「私のような生贄でごめんなさい」と泣く私に、無感情な魔王様が「可愛すぎて無理だ」と顔を覆って身悶えています
「……どうか、私をお召し上がりください」
冷たい石造りの大ホール。
ボロボロの修道服を纏った私は、冷酷無比と恐れられる魔王ヴォルク様の前で深く平伏していた。
私の実家である伯爵家は、継母と義妹に牛耳られている。
「役立たずの地味女」と虐げられ、雑用係として扱われてきた私だが、ついには魔王城への「生贄」として差し出されることになったのだ。
本当なら、もっと若くて綺麗な義妹が選ばれるはずだった。
けれど、命が惜しい義妹は私を身代わりにした。
「私のような痩せこけた、地味で何の価値もない娘が生贄で……本当に申し訳ありません。お肉も美味しくないと思いますが……どうか、どうか国をお許しください……っ」
私なんかが生贄で、魔王様を失望させてしまったらどうしよう……
怒りで国が滅ぼされてしまったらどうしよう……
恐怖と申し訳なさで、私の全身はガクガクと震えていた。
しかし、どれだけ待っても、魔王様の怒りの声は聞こえてこない。
ただ、静まり返る大ホール……
「……あの、魔王様……?」
恐る恐る頭を上げ、玉座を見上げると……
そこにいたのは、漆黒の髪に彫刻のように整った顔立ちをしている美しい男の姿だった。
氷のように冷たい素振りで、噂通りの「無感情な魔王」そのものだ。
……が、様子がおかしい。
魔王様は巨大な玉座の上で、両手で固く顔を覆い、カタカタと激しく震えていたのだ。
「ま、魔王様……!? お腹が痛いのですか!? それとも、私の存在が不快すぎて頭痛が……!?」
「……ちが……っ」
低く重厚な、けれどどこか掠れた声が聞こえた。
「ちがう……近寄るな……これ以上、近づくのではない……っ」
「ひゃいっ……! も、申し訳ありません!」
やっぱり不快なのだわ!
私が慌てて後ずさると、魔王様はガバッと顔を上げた。
そのお顔は、耳の先まで真っ赤になっている。
「……無理だ」
「え……?」
「……可憐すぎる……儚すぎる……なんだあの小動物のような愛らしさは……。ボロボロの布を纏って涙を浮かべる姿が国宝級に刺さる……。言葉を交わしただけで心臓が爆発しそうだ……っっ!!」
魔王様は再び両手で顔を覆い、玉座の上で身悶え始めた。
「(……ええっ!? 何をおっしゃっているの!?)」
私は耳を疑った……
魔王様は深呼吸を何度も繰り返し、どうにか「無感情な冷酷顔」を取り戻そうと必死に表情筋を固定している。
「……人間よ。名を何という」
「ア、アリアと申します!」
「アリアか。……貴様を食すつもりはない。我が城に留まり、静かに暮らすが良い。」
「えっ、食べないのですか? では、私はどうすれば……」
「何もしなくて良い。ただそこにいて、息をしてくれればそれで良い……っ」(ぐはっ、首を傾げる仕草が破壊的……っ!)
