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二ヶ月前、僕は大学のクラスで初めてみんなと顔を合わせた。
「門真真門です。よろしくお願いします。いろいろと面倒なので門真と苗字で呼んでください」
確かそんなような挨拶をした。僕はいつもこの挨拶をするので、一語一句間違えていないはずだ。
クラスは男女四人ずつ全員で八人だ。
そこで初めて村村さんと出会った。
いつもながら他人に興味がない僕は、人の顔を覚えられなかったが、村村さんはよく話しかけてきてくれた。
クラスというのは必修の授業が全部一緒なので比較的顔を合わせる機会が多い。
村村さんはなんだかすごく大学生っぽい感じの女の子だった。いや、意味がわからないとか思われるかもしれないけれど、村村さんを見れば一発で僕の言いたいことがわかるだろう。
初顔合わせから一ヶ月が経つか経たないかくらいのある日、村村さんは教室でいつも通り話しかけてきた。
「よっす! 真門ちゃん」
「こんにちは、松村さん」
「私の名前は村松! 門真真門なんて名前よりよっぽど分かりやすいでしょ!」
「あぁ。ごめん。松……いや、村………。よし、村村さん」
「よし、じゃねぇよ! なにその万年発情期みたいな名前は! それ以前に、マーク式のテストで『取り合えず全部Aって書いておけば二十五点くらいは取れるだろ』みたいな考えで人の名前を呼ぶのをやめろ!」
僕としてはギャグとかそんなつもりで言ったわけではなく、普通に名前がわからなかっただけなのだけれど、なぜかみんなには大ウケした。
そして、それからは松……村……村村さんは村村さんと呼ばれることになった。
と、いうのがたった今、真っ金金の頭をした主原人生君から聞いた話だ。この人もどうやら僕のクラスメイトらしい。
「お前、本当に覚えてないのか?」
人生君はそう尋ねくるけれど、やっぱり僕は覚えていない。
「何となく見覚えがあったから、話していた方だとは思うよ」
「ひでぇ奴だな。まぁ、自己紹介でいきなり『僕はただの障害者です』なんて言い出す奴だからなぁ。あれ結構リアクションに困るからやめた方がいいぜ?」
「そうなのか。勉強になったよ。今度から気をつけるね」
「今度までお前が覚えてたらの話だけどな」
「安心してよ。僕は他人に興味が全くわかないだけで、物事を覚えること自体は苦手ではないよ」
「……全然、全く、完全、超絶に安心できねぇ」
「ほら、よく言うじゃん。ペンは筆より剛士って」
「言わねぇよ! 初耳だよ!」
「あれ? ペンは筆より武だっけ?」
「もうお前が何を言いたいのかわからねぇよ! 誰だよ武って。たとえそれを正しく言えたとしてもお前間違ってるからな? すんげぇ勢いで間違ってるからな?」
ふむ。どうやら俺はことわざを間違って使っているらしい。笑えるね。
「いやはや、主原君。ぶっちゃけ、今回の犯人誰だと思うのさぁ」
「そういえば真門ちゃんに名前を呼ばれるのは初めてな気がするな」
「おいおい。真門ちゃんじゃねぇし。メンドクセェから苗字で呼べって僕が言ったろうよ」
「そんな怒るなよ。また口調変わってるぞ」
「変わってねぇよ。俺はこれが普通だよ」
主原からはもう情報を聞き出せそうにないし、ほかの奴を当たってみるとするか。
授業後の教室は笑えるくらいに楽しそうだ。みんな誰かとくっちゃべって、生産性のない話ばかり、それこそ笑えるくらいにダラダラと、笑えるくらいに笑い、笑えるくらいに喋り倒す。言葉の使い方がどうとか、僕じゃあるまいし俺は気にしない。まぁ、私なんかだとそれはそれで別の意味で面白いことになるんだろうけどさ。
主原が後ろでごちゃごちゃ言ってるみたいだけど、俺は面白いことにしか興味がないから無視決定。
教室を流すように見渡すと、見覚えがある顔を二つ見つけた。
クラスメイトの立売堀嬉、中百舌鳥創司。二人とも感性が似通っているのか、いつも二人でいるし、いつもアニメの話をしているし、いつも色違いのチェックのシャツを着ている。
そんな二人だからなのか、同時に視線があった。
目があった以上なんか喋らないと気まずいからとりあえず適当に挨拶をしておく。
「よぉ」
するとあまり覇気のない声で返事を返す。
まぁ、当然だけどこいつらとはさほど仲がよくない。こんな適当な挨拶で気分を害すほどの仲ではないから、スルーだ。
そこで俺は一番ホットな話題を持ちかける。
「先週の事件だけどさ。なんか知ってる?」
二人はお互いに顔を見合わせると、「しらねー」と返してきた。
いちいち確認でもしないとなにもできねぇのかよ、とか思ったが、俺は楽しいことが好きなんだ。楽しくないことは極力やりたくない。
気を取り直して再び教室中を流すように見渡すと、見覚えがある女を見つけた。
あの茶髪ちゃんは確か……箕面だっけ?
