003 俺のスタート
俺は小さいころ集落を飛び出し、親父とともにオルゼーシア大陸に存在する沢山のフィールドを旅してきた。
北は雪山、雪原、永久凍土、針葉樹林。
西は渓流、火山、山岳地帯、沼地。
東は密林、ジャングル、樹海、海岸。
南は砂漠、孤島、河川、海底洞窟。
そして中央は街道、森と丘、草原、荒地・・・。
6歳で転職した日に親父とともにあの腐った集落を飛び出して、本当に様々な経験をしてきた。
そして・・・12歳になったある日。
バゼラート暦1206年04月04日・・・
「今まで多くの経験をお前には植え付けてきた。それはこれからも、お前を助けてくれるだろう。この先に私立インクアイリ学園という、冒険者養成学校がある。お前はそこに行き、俺との旅で学び得なかったものを身につけるんだ」
「学校・・・? 親父は?」
夜、焚き火を囲みながら、俺と親父は語る。もっとも、俺は食い終わっていない串焼きの肉を咥えながらだが。
親父はニカっと笑って言った。
「俺か? 俺はな、これから迷宮を回る。まだLVを手にしていないお前を連れてでは少々厳しいからな。お前が成長して一人前になったら、また旅しような」
「じゃあ、一回別れるってことか?」
黒髪を短髪にまとめ、若干あごひげが目立つ親父は、この世でも有数の冒険者らしい。
このアホ面を拝む限りはそんなこと到底思えないのだが。
「・・・お前今、失礼なこと考えてなかったか?」
「いや全く。」
親父は俺の答えを聞くと、ため息を一つ吐いた。俺は残った肉を平らげる。
「とにかくな、お前とは一度お別れだ。ここから学園に行くまでにある“フィールド”には、お前が驚くほどのザコしか居ないから安心しろ。油断? そんなもので強者の実力は揺るがない」
胸を張って親父が嘯く。が、それはアンタの論理であって、俺には適用されねえよ。
「じゃあ、明日お前が起きたときにはもう居ないからな? 学園生活、楽しめよ?」
急な発案、それも拒否権利のないものではあったが、特に抵抗はなかった。
この親父、見た目はこれでも言うこと成すこと大概俺の身になることばかりだからだ。
それに・・・寂しさなんてものは微塵も感じなかった。どうせこの親父とはまたいくらでも出会う。
そんな気がしていたからだった。
「分かった。学園で親父以上のことを学べるとは思えねえけどな・・・」
「ハハ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
親父は高らかに笑う。座っていた切り株が悲鳴を上げそうなほど豪快に拳で殴り、ソレを俺の前へと突き出した。
「別れだ。また会おうな、史上最年少の精錬術師」
俺も自分の座っていた丸太を殴り、その拳をコツン、と親父のソレに当てた。
「おう。まぁ、もう既にそうじゃねえかも知れねぇけどな」
翌日、目が覚めると親父の姿は無かった。
その代わりに俺が眠っていた腹の上には、二枚の封筒が乗っかっていた。
「なんだ?」
寝ぼけ眼をこすりながら、二枚の封筒を手に取る。
一枚には、「ユーヤへ」二枚目には、「学園長へ」と書いてあった。
二枚目のほうはどうやら俺の紹介状らしく、良質の紙が使われていた。
俺宛である一枚目の封を乱暴に破ると、その中には一枚の手紙が。
破った封筒をその場に捨て、丁寧に三つ折りにされた紙を広げて読み始めた。
『
おはよう。お前も目が覚めたのか。
とりあえず、これからしばらくお前に会うことはないだろう。
今までお前には、学園に入れるための訓練をしてきたつもりだったんだ。
フィールド巡りの旅もそう。モンスターたちを倒したこともそう。
もっと言えば、あの日外の世界の存在を知らせたのもこのためだったりする(笑)』
(笑)じゃねえよ。と心の中でツッコむ。
『
とにかくだ。お前はこれからその学園で立派な冒険者になれ。
その学園にはお前よりいろんな意味で強い奴らがたくさんいる。
きっと、楽しいぞ。
これと同じところにもう一枚、紹介状を置いといたんだが、あるか?
まさか封は開けてねえよな?
