第二の事件
やっべぇぇええええええええええええええええええええええええええ!
超面白ぇぇええええええええええええええええええええええええええ!
何これ事件じゃん。面白すぎでしょ、これ。
探偵やろうぜ、探偵。俺なら出来る気がするんだよねぇ。
警察より早ければ俺の勝ち。遅ければ俺の負け。罰ゲームがあった方が絶対盛り上がるくね? やっば、今の超面白い。
盛り上がるくね?
ウケるわぁ。
つまらない。全然面白くない。むしろ私は悲しい。
何で村松さんは死んじゃったの? いやだ! 人が死ぬのはもう見たくない! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! こんなことには関わらないで! 探偵とかふざけるな! これ以上人が死ぬのを見ていられない!
悲しい。何でこんなに簡単に死ぬの? 泣きたい。泣きたいよ。
僕は意味不明の涙をシャツの袖で拭き取ると、改めてこの事件について考える。
朝起きたら泣いていたなんて経験は誰しもあると思うけれど、やっぱり自分の知らないところで自分が泣いていると、どうしても筆舌にしがたい気分になる。
そうそう、これはどうでもいいんだった。
事件だ。幸い僕は警察様の容疑第一候補からは外れている。それはもちろん、僕が証言した情報はきちんと駅の防犯カメラが証明してくれていて、時間的に犯行はほぼ不可能と判断されたからだ。それでも第一候補から外れただけで、きちんと容疑者としては残っているので、警察もなかなか抜け目がない。
そもそも、この事件は推理するにはあまりに幼稚すぎる。稚拙すぎる。拙者すぎる。……一人漢字しりとりをやろうと思ったけれど、もうやめにしよう。
推理小説的には「一番怪しい奴は犯人ではない」、「アリバイがある奴は怪しめ」、「双子がいたら入れ替えトリックを疑え」。挙げたらキリがなさそうだけれど、実際は「一番怪しい奴」が犯人だし、「アリバイがある奴」は何もやっていないし、「双子がいても」入れ替わったりはしない。動機らしきものも分かってはいるらしいので、さすがに一週間もあれば警察もそこまでたどり着いているだろう。後は証拠を固めて、逮捕してくれればそれでいい。指紋を残さないなど一応警察を意識しているらしいので、証拠をつかむというのは難しいかもしれないけれど、そこは少額といえど税金、消費税を払っている僕としては、是非警察には頑張ってもらいたい。それに僕はこんな陳腐な事件を解決して自己満足に浸るほど人生に退屈していない。
榛原すくみ。今回の犯人はこの女の子で決定だろう。トリックもクソもない。まぁ、僕が言っているのは状況証拠であって物証ではないので、裁判では使い物にならないけれどね。そこはプロにお任せしたい。
と、思っていた時期が僕にもありました、と言うのはいささかはっちゃけ過ぎというものなのかもしれない。事が事だけにあまりふざけてはいられない。そもそも僕はジョークというのが苦手だ。理解できないと言ってもいい。「布団が吹っ飛んだ!」と言われても、うまいなぁとしか思わない。なぜ笑うんだろうか。
さて、僕のジョーク談議は一時中断だ。時系列的には次の日、一限目から授業があった僕は八時五十五分頃大学に着いた。そのときにはパトカーがかなりの数来ていた。
そう、また事件が起きたのだ。しかも殺人事件が。連続殺人だ。前回から一週間と一日。それしか経っていない。いや、そんなに経っていると言うべきか。だとしたら、連続殺人ではなく断続殺人といった方が正しいのかもしれない。連続と断続の境がどこにあるのか僕は知らないけれど、毎日ならまだしも一週間以上経っているのなら断続といった方がいい気がする。
さて、そろそろ事件について触れよう。被害者は箕面時美さん。僕と同じクラスらしい。確か先週の事件も僕のクラスメイトが殺されたはずだったから、どうやら僕は無関係ではいられないらしい。
