのは、おそらくさっきの呪術協会から連想していったのでしょうけれど……一つ言っていい?」

 そこで真奈は輝明へ向き合うと、強く断言した。

「あなたじゃあ、術師どころかその弟子にだって、なれないわ。絶対に」

「え」

 輝明が打ちひしがれたような声を出した。

「え、じゃない。大体輝明くんは、死にかけたのをきっかけに偶然霊感が覚醒しただけの一般人じゃない。悪いけれど、そんな程度の才能じゃあ、術の一つだって覚えられないし、第一そんな人を弟子にとるような物好きも存在しないわ」

「そんな。マジかよ……」

 世間って、世知辛いんだなあ。そう呟くと輝明はベッドの上で両手をつき、うなだれた。

「あーもう、そんな落ち込まないでよ。やっぱり輝明くんはおもしろ……じゃなくて、変な子だねえ」

 フォローのつもりなのかどうかすらも疑わしい言葉を吐きながら、真奈はよしよしと輝明の頭を撫でる。色々動いたことで走った腹の痛みに、今更ながら己の腹に傷があることを思い出し、気取られまいと必死にその痛みをこらえていた輝明は、大人しく撫でられながらふと思った。

 やっぱりこいつ、見た目は同い年でも中身はおばあちゃんだわ。

 夜は静かにけていく。

今日中にもう一話更新する予定。

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