王女に呼び出される婚約者を今日も見送った
「済まない……呼び出しだね」
「ええ。分かりましたわ。お気を付けて」
「いつも申し訳ないね。行ってくるよ」
婚約者との定期的な交流日。その日に限って彼はある方から呼び出されてしまうのにはもう慣れた。畏まった服装の使者が表情を変えずにそっと差し出したカードを見て、婚約者はため息を飲みこみ立ち上がった。
謝罪の言葉の回数を数えたことはないけれど、両手の指の数はとうに超えていた。
カフェのテーブルの上には飲み干したカップとまだ飲み途中のカップ、そしてデザートの盛られたお皿が一枚。
店員を呼んで飲み干して空になったカップを下げてもらった後、私はケーキを堪能した。
レグスト伯爵家の一人娘ルチアとして生まれた私は、幼い頃から家の跡を継ぐ者として厳しくも愛情深く育てられた。
私を産んだ後、母は次の子を望めなくなり父に離縁か愛人を持つことを申し出たが、政略結婚でも愛を育んだ父はどちらも選ばず、私を後継者にすることを選んだ。
伯爵家と言えど広い土地と多くの領民を抱えている以上、教育に手を抜かれることはなく、幼い頃はずっと領地で学び続けてきた。
王都に出たのは十五歳の時で、貴族の子女の教育並びに人脈形成などの目的のために作られたフェリド学園に入学した。
領地にいる時は近隣の歳が近い令息令嬢と交流していたけれど、今度はより広い規模の人脈作りが目的となり、日々充実していた。
婚約者が出来たのは第三学年になった十七歳の時。
私が補佐官を付ければ領地経営が出来るということも鑑みて選ばれたのは、侯爵家の三男のレリオスだった。
六歳年上の彼は家の跡継ぎでもスペアでもないため、早々に己の将来を定めている人だった。婚約者を作る暇もないほどお忙しい日々だったけれど、時間の調整ができるようにもなったので婚約出来る人を探していたそうだ。
誠実な人柄で、尚且つ温和な性格の方で、私としては好印象を持つのも当たり前だった。
今の仕事は出来る限り続けたいとのことで、それに関しては我が家もありがたい話だからと了承したことで結ばれた婚約なのだが。
彼には幼馴染と呼べるほどではないが、幼い頃から顔を合わせていた少し厄介な女性がいた。
マリーベル第四王女。国王陛下と子爵家出身の妾妃様との間に生まれた王女は、どうやらレリオスの事が好きだったようだ。
そのため、病弱だからそばにいて欲しいと言っては彼を呼び出していた。私との交流日には必ず。
どこで情報が漏れているのかは調べた上で泳がせている。
マリーベル王女は別に病弱でもなんでもなく、ただ私よりも優先される自分というものを見せたいがためにこのようなことをしているのだ。
それが何を意味し、どんな結末をもたらすのかも分からずに。
私はレリオスから話を聞いていたので笑顔で見送っていたのだけれど、既に半年に渡って邪魔され続けていたのでそろそろどうにかしなければならない。
学園を卒業したら結婚式を行い、私と彼は領地に移動するのだ。
王女としては破綻させて自分と結婚するようにしたいのだろうけれど、浅はかだとしか思えなかった。
せっせと私の悪評を広め、自分の方が大切にされていると広めているのは分かっている。
実際にお茶会に行くと「王女殿下と思いあっているのに邪魔している」とそのようなことも言われたことがある。
「お歳も近いのだから王女殿下と結ばれる方がお幸せなのに」
「身を引けばよろしいのに」
「分不相応だとご理解出来ないのよ」
「まあ!二人を引き裂く悪女ね」
レリオスにも私にも確認せず、王女の言葉だけで広める噂の責任の重さを彼女たちは知らない。
言ってきた人は全員手帳に名前を控えているので、時が来たら相応の対処をするつもりだ。
■■■
運命の日は直ぐに来て、王妃陛下主催の庭園交流会が開催された。
王族も参加する交流会は、夜会と同じで婚約者がいるならばその人と連れ立って参加するのがルールである。
「レリオス様、このネックレス、とても嬉しいわ。似合うかしら?」
「もちろん。私の色を身に付けるルチアが素敵だよ」