それを持って学園に入学しろ。ちょうど入学シーズンだ。』
親父、入学シーズンに合わせて旅してたのか・・・。
『
俺はな。あの集落で息子が一生を終えるのが悔しくて堪らなかったんだ。
だから学園を使って、いろんなことを知って欲しい。
俺はあそこで学んだんだ。お前にも絶対合うはず。
黒髪黒瞳は俺らの象徴ではあるが、別に差別されたりはしない。
逆に精錬術師として、かなり優遇されるかもな。
そんなことだから、楽しんでくれや。お前の幸せは、俺と死んだ母さんが一番願ってるからな。
アホな親父より バカ息子へ希望を込めて』
「・・・ふぅ」
読み終えた俺は一度、ため息を吐いた。
俺の頼れる親父は、想像していた以上に、俺のことを思ってくれてたんだな。
空を仰いで、俺は呟いた。
「ああ、精一杯楽しむさ」
荷物、といっても皮袋だけだが、それを肩から引っ提げて、俺も歩き出した。
野宿の事後処理は全て、親父がやってくれていたらしい。
ご丁寧に進むための方向に矢印を書き残していったらしく、地面には消えかかった西への鏃が見える。
「ここまでして行かせたいほど、親父は学園が楽しかったんだろうな・・・」
苦笑しながら、俺は道を真っ直ぐ西へと進む。すると、ピクニックに来たらさぞ気持ちよかろう森が眼前に現われた。
その前には立て看板がしてあり、こう書いてあった。
『リラ森林』
・・・おいおい、こんな可愛らしいフィールド初めて見たぞ。
通常、フィールドの入り口にはこのような看板がしてある。
そしてその中は迷宮よろしくの迷路染みた道になっているのだが、こんな見るからに難易度Eは初めてだ。
まぁ親父との旅だったからな、仕方ないかもしれない。
俺を鍛えるとか言って、6歳のころから容赦なかったから・・・こんな生易しいところには来たことが無い。
『ここから学園に行くまでには、お前が驚くほどのザコしか居ないから安心しろ。油断? そんなもので強者の実力は揺るがない』
ふと親父の言葉を思い出す。
あの(・・)親父が言うからハードル高く感じたのだろうか?
確かにこんな森なら俺でも平気かもしれないな・・・。
そう思いつつ、俺はリラ森林へと踏み出した。
「あるぇ~・・・?」
俺と同い年くらいの連中が、ランクG・・・最も弱いレベルとされるモンスターを相手取って必死に戦っていた。
一つ目兎の“ラビット”だの、ネズミの“ラット”だの・・・。
つか・・・同い年くらいの連中も弱ぇ・・・。
察するにここは学園に通いたい生徒の試練の間となっているみたいだな。
だが、こんな実力で入れるのか? 学園・・・。
剣を振るう腕もぶれていたり、火属性呪文も、なんだか見ていて居た堪れなくなるような火がシュポっと出るだけ。
こんな戦闘に巻き込まれるのも嫌なので、俺はさっさと学園に向けて歩き出すことにした。
さっさか足を進めながら、思案に暮れた。
むぅ・・・これが一般レベルなのだろうか?
俺が異常なのだろうか?
ぶっちゃけ俺なら秒殺できるしなぁ。
親父の言うとおり、こんな場所では油断なんかで強者の立場は揺るがない・・・。
歩くこと数時間。
モンスターにも知性があり、本能で強者には警戒する。自分が勝てると思ったか、好戦的か、それか進退窮まった時にしか戦ってはこない。
ということで、やっぱり俺という存在はここでは強者らしく、寄ってくる敵はほとんどいない。
最後に戦ったのは、フルメタルハガーだったか。
あ、ちなみにフルメタルハガーってのは小さな家一件分くらいの大きさで、鋼鉄の体をしたアリだ。
目からビーム!とか平気でやってくるから死ぬかと思ったし。
ちなみにフルメタルハガーの実力はランクA・・・軍の一個小隊を派遣して討伐するレベルだ。
・・・さて、そんなことは良い。
だんだんこの森も深くなってきて、少し雰囲気がピリピリしてきた。
いや違う、森が深くなってきたから空気が痛いわけじゃないな、これは。
入り口付近でラットだのラビットだのと必死に戦っていた連中など、相手にならないほどの敵が居る可能性がある。
俺は集中力を高め、臨戦態勢を取った。
いつ敵が出てきてもいいように。
皮袋からいつでも素材を出せる状態にして森の中を進む。
まだまだ日は高く、木漏れ日が身に心地良い。そこまで鬱葱としているわけではなく、道も歩きやすく険阻ではない。
大きな木が俺の前に現われた。千年樹、とまではいかないが、かなりの樹齢を重ねているだろうこの樹。
しばらく感嘆の息を洩らしていた。
「この樹は・・・生きてるって感じするなぁ」
そして俺が樹に近づいたその時。
「・・・ファイアークラッカー!」
・・・!?
