カクテル・昏睡
長い余韻。目を覚ますと、『人生カクテル』が注がれていたグラスは空だった。
「…どんな夢を見られたのか、お聞きしてもよろしいですか?」
オーナーが静かに言う。
「……やっと死ねたと思ったのに。私は生きてる」
誰に言うでもない、独り言。さっき起こったことは夢なのだから、私が生きているのは当たり前。
「…どれだけ夢を見ても、現実は変わりませんね」
泣きそうになる。余韻は苦く、私の心臓から離れない。
「夢とは、そういうものです。幻想的で、時に残酷な現実を突きつける。…それでも人は、夢を見ることをやめないのです」
夢というのは、ひどいものだ。ずっと死にたかったのに。死ぬ直前に遥希のあんな表情を見せられたら、こっちで死ねなくなってしまう。
死ぬ勇気をもらいに来たはずだったのに。死ねなくなる夢だけを見せて、消えていった。
「遥希様は、自由を追い求めていましたね。それは、ある意味自由ではなかったのかもしれません」
カウンターで項垂れる私に、優しい声色で話しかける。
「『自由に生きる』ということに囚われ、最期は溺死…ですが、遥希様はお客様に、『自由に生きる面白さ』を遺していかれました」
そうだ。確かに、遥希は「自由」に固執していた。それは、気付かぬうちに死へと追い込むほどの想いだったのかもしれない。
「でも……死んだら、意味がないんですよ。遥希の名をこの世に遺せない。生きた証がなくなってしまう」
そう。死んだらただの死体だ。遥希が生きていた証拠など、なくなってしまう。だから私は代わりに死ぬことを選んだのに。
「確かに、そういった考えもあります。ただ、何も遺せない、というのは間違いであると思いますよ」
どういうことか困惑する私に、オーナーが説明する。
「お客様は、犠牲になることを厭わないくらい遥希様のことを想っていた。この想いは、言葉にならなくともこの世に存在しているのです。……お客様は、かつて遥希様と共に冒険をし、世界を知った。今、その世界にいるのはお客様自身なんですよ」
驚いた。そんなふうに考えもしなかった。
「私が生きることが、遥希が生きた証……」
言葉にすると、すっと腑に落ちた。遥希は死んで終わりじゃない。私が死なない限り、私の心臓の中で生きている。
……だめだな、これじゃ。死ねなくなった。
携帯の通知が鳴る。
『今日指名あり』
それを見て、私はバッグを持つ。会計をし、店を出る。
退店すると、すっかり夜になっていた。シブヤの夜は、夢と打算が混じっている。
「……ちゃんと、生きなきゃな…」
夏の終わりの、まとわりついてくる空気。今はそれすらもなんだか懐かしく思う。
夢をみるのは、もう終わり。これからは、世界をみる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。初めて書いた小説ですので、未熟な部分が目立つと思いますが暖かく見て頂けたら幸いです。