「ふふ。貴方のクラバットピンも似合うわ。私の色よ」
レリオスの美しい目の色と同じブルーサファイアの首飾りは私の黒髪に馴染むシルバーの台座の上で輝いている。
そして私の目の色であるアメジストは彼の金の髪の毛と合わせて金の台座に嵌め込まれ首元を彩っていた。
家の繋がりのある伯爵家当主を見掛けてレリオスと共に挨拶に行き、彼を紹介しながら会話を楽しんでいると、背後から大きな声が聞こえた。
「レリオス!こちらに来て!」
そこに居たのはフリルとリボンがこれでもかと付けられたピンクのドレスをきたマリーベル第四王女。御年二十三歳、未婚。
例え妾妃様から生まれたとしても王女は王女なので、誰もが口にしなかったが似たようなことを思ったはずだ。
うわぁ……痛々しい……。
別に誰が何を着ても構いはしないのだが、まず、時間帯に合わせたドレススタイルというのがある。
パニエを大量に仕込んだような裾の広がりが尋常ではないドレスは夜会用であり、昼間の交流会にはそぐわない。
前髪も眉毛の辺りで切りそろえるのは十代の未婚の令嬢は許されるけれど、二十代になれば伸ばしてサイドに流したり編み込んで後ろの髪の毛と纏めたりして額を出すのだけれど。
王女は前髪を眉毛の辺りで揃えているのだ。
彼女よりも年下の第五王女はゆるやかに編み込んで後ろ髪と合わせて、小さな白い花で清楚に飾っているのに。第五王女は間もなく結婚するために他国へ行くのでお見かけするのは最後だろう。
それはいいとして、明らかに時間帯も何もかも間違えているような王女が大きな声を出してレリオスを呼んだ。
周りはどうするのか、と好奇心を含めて注目していたのだが。
「何故ですか?お断りします」
そう言ってばっさりと断ると私の顔を見て微笑んだ。
まあそうよね。だって今日の彼はお仕事がお休みの日だもの。
「な、なんでよ!いつもはわたくしが呼んだら来てくれるじゃない!」
少し離れたところから大声を出せるなんて健康そのものじゃない、と思うのだけど、レリオスは容赦が無かった。
「仕事だからです。患者の容態が悪くなったと言われたならば診察するのは主治医として当たり前です。本日の私は仕事の日ではありませんので」
「え?」
うん。そうなのよ。
レリオスの仕事とは医師なのだ。
元々彼が医師を目指したのは母親である侯爵夫人が産後に体を弱らせたことで、病にかかりやすくなったからだった。
将来を文官か騎士のどちらかに進むものが多い中、レリオスは医師への道を目指した。
彼にとって幸いだったのは、母親想いから目指すと決めたことに父が感動して応援すると決めたことだろう。
高価な医学書も、医術の道に詳しい教師も、惜しみなく金銭を使って揃えてくれた。レリオスが真面目で決めたことを成し遂げる性格だったのもあり、フェリド学園に入学して基礎課程を学んだ後、第二学年で最先端医学を学べる隣国の更に一つ向こうの国への留学が認められた。
医学の基礎学問からさらに専門医学までを学ぶため、六年は帰国出来なかったが、医師の資格を取得して戻ってきたのは二十二歳。
フェリド学園の卒業は認められていて、侯爵家が代理で証書を受け取っていたので問題はなかったようだ。
帰国したレリオスは家族に出迎えられ、母親の診察は主治医の傍で聴きながら最先端医療の情報交換を行い治療方針の変更をしたそうだ。
また、幼い頃によく交流していた王妃生まれの第二王子マーシャル殿下に挨拶に行き、王宮医官に書き溜めてきた最先端医学の提供を行ったりしていた。
そこで偶然再会したのがマリーベル王女だった。
彼女とは幼い頃にマーシャル殿下と交流するついでに何度か顔を合わせていたので顔見知りであった。
幼い頃から顔の整っていたレリオスは成人すると見事な男前となり、マリーベル王女はその顔に惚れたのだろう。多分。
元々好きだったのかもしれない。知らないけど。
医師になったと聞いて、交流する手段を得たとでも思ったのだろうか。
診察して欲しいと言い出したのだ。
レリオスとしては王宮医官がいるのに、と思ったので即答は避けてまずは旧友のマーシャル殿下に相談した。
