【番外編】100年先の客は、いつか記憶を預けに来る
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短編セレクション、今回は『忘却クラブ』の番外編をお届けします。
このお話は、本編の情緒的な雰囲気とは一転して、少しばかりややこしいロジックが詰め込まれたSFファンタジーです。
100年先の未来からやってきた客人と、その「キメラ状態」になった歪な魂。
彼が悪魔であるマスターに持ち込んだのは、時間と魂を天秤にかけた、あまりにグロテスクな「ズル」の記録でした。
本編をお読みいただいた方はもちろん、ここから読み始める方も、マスターと一緒に「人間の執念が作り出した歪な理屈」を解き明かしてみてください。
初めまして。
喫茶店「レーテ―川」のマスターにして、忘却クラブの支配人をしております、しがない悪魔でございます。
本日は、私の愚痴に付き合っていただければ幸いです。
え。いやですか。
そうですか、それはご縁がございませんでした。そういった方は、この場でおかえりいただいて構いません。
私は1人勝手にしゃべりますので。
なんせ、うちの喫茶店、お客さんがいない状態が普通なもので、独り言には慣れっこですよ。
…はあ。言ってて悲しくなりましたね。
なんの話でしたっけ。そうでした、愚痴です愚痴。
前回の忘却クラブのお客さんときたら、まあほんと酷いお人でしてね。
あ、人間性とかはどうでもいいですよ。こちとら悪魔なので、人間らしさとか知りませんし。
そうじゃなくて、なんといいますか、めちゃくちゃおいしそうな熟成した魂を見せびらかしておいて、いざ蓋を開けてみたらもう差し押さえ済み、という感じでしてね。
もう、本当にがっかりですよ。
腹が立ったから腹いせにいろいろ驚かしてやったり、脅してやったりしたんですが、なんかそのあときれいさっぱり忘れやがりまして(そりゃ私がそうしたんですが)ぐーぐー寝てるわけですよ。
ひーこら店に運んでやったら、閉店時間まで眠りっぱなし。
まあ、ラブコールのせいでほとんど寝れてなかったんでしょうから仕方ないかもしれませんが、気持ちよさそうな寝顔を見てたら、腹立つでしょ。まったく悪魔の気も知らないで、というやつですよ。
全く、人間なんてろくなものじゃありませんな。
あ、ろくなものじゃないという言葉で思い出しました。
そのお客さんにも話したかったんですがインターセプトさせられたとっておきの話があったんですよ。
まさに、人間ろくでもなし、という話です。ろくでなし同士どう反応するか見たかったのですが、あの人気が小さいものだから話を聞いてくれなくて。
面白い話なんで是非聞いてくださいよ。
*
あれはいつ頃でしたっけねえ。まあ、時間感覚なんて我々にはないので、正確なところは覚えちゃないんですが。少なくとも100年前ってことはないと思いますよ。
まあ、とにかく、いつもの通り私が喫茶店で勤勉にさぼっているとですね。
異様ななりのお客さんが突然来店されたんですよ。
え、どんな格好だったんだって?
……どんな格好でしたっけ?
いや、違うんですよ。悪魔的に言って、異様ななりっていうのは魂の話ですよ。
人間の服装とか、わかるわけないでしょ?あなた、犬とか猫の毛並みの細かな違いとか分かります?
え?わかる?そうですか…。
まあいいでしょう。話を戻しましょうか。
異様ななりというのはね、その人の魂の形が、みたことがないくらいに歪だったんですよ。
たとえるなら、首がもう一本、腹から生えている、という感じです。
1人の人生を生きてきた完結した魂とは別に、明らかに付け足したような魂が別についてるんです。
しかし、その顔つきは明らかにその人の魂そのもの、という感じでね。
言っちゃ悪いですがおぞましかったですな。
で、その人がお決まりのように忘却クラブを利用したいというわけです。まあ、いつものように承りました。そして、その人の預けたいものを聞いたわけです。
それは、何やら変な機械でしたね。何とも、変な約束の品と思って受け取って―――そこで私は頭がめちゃくちゃシェイクされたわけです。
なぜって?
