第23章 驚異の辺境都市
「これがチョコレートというのですか? とっても美味しいです!」
アミリアは私が用意した箱入りのチョコレートを食べて、嬉しそうに声を上げた。
最近の彼女は、俺の前でも感情を素直に表現してくれるようになった。アンジェラともすっかり打ち解けているようだ。
アミリアの笑顔はこの世のものとは思えないほど美しいが、アンジェラも負けていない。聖女に匹敵する美貌を持つ彼女が並ぶと、まさに眼福としか言いようがない。
「王都でも見かけることはありますが、まさかここで作られているとは……」
「そうなんですか?」
二人は箱の中にきれいに並べられたチョコレートに興奮している。俺は馬車の向かい側の席から、そんな二人を眺めていた。
「他にも面白いものがありますよ。特に缶詰やアイスクリームなんかは、まるで魔法使いが作ったみたいだって評判です」
俺が言うと、アンジェラは「そうなの?」と興味深そうにした。彼女たちにとって、これらは未知の珍味なのだろう。
俺が思わず笑みをこぼすと、アンジェラは少し顔を赤らめた。それを見たアミリアが、少し拗ねたように俺を睨み、照れているアンジェラを庇うように言った。
「アランさん、笑うなんて失礼ですよ!」
「ごめん、ごめん……」
怒っていてもアミリアは可愛い。俺は理性を総動員してニヤけるのを我慢した。男なら誰だって、目の前の光景から目を離せないはずだ。
アミリアはプイと横を向いてしまった。
「失礼しました、アンジェラ様。お詫びと言ってはなんですが、缶詰やアイスクリームよりも素晴らしいものをお見せしましょう。……御者さん、北の近道を通ってくれ」
御者は頷き、進路を変えた。二人は興味津々で窓の外を見ている。
馬車は川沿いの道を上流へ向かって進んだ。片側には深い森、もう片側には空を突き刺すような山々が連なっている。やがて森を抜けると、水源地が見えてきた。
「……あれは、何ですか!? 生まれて初めて見ました!」
「……」
二人の目がキラキラと輝いた。目の前には巨大なダムがそびえ立ち、反対側には要塞都市へ続く線路の建設現場が広がっていた。
アンジェラが不思議そうに俺を振り返った。
「あれは何? 見たところ……川の水を堰き止めているようだけど」
「ダムと言います。水を貯めておくための建造物です。洪水を防ぐだけでなく、渇水期のための水瓶にもなりますし、何より電気を作ることができるんです」
「電気を!?」
アンジェラは驚愕した。
王都ではモンスターから採れる魔石を使って発電しているが、その技術は国家機密であり、他国に対する交渉カードにもなっている。
だが、ここでは水力発電が実用化されているのだ。
今回の帰省の目的の一つは、父ブラストから頼まれた溜まりに溜まった書類仕事を手伝うことだ。手紙で指示を出してはいたが、追いついていないらしい。
アミリアは陽光を浴びて輝くダムを静かに見つめていたが、視線が線路や黄金色の小麦畑に移ると、その表情が真剣なものに変わった。太陽の光を受けて輝く彼女の瞳と髪は、名画のように美しい。
しばらく見とれていると、彼女の瞳に憂いの色が混じっているのに気づいた。アンジェラも俺の視線に気づき、そっと目を逸らした。
「……アミリア」
彼女は俺に見られていることに気づいていなかったようだ。ビクリと肩を震わせ、慌てて振り返った。
「あ、アランさん……ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」
「いや……急に呼んですまない。何か悩み事か? もし困っていることがあるなら言ってくれ。力になるよ」
彼女が何を考えているのか心配だった。普段、身分差を気にして貴族との接触を避けている彼女だ。俺との立場の違いを改めて感じて、不安になっているのかもしれない。
彼女は答えにくそうに口ごもった。
「言いたくないなら無理にとは言わない。ただ、僕はいつでも君の味方だってことだけは忘れないでくれ」
アミリアの瞳が潤んだ。彼女の悩みは彼女自身が乗り越えるしかないが、俺は支えになりたい。
アンジェラがアミリアの腕を取り、親しげに寄り添った。
「ふふっ……私も味方よ、アミリアさん」
「アンジェラ様、くすぐったいです」
二人が仲良くじゃれ合っているのを見て、俺は安堵した。美しい景色と美しい少女たち。これ以上の癒やしはない。
***
イファン領の領主館では、ブラストが他領との通商会議を終え、書類を整理していた。
「ブラスト殿……辺境の視察を許可していただき感謝する。私の領地内での採掘権についてだが、息子さんが戻り次第、早急に会談の場を設けたい」
「お気になさらないでください、ライネル公爵……。ただ、あんな不毛の地から何を採掘しようとしているのか、私には見当もつきません。地主である公爵ご自身でさえ持て余していた土地でしょう? しかし、息子が何かを見出したというのなら、きっと価値のあるものなのでしょうな。彼がわざわざ公爵に利益のない取引を持ちかけるとは思えません」
ブラストはため息交じりに言った。
「愚息が王家に弓引くような真似をしたこと、本当にお恥ずかしい限りです。ただ、困っている女性に手を差し伸べた点は、あいつらしいと言えばあいつらしいのですが……。今回、公爵令嬢を連れて帰ってきたのも、まさか結婚を望んでいるわけではないと信じたいのですが」
ライネル公爵は愉快そうに笑った。
