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回答――前編

 その日の放課後。放課後という言葉は果たして大学でも通用するだろうか。よく分からないけれど、すべての授業が終わったあと、というより分かり易いと思うので、便宜上放課後と言っておくことにする。

 とにかく放課後。クラスの先生の下に第一の被害者と第二の被害者を除く、六名が集まることになった。前回はとりあえず休め、という先生のありがたい心遣いでこのように集まることはなかったけれど、さすがに今回は集まることとなった。まぁ、僕としては事件があろうとなかろうと、どちらにせよ大学には行くのだけれど、みんなは結構休みがちだったらしい。何でたかが人が一人や二人死んだところで大学を休むのだろうか、と思う僕は多分というかやっぱりおかしいのだと思う。少なくとも多数決的には負けている。

「みんなも知っていると思うけど……今朝、箕面が遺体で発見された。警察は事件として捜査を進めているらしい。そこら辺はみんな取り調べを受けたから分かっているだろう。私はこのクラスを疑いたくはない。ただ、客観的に見て、被害者がこのクラスだけに限られていることを考えれば、怪しいのは確かだ。だからもし、何かを知っている人がいれば教えて欲しい。どんな些細な情報でもいい」

 ふむ。これが大人の対応って奴なのか。

 始めに疑っていませんよと言って僕たちの信頼を勝ち取ってから、きちんとやるべき事はやっている。これは感心せざるを得ない。いろんな意味で良い先生と巡り会えた。

 僕としてもこの事件は早く解決して欲しい。こんな立て続けに周りで人が死んでいたらあまり気分が優れるものではない。

 そういうわけで、今の僕は実に協力的だ。きちんとみんなの顔と名前を覚えてきた。一夜漬けというのはこれでも得意な方だ。

 何かの発表を行うのに適した形、つまり楕円状に広がっているのが僕の前にある机だ。右隣にいる金髪で髪が逆立っているようにも見えるのが主原(あるじはら)人生(じんせい)君。良い名前だね。そしてその隣が、人生君と仲が良いらしい、茶髪で耳たぶにいっぱい穴が開いている名谷(みょうだに)徒希(かちき)君。そしてその隣が、好感が持てる黒髪の小綺麗な格好をした榛原(はいばら)すくみさん。小綺麗なという表現は女性もののブランドがよく分からない僕が使える最大の比喩表現なので、これ以上は勘弁して欲しい。そしてその隣が、先生。四十代くらいのおっさんだ。そして、僕の左隣と数えてしまった方が早い、中百舌鳥(なかもず)創司(そうじ)君。そのさらに隣が立売堀(いたちぼり)(うれし)君。嬉君も良い名前だね。二人とも似たようなチェックのシャツを着ている。最近流行っているのかな。流行には詳しくないので、詳しくは知らない。

 そして今回は下調べをしてきた。誰かから第一の被害者とすくみさんが恋敵である、という噂を耳にしていた。だから僕はすくみさんに事前に聞いていた。「第一の被害者とは恋のライバルだったのですか? それとストーカーって本当ですか?」と。どうやら噂は本当だったようなのだが、実は現在人生君とすくみさんは付き合っているそうだ。僕は当然ストーカーの狂言だと疑った。そして続いて人生君に聞いてみたところ、本当に本当だったみたいだ。第一の事件の三日後、つまり五日前から付き合っているそうだ。現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。ストーカーとくっつくなんて……。ストックホルム症候群みたいなものなのかな。いや、吊り橋効果。どれも違う気がしてきた。

 これが僕の下調べだけれど、どう捻れたのか知らないが、結果、人生君とすくみさんが付き合っているということしか分からなかった。

 さて、こんなに登場人物が多いと、軽くパニックになってしまう僕だけれど、基本的に物覚えは良い方だ。一時間や二時間くらいならなんとかなるだろう。

「本当に何も知らないのか」

 先生がもう一度念押しするけれど、誰も何も答えない。

 それなら僕が。

 僕は手を挙げた。

 先生がうなずき、発言を認めてくれたようなので、僕は語り出す。

「僕はいろいろ考えたんですけれど、やっぱり他人の気持ちを知る必要のある動機や、そもそも犯人なんかは分かりません。いくら犯人というキャラクター性を持ったところで、他人は他人。犯人というキャラクターにしか見えません。だからそんなキャラクターには興味なんかわきません。だから僕は動機や犯人なんかには興味がありません。ですが、トリックについて一応推論のようなものは考えてきました」

 教室が静まりかえる。なんだかやりにくいな。

「僕は初め、先週の事件と今日の事件、二つを一つとして考えていました。普通に考えて、いや、『僕に普通に考えて』という行為が出来るか分かりませんが、僕なりの『普通に考えて』で同じ場所で模倣犯が現れるとは考えにくいです。だから僕は面倒なので最初の事件の犯人はすくみさんと決めつけました」

「ふ、ふざけないでよ! むちゃくちゃすぎる」

「ええ。元からむちゃくちゃな推論ですからね。次に第二の事件のメリットを考えました。警察の方も動機に関しては難航しているそうですね。第二の事件のメリット。それはどう考えても、すくみさんが犯人ではないと証明することだけでした。普通に考えて第一の事件と第二の事件は同一犯です。しかし逆に言ってしまえば、第二の事件の犯人ではなければ、第一の事件の犯人ではないということになります。まぁ、実際はそんなことはないのでしょうけれど、少なくとも容疑は薄くなります。というわけで第二の事件はすくみさんを庇おうとした人物ということになります。他人のためにそんなことをする人物がいるというのは信じがたいですが、家族とか愛のためならやってしまうんでしょうね。僕に経験はありませんが。あと、犯人像というかそれらしきものも分かります。この事件はどこか普通ではない気配、言ってしまえば僕みたいな気配、狂気、と言えば分かりやすいですかね、そんなようなものを感じました。だから犯人は頭がおかしい奴です」