その約束の品ね、今よりずっとずっと先の未来に作られた端末で、その端末にまつわる約束だったんです。その人からすると、型落ちの機種らしいんですがね。
とにかく、未来の品と未来の約束なんです。
そんな見たこともない世界の情報が魂から流れてきて、思わず声を上げてしまいましてね。これは何だ、あなたは誰だって。
向こうは平然と答えました。
自分は未来人で100年くらい先から来たものだと。
いえ、正確には105年でしたかね。とにかくはるか未来の人ですよ。
もう、馬鹿言っちゃいけないと思いますよね。そんなことあるわけないじゃないですか、SFじゃないんですから。
そういったら、お客さん、憎たらしいことに、悪魔にだけは言われたくないとか言いやがるんですよ、腹立ちますよね、本当。
で、そのお客さんが言うわけです。この記憶を100年間預かっておいてほしい、と。
さて、ここで私の得意技の話をしましょうか。
私、魂を使って未来のことがわかるんです!
…まあ、大げさなことではないんですが。その魂が将来自分のものになるかどうかがわかる、というくらいの、まああまり使い道のない特技です。ただ、これを使って私は忘却クラブを商いしているわけで、そのとき受け取った魂も同じように確認してみたところですね。これ、私のものにならないわけですよ。
がっかりです。
理屈としてはこういうことらしいですね。
なんでもそのお客さんは105年後からやってきた。5歳以上のお年であることは確かなので、今から100年後にはその人は間違いなく生存しているわけです。だからその時代にはちゃんと受け取り手がいるんですよ。
だから、先方はちゃんと約束を履行できる。約束の品も受け取りに行ったそうです。
――あ、すごくどうでもいい話ですが、そのときも私の店、流行ってなかったそうですよ……とほほです
話がそれましたね。まあ、そうやって記憶の回収も行い、約束の履行を行ったと。
で、それをまた預けに来たのだというんですよ。
じゃあ、次に気になるのは、なんでそんなことをするかですよね。
その話を聞いて、何ともおぞましい気持ちになりましたね。
曰く、未来の記憶を先取りできるから、だそうです。
理屈を聞くと、これまたややこしい話なので注意して聞いてくださいね。
約束の品を預けた時の記憶は105年先の未来の記憶。で、それをわざわざ105年前にさかのぼって私のところにきて100年間預ける。
そうするとどうなるか。
100年先の未来では、私がその記憶を引っ張り出しますとその魂は持ち主である100年後のお客様のもとに届きます。
で、そのときその人は5年先(105引くことの100ということですね)の記憶を『思い出す』ことができる、というわけです。
気色の悪い話です。
なんでも人間の世界では、未来の情報というのは喉から手が出るほどほしいもののようで、だからこそ未来の渡航や過去の世界への情報供与は非常に厳密に規制されているとか。その法の網をかいくぐる手段として見つけ出したのが、私の忘却クラブだそうです。
未来の世界でも悪魔だの魂だのはきちんと認識されていないらしいですね。だからこそ適切なタイミングで未来の情報を伝える手段として私のクラブは利用できた。その人はそのおかげでだいぶ社会的に高位に付けたといっていましたね。
そういって、その人は結局その記憶を預けて、きれいさっぱり忘れた状態で帰られました。
そのとき、例の明らかに別物という魂はこそげ落ちていましたね。
あの別ものの魂が、『思い出した』ときに回収した魂だったんですね。
ここもややこしい話なので注意してくださいね。
あの人は過去に何度もそういう脱法記憶操作をしているわけなんですが、その記憶操作で「思い出した」記憶、それそのものは勿論その人のものではないんです。だって、本来その体験された方は5年先のご自身だったわけで。
そんなものを思い出す、なんてしたもんですから、魂がキメラ状態になっていたわけですな。
で、そのキメラ状態の記憶を丸ごと再び置いていったというわけです。
ちなみにですが、厳密にいうと、その記憶だけでなく自身が本当に経験した記憶そのものも一緒に置いていってるんですよね。
え?よくわからないって?
だってほら、あの人はすでに何度も未来の知識を利用したご自身の経験があるわけでしょう?
で、今回の契約でそれを含めて脱法記憶行為に関すること全部を預けていったわけです。
だから、いまお預かりしている記憶、実は、最初の5年間の記憶と、それを活用した記憶がミックスしたものなんですよ。これを、何も知らない過去の自分に送るわけです。
考えてみたらめちゃくちゃ気持ち悪いでしょ?