俺が少し悩んでいると、向こうから声をかけてきた。
「お、門真ちゃん」
こいつはちゃんと苗字で呼んでくれるだな、と思いつつ、相変わらずちゃん付けなところを気にしつつも……って、これ僕みたいじゃん。僕の病気が伝染ったか?
「……初めまして?」
僕が尋ねると目の前の女の子は驚いた表情をする。
「えぇ! やっぱり覚えてないの?」
「はぁ。僕は人の顔と名前を覚えるのが苦手でして……」
目の前の女の子は、少し変な表情を浮かべる。『変な』とは言ったけれど、やっぱり僕にはその表情の意味がわからないので、『変な』と表現する以外ない。
「箕面時美、門真ちゃんと同じクラスだよ?」
「見たことあるかもしれないですね。あぁ、同級生だから敬語は必要ないのか」
「そうだよ、しっかりしてよ」
と、謎の笑みを浮かべる時美さん。
はて、今のどこに面白いことがあったのだろうか。僕にはいまいち状況の把握ができない。
「うん。なんか聞きたいことがあった気がするんだけどなぁ……。あ、そうだった。先週の事件、何か知ってることあるかな?」
すると、また変な表情を浮かべる。いやこれは知っている。多分つらそうな顔だ。
「あの、さ。秘密にして欲しいんだけど……」
わざわざそんな前置きを置く、前置きを置くっていうのは合っているかわからないけれど、それでもしかし、前置きを置いて時美さんは引き続きつらそうな表情を浮かべる。
「あたし聞いたんだ………………」
「あのね、人生君知ってる? って知るわけないか。主原人生、あたしたちと同じクラスの男の子なんだけどさ、あいつ結構モテるらしいんだよ」
さすがの僕でもついさっき話した他人のことは忘れない。頭がスーパーサイヤ人みたいな人だ。僕は基本的には物覚えは良い方なのだ。人物を除けば。
しかし話の腰を折ってはいけないので口を挟むのは遠慮しておいた。
「それで一部、っていうか、女子の噂では恋愛がらみってことらしいの。同じく同じクラスの榛原すくみって子がいてさぁ、あの子人生君に付きまとってストーカーみたいなことしてるらしいんだよ。ヤバくない? それで昨日殺された……言い方が悪かったね。先週亡くなった……どう言ったってつらいね。あたし、あの事件以来、今日初めて大学来たんだよ。灯子とは結構仲良かったし……。そうそう、灯子がね。……さすがに灯子は覚えてるよね? 門真ちゃんには村村さんって言った方がわかるかな? そう、村村さんもね、人生君のこと好きだったみたいなんだよ。っていうか、好きだったんだよ。あたし相談されたし。あたしはあの日の二限は取ってなかったからホントかわかんないんだけど、すくみも灯……村村さんと同じ授業取ってたみたいで……。怪しいよね? まぁ、あたしも友達を疑うなんてことしたくないんだけどさあ、さすがにストーカーやってるとか引いちゃうよね?」
とりあえず僕は適当に「うん」と返事を返しておいた。
どうして女の子の話はあっち行ったりこっち行ったり、ふらふらさまようのだろうか。これを卒論のテーマにしようか、とまで考えたけれど、それは順調にいって三年後の話になるので今は気にしないでおく。
それでは、情報をまとめることにする。
つまり、この女の言いたいことを簡単に言っちゃうと、スーパーサイヤ人のことを好きな女が二人いてその一人は村村さん、もう一人が榛原。そんで、榛原の方が頭がおかしくて、まぁ、俺が言えた義理じゃないんだけど、とにかく榛原がストーカー。
なんだよ。こんな簡単なことをベラベラ長ったらしく喋ってたのかよ。女って面白ぇのな。笑えるね。
最後に「徒希君見なかったぁ?」と言っていたが、俺は見ていない。
名谷徒希。確か、主原とよくいる奴だ。
「んじゃ、サンキューな」
俺はきちんと挨拶を終えてから教室を出た。