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回答――後編

「……お前ふざけてんのか?」

 徒希(かちき)君がそう尋ねてくるが僕は本気だ。

「ふざけてなんかいません。僕はジョークが苦手なんです。僕はこの間本でこんな話を聞読みました。塩留めにあった武田信玄の領地は塩不足になりました。そこで好敵手であり、仇敵である上杉謙信はそれにつけ込むどころか、逆に塩を送りました。敵に塩を送るという言葉の語源です。そんな上杉氏の心意気に感謝した武田氏は上杉氏が引くぐらいお礼をしました。『上杉氏ありがとうございました!』『いやいや、さっきから何回お礼を言っているんだ。お前どんだけ腹減ってたんだよ。飢えすぎだろ』『いや、上杉はお前だろ』。さて、これのどこが面白いんでしょう」

「それは『飢えすぎ』と『上杉』が掛かっているからだろう……逆にどこが面白くないんだよ」

「いえ、掛かっていることにはすぐ気がつきました。ただ、すごくよくできた、うまい話だと思いました。なぜこれを人は笑うんでしょうか?」

 教室はまたしても静まりかえった。僕、何か変なことをいっただろうか。

 すると先生が咳払いを一つし、

「それは感性の違いだ。気にすることはない。とりあえず話を続けてくれ」

「すみません、関係ない話をしてしまいました。確か、凶器がタオルってところまで言いましたよね。犯人はタオルを濡らしてから冷凍庫に入れて凍らせて、被害者の頭を殴りつけてからタオルを解凍し、洗濯しました。――なんてことは言いません。さっきから言っているとおり、死因は窒息死です。ではどうやってやるのか。それは犯人が被害者の手足を縛って身動きを封じてから鼻と口にタオルを当てて、その上から川から汲んできた水を注ぎ込んだんです。水分を含んだタオルは呼吸には適しませんからね。分かってしまえば意外と簡単なものでした。僕は久しぶりになぞなぞにすごく悩んだ小学生時代を思い出しました。こういう問題って一つ気がつけば分かるんですが、その一つになかなか気がつけないものですよね。結構面白かったです」

 すかさず先生が質問を返してくる。

「そんなんで死ぬのか?」

「もちろん、タオル一枚じゃ難しいかもしれませんけれど、二枚三枚と重ねれば、呼吸はより難しくなるでしょう。人間の本能ではどんなに呼吸が困難な場合でも呼吸を続けようとします。そのときに水を飲み込んでしまっていたのでしょう。それに事前に川で殺したと見せかけるため、川の水を飲ませていたのかもしれません。そっちの方がより信憑性が高まりますからね」

「濡れたタオルといっても、全く呼吸が出来ないって訳でもないだろ」

「はい。だから死亡推定時刻が深夜零時頃から深夜二時頃なんですよ。九時半頃施錠されたと仮定し、辺りに人が完全にいなくなるまで一時間待っていたとします。それから普通に殺そうと思ったら、十分、長くても三十分もあれば出来ますよね? しかし、死亡推定時刻は深夜零時から深夜二時頃の間。あまりに時間が掛かりすぎています。そこで僕は、数時間に渡って何回も水を注ぎ、なるべく多くの水を飲ませながら、時間を掛けてゆっくりゆっくりと殺していったのだと推測しました。ずいぶんと面倒な殺し方です。全然合理的ではありません。僕の推測はこれで以上です。ここはQ.E.Dと言った方が格好いいんですかね。それでは言わせてもらいます。Q.E.D――証明完了です。では、これで大体の不明な点については証明できますけれど、何か質問はありますか?」

 教室はまたしても静まりかえる。

 すると人生(じんせい)君は僕の目を見ながら、

「……お前、本当に犯人分かってないのか?」

「えぇ、全く、これっぽっちも分かりません。最初に言いましたけれど、動機や犯人なんかには興味ありません。僕はただ目の前に面白そうな問題が転がっていたので解いてみただけです。そもそもまだ答え合わせもしていない状態です。テストの返却日が気になりますね」

「すくみを庇うための犯行だと推理できていてもか? それでも本当に、本気で、マジで犯人が分からないんだったらお前はもう終わってる。何もかも全部。もう軌道修正なんかできやしねぇよ」