樹の裏で、魔法を唱える声が聞こえた。それもかなり焦った声で。
何が起こっているのであろうか。それもファイアークラッカーといえば中級魔法。
なかなかの魔法使いが切羽詰まっていることになる。
慌てて俺が樹の裏へと行くと、エルフの少女がデスベアーと交戦中であった。
何故ここに召喚獣が!?
デスベアーは、召喚士系クラスが召喚できるモンスターで、一般には棲息していない。
当然こんなアホみたいに平和なフィールドに居ていいモンスターではない。
召喚士と魔法使いが交戦中なのか・・?
だが召喚士の姿は見えない。
「っく!」
デスベアーの鋭い爪による右フックを、エルフの少女はバックジャンプで避ける。
・・・っつーことは、彼女は狙われているのか?
「fire medium grade second ファイアーインパクト!」
突如彼女のかざした掌から直線状に炎が放たれ、デスベアーへと突き進む。
だが寸でのところで飛び上がってかわされ、お返しとばかりに空中から突進が来る。
「ッツ、water medium grade fourth アイスバリアー!」
デスベアーと少女の間に、分厚い氷の板が出現した。
「ギャワ!?」
一瞬のうちに現われたソレに対処することが叶わず召喚獣は激突する。
・・・それにしても、あんなに連発して魔法、それも中級魔法を次々と放てるとは。あの女の子凄いな。
木陰で様子を窺っていた俺は、驚嘆の吐息を漏らす。
さて。
周りを見回してみるものの、どうやら誰も来そうになし。おまけに召喚主であろう人の姿もないとなれば・・・ピンチになってる少女を救うしかないよな。
「加勢する!」
さっと少女の前に降り立つと、少女は驚いた顔をして、ソレを段々怒りへと染めていく。
「危ないって! コイツ強いのよ!?」
「知ってる。今まで様子見てたし」
「だったら・・・! まぁいいわ。これでどうせ終わり!」
少女は俺の前に立つと、デスベアーに向けて手をかざした。
「wind hard grade third ブラスト!!」
「うお!?上級魔法か!」
一瞬のタイムラグを経て、デスベアーを中心に竜巻が巻き起こる。
だが。
「グボアアア!」
気合を入れた叫びとともに、ヤツはそれを両手で弾いた。
「!? 嘘!?」
驚くのも無理はない。上級魔法を弾くってことは、よほど術者より上位か、魔法に耐性があるかのいずれか・・・。もしくは両方。
だが、この少女は見る限りかなりのINT(知力)値を持っている。弾かれるほど弱くない。
だとすると・・・
「かなり上位の奴が出したか、魔法に強いのか・・・まぁいいや。こっからは俺がやるよ」
「あ、アンタ死にたいの!?」
「任せとけって!」
俺は皮袋から鉱石を二つ取り出す。ドラゴンルビーと鉄鉱石。皮袋を捨て、片手に一つずつ持ち、目を閉じる。
「な、何する気!? アイツ来るわよ!?」
エルフの少女が言うとおり、デスベアーは標的を俺に変えて突進してくる。
「“精製”」
俺の手元にあったドラゴンルビーと鉄鉱石が、ルビー色と灰色の球体となり、宙に浮く。
「“練成”」
両手を近づけていく。すると、途中で球体同士が合わさった。
そのまとまった混沌を、両手で包み込む。俺は目を見開き、言った。
「精錬・フレイムブレード」
刀身がドラゴンルビーでできた剣が、俺が手を広げるとともに姿を現す。
それを右手で掴み、デスベアーへと向かう。
「ガアア!」
右フックで襲ってくるが、それごとまとめて斬り付ける。
「消えろ!」
炎を纏った俺の剣は、獲物の肩口から対の横っ腹まで鋭く凪ぐ。
一瞬で、崩れ落ちるデスベアー。
この剣には、火属性とSTR(腕力)増加の効果があるため、一撃で片付いた。無論、これ自体の攻撃力もかなり高い。
ズシーン、と音を立てて倒れるヤツを尻目に、エルフの少女に向き直る。
「な、なんなのよアンタ・・・」
驚きを隠せないような少女に俺は微笑み、言った。
「ただの精錬術師さ」
ちょろっと、かっこつけすぎたか?
と心の中で苦笑した。