で、ですね。その人、そのとき限りじゃなくて、その後何度も来店されたんですよ。
なんで、店の情報を覚えているかって?そりゃ別の記憶を『思い出し』て、一緒に忘却クラブでのことも思い出すんですよ。
それでその度に、ますます気持ち悪い魂をくっつけてやってきては、それを根こそぎ置いていって帰っていく。
ついでにご自身の魂もやせ細っていく。
そこまでして、未来の情報が得たいのか、本当にわかりませんよ。
というか、よく考えてみると、今私が預かっている魂、結局もともと誰のものなんですかね?
私がお会いしたお客さんを仮にお客さん1としますね。
で、預かった記憶ですがもともとはこのお客さん1のものでないことは明らかなんです。
だって私がお会いしたお客さん1ははじめからグロテスクな魂をつけていたんですよ?
本当に最初にこれを思いついて実行した人は、私のところに来るときはまだ記憶を預ける前であり、当然何かを受け取れるわけはないのですから、その人はまっさらな本人だけの魂の状態だったはずなんです。
そんなお客さん0がいたはずなんですけどねぇ。私、知らないんですよね、その人。
このこと聞いてみたら、お客さん、並行世界だとかなんとかよくわからないことをおっしゃってましたねぇ。
なんでも、厳密には自分の過去を変えることは不可能で、自分は別の世界線の自分の未来を変えている。それでも自分の未来をちゃんとまた別の世界の自分が変えてくれているんだからこれでいいんだとかなんとか。
最初のお客さん0がお客さん1に記憶を託して未来を変え、お客さん1がお客さん2に記憶を託して未来を変え、と連綿と記憶のバトンパスをしてるらしいですねえ。
もしこの話が本当なら、このバトンパス、どこで終わるんですかね?なんか永遠に続きそうです。
本当に、人間の考えることって、悪魔よりよっぽどグロテスクですよねぇ。
あと、気になることといったら、そもそもどうやって私のお店のことを知ったかですよね。
まあホームページには出していますが、本当に忘れたいことのあるお客さんしか当店には来れないはずですからね。こればかりは、科学が発展しようがかいくぐれないと思うんですよねぇ。
だから、聞いてみたわけですよ私。
そしたら、その人笑ってこう答えたんですよ。
『覚えてない』って。
どこかのタイミングで、どこかのお客さんがその記憶を私に預けてしまい、今のお客さんはそれをまだ受け取ってないってことっぽいです。
そして、そのお客さんはまだ私の前には現れてない。
嫌ですねぇ。
怖いですねぇ。
こんなことを考えて実際に実現する人間が、最初、どんな思いで何を抱えて来店されたかなんて、正直全く知りたくないんですが、お客さんがもう忘却されてしまっているという以上、預かることは確定しているわけです。
ってことは、いつの日か必ずその記憶を持ったお客さんが私のところに現れるんでしょう…?そして私はその記憶を必ず見せられる……。
私この言葉嫌いで使いたくはないんですけどね。
本当に怖いのは、悪魔でも何でもなく、生きている人間だってのは、本当のことのようですねぇ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 100年先の客人がたどり着いた結末、いかがだったでしょうか。
SFでは定番の「タイムループ」や「並行世界」のネタですが、そこに「魂の所有権」というファンタジーのフィルターを通して検証を重ねた結果、このようなグロテスクな形にたどり着きました。
以前もお話しした通り、私は「思いついた何でもない設定を繰り返し検証し、厳密に詰めていく」というプロセスを大切にしています。この番外編が生まれたのは、前回の忘却クラブ本編でいろいろ考えている途中で、あれ?これ実は未来知識チートに使えない?と思ったのがきっかけでした。
そこからさらにロジックを突き詰めていくと、見えてくるのが 「未来の自分に記憶をバトンパス」と「魂のキメラ化・損耗」でした。SF的な時間論を突き詰めた結果、悪魔ですら引き気味になる「人間が一番怖い」というホラーに着地できたと思っています。
ちなみに、この未来知識チート、私は何回か扱っている大好物のネタなので、現在連載中の『帝都東京で配信中!』でもたらふく出てくる予定です。スマホという現代の利器がもたらす「未来知識」でいかに100年前の帝都を攻略していくのか、その結末にもご期待ください。
それではまた、次の物語でお会いしましょう。




