第5章 王子と悪役令嬢の邂逅(1)
ダンジョンとは太古の昔から存在するものであり、モンスターが湧き出す危険地帯であると同時に、財宝や魔導具の素材となる資源の宝庫でもある。帝国の主要な財源であり、技術発展のための原料供給地でもあるのだ。
大陸の中央、サラン領に位置する帝都ソフィア。
二つの大河が街を横切るように流れ、豊かな水源に恵まれた美しい都だ。その広大な敷地と景観は、他の都市とは明らかに一線を画している。
ファンタジー世界でありながら、魔導技術によって生み出された電気や水道システムなど、現代的なインフラも整っている。
俺はファザート家の馬車に揺られていた。決して豪華ではないが、一般人の乗合馬車よりはずっと快適だ。
街に入ってしばらくすると、馬車は速度を落とし、貴族たちが住む内郭エリアの門前で止まった。そこには姉のシリアが待っていた。俺の顔を見ても、彼女は無表情のままだ。
「俺が学院に入学して、跡取りになったのが不満なのか……?」
「……」
シリアは何も言わず、背を向けて歩き出した。
案内されたのは、学院の敷地内にある俺の部屋だった。こじんまりとした質素な部屋で、家具も少ないが、バスルームは完備されている。安アパートのような雰囲気だ。
俺が荷物をベッドに置いた瞬間、シリアがドアを閉め、いきなり俺に飛びついて押し倒した。
「うわっ!」
彼女は俺の胸で泣き出した。性格は母さん似で、父さんよりも感情表現が激しいのかもしれない。
「姉さん、急にどうしたんだよ」
「あの悪い知らせを聞いた時、本当に怖かったのよ……。もう二度と父さんや母さん、アランに会えないんじゃないかって。どれだけ心細かったか分かる!?」
「もう大丈夫だよ」
俺は興奮する彼女をなだめるのにしばらく時間を費やした。モンスター襲撃の際、家族の中で唯一王都にいたのが彼女だったのだ。
彼女の寮はここから離れていて、俺の部屋とは比べ物にならないほど豪華らしい。
「アランが特進科に入ったことは怒ってないわ。むしろ、頻繁に会えるから嬉しいくらいよ。でも、ここの雰囲気はもう感じ取ってるでしょ? 母さんから聞いた?」
シリアは俺の隣に座り、心配そうに尋ねてきたが、俺の腕をギュッと抱きしめたままだ。
「ああ……大体は分かってるよ」
俺はうんざりしたように答えた。シリアの顔が曇る。
「男子同士ならまだマシかもしれないけど……女子生徒からの風当たりは強いわよ。もしかしたら、酷い嫌がらせを受けるかもしれない……」
「その辺の覚悟はしてきてるよ。それより姉さんは平気なのか? 俺と一緒にいるところを見られたら、姉さんまで巻き添えを食うぞ」
俺がそう言うと、シリアは母さんそっくりの笑顔を見せた。なんとも言えない温かさを感じる。
「弟が困ってるのに放っておけるわけないでしょ。アランは我が家の希望なんだから」
そう言って彼女は昔のように俺の頭を撫で、部屋を出て行った。
***
散らかっていた部屋を片付け、荷物を整理する。貴族の跡取りにしては質素だが、家具やランプは職人の手による良いものだ。
俺が持参した私物の一つに、『黒月の刀』がある。この国では帯剣が許可されているため、腰に差していても問題はない。
それにしても、この制服は通気性が悪いな……。
学院の制服は洗練されたデザインで、襟や袖口が厚く、高級感がある。男子は黒のネクタイ、女子は小さなリボンを身につけることになっている。
俺に支給されたのはお下がりだ。新品の生徒たちと比べると色が褪せているのが分かる。
明日は入学式だ。俺は学内の雰囲気に慣れるため、そしてトラブルを避けるための下見も兼ねて、外へ出てみることにした。
校舎は巨大で、学校というよりは貴族の屋敷の集合体のように見える。内部は外観以上に広大だ。
「記憶にある光景そのままで怖いな。懐かしさより嫌な予感が勝るよ」
目の前の景色は、かつてゲーム画面で見た背景の一つだ。行き交う生徒たちは様々だが、俺に向けられる視線は冷たい。この学院で唯一の「黒髪」である俺は、悪い意味で目立っていた。
気分が滅入り、部屋に戻ろうとしたその時、上級生らしき生徒に声をかけられ、学外にある庶民的なバーへと連れて行かれた。