マーシャル殿下は様々に考えた後、国王と王妃の許可を得て、レリオスに「仕事として診察して欲しい」と告げた。
仕事なので患者に呼び出されたら赴くのは当たり前。診察した時は報告書を作成し提出。その分の報酬は毎回出ていた。
とはいえ、当初は控えめで月に一度程度だった。
回数が増えたのは半年前、私と婚約してから。
私は前もって患者にマリーベル王女がいることを聞かされていたので、呼び出されても「報酬が増えるだけよね」と思っていただけでなんの焦りもなかった。
何故なら、常に助手も同行していたし、侍女が何人も控えているのだ。疑いようがない。
ただの診察だとわかっているのに嫉妬するはずもない。
だけど、ある意味で世間知らずなお姫様は、私よりも優先されて愛されているのは自分、というのを広めてこの婚約の破綻を狙おうとした。
無茶しかない。
頻繁に医師の診察を受ける王女が、周りからどう見られるかを理解していない浅はかな振る舞い。
「それと、殿下の主治医は辞めさせていただきます。ルチア嬢との婚姻を控え、伯爵領に医療院を作ることになりまして、そちらに専念することになりました。この半年、何度もお呼びになられ診察し、治療も試みましたが私に治せないということは、私の実力不足か深刻な病ということなのでしょう。これ以上は申し訳ございませんが私では責任を負いかねますので、今後は王宮医官の適切な治療をお受け下さい」
すらすらと述べる彼だって馬鹿ではない。
自分が狙われていることを分かっていたからこそ、徹底的に医師である立ち位置を変えなかった。
執拗に何度も呼び出される度に増え続ける報告書。
王女付きの侍女による偽りを述べられないよう、マーシャル殿下が配置した侍女による報告。
助手や護衛からの報告も毎回きっちりと国王陛下の元に届けられていた。
あまりの頻度に、国王陛下も狙いがわかるからこそ頭を痛めた。
本来ならば駒として使うはずだったマリーベル王女は、妾妃の手元で育てられたせいか愚か者になったため、迂闊に外に出せなくなった。
怠惰な性格もあり、それを受け入れてくれそうなものを探していた時に帰国したのがレリオスだった。しかし彼に打診する前に我が家との婚約が成立した。
隣合う領地で行き来もしやすいし、レリオスは医者として多くの人を救いたいという高潔な心の持ち主だった。
とてもではないが、マリーベル王女を引き取るメリットはなかった。
それに、高頻度の診察はもはや王女が健康であっても、そうは思われないほどになっていた。
独身令嬢の間で噂を広めて熱愛にしたかったのだろうけれど、社交界でマリーベル王女は子を望めないなんて話にまでなっていたのだ。
もはや後妻か修道院に入れる道しか残っていないようにしたのは本人だった。
「そんな……だって、いつだってわたくしを優先して……」
「医者が患者を優先するのは当然のことです。ルチア嬢にもご理解頂いていました。ね?」
「はい。医学を修め研鑽を続けるレリオス様が王族の方を診察することは信頼されている証。これからは我が領にてその腕を発揮してもらいながら、医師の充実に向けて様々な試みを行う話もしておりますの」
医療院は既に建設を始めているが、併設して医学への道を志す者への学び舎も建てている。
留学中に出会ったご友人に声を掛けて二名ほど我が領にお越しいただける話も進めている。
王女殿下との恋物語を私に聞かせてきた方達の顔色は大変に悪い。それもそのはず。レリオスは医師として働いていただけで、私との結婚は揺るぎないのだから。
他家の婚約に首を突っ込むことは本来許されないことなのに、彼女たちは間違えた。理解していなかった。
公にしたので帰宅後、私はこれまでの無礼に対してやんわりと当主の方々に釘を刺すお手紙を送ることになる。
他所様の婚約に関してご丁寧に「身を引け」とまで言われるなど何をお考えなのでしょうか、と。
一応ね、公にはしていなかったのだ。だって王女がありえない頻度で診察を受けているなんて、ねえ?