「ブラスト殿、ご謙遜を。息子さんを過小評価しすぎですぞ。彼ほどの才覚があれば、この街にとって幸運以外の何物でもない。現に東方通商連合の貴族たちはこぞってイファン領との取引を求めているのですから」
東方通商連合は、帝国の東側を治める伯爵から公爵までの有力貴族たちが結成した、経済的な利益団体だ。
「そう言っていただけると助かりますが……アランは自分の感情で動く奴でして。彼がその気にならなければ、親の私でも強制はできません」
「それが本当なら、彼の価値はさらに高まるというもの。次はぜひ私の娘も連れてきて、正式に紹介したいものです。なんでも、次女と息子さんは以前からの知り合いだとか。もし他家に先を越されたら、悔やんでも悔やみきれませんからな。
では、私はこれで失礼する。息子さんに、機会があれば食事でもご一緒したいと伝えてください」
「承知いたしました」
ライネル公爵は席を立ったが、ふと思い出したように振り返った。
「そういえばブラスト殿、一つお聞きしたいことが」
「はい、何でしょうか?」
「貴殿はかつて、『黒薔薇騎士団』に所属していたというのは本当かな?」
***
「わあ!! すっごく綺麗な街ですね!」
「ええ……建物の様式も他とは違うわ。それに、すごく頑丈そう。こんな高度な建築技術、見たことないわ」
アミリアとアンジェラは、街に足を踏み入れるなり目を輝かせた。
この街は急速に発展している。コンクリートで舗装された大通りが縦横に走り、街を囲む防壁にはサーチライトが設置されている。郊外には数百エクタールもの小麦畑が広がっている。
警備兵たちは俺の姿を見るなり興奮し、整列して敬礼した。彼らは全身を覆う黒い鎧とヘルメットを着用し、小銃と剣で武装している。
アンジェラが彼らの武器を見て首を傾げた。
「彼らは魔法使いなの?」
「いいえ、ただの兵士です。ほとんどは徴兵された市民ですが、分隊長クラスは元騎士が務めています。見た目は立派ですが、まだまだ練度は足りませんよ」
「そうなの……。あなたには驚かされてばかりね」
二人は入域手続きのために個人情報を登録した。これは大量の移民を受け入れた際に導入したセキュリティ対策だ。スパイの潜入を防ぐため、戸籍と身分証明を厳格に管理している。
俺が二人を待っていると、突然巨大な岩のような衝撃が俺を襲い、大蛇のように締め上げられた。
「アラン! 元気だった!? 母さん、寂しかったのよ!!」
ライア母さんが俺を抱きしめ、離そうとしない。彼女は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「元気だよ、母さん……」
俺が答えても、母さんはまだ腕を緩めない。そこへ手続きを終えたアミリアとアンジェラが出てきた。
「あの子たちは誰?」
母さんは敵意剥き出しの目で二人を睨みつけた。
「学校の友達だよ」
「ふゥ~~~ん……」
母さんの視線に、二人は困惑したような愛想笑いを浮かべた。
「お初にお目にかかります、ライア様。アンジェラ・ヴァサ・レダスと申します。アランさんの友人です」
「あ、アミリアです……。アランさんとは、その、お友達で……」
アンジェラの堂々とした挨拶に対し、貴族のマナーに慣れていないアミリアはしどろもどろだ。母さんは二人に近づき、品定めするようにじろじろと見た。
いわゆる「女の勘」というやつか。父親が娘の彼氏を値踏みするようなものだろう。
しばらく二人を見つめた後、母さんは俺に耳打ちした。
「二人とも合格よ。で……どっちが本命なの?」
「はい? いや、僕はそんなつもりじゃ……」
「二股は許しませんよ。泣かせたら承知しないからね」
どうやら母さんは完全に誤解しているようだ。俺が二人の顔を見ると、彼女たちも聞こえていたのか、少し顔を赤らめていた。
その後、俺たちは街を散策しながら実家へと向かった。
夜になると店先に明かりが灯り、街は活気づく。アンジェラとアミリアは終始興奮気味で、特にスイーツの店に興味津々だった。店主たちは俺の連れだと知ると、代金を受け取ろうとせず、サービスしてくれた。
「アンジェラ様、この綿菓子、ふわふわで甘くて美味しいですよ!」
「ん……本当ね」
二人は両手いっぱいに食べ物を抱え、俺の両脇を歩いた。母さんが先導してくれている。
街灯のおかげで夜でも明るく、賑やかだ。防壁の外にはモンスターが徘徊しているが、警備兵とサーチライトのおかげで市民は安心して暮らしている。
「アランさん……」
アミリアが自分の綿菓子を差し出してきた。そこには小さなかじり跡があった。
俺は少し躊躇したが、顔を近づけて一口かじった。
アミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「アランさん、私をこの街に連れてきてくれてありがとうございます。こんなに素敵な体験、初めてです。アランさんと出会えて、本当によかったです」
アンジェラが彼女を見つめる。アミリアの無垢な可愛らしさは、同性でさえ惹きつけられるものがある。俺はその笑顔に見惚れてしまい、慌てて視線を逸らした。
アミリアへの想いが、日に日に強くなっているのを感じる。
だが、いつか彼女の力が覚醒したとき、俺は彼女の隣にふさわしい男でいられるだろうか。もしかしたら、彼女はもっと素晴らしい相手を見つけるかもしれない。
そんな不安が、胸の奥で燻っていた。




