第24章 断れない取引
黒く塗られた蒸気機関車が、港湾都市ヴァルカンを目指して疾走している。
各車両には個室が設けられており、窓の外には緑豊かな草原や、川の流れと対比するような山脈が広がっている。
アミリアとアンジェラは窓から身を乗り出し、興奮気味に景色を眺めていた。
「アランさん、アランさん! これ、どうやって動いているんですか!?」
アミリアが目を輝かせて尋ねる。アンジェラも不思議そうに俺を見た。
「こんな巨大な鉄の塊が、魔法も使わずに動くなんて信じられないわ。一体どういう仕組みなの?」
俺は笑いながら答えた。
「蒸気で動いているんです。水を沸騰させて蒸気に変え、その圧力でピストンを動かしているんですよ。あ、ちなみに作ったのは僕じゃありません。もしアンジェラ様が興味をお持ちなら、今度工場を案内しますよ」
「これなら、他の街への輸送も数週間なんてかかりませんね」
この鉄道網は、イファン領を中心に四つの要塞都市、港湾都市、そして軍事拠点である「幻影の森」を結ぶ計六路線で構成されている。
この世界で科学技術が発展しなかったのは、魔法があまりにも便利すぎたからだ。生活の基盤が魔法に依存しているため、それ以外の技術開発は遅々として進まない。
「本当に驚きの連続ね、あなたの街は」
アンジェラは感嘆のため息をつき、再び窓の外に視線を向けた。
アミリアがニコニコしながら俺を見る。
「アランさんは本当にすごいです! こんな不思議なものを作ってしまうなんて。ここに来られて、私とっても嬉しいです……」
女神のような笑顔に、俺はドギマギして視線を逸らした。免疫がない俺には刺激が強すぎる。
アンジェラが俺を見てニヤリと笑った。
「ふふっ……あなたって、本当に変わってるわね」
アミリアが少しムッとしてアンジェラを見た。
「アランさんは変じゃありません! とっても優しくて、すごい人なんです!」
アンジェラは思わず吹き出した。
「ごめんなさい、あなたが必死になるのが可愛くて、ついからかいたくなっちゃうの」
気持ちは分かる。アミリアは素直だから、反応が面白くてついイジりたくなるのだ。
俺は仲睦まじい二人を見て微笑んだ。
「お二人は本当に仲が良いですね」
アンジェラは意外そうな顔をした後、アミリアの腕をぎゅっと抱きしめた。
「だって、ミリアはこんなに可愛いんですもの」
「アンジェラ様の方がずっと可愛いです!」
最初は、公爵令嬢であるアンジェラが平民のアミリアを受け入れられるか心配だったが、杞憂だったようだ。
二人がじゃれ合っているのを眺めていると、アンジェラがふと真剣な顔で俺を見た。
「ところで……あなた、これからどうするつもり?」
「どうするって?」
「あの決闘のせいで、あなたは多くの生徒を敵に回したわ。これからは嫌がらせも酷くなるでしょうし、学院内で貴族とのコネを作るのも難しくなった。あそこに通う意味、もうないんじゃない?」
アンジェラは申し訳なさそうに視線を落とした。アミリアも不安げな顔をしている。
俺は軽く笑って肩をすくめた。
「案外、あの学院も面白いところですよ。行った甲斐はあったと思っています。それに……まだ嫁探しも諦めてませんからね」
アンジェラが顔を上げた。
「あなたなら、もっと良い相手が見つかるはずよ……。もし令嬢たちがあなたの本当の地位を知れば、群がってくるでしょうね。でも、あなたはもっとふさわしい相手を選ぶべきよ」
アミリアがさらに落ち込んでいく。
「実は、自分にふさわしいと思う女性を二人見つけたんです。偶然にもね」
俺は二人を見て微笑んだ。
アミリアとアンジェラは顔を真っ赤にして、慌てて視線を逸らした。
「……あなたって、いつもこうやって女性をからかってるの?」
***
ヴァルカン港の自慢である白砂のビーチ。
海風が心地よく吹き抜け、太陽は雲に隠れているため過ごしやすい。
ここはプライベートビーチなので、許可された者以外は誰もいない。
「ミリア、あなたスタイルいいわね」
「アンジーこそ!」
水着姿のアミリアとアンジェラが波打ち際で戯れている。
アンジェラは髪を下ろしており、普段よりも大人びて見える。水着姿の二人の肢体は、眩しいほどに魅力的だ。
「私、海を見るのは初めてです! 本の挿絵でしか見たことありませんでした」
アミリアがはしゃいでいると、アンジェラが後ろから抱きついた。
内陸の住人にとって、海を見る機会は滅多にない。
「初めてなの? 私も父の仕事について数回見たことがあるくらいよ。こうして遊ぶのは初めてだわ」
アンジェラはアミリアに頬ずりした。
絶景を背にした美少女二人の戯れは、まさに絵画のような美しさだ。
二人が海から上がると、侍女たちがタオルを持って駆け寄った。