病弱を装わなければ良かったのだ。
私たち貴族の娘がどれだけ健康に気をつけているのか、王女には理解出来なかったみたいだけど。
言葉もなく立ち竦むマリーベル王女は侍女達により連れて行かれた。
王妃陛下には騒ぎになったことを謝罪しなければと思いながらレリオスを見上げると、優しい眼差しで私を見ていたので微笑みで返した。
■■■
「王女殿下は修道院に入られたそうだよ」
「そうなのね」
「マーシャル殿下もこれで落ち着くだろうな」
全てはマーシャル殿下からの依頼だった。
マリーベル王女は婚姻先も見つからないまま王宮に残っていたのだが、そのせいでマーシャルの妃に対して頻繁に嫌がらせをしていた。
王太子の妃は他国の王女なのもあり、その兼ね合いからマーシャル殿下の妃は国内の伯爵令嬢に決まったのだが、伯爵令嬢というだけで散々見下していたのだ。
母親が子爵家の出であるマリーベル王女は、王女ではあるものの妾妃の娘なので力がない。
国内有数の財力を持つ家の令嬢であるマーシャル殿下の妃は決して蔑ろにしてはならないのに、それを分かっていなかった。
二十をすぎてもろくな嫁ぎ先もなく、怠惰に過ごす異母妹への怒りを溜め込んだマーシャル殿下は数年ぶりに再会したレリオス、その彼に目を付けたマリーベル王女へ罠を仕掛けることにした。
徹底的に医者として対応してもらうことで、呼び出せば呼び出すほど女としての価値を下げさせたのだ。元よりないも同然だったが、可能性をゼロに近づけさせた。
若い頃の妾妃は可愛くとも歳を取れば飽きてしまった国王にとって、マリーベル王女はただの厄介者になっていた。
病弱だから心細い、そばにいて。
そう言われて微笑ましく思えるのは子供までだ。
二十をすぎて義務も果たさず怠惰に過ごす女にレリオスが絆されることはない。
医者として忙しいからと滞在時間十分で退室するレリオス。
交流日の呼び出しの後、レリオスは必ず再度合流していた。
カフェでデートの日に呼び出された時は、のんびり待っていれば彼が戻って来るのでその後に観劇に行ったりしていた。
マリーベル王女はそのことを知らなかったのだと思う。
因みに、情報を流していたのはメイドとして潜り込んでいた女で、あまりにもずさん過ぎて侯爵家の人々が監視するのは余裕だった。
使える手駒が少なかったのだろう。ちなみに、そのメイドは金で主人の家を裏切ったことでかなり酷い目にあったようだ。詳細は知らない。
決定打はやはり王妃陛下主催の交流会での失態だ。
王妃陛下から私達に対してのお咎めはなかった。王妃陛下もそろそろ排除したかったのだと思う。お褒めの言葉をいただいた。
「レリオス様からの診断書の枚数に国王陛下も驚かれたでしょうね」
「その枚数分報酬が出るから私としては良い臨時収入だったよ」
「お相手するのは疲れませんでした?」
「健康な人間相手だからね。そこは適宜だよ」
そもそも王宮医官が問題無しとしているのに治療も何もあったものではない。
必要だったのは「頻繁に診察を受けている」という事実だけ。
そうして無事に王女は修道院に送られ、妾妃は僅かな金を持たされて離縁し実家に返された。
他にも一人側室様がいるけれど、その方は王妃陛下と良好な関係で、産んだ三人の王女のうち二人は政略の駒として嫁ぎ、第五王女も間もなく結婚する。
妾妃とマリーベル王女だけが王家にとって邪魔者だった。
まあ、その妾妃を選んだのは国王なので国王陛下が対処していればよかった話なのだ。
父親のそんな姿を見ているからか、王太子殿下は妃は一人で良いと思われているし、子供も既に三人いる。安泰で大変に喜ばしいことだ。
王宮の膿は消えた。
後は諸悪の根源である国王陛下だけど、そこは王妃陛下と王太子殿下次第だろう。
「今後もお付き合いすべき家も分かりましたし、悪いことではありませんでしたわ」
「そうだね。今後は最初から最後までデートが出来るね」
「楽しみですわ」
一時中断されている間はのんびりと本を読んだりして時間を潰していたけれど、やはり途中退席はないに越したことはない。
これまでのデートは外が多かった。
わざわざ使者に屋敷まで来られるのが腹立たしかったので、外で待ち合わせていたのだが、今度からは屋敷で会うことも出来る。
顔を見合せ微笑んだ二人はこれから先のことの話し合いで盛り上がり、一人の王女のことを思い出すことはもうなかった。
対王女ざまぁはあるけれど、婚約している二人は揺るぎない。
テンプレの「幼馴染に呼ばれたらすぐ行く婚約者」「男女二人とかおかしい」「医師を呼べばいいじゃない」を踏まえた上で「ならば男の方が医者ならどうなるか」にしてみました。
頻繁な呼び出しも患者だと思えば寛容に見送れるかな、と。




