カクテル・泥酔
死亡描写があります。苦手な方はご注意ください。
夏休みが終わる、前日。八月三十日のことだった。
明日、両親が迎えに来る。荷物を片付けていた時、家のインターホンが鳴った。
「瑞生ー!遊ぼうよ!」
毎日聞いていた声。私は玄関に行き、ドアを開ける。
「ごめん、今日は荷物の片付けがあるから遊べないかも」
出て早々、遥希に言った。
「えー、まじ?じゃあ…俺も手伝うから、終わったら遊ぼうよ」
断られても尚、諦めない。それが遥希という少年だ。
私も遊びたい気持ちはあったから、遥希の提案を受け入れた。
「…何で遥希は、そんなに冒険をしたいの?」
「何でって、そんなの…冒険は楽しいからだよ。楽しいことをしたら楽しくなるに決まってるでしょ?」
楽しいから、何が何でも実行する。少し独特な価値観だった。
それからは、私語を減らして、黙々と片付けをしていく。いつも騒がしい遥希からは想像できないくらい、おそろしく静かだった。
「よし、終わった!じゃあ遊びに行こう!」
二人でやったから、想定より早く終わってしまった。遥希に嘘をついて手伝ってもらったことに、罪悪感を覚える。
「…ごめん。実は…おばあちゃんに『外出禁止』って言われちゃって…」
この時。また嘘を言って冒険に行ったら良かったと、何度も思っていた。それが今、叶うのだ。
ここは夢。だから、過去の私を改変することも出来る。
「でも、私冒険に行きたい…だから、一緒に行こ?」
やっと、長年の願いが叶った。これで、あの事件は起こらないはず。
「…ほんと?!じゃあさ、山に行こうよ!あそこの山、珍しい虫がたくさんいるからさ!」
その言葉を、ずっと待っていた。絶対に遥希を死なせない。遥希のためなら、嘘つきにだってなってやる。
この分岐の先を、絶対に見届ける。
「お、あれは…ルリタテハだ」
遥希は、珍しい虫を見つけても捕まえない。遥希曰く、「閉じ込められるのは可哀想」なんだとか。
山は小さいけど、危険な場所もある。崖だ。海が近いため、崖の下は海が広がっている。落ちたら即死だろう。
ここには来たくなかった。でも、遥希のために来なくてはならない。運命を、変えないと。
「あっちは…なんかいる。行こう」
そう言って、海の真上にある崖にどんどん近付く遥希。木が斜めに生えているせいで、崖のふちが分かりにくい。そこに『死』があるとは知らずに、蝶を見ようと手を伸ばす。
「っ…遥希っ!」
遥希の体がぐらりと揺れ、落ちる寸前。私はなんとか彼を掴んだ。
「瑞生…?!待って、行かないでよっ…!」
最後に見えたのは、狼狽える遥希の表情。これで、良いの。良かった、ちゃんと死ねて。
あの時、私は遥希についていかず、家で居た。彼は一人で山に行き、あの崖から転落。帰ってきたのは、水死体だった。
私がついていっていたら、死ななかったかもしれない。私なんかより、彼が生きるべき人間なのに。ルールを守って、なにも感じずに生きるよりも、刺激を楽しめる人だけがこの世に名を遺すのに。
おばあちゃんの家を離れたあとも、後悔の味は舌にこびりつき、なくならない。
大人になった今でも、あの時のことを鮮明に思い出せる。遥希の両親が話した、死亡の知らせ。グロテスクなため、詳しくは教えてくれなかった。
でも、子供はそんなに馬鹿じゃない。いくらぼかしたところで、後悔と懺悔は心に深く突き刺さる。
何回泣いただろうか。思い出すたび、私の無能さが浮き彫りになる。
でも…人生カクテルを飲んで。
夢の中で、後悔を上書きした。
ようやく、「正しい選択」が出来たのだ。