 僕はもう一度頭を整理してから話を続ける。

「そして、一番の難関の第二の事件――もう面倒なので今日の事件と言わせてもらいます。今日の事件のトリックです。なぜ、鍵のかかった更衣室で、近くの川で溺れた女の子の遺体が発見されたのか。僕もここにはかなり苦戦しました。どんなに考えても合理的ではない。だから僕は、そもそも合理性なんかない、と考えました。犯人はただ場を混乱させるため、つまりはすくみさんを警察の目からそらすためだけにこの事件を起こしたのだと思います」

 すくみさんはひどく憤慨しているようだけれど、出来ればただの素人の推論にいちゃもんをつけないで欲しい。

「さて、密室とも思われるこの事件ですが、この事件は密室なんかではありません。もちろん、地下に財宝が眠っている秘密の抜け道があったとか、そんな小説チックな事は言いません。そういえば、更衣室は何階でしたっけ? まぁ、そんなのはトリックに関係ないので気にしなくていいのですけれど。あ、そうそう。別に実は窓の鍵が開いていたとか、鍵を閉め忘れたということもありません。窓をぶち破った形跡もありませんし、教務課にある鍵を取りに行ったということもありません。防犯カメラに残ってしまいますからね。だとしたら、犯人は事前に、九時以前にはすでに更衣室にいたと考えられます。多分ロッカーかどこかに隠れていたんでしょう。それに被害者の胸部に複数火傷の痕があったのは、スタンガンで起きるたびに気絶させていたからです。係の人間が鍵を閉め、静まりかえるまで何度も何度もね」

 そこで先生が言う。

「待て、それだと川で溺れたという点と、警察が調べた死亡時刻とも一致しない」

「そうですね。僕もそう思っていました。警察は必死にあの川の周辺の目撃情報を調べているようですけれど、犯人があの川に行ったのはもっと前です。そうですね、五日か六日前なんじゃないでしょうか。警察も暇ですね」

 そこで人生君が妙な表情をする。

「なんで具体的な日数が分かるんだ?」

「うーん、何ででしょうね。五日前という言葉に聞き覚えがあるからですかね。そこは完全な当てずっぽうです。ただ、第一の事件が計画殺人でない限り、そのあとから今日までに絞られてきますから、案外合っているのじゃないでしょうか。あぁ、言い忘れていましたけれど、殺害現場はあの川ではありません。更衣室です」

「な、なんでそんなことは言えるわけ? 理由は? 証拠は?」

 すくみさんがなぜか騒がしく捲し立ててくる。

「それは川で人を殺して、わざわざ密室の更衣室に運び込むより簡単だからです。というかそんなことは不可能です。不可能だから密室なんです。可能だったのなら密室とは呼びません。結論は犯人は更衣室(・・・)で人を殺して、それを川で殺した(・・・)と見せかけただけです。ほら、これで密室は簡単に崩れました。あれは密室ではなかったんです。その証拠に被害者の爪には砂が残っているんです。僕は疑問に思っていました。なぜ手足を縛られた被害者が砂を引っ掻くことが出来たのか。普通手足を縛るっていったら、手錠のように両手と両足それぞれを縛りますよね? それならあの状況で砂を掻くことは不可能だったと思いませんか? 手足を縛られた状態でどうやって砂底を掻けるのでしょうか。そうそう、逃げるのは簡単です。早朝に誰かが解錠しに来て、死体を見つけてくれれさえすればいいんです。僕みたいな人間じゃなければ、誰だってその場から逃げ出してから、警察なり救急なりに連絡しますからね。その隙に逃げればいいだけです」

「じゃあ、どうやって見せかけたの? そんなこと無理じゃない!」

 すくみさんはなにやら怒っている様子だ。あまり意味が分からない。

「まぁ、そうですよね。僕もそれはすごく悩みました。川から運んできた水を無理矢理飲ませるにしても、どんなに脅したところで致死量は飲むはずがありません。というより、飲めません。人間の本能的にね。それにね、僕はこの事件の死因は、窒息死だと思っています。溺死も窒息死の一種なんですけれど、ここでは別のものと考えます。それなら説明がつきました。最初はどうやって被害者を溺死させるか、と考えていましたが窒息死なら無理ではない。首でも絞めてしまえばいい、そんな風にも思いましたが少し無理がありますね。被害者には首を絞められた痕がない、となるとやっぱり水を使って殺したのでしょう」

 するとずっと黙っていた徒希君が、

「だから、大量に飲ませることは不可能なんだろ? じゃあ、全然意味が分からねぇぞ」

「いえ、大量に飲ませたわけではありません。死因は窒息です」

「あぁぁあ! イライラする! はっきり言えよ!」

「そうですね。少し焦らしすぎました。僕は今朝、誰かが首にタオルを巻いているのを見て思いつきました。確か、人生君でしたよね?」

 僕が一応確認を取ると、返事を返してくれた。いい人だなぁ。

「凶器はタオルです」

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