「集まってくれた皆に感謝する……。新入生の諸君、クレストヘブン学院へようこそ!」
木のジョッキを片手に男が声を張り上げると、生徒たちから拍手と歓声が上がった。
彼はある男爵家の跡取りだが、家は裕福ではなく、地位も高くはないらしい。ここは、そういった地方貴族や貧乏貴族たちが互いに助け合うために作った互助会のようなものだそうだ。
俺は会場の後ろの方で、渋い味のビールをちびちびと飲んでいた。すると、すぐに誰かが俺に気づいて近づいてきた。
「君……アラン・ファザート男爵だろ?」
声をかけてきたのは、筋肉質で日焼けした肌を持つ茶髪の青年だった。親しげな口調だ。
「ああ……どうして俺の名を?」
「やっぱり君か! 俺はダニエル・ガロン。君と同じ一年だ」
さらに話を盗み聞きしていたらしい二人の男子生徒も加わってきた。
「やっぱりそうか! 君が『黒の騎士』と呼ばれている男爵家の次男だな? たった一人でモンスターの群れを食い止め、あの黒角狼を討ち取ったっていう。入学前なのに帝国から爵位を授与されるなんて、有名人だぞ。知らないのか!?」
眼鏡をかけた小柄な少年が、興奮気味にまくし立てる。小耳に挟んだところでは、彼の名はラモンド・サイガードというらしい。
「それは仕方なくだよ……。ところで、この集まりは何のためにあるんだ?」
「えっ? 何も知らずに来たのか? 信じられないな……」
ラモンドは呆れた顔をしたが、ダニエルは気にせずビールを煽った。
「知っての通り、ここには田舎貴族や金のない貴族しかいない。学院内は俺たちにとって戦場みたいなもんだからな。権力も金もない連中が集まって、情報交換したり相談し合ったりするためのグループさ」
「『三人寄れば文殊の知恵』ってやつか」
「まあ、そんなところだ。……だが、ここでの繋がりが俺たちの将来を決めることもある」
この学院は単なる学び舎ではない。未来の当主たちが人脈を作り、派閥を形成する場でもある。高位貴族にとってはレッドカーペットの上を歩くようなものだが、下級貴族や貧乏貴族にとっては、まさに戦場を生き抜くようなものだ。
このグループの趣旨は悪くない。だが俺にとって、ここでパートナーが見つかるとは思えない。精々、高位貴族の令嬢に振られた男同士で慰め合うくらいが関の山だろう。結局は、高位貴族が相手にしなかった女性を奪い合うことになるのかもしれない。
まあ、見合い相手や同盟相手を探すには良い場所かもしれないが。
「……今年はもう一人、面白い新入生がいるらしいぜ」
ラモンドの横にいた三年生の先輩が口を開き、俺たちの注目を集めた。
「特待生らしいな。優秀であれば入学が許可される制度はあるが、彼女は貴族ですらない、正真正銘の平民だそうだ」
ダニエルは興味なさそうだが、ラモンドは少し不満げな顔をした。
貴族にとって、平民が自分たちと同じ学び舎にいるというのは、あまり愉快な話ではないのだろう。
「平民ってことは、普通科か?」
ラモンドは不満を押し殺して尋ねた。
「それが信じられないことに、特進科だそうだ。しかも今年は王太子殿下も入学されるし、その側近たちもいる。何事もなければいいんだがな」
その平民の少女こそが、将来この国の中心となる人物だ。
彼らが彼女を快く思わないのも無理はない。商人の娘か何かだと思っているのだろう。俺も話を合わせて、不満そうな顔をしておいた。
だが彼女はいずれ聖女として覚醒し、実は高貴な血筋であることが判明する。そうなれば、手のひらを返したように称賛されることになるのだが。
まあ、俺はこの件に関しては黙っておくのが賢明だ。言ったところで誰も信じないだろうし、輝かしい舞台の上の住人と関わるつもりはない。
それに、あのヒロインの話題のおかげで、俺への注目度が分散されているのは助かる。髪色のせいで多少は嫌な目で見られるだろうが、一番のターゲットは間違いなく彼女だ。
気になるのは、彼女がどのルートを選ぶかだ。
できれば、破滅的な運命を回避するルートを選んでほしいものだ。もし彼女に何かあれば、この国ごと地図から消えかねないのだから。




