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乙女ゲームの世界に転生したけど、全然簡単じゃない!!  作者: 太陽の海


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第9章 不要なおせっかい

この学院で平穏な生活を送るのは至難の業だ。

俺とアミリアについては、妙な噂が飛び交っている。「二人は秘密の恋人同士だ」とか、「結婚相手が見つからず絶望したアランが、血迷って平民のアミリアに手を出した」とか、言いたい放題だ。

だが、意外にも否定的な意見ばかりではない。「お似合いのカップルだ」という声も多い。貧乏で下層階級顔の男爵と、身分違いの平民女。まるで「腐った魚同士がくっついた」とでも言いたげな揶揄やゆだ。


俺に言わせれば、腐った魚なのは俺だけで、アミリアは女神のような存在だ。彼女が聖女として覚醒すれば、「腐った魚を手に持った女神」という奇妙な構図になり、女神の手まで臭くなってしまうのではないかと心配になる。


それでもアミリアは、あれからずっと俺と一緒にいてくれる。機会があるごとに顔を合わせ、行動を共にするようになった。

ダニエルとラモンドは「アミリアとは距離を置いた方がいい」と忠告してくるが、その度に俺は自分の頭を指差し、「俺にも考えがあるんだよ」と無言で伝えている。


植物園での出来事から一週間が経った。

アリスとジュリアスの密会現場を目撃した件は、あっという間にアンジェラの耳に入った。彼女は激怒し、取り巻きたちの前でティーカップを投げつけるほど荒れ狂ったらしい。

そして、アリスに対するいじめが始まった。

おそらく、アンジェラの取り巻きの中にいる王子信奉者が主導しているのだろう。火がついたように、アリスを快く思わない者たちが次々といじめに加担していった。


これもゲーム内のイベントの一つだ。

本来のヒロインであるアミリアなら、持ち前の優しさと善良さで乗り越えられただろう。だが、アリスは違う。彼女はゲームの知識を利用してヒロインの座を奪い、シナリオをなぞっているだけの「偽物」だ。

そろそろ彼女も気づき始めているかもしれない。現実はゲームほど甘くないこと、そしてもう後戻りはできず、歯を食いしばって耐えるしかないということに。


『紳士の心得』の授業が終わり、午後の空き時間になった。

俺はアミリアと昼食をとる約束をしていたので、女子校舎の横にある池のほとりで待っていた。

今は女子生徒たちが魔法実技の授業を受けている時間だ。魔力ゼロの俺のような男子生徒にとっては、ほぼ自由時間と言ってもいい。


「アラン? どうしてこんなところに……まさか……」


校舎から出てきたシリア姉さんが俺を見つけ、怪訝そうな顔をした。俺が何か言う前に、彼女は俺の手を引いて校舎の裏へと連れて行った。

姉さんは不満げに俺を睨みつけ、眉をひそめている。俺の姉だということは周知の事実だが、アンジェラにも劣らない高貴な美貌を持つ彼女は、「三年生で最も美しい女性」と称されている。


「あんた、あの平民の子に会いに来たの?」


俺は一瞬きょとんとしたが、すぐにアミリアのことだと理解した。


「アミリアのことなら、そうです。待ち合わせしてるんです」


俺がそう答えると、姉さんはさらに不機嫌になり、俺の肩を強く掴んだ。三年前はずっと見上げていた彼女を、今では俺がお姫様抱っこできるくらい身長差がついている。


「……あの子とは関わらない方がいいわ。これ以上一緒にいると、あんたまで軽蔑されることになるのよ」


姉さんは本気で心配してくれている。だが、その言葉は俺の古傷をえぐった。


「……軽蔑? 今さらですか。僕を見下していない貴族なんていないでしょう? 姉さんだって分かってるはずです。僕と婚約してくれるような貴族の令嬢なんて、どこにもいないってことを。何を今さら心配してるんですか?」


俺は無表情で淡々と言い返した。姉さんは言葉に詰まった。彼女が俺のために縁談を探し回り、ことごとく断られていることは知っている。


「あの子は平民なのよ……。このまま意固地になって付き合い続ければ、ファザート家の名誉に関わるわ。悪い噂が立てば……」


姉さんの口調が乱れる。身分社会なのは理解しているが、自分より立場の弱い人間を見下す態度には我慢がならない。たとえ同じ人間でも、扱いには天と地ほどの差がある。その理不尽さが、俺の怒りのスイッチを押した。


