ダジャレ
久保田恵はダジャレ好きの社員だった。好きというより口を開けば出てしまう。
「今朝起きたら布団がふっとんだー」
「わたくし新人ですが、どうか信じん(新人)でください」
「会議が長引いて、ちょっと懐疑(会議)的になってきましたね」などなど。
本人は場を少しでも和ませたいだけだ。ほんの一瞬ふっと空気が緩めばそれでいい。
だが周囲の反応はたいてい同じ。
「……うるせーよ」
その一言で空気はさらに冷える。それでも恵はめげなかった。
その日までは。
残業続きでピリピリしている課長につい言ってしまった。
「課長、今日も過重(課長)労働ですね」
しまった、と思ったときには遅かった。
「くだらないことばかり言ってないで真面目に仕事しろ!」
課長の声がオフィスに響いた。
さすがの恵もしゅんとした。
意気消沈でしょんぼり。
数日間ダジャレは封印。というより、もうダジャレを言うこと自体を止めようかとまで考えた。
そんなある日、総務から声がかかる。
「社長室と応接室の片付け、手伝ってくれない?」
初めて入る社長室。
緊張で背筋が伸びる。
そして――
部屋の隅にデデーンと鎮座する大きなタヌキの置物。
お蕎麦屋さんの店先で見るようなあのタヌキだ。
(な、なんで社長室に……?)
気になりつつもまずは片付け。
コップを下げ、テーブルを拭き、書類を整える。
そこへ社長が戻ってきた。
「おー、ありがとう。助かるよ」
恵は思い切って聞いてみた。
「あの……どうしてタヌキの置物があるんですか?」
社長は少し笑った。
「ああ、久保田くんは新人だから知らないか」
そして、タヌキをぽんと軽く叩く。
「タヌキは“他を抜く”ってな。ゲン担ぎみたいなもんだ」
恵の目が丸くなる。
「ダジャレですか!?」
「そうそう。ダジャレ」
社長は楽しそうにうなずく。
「でもな、ダジャレといってもバカにできないんだぞ」
社長室の棚を指さす。
「あのフクロウは“不苦労”
あっちの鷹は“高く飛ぶ”
ほら、その馬の置物は“うまくいく”だ」
全部ダジャレだった。
「ビジネスってのは理屈も大事だが縁起も気持ちも大事なんだ。言葉には力がある。笑って前を向けるならそれでいい」
恵はしばらくタヌキを見つめた。
他を抜く。
なんだか急に頼もしく見えてくる。
目からうろことはこのことだった。
そして、恵のダジャレの日々は復活した。
終