アンジェラは海を眺めて呟いた。
「普通、海岸にはモンスターが出るから危険なのに……ここも兵士たちが警備しているのね。アランの影響力には驚かされるわ。戦えるだけじゃなく、これほどの統率力まで持っているなんて。最初に思っていたよりずっとすごい人ね」
アミリアが目を輝かせて同意する。
「はい! アランさんは強くて、優しくて、それにとても頼りになる方です!」
「ええ……そうね。今まで会った誰よりも頼もしいわ。あなたが彼に惹かれる理由、分かった気がする。……私まで、彼の傍にいたいと思い始めてるもの」
アンジェラはハッとして、アミリアを見た。
「ごめんなさい……あなたが彼のことを好きなのに、無神経だったわね」
アミリアは優しく微笑んだ。
「アンジェラ様の気持ち、分かります。アランさんは私たち二人に優しくしてくれますから。私だけが彼を独り占めしたいなんて、そんな我が儘言えません」
アンジェラは胸を痛めたように眉を寄せた。
「なんだか、あなたに対して罪悪感を感じるわ……」
アミリアは首を横に振った。
「アランさんを好きなのは、私だけじゃないって覚悟していましたから……。だから私は、少しでもアランさんの役に立って、傍にいさせてもらえるように頑張るんです。アンジェラ様にも負けませんよ!」
アンジェラは驚いた後、ふっと笑った。
「私も、負けないわ」
***
翌日、俺はジャスティンに案内され、ノース伯爵家当主、ジョナス・ソレム伯爵との交渉の席に着いた。
ジョナスは典型的な王党派の貴族で、プライドが高い男だ。だが、ここ数年は帝国からの支援が途絶え、領地経営に行き詰まっていた。俺からの申し出は、彼にとって渡りに船だったはずだ。
白大理石と豪奢なシャンデリアで飾られた広い会議室。中央の長机には、ジョナスと四人の側近が座っていた。
ジョナスは四十代半ば、白髪交じりの髪に鋭い緑の瞳を持っていた。
俺が入室すると、全員が起立して敬礼した。ジョナスは部下たちの行動に驚きつつも、慌てて中途半端な礼をした。俺が若すぎることに戸惑っているようだ。
俺が上座に着くと、交渉が始まった。
「初めまして、ジョナス伯爵。アラン・ファザートです」
「お初にお目にかかる……。アラン殿がこれほどお若いとは」
「よく言われますよ。では、早速本題に入りましょう」
ジャスティンが詳細を説明する。
「事前にお伝えした通り、我々は貴殿の鉱山から産出される鉄鉱石を、市場価格より安く買い取りたいと考えています。その代わり、鉱石にかかる関税を我々が負担しましょう。また、貴殿からは食料品、特に缶詰と医薬品を非課税で購入させていただきたい。その条件を飲んでいただけるなら、鉄鉱石の買取価格については市場価格の半額で手を打ちましょう」
俺は鉱山の運営状況に関する書類に目を通した。
条件自体はこちらに有利だが、鉱山の生産効率が予想以上に低い。これでは話にならない。
「……お断りします」
俺の言葉に、ジョナスとその息子が驚愕した。
「な、なら三分の一でもいい! 食料と薬を売ってくれるなら!」
俺は首を横に振った。
ジョナスが激昂しかけたが、側近に止められた。
「あなたの鉱山は生産効率が悪すぎます。一日あたり馬車五台分が限界でしょう? 僕は最低でも二十台分は必要なんです」
「馬鹿な! そんなに掘れるわけがない! 人員を倍にしたところで不可能だ!」
俺は手を組んで言った。
「ですから、鉱山の運営権を僕に譲渡してください。僕が管理すれば、生産量は劇的に向上します」
ジョナスは冷や汗を流した。
「な、なんだと?」
ジャスティンが新しい契約書を差し出した。
「三年間、鉱山の全権を委任していただくことが条件です。その間、鉄鉱石は市場価格の半額で買い取ります。もちろん、人件費等の運営コストはこちらで持ちます。
さらに、ヴァルカンへの食料品販売価格は市場の三分の二とし、現在そちらで流行している疫病対策として、医師団を派遣しましょう」
破格の条件に、ジョナスたちは言葉を失った。
「父上!! 受けるべきです!」
「閣下、これは千載一遇の好機です。彼らの気が変わらないうちに!」
側近たちに促され、ジョナスは我に返って契約書にサインした。
交渉が終わると、彼の態度は一変し、満面の笑みで擦り寄ってきた。
「何か?」
「いやはや、素晴らしい提案を感謝します。……ところで、アラン殿も王都の学院に通われているとか。実は私の娘も在学中でしてな。もしよろしければ、彼女を紹介させていただきたいのですが。何か困ったことがあれば力になれるかと」
彼は娘を売り込もうと必死だ。もしアミリアやアンジェラを知らなければ、考えてもよかったかもしれないが。
俺は曖昧な笑顔を浮かべて、その場を後にした。