「結局……姉さんは、僕のせいで家に泥を塗られるのが怖いだけでしょう?」


俺の声が低くなり、姉さんはビクリと震えた。


「ち、違うわ、私はただ……」

「家のことなら心配いりません。どうせ僕は男爵位をもらったんです。家を出て独立すれば、家族に迷惑はかからないでしょう。そうすれば、姉さんが心置きなく当主になれる」


姉さんはショックを受けたように絶句した。


「や、やめて……そんなこと言わないで」


彼女は視線を落とし、現実から逃れようとするかのように目を伏せた。


「僕が家を出れば、姉さんも僕のことで恥をかかなくて済む。ずっと僕のことが恥ずかしかったんでしょう?」

「ち、違う……ッ!」


これまで受けてきたプレッシャーのせいで、俺は目の前の姉さんの気持ちも考えず、心の中のどす黒い感情をぶちまけてしまった。


「出来の良い弟なら自慢できるでしょうけど、僕みたいな弟じゃ恥ずかしいですよね。大丈夫ですよ、これからは他人に言っていいです。『シリア・ファザートに弟はいません』って」


俺がそう言い放った瞬間、姉さんは顔を上げ、大粒の涙を流した。彼女は俺の手を掴み、自分の顔に押し当てた。


「お……お願い、そんな他人行儀なこと言わないで……。酷いよ……そんなこと……。ごめんなさい、あんな言い方して……。でも、家を出て行くなんて言わないで。あんたのこと、恥ずかしいなんて思ったこと一度もないわ! だから……お願い……」


手のひらに彼女の涙の熱さを感じる。気丈で頼れる姉さんの、こんな取り乱した姿を見るのは初めてだった。

一時の感情に任せて酷いことを言ってしまった。ただアミリアへの干渉をやめさせたかっただけなのに、言い過ぎてしまった。

また、大切な人を傷つけてしまった。


「ごめんなさい……言い過ぎました。姉さんが僕のことを心配してくれているのは分かってるのに、わざと傷つけるようなことを言って……」


俺はポケットからハンカチを取り出し、彼女の涙と鼻水を拭った。姉さんは潤んだ瞳で俺を見つめている。


「ほら……泣かないでください。そんな顔してたら、美人が台無しですよ」

「なによ……今さら気遣うフリして……。私を泣かせたくせに、調子のいいこと言わないでよ……」


彼女は拗ねたように視線を逸らし、弱々しい声で言った。輝くブロンドの髪も、笑顔の時の方がずっと綺麗だ。

しばらく慰めていると、姉さんはようやく落ち着きを取り戻した。


「僕がアミリアと一緒にいるのは、婚約者が見つからないからじゃありませんよ」

「どういう意味? ……まさか、本気であの子のことが好きなの?」


姉さんは、俺が家を出ると言った時以上に驚いた顔をした。


「そうですね……。僕にとって、彼女は他の誰よりも特別なんです。姉さんは、僕が妥協して彼女を選んだと思っているかもしれませんが、もし僕が黒髪じゃなくて、選び放題だったとしても……僕はアミリアを選びます」


姉さんは黙って聞いていた。アミリアは本当に特別な存在だ。深い意味はないが、彼女の力が覚醒すれば、姉さんの評価も変わるだろう。


「同情なの? いじめられているのを見て、放っておけなくなったとか」

「はい……。でも、それだけじゃない感情もあるんです」


姉さんは首を横に振り、俺の決意を理解したようにため息をついた。

俺にも譲れない信念がある。どれだけ惨めで恥ずかしい思いをしても、自分の信じるものだけは捨ててはいけない。それが今の俺を支えている。

誰かがいじめられているのを見て見ぬふりをすれば、いじめている連中と同類だ。そう自分に言い聞かせている。それで人生が楽になるわけでも、ヒーローになれるわけでもないが、自分を見失わずに済む。


「今はまだ、そこまで深く考えてませんけどね。安心してください」

「ふーん……。ま、あんたがそこまで言うなら、気に入らないけど反対はしないわ」


俺がホッとしたのも束の間、姉さんは突然俺のネクタイを引っ張り、顔を近づけてきた。


「姉さん?」


彼女は妖艶に微笑み、俺の耳元で囁いた。


「あんたがそういう奴だから……私はこんなに弟が大好きなのよ。ここの女たちも、あんたの本当の良さを知ったら、きっと放っておかないわね」


そう言い残して、彼女は颯爽と去っていった。俺はその場に呆然と立ち尽くした。

今の言葉、姉弟愛としての意味だよな? 間違いない。俺たちは血の繋がった姉弟だ。恋愛感情なんてあるはずがない。でも、「大好き」と言われると、やっぱり少しドキッとするな。


アミリアとの約束を思い出し、俺は慌てて待ち合わせ場所へ向かった。角を曲がったところで、アミリアが固まっているのを見つけた。俺と目が合うと、彼女は慌てて視線を逸らし、顔を赤らめた。