最後の言葉は吐血しそうな勢いだったが、私は「生贄としての価値がないから放っておかれるのだ」と解釈した。
こうして、私の魔王城での「生贄生活」が始まったのである。
◇◇◇♢♢♢
翌朝……私にあてがわれた部屋は、王宮のゲストルーム並みに豪華な部屋だった。
ふかふかのベッドに戸惑いながら起き出すと、メイドの魔族たちが恭しく礼をする。
「アリア様、お召し替えのお召し物でございます」
用意されたのは、シルクとレースがふんだんに使われた、まるで姫君のようなドレスだった。
「あの、私には勿体なすぎます! こんな高価な服……!」
「いいえ、魔王様からの厳命でございます。アリア様に世界最高の仕立てをと。……それと、朝食でございます」
テーブルに並べられたのは、極上の焼き立てパン、新鮮なフルーツ、見たこともない豪華な料理の数々。
実家では冷えたパンくずしか与えられていなかった私は、一口食べてその美味しさに涙を流してしまった。
「美味しい………こんなに美味しいご飯、生まれて初めて食べました……!」
すると、部屋の扉がすーっと開き、視線を感じた。
扉の隙間から、魔王様がこちらを覗き込んでいる。
「魔王様! おはようございます!」
私が笑顔で立ち上がると、魔王様は「ッ――!?」と息を呑み、即座に壁の影に隠れた。
「ま、魔王様……? やはり私などが見界に入ると不快でしょうか……」
しゅん、と肩を落とすと、壁の向こうから必死の囁き声が漏れ聞こえてきた。
「……バカな………笑顔が眩しすぎる……天使か? 天使が我が城に舞い降りたのか? モグモグと頬を膨らませて食べる姿が愛おしすぎて直視できない……! 落ち着け、私の心臓よ、まだ止まるな……っっ!」
壁に頭を打ち付けているドスンドスンという音が響く。
魔王様は、どうやら重度の「人見知り」……あるいは何か別の病にかかっているのかもしれない。
私は本気で彼のお体を心配し始めた。
◇◇◇♢♢
数日後……私は魔王城の庭園で、綺麗なお花を眺めていた。
実家では雑用ばかりで、花を愛でる余裕なんてなかったから、毎日が夢のようだ。
「アリア」
振り返ると、そこに魔王様が立っていた。
相変わらず表情は固く、無感情に見える……けれど、その手には何やら小さな箱が握られていた。
「これを受け取れ」
「これは………?」
箱を開けると、中には私の瞳と同じ色の、美しい宝石のペンダントが入っていた。
「あまりに綺麗で、私には分不相応です……!」
「……不相応ではない。貴様にこそ似合うと思って用意した。……付けてやろう」
魔王様が大きな手で、そっと私の首元にペンダントをかけてくれる。
その手が、微かに震えていることに気づいた。
「……綺麗だ」
ポツリと漏らされた言葉に、胸がきゅっとした。
「あ、ありがとうございます……魔王様。あの、どうして私にこんなに優しくしてくださるのですか? 私は生贄で、何の役にも立たないのに……」
魔王様は一瞬だけ素の顔に戻り、深々と溜息をついた。
「……まだ気づいていないのか? 私は貴様に一目惚れしたのだ」
「え………?」
「生贄として現れた貴様を見た瞬間、私の心は奪われた……。儚く、健気で美しい貴様を……愛おしくてたまらないのだ………。本当は抱きしめたいし、毎日『可愛い』と囁きたい。だが……あまりの可愛さに、私の理性が吹き飛びそうになるのだ………」
魔王様はみるみる赤くなり、たまらず両手で顔を覆った。
「可愛すぎて無理なのだ……アリア。貴様が笑うたび、私の命が縮む思いなのだぞ……」
「ま、魔王様……っ」
私は頬がじんわり熱くなるのを感じた……
嫌われていたわけでも、呆れられていたわけでもない。
ただ、私を「愛おしい」と思ってくれていただけだったのだ。
「私……ずっと地味で、誰からも愛されないと思っていました………。でも、魔王様にそう言っていただけて……すごく嬉しいです」
私が笑顔を咲かせると、魔王様は「ぐふっ」と謎の声を漏らして倒れそうになり、慌てて私の肩を抱きとめた。
「……ああ、もうダメだ、限界だ。……アリア、覚悟しろ」
「え……?」
「貴様を絶対に手放さん。一生、我が城で過保護に甘やかしてやる」
冷酷なはずの魔王様は、溢れんばかりの愛おしさを込めて、私のおでこに優しくキスをした。
◇◇◇♢♢
それから間もなく……
「生贄を差し出したのだから、魔王は満足して引きこもるだろう」と高を括っていた私の実家と国は、魔王様からの親書を受け取って激震することになる。
『アリアを虐げた罪は重い。だが、アリアという至高の宝を我が元へ寄越した功績に免じ、国への侵攻は免除する。ただし、彼女の家(伯爵家)は即刻全財産を没収し、平民へ落とすこととする』
……そして伯爵家は崩壊し、継母と義妹は自業自得の報いを受けたらしい。
けれど、そんな外の騒がしさも、今の私には遠い出来事だ。
「アリア、今日のドレスも世界一似合っているぞ。……ああ、可愛すぎて直視できない……(悶絶)」
「ふふ、魔王様。今日も一緒にイチゴのタルトを食べましょうね」
過保護で、ウブで、私を世界一愛してくれる魔王様のお隣で……
私は今日も、世界で一番幸せな「生贄」として笑顔を咲かせている。




