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カクテル・酩酊後期

 うざったい夏の空気。蚊取り線香の匂い。近所の子供の声。おばあちゃんの家の、畳の感触。

 全てが懐かしい。そして、全てが苦い思い出。


 小学生の時は、毎年夏休みに入るとおばあちゃんの家で過ごしていた。親は仕事で忙しく、家にほとんど居ないからだ。

 おばあちゃんの家ですることは、大体決まっていた。家で宿題をする。縁側でスイカを食べる。おじいちゃんと一緒に手持ち花火を庭でやる。そんなところだろうか。

 けど、小学生最後の年は、例年とは違った。近所に、同い年の男の子が引っ越してきたのだ。

 その子は変わっていた。大人の言いつけを守らず、いつも怒られていた。勝手に一人で遠出し、危険な目に遭い、両親に説教される。その繰り返しだった。

 ある日、家のまわりを散歩していると、その子に出くわした。正直、悪印象しかなかったので、少し身構える。

「…隣の家の人でしょ?そうだよね!…なぁ、暇なら一緒に虫取りに行こうよ」

 聞こえてきたのは、私を遊びに誘う呑気な声。それはイメージとは全く違う。しばらくその場で立ち尽くした。

 そんな私を気にもかけず、男の子は誘い続ける。

「ねーぇ、遊びに行こうぜ〜?俺暇なんだよね〜。君は?せっかくの夏休みなのに遊ばないの?」

「…私は、やることがあるから」

 しつこく聞かれて、つい答えてしまった。反応をもらえて嬉しくなったのか、喋るスピードが更に速くなる。

「そんなに大事なの?俺は虫取りのほうが楽しいと思うけどな〜…虫が苦手なら、遠くに冒険に行こうよ!」

 そんな調子で、途切れることなく話しかけてくる。無視を決め込んでもお構いなし。

「そんなに言うなら、わかったよ…。今日だけだから」

 仕方なく、付き合うことにした。一日遊べば気が済むだろう。


 甘かった。気が済むどころか、それからは毎日遊びに誘ってくるようになってしまった。

「今日は何して遊ぶ?海に行く?それか、スイカ割りとか!」

 玄関ドアの前で、延々と喋り続ける。気が散って、勉強がちっとも進まない。

 こうなったら、うんと遊んでやるしかない。私は動きやすい服に着替え、水筒を準備して玄関を出る。

「さっさと遊んで、帰るから」

 そう言うと、少年の顔が喜びに満ちていく。そうして、私と少年、二人だけの冒険が始まった。


 最初にしたことは、とにかく遠くに行くことだった。

 小さな町を飛び出て、隣町まで電車で行く。なけなしのお小遣いを使って、初めて子供だけで電車に乗った。

「…名前、何?」

「俺は遥希(はるき)!かっこいいだろ〜!で、君は?」

「私は瑞生(みき)っていうの」

 そんな、何気ない会話が景色とともに流れていく。静かな車両は、不思議と安心した。


 隣町に着いたはいいものの、何をするのか特に決めていなかった。遥希は「歩いてるだけでも楽しいよ」なんて能天気なことを言っていた。

 知らない町。知らない道。知らない人。知らないものだらけの世界で、私は不安に押し潰されそうになった。

 そんな私を気遣ったのか、遥希が手を握ってきた。

「だいじょーぶ!俺に任せとけって!」

 なんて無責任な言葉で、なんて頼もしい言葉。自然と、私も手を握り返す。この冒険は、すごく楽しかった。


 帰ってきたら、案の定怒られた。遥希はいつもどおり叱られていたけど、私は怒るというより困惑された。

「どうして、勝手に外に行ったの?瑞生ちゃんはお勉強するんじゃなかったの?」

 おばあちゃんに、たくさん聞かれた。上手く答えられなかった。

 初めて大人に反抗したから、おばあちゃんも状況が飲み込めなかったのだろう。でも、それは私も同じだ。今まで、大人の言いつけを絶対守ってきた私が、どうして冒険に行ったのか。どうして無理を言ってでも途中で帰らなかったのか。

 私にも分からない。けど、なんだか胸が弾んで、帰る気にはなれなかった。ただそれだけ。


 それから、毎日のように遥希と冒険した。毎日「初めて」を更新し、毎日怒られる。でも、やめられなかった。だって楽しいから。


 それでも、夏休みには必ず終わりがくる。終わりがあるからこそ儚く、全力で楽しめるのだ。

 夏休み最終日の前日に、あの惨劇は起こった。

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