第二話 未知との遭遇? 幽霊なあいつとファーストコンタクト!
遅くなりましたが、とりあえず次話更新。
ある日の、夕焼けに染まる学校からの帰り道。少年は突然見知らぬおっさんに包丁で刺されました。やったね! 夢にまで見たテンプレ異世界転生な感じのフラグだよ! と思っていたのもつかの間。次に目覚めた場所である白い部屋には、なんと少年の幼馴染がいて――。
「ここは病院よっ!!」
白い部屋――大浜市市民病院の一般病棟505号室に、少年の幼馴染である少女――葉桜留美香の声が響き渡った。
そして。
「な、なんだってーーー!?」
数瞬の間をおいて、少年――山田輝明の絶叫が響き渡る。
「え? え? 助かったの?……え?……い、異世界は? 転生は?」
興奮のあまり挙動不審気味に起き上がろうとして、しかし、少し動いただけで輝明は腹に走った痛みに顔をしかめた。
「……まったく、なにやってんの」
さっきまでの泣きそうだった顔はどこへやら。一転してあきれたような、しかしどこか安堵したような表情になると、留美香ははだけた布団を輝明にかけなおした。
「言ってることがなんなのか、詳しくはわかんないけど……まあ、アキのことだし、すっごーくどうでもいいことなんだろうっていうことはよくわかるわ」
「……失敬な」
輝明の不満そうな顔を眺め、留美香はくすりと小さく笑った。
「それで、体はどう? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない。腹が痛い」
輝明くん、間髪入れずに即答である。
「それは刺されたんだし……というか、突然動こうとしたからでしょ?」
留美香は瞳に溜まっていた涙を指で擦り取ると、一息ついてから病室の出口に向かって歩き出した。
「ちょっと、アキが目を覚ましたって先生に伝えてくる」
「おう」
と、そこで留美香は輝明へ振り返ると
「……私、本当に、すごく心配したんだからね?」
と、最後に一言だけそう言って廊下へと飛び出していった。
「……おう」
輝明の小さな返事は、他に患者がいない白い病室に、少しむなしく吸い込まれていった。
◇ ◆ ◇
「どうやら、特に異常はなさそうだね」
簡単な検診の後、留美香の呼んできた医者は、そう言って笑みを浮かべた。白い歯がきらりと光る。――二十代後半くらいに見えるその青年は、モデルかなにかなのかと勘繰ってしまうほどのイケメンだった。首からさげたネームプレートには「高木星矢」と書かれている。……どこのホストだよ。ちなみに、一応輝明の主治医らしい。
「それにしても、災難だったね。全然知らない人だったんでしょ?」
そばのナースになにやら小声で指示を出した後、高木は先程から書き込んでいたカルテの手を休め、そう言って輝明に向かいなおった。
「え、あ……はい」
急に話しかけられて内心びっくりしながらも、輝明は落ち着いた口調で答える。
高木はおそらく、輝明を刺した通り魔のことを言っているらしかった。
「ん、ああ、安心していいと思うよ。君が眠ってたこの二日間の間に、あの犯人は警察に捕まったから」
「はあ……そうなんですか」
「うん。目下取り調べ中、ってね。多分あともう少しすれば、君が刺された動機も分かるんじゃないかなあ」
高木によると、輝明を刺した例の男は、誰にも目をくれずにまっすぐ輝明の元へ歩み寄り、刺した後もそのまま誰にも危害を加えずに逃亡したらしい。よって、警察は無差別による犯行ではなく、きちんとした動機があってのものであると踏んでいるそうだ。ちなみに以上の情報はテレビニュースで見たのだとか。
「でも、不幸中の幸い、っていうのかな。運がよかったねえ」
「……と、言いますと?」
「あともう少しでもずれたところに刺さっていたら、君、多分助からなかったよ?」
「……そうなんですか」
宝くじとか普段ではほとんど全く働かないくせに、なんでこういう時に限って働くんだよ! 痛い思いしたんだから、どうせなら転生させろよ! と、輝明が心中で己の幸運に対し理不尽な文句を言っていると、高木はベッドそばの椅子からゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、僕は仕事に戻るね」
「あ、はい。ありがとうございました」
高木はにこりと笑うと、そのまま病室から出ようとして、何かを思い出したように足を止めた。
「――ああ、そうだった。ずっと点滴じゃ物足りないだろう? 見たところ大丈夫そうだし、今日から君の胃には、少しずつ普通の食事に慣れていってもらうから」
「わかりました」
「うんうん。じゃあね、安静にね」
最後にそう言い残すと、今度こそ高木は病室から出て行った。カラカラと小さな音を立てて扉が閉まる音が聞こえた。
「――ふうゥ……」
小さくため息を吐く。
今、この病室にいるのは輝明一人だけだった。留美香は高木を連れてきた後は、用事があるからとすぐに帰ってしまったし、輝明がいるその病室は現在彼以外に同室者はいないようだった。ベッド自体は、輝明の寝転がっている物の他に三つほど並んでいるが、そのどれにも人影は見られない。ちなみに病室は、二つのベッドが向き合うような形で据えられており、それぞれのベッドの周りには棚やカーテンが設置されている。輝明の居るベッドのカーテンは半ば引かれていたが、他の人の居ないベッドのカーテンはすべて束ねられていた。
「……そういえば僕、入院するのは初めてなんだよな」
輝明は特に体が丈夫というわけではなかったが、幸いなことに生まれてからこの方十六年、入院にいたるような大けがも病気も患ったことはなかった。
しかし。だからこそ。
「……今日から僕は、夜の病院を一人で過ごさなければならないのか」
嫌だなあ、と。
窓の外に見える、つい先ほどまでは青かった空を――沈んでいく夕日を眺めながら、輝明はそう呟いた。
そして。
呟いて少ししてから、彼ははたと気づいた。
(――今の台詞、変な伏線になんかならないよね!?)
