第19章 赤子の手を捻るより容易い戦い(2)
背後で見守っていたアンジェラとアミリアは、驚きを隠せない様子だった。特にアンジェラの驚愕は大きかった。
アミリアは両手を突き上げ、嬉しそうにアンジェラを振り返った。
「アランさん、すごいですね! 今の動き、とってもかっこよかったです! ちょっと怖かったですけど」
アンジェラはアミリアの言葉を聞きながらも、闘技場の中央から目を離さなかった。
「え、ええ……。でも、あなたが決闘前に彼に身体強化魔法をかけたの?」
アミリアは首を横に振った。
「いいえ……私は何もしていません」
アンジェラは考え込んだ。
普通の人間があれほどの速度で動けるはずがない。身体強化魔法を使わない限りは。
もしアミリアが魔法をかけておらず、ファザート自身もマナを持たないため魔法を使えないのだとしたら、あの稲妻のような動きはどう説明すればいいのか。
鎧を紙のように切り裂く武器の威力も異常だが、それだけではあの超高速移動と、体の周囲に走る稲妻の説明がつかない。
(気? ……可能性として考えられるのは、彼が気を放出しているということだけ。かつて黒髪の民には、「気功」と呼ばれる独自の戦闘技術があったと聞くわ。彼はその技術を隠し持っていたからこそ、あんなに自信満々に決闘を申し込んだのね。でも、一体誰からそんな技術や剣術を教わったの?)
魔法が使えない者がその差を埋めるには、スキルとレベルを上げるしかない。
もしそうなら、彼は簡単に勝てるだろう。つまり、彼は最初から勝算があって挑んだということだ。
アンジェラは微かに笑みを浮かべたが、すぐにアランの動機を思い出して表情を曇らせた。
(でも……彼には私を助ける理由がないわ。権力も後ろ盾も失った私は、ただの平民と同じ。私を助けても何の得にもならないはず)
彼女は理解できないといった顔で闘技場を見つめた。
「あいつ、本当に大馬鹿者ね……」
アミリアが反論する。
「アランさんは馬鹿じゃありません! アランさんはとっても優しい人なんです!!」
「ふふっ……そうね。本当に理解に苦しむ人だわ」
アミリアが懸命に応援する横で、アンジェラはアランの動機について考えを巡らせた。
なぜ彼は私を助けたのか? いや……あの特待生も彼に助けられたと言っていた。彼女は平民だが、美しい容姿をしている。ファザートは、美女だからという理由で彼女や私を助けたのかもしれない。
そう考えると、彼女は不安げに自分を抱きしめた。そして、隣のアミリアをじっと見つめた。
アンジェラの心に、新たな不安が芽生え始めていた。
***
グランが地面に倒れ伏しているのを見て、王子たちのグループに緊張が走った。
特にヘンリーは最も動揺しており、眉をひそめてアンジェラを睨みつけていた。
クラウンがヘンリーに近づいた。
「殿下……どうやら彼は身体強化魔法を使っているようです。私にお任せください」
ヘンリーは不安げに頷いた。
クラウンはこの中で最も剣の腕が立ち、対人戦のスキルに長けている。
ジュリアスが加勢しようとする。
「俺が強化魔法をかけてやる。あの速度には、素の状態じゃついていけないだろう」
クラウンは軽くジュリアスの肩を叩いて制止した。
「必要ない」
クラウンは自分の力に絶対の自信を持っている。騎士道精神からか、他人の力を借りることを良しとしないタイプだ。
ジュリアスが驚いていると、ヘンリーが声をかけた。
「クラウンはそういう奴だ。心配いらないよ。彼が弱いわけがない」
その言葉を聞いて、ダヴィンスが前に出てきた。彼の手には、肩に担ぐほどの大きさのマスケット銃が握られている。
これは魔法で作動する遠距離武器だ。帝国の魔導技術では原理を解明できていない、第二次大陸戦争時代の遺物である。連射性能は他の武器に劣るが、その命中精度と破壊力は凄まじい。
「あいつが隙を見せたら、僕が一発で終わらせてあげるよ。この距離なら外さない」
「やめておけ」
ヘンリーがダヴィンスを止めた。
クラウンは次期聖騎士だ。自分の戦いに他人が介入することを許さないだろう。
ダヴィンスは困惑したが、しぶしぶ銃を下ろした。
「分かったよ……。あの男爵を自分の手で仕留められないのは癪だけどね」
クラウンは呼吸が苦しくなるほど窮屈な鎧の下で、血溜まりに沈むグランを見つめていた。たとえ首を斬られようと、体が粉々になろうと、決闘が終われば元通りになる。
だが、鋼鉄製のグランの鎧は、あまりにもあっけなく斬り裂かれていた。
(あの強化魔法を使わせるわけにはいかない……。かつて師匠から黒髪の民には気をつけろと言われていたが、油断していたようだ)
彼は愛用の魔剣を抜いた。通常の剣の三倍はある巨剣だ。使用者のステータスをわずかに上昇させる効果があるが、この剣の真の恐ろしさは、範囲内の魔法を一度だけ無効化する「ディスペル」能力にある。もちろん、身体強化魔法も例外ではない。
彼は両手で剣を構え、無効化スキルを発動させた。
彼には守るべきものがある。ヘンリー、そして何よりアリスだ。密かにアリスに想いを寄せている彼は、その気持ちの強さでは誰にも負けないつもりだった。
(これで奴の魔法は消えた……!!?)
思考が終わるよりも早く、目の前から敵が消えた。クラウンは本能的に危険を察知し、剣を掲げて防御態勢をとった。
「ぐっ!!」
日本刀のような剣が、彼の魔剣に食い込み、刃こぼれさせた。
「どういうことだ!? 強化魔法は消したはずだぞ!」
クラウンは驚愕しながら相手を凝視し、その体の周囲に漂う「気」に気づいた。彼は師匠との修行で気を知っている。
その強さを誰よりも理解している彼は、瞬時に悟った。
「そうか……だから自信があったのか。その強さ、認めるよ……。お見事だ……ファザート――」
言い終わる前に、刀が魔剣ごと彼の鎧を切り裂き、胴体を薙ぎ払った。
クラウンは意識を失い、どうと倒れた。