遺体が発見された場所は体育館近くの男子更衣室で全裸だったという。発見したのは体育講師。発見当時は窓も含めすべてに施錠がされており、担当の体育講師が午前七時過ぎ、更衣室の鍵を開けるまでは完全な密室だったそうだ。当然一番怪しいのは体育講師だが、どうやら被害者の死因は窒息死。遺体の肺や食道からは大学から数キロほど離れたところにある川の水が見つかったため、溺死ではないかと思われる。爪からは同様に川の底にある砂が見つかっている。それに川底からダンベルも複数見つかっている。当然更衣室は更衣室であり、シャワー室ではない。そんなわけで水気を感じさせるようなものは一つもない。そして、被害者の胸部に小さな火傷の痕が複数残っていて、スタンガンか何かで気絶させられたのだと予想できる。それ以外にも両手首両足首には縄で締め付けられたような痕があり、気絶した後、縄で身動きを封じ、溺死させた後、大学の密室である更衣室まで運んだとしか言いようがない、全く持って不可解な状況である。死亡推定時刻は昨日深夜零時から深夜二時頃。全教室の鍵は午後九時頃から施錠を開始するため、九時半頃には更衣室の鍵は閉められていたという。一応中に人がいないかは係の人間が声をかけて確認するらしいが、いちいちそこまで細かく確認しないため、どこかに隠れていたのだとすれば見つけられないこともないが、しかしそれだと肺から見つかった川の水というのは説明がつかない。大学は警備会社を雇っており、セキュリティはある程度しっかりしていたとは言えるけれど、それでもネズミ一匹通さないというほどではない。どこか隙くらいあるだろう。教授の部屋や教務課には防犯カメラが設置されているが、発見されたのは更衣室。いちいちそこまで気を配らないのが常であり、そもそもそんなところに防犯のためとはいえ、カメラを設置するのはプライバシー的によくはない。
これがさっき刑事さんから聞いた話と、今朝部活の朝練のあと首にスポーツタオルを巻いてスポーツバックを肩に提げていた金髪でスーパーサイヤ人みたいな髪型で性格が明るそうな主原人生君という僕のクラスメイトと名乗る男の情報をまとめた結果だ。
考えれば考えるほど訳が分からない。
それとなく刑事さんに、第一の事件の最大の容疑者である榛原すくみさんのことを聞いてみたのだけれど、犯行があった時間、友人と居酒屋にいたらしい。店員と友人の証言があるのでこれは間違いみたいだけれど、すくみさんは未成年だ。お店側もお酒を提供していたようで、それはそれで別件として怒られている。多分その程度じゃ捕まりはしないだろう。幸いその場にいた誰も部活やサークルに所属していなかったので、個人的に停学処分を受ける程度で済みそうだ。それ以外にほかのクラスメイトのアリバイを聞いてみたのだけれど、みんなアリバイはなし。寝ていたり、一人で家にいたり、証言が家族だったり。
しかし、それを踏まえると余計訳が分からなくなる。こんな短期間、いや、長期間……中途半端な期間、略して中期間に同じ場所でしかも同じクラスの学生が殺されたとなれば、当然同一犯を考えるだろうけれど、残念なことに最大の容疑者のアリバイ――不在証明は確実である。「アリバイがある奴は怪しめ」という推理小説のセオリーはやっぱり現実では通用せず、アリバイがある奴はアリバイがある奴でそれ以外の何者でもない。ただの一般人だ。
しかしこれは根本から考えなければいけなさそうだ。模倣犯の犯行とは思えない。第一の事件の容疑者。まずはここから考えなければいけない。
付け加えておくけれど、僕は犯行時刻にはもう寝ていた。つまり、アリバイはない。けれど、僕はやっていないというのは僕が知っている。“僕”はやっていない。
さて、この事件について少し脳みそを働かせてみようか。まず、被害者は更衣室で発見された。そのとき、鍵はすべに施錠がしてあり、窓が割れていたり、ダクトから侵入した形跡はない。そもそも人が入れるようなダクトはそうそう存在しないので、可能性としては除外していいだろう。しかしこの事件の理解不能な点は、死因にある。死因は水を飲み込んだ事による窒息死。つまりは溺死だ。その根拠は肺から検出された近くの川の水だ。故に犯行は更衣室で行われたとは考えにくい。それに鍵を閉めた時刻が前日の午後九時である以上、九時以降にあの部屋に入るのは多分不可能だ。しかし、死亡時刻は深夜零時から深夜二時頃と来ている。普通に刺殺とかだったら、この状況は九時以前に忍び込んで殺したと考えることが出来るのだが、被害者の肺から近くの川の水が検出されたことと、爪からは川底の砂が検出されていることが不可解だ。じゃあ、犯人はどうやって施錠された更衣室に遺体を運び込んだのか。死因さえまともならこの事件は密室殺人なんかではない。だが現に、密室殺人が起きている。密室に死体を運び込む方法……。
「……そうか、発想が足りないんだ」