思えば彼は、テンプレ異世界転生について思いを巡らしていたら、テンプレ通りに腹を刺されている。もしかしたら……もしかするかもしれない。
「おいおい、やべえよ……どうしようか」
まさかな、いや、まさかね。と、ぶつぶつ呟く。
――そんな奇異な輝明を見かねたのか。
彼のその奇行は、突然近くからかけられた声によって遮られた。
「ねえ、なにがやばいの?」
輝明はびくりとすると、ぎ、ぎ、ぎ、と音がしそうな動きでその声の主へと振り向いた。
「やあ」
声の主――輝明から見て斜め前に位置するベッドに腰掛けた、患者服姿の高校生くらいに見えるその少女は、それだけ言うとにんまりと人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。腰まで届くような長い黒髪と、それを束ねる大きな玉の飾りが印象的な少女だった。
当然のごとく、彼女に足はあった。それに少し安心しながらも、輝明はどぎまぎしながら少女に問いた。
「あ、え……誰?」
いつのまに病室に入ったのだろうか。頭の隅でそう思いながら、輝明はなんとなく彼女の顔を観察する。まるでアイドルかのような容姿をした彼の幼馴染には及ばずながらも、おそらく学校ではモテるのだろうなと勝手に信じ込むほどには可愛かった。
「まな」
輝明が微妙に上から目線でそんなことを考えていると、少女が突然声を発した。
「……え?」
「だから、真奈よ。柊木真奈、それが私の名前。同室者くん、君は?」
一瞬呆けた後、輝明も慌てて名乗る。
「輝明。山田輝明」
「そう。じゃあ、これからよろしくね、輝明くん?」
真奈が、そう言ってほほ笑んだ。夕陽をバックにしたその笑顔はとても綺麗だったと、輝明は後に語ることとなるが――
「あ、うん。こちらこそよろしく、柊木さん」
――しかし、これが彼の人生初めての心霊体験であるなどとは、今の彼には知る由もなかった……。
……とか言っている横で。
そのとき突然カラカラと軽く音がして病室の扉が開いた。
「山田さん、夕食ですよ」
美人なお姉さん――ではなく、普通のおばちゃん然としたナースさんが、銀のトレーを一つ持って病室に入ってくる。
しかし彼女は、輝明のもとにそのトレーを置くと、真奈には目もくれずに、もう用済みだとばかりにそのまま病室から退散しようとした。
「あれ……? 一人分だけ?」
その行動に疑問を持った輝明はふと声を漏らすが、しかし、その言葉に不審な顔をしたのはナースのおばちゃんであった。
「当たり前ですよ、一人分だけです」
輝明は慌てて言いつくろうが、それが更に困惑を強くさせることになる。
「ああ、いえ、そうじゃなくてですね。同室者の分とかは……?」
「何を言ってるんですか。この病室には現在、山田さんしか入っておられませんよ」
その返答を聞き、輝明は愕然となる。そんな様子をしばらくは不審そうに見るナースさんであったが、時間が押していると見えて、すぐに軽く礼をしてそそくさと病室から出て行った。
カラカラ、と小さく扉を閉める音がした。
「…………」
病室内を、静寂が包む。
夕日が完全に沈んだと見えて周囲が更に暗くなっていくが、すぐにジジッと音を鳴らして天井の蛍光灯が一斉に点いた。
輝明の背中を、冷や汗がたらたらと流れ落ちる。
ギ、ギ、ギ、とロボットが軋むような動きで、ゆっくりと真奈の方へと向き直る。
すると、蛍光灯の白い明かりの下、整理整頓されたしわ一つないベッドの上で、真奈はばつが悪そうにぺろりとその赤い舌を出した。
「改めまして。私は柊木真奈。実はすでに死んでます、てへっ♪」
その夜、大浜市市民病院一般病棟505号室から少年の叫び声がとどろいたのは、その日その病院にいた者なら誰もが知っていることである。
「これからよろしくね、輝明くん♪」