「あれ? アミリア、いつからそこに?」

「つ、着いたばかりです! な、何も聞いてませんから!」


彼女は本当に嘘が下手だ。世界中の女性が彼女みたいだったら平和なのに。

その後、俺とアミリアはさらに打ち解け、色々なことを話した。実家からは俺が貯めていた資金やアイテムが送られてきた。これで王都で十は遊んで暮らせる額だ。


***


六月に入り、魔力の乱れによって王都周辺の森にモンスターが出現し始めた。学院では、生徒たちのサバイバル能力をテストするための野外合宿が行われることになった。

場所は王都から三十キロほど離れた山の裏手にある森だ。クラスごとにグループ分けが行われるが、メンバー構成は自由だ。

ダニエルとラモンドは、他のクラスの田舎貴族グループと合流してしまった。予想通り、俺は一人残された。


「ごめんなさい、アランさん。私のせいで、お友達と一緒に組めなくなってしまって……」


アミリアが申し訳なさそうに謝る。俺は気にしていない。最初からこうなることは分かっていた。


「田舎貴族同士で固まるのは生存戦略として正しいよ。君が気にすることじゃない」


俺は二人分の着替えや食料をリュックに詰めた。金のないアミリアの分は俺が出した。


「いい加減になさい! 身の程を知りなさいよ! あなたと殿下では身分が違うの!」


アンジェラの怒声が響き渡り、周囲の注目を集めた。

彼女が詰め寄っている相手はアリスだ。ヘンリー王子のグループに入ろうとしたアリスに対し、アンジェラが激怒しているのだ。


「もうやめるんだ、アンジェラ!! アリスが怖がっているだろう」

「殿下! このような常識知らずの女を許容されるのですか!?」


これはゲーム通りのイベントだ。本来ならアミリアがいじめられる場面だが、今ではアリスがその対象になっている。アンジェラの怒りは、アミリアの時よりも激しいように見える。女の勘というやつだろうか。


「も、もし私がご迷惑なら、グループを抜けます……」

「白々しいこと言わないで! 自分がここに立っている資格があるとでも思っているの!?」


周囲からひそひそ話が聞こえてくる。


「あいつよ……あっちこっちで男に色目使ってるの」

「婚約者がいる人に手を出すなんて、厚顔無恥ね」

「下品だわ」

「最低ね」


悪意ある陰口に、アリスは震えながら王子の背後に隠れた。シナリオ通りの完璧な演技だ。


「やめろ!!」


ヘンリー王子が一喝すると、周囲は静まり返った。アンジェラは信じられないという顔で王子を見つめる。


「僕はアリスと組む。文句がある奴は他のグループへ行け。僕は構わない。だが、これ以上アリスを侮辱するなら……僕への侮辱と受け取る。その覚悟があるなら続けろ」

「そんな……殿下……?」


王子は自らの体でアリスを庇った。婚約者であるアンジェラは突き放され、無視された。

ヒロインか悪役かという配役だけで、周囲の評価は一変する。たとえ悪役令嬢が正論を言っていても、誰も味方しない。俺は遠くからその光景を眺めていた。アンジェラの顔色は蒼白だ。


「アンジェラ嬢、殿下をこれ以上煩わせないでいただきたい」


アンジェラを制止したのは、クラウン・ヴィス・グレンデックス。侯爵家の息子であり、「帝国の盾」と呼ばれる家柄の出身だ。金髪金眼の長身で、美しい容姿と甘い声で女子生徒を魅了するアイドル的存在だ。

彼は剣術の天才であり、聖騎士の称号を受け継ぐ予定の王子の側近だ。攻略対象の一人であり、魔王討伐の旅で数々の試練を乗り越え、最強の騎士へと成長するキャラクターだ。


「私はただ、殿下のために……」


アンジェラは追い出されるようにして距離を置いた。その表情には深い失望が刻まれていた。周囲からは、「王子は婚約者に興味がないらしい」という無責任な噂がささやかれ始めた。


客観的に見れば、婚約者がいるのに他の女に入れ込み、婚約者の気持ちを蔑ろにしてその女を庇う男だ。

気味が悪い。そして、胸糞が悪い。

人々は自分の感情や欲求に従って善悪を判断し、声の大きい方の意見を「正義」だと思い込む。


グループ分けが終わり、引率の教師たちは街へ戻っていった。生徒たちだけが森に残される。

日は傾き、野生動物の遠吠えが聞こえ始めた。

各グループは最低でも十五人で構成されている。男子生徒たちは女子にいいところを見せようと張り切っている。


俺とアミリアはいくつかのグループに入れてもらおうと頼んだが、ことごとく冷たくあしらわれた。

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