「僕も人生君みたいに立派な人間だったらよかったんですけれど……。うらやましいですね」

 人生君は全身を震わせている。なぜだろう。僕は笑われたのか。

「……なら、お前はルーピーだ」

「ルーピーですか。確かに僕にはぴったりの言葉ですね」

 ルーピーか。何も面と向かって言わなくてもいいだろう。よく、馬鹿に馬鹿と言って何が悪いと言うけれど、馬鹿に馬鹿と言ったらたとえそれが事実であったとしても、暴言は暴言である。だからいくら事実でもルーピーは暴言だ。やめて頂きたい。

 それにしても、他人との会話はひどく体力を要する。意味もほとんど理解できないし、楽しくもない。ひどくつまらない。本当につまらない。他人と会話するくらいなら壁と話していた方が、まだ楽しいとすら思える。だからと言って本当にしているとは思わないで欲しい。そんなことはしていない。ものの例えだ。

 人生君が「一ついいか?」と尋ねてきたので、僕はうなずいて意思を表明した。

「何で人と人が結ばれるんだと思う? この世の中には腐るほど人間がいる。その中でたった二人がお互いのことを好きになる確率ってどんなものだ? あり得ないだろ?」

「言われてみれば、そうですね。何ででしょう。たまたまですかね。例えば、たまたま誕生日が一緒だった、たまたま持ち物が被った、たまたまお母さん同士が同級生だった、たまたま……同じクラスだった。そんなところじゃないですかね」

「確かにお前の言う通りかもしれない。全部たまたまだ。だけど、俺は自分を好きでいてくれる人が好きなんだ。みんな自分のことを好きだと言ってくれるのが嬉しいから自分もそいつのことを好きになる。だから俺はすくみのことが好きだ。すくみは俺のことを愛してくれた。俺の部屋にピッキングで忍び込んで勝手に料理を作っていったり、俺が寝ている間に横で寝ていたり、大学の行き帰りの時も電車の後ろの車両で見守っていたり……。だから、だから俺は異常なほど愛してくれるすくみのことが誰以上に異常に愛してる!」

 僕は返答に困った。こんな時なんて言えばいいんだろう。僕にはすくみさんが少し変なことだと言うこと以外、伝わってこなかった。僕の理解力が足らないのかも知れないのだけれど、正直言って、いや、言ってはないから正直思って、少しおかしいけれど、とりあえず正直思って、ちょっと何言っているか分からなかった。

 僕が黙っていると人生君が、

「最後に教えといてやるよ」

 僕は疑問に思った。

「最後って、人生君どっか行っちゃうんですか?」

「そうだ。どっか行っちゃうから教えといてやる。お前は………………………………………………………………………………………だ」

 僕は言葉が発せなかった。

 発する資格すらない。

 だって僕は、主人公ではなかったのだから。それどころかとんでもない脇役だ。ひどい勘違いだ。

 僕が死んでも世界が終わらないし、世界が終わるときは僕が死ぬときでもない。

 しかしその伏線はあったはずだ。けれど僕は意図的にそれを無視してきたんだ。無意識で無自覚なつもりになっていた。

 穴があったら入って蓋をして、それこそそのまま窒息死したい気分だ。

 なんて僕は馬鹿なんだろう。ならばいっそ死んでみるのも面白いかもしれない。だってこの世界は僕が死んでも終わらないんだから。脇役が死んでも淡々と物語を進めていく主人公のように、この世界のどっかの主人公はこの物語(セカイ)を進めていくんだろう。それも僕が死んだことすら知らずに。なんて無意味なんだろう。何で生きているんだろう。

 死にたい。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい。死んでみたい。一体どうなるんだろう。僕の死はどれほど世界に影響を与えられるだろう。

 いや、何の影響もない。何の根拠もなく、何の影響もないと言い切れる。

 僕が主人公じゃない世界なんて、つまらない。そんなの世界が他人の世界じゃないか。自分も他人。主人公のためだけに作られたただのパーツに過ぎない。

 イかれてる。狂ってる。

 だから、だから。

「こんな世界は狂ってる(ルーピーだ)!」

 僕は叫んだ。

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