第16章 決闘への介入
はじめまして、作者です。
実はこの作品はすでに数十話ほど書き溜めていて、これから少しずつ投稿していく予定です。
正直なところ、読んでくださっている方がいるのかどうか分からなくて、少し不安です。
もし読んでいただけましたら、ぜひ感想やブックマーク、評価などで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの反応が、私にとって何よりの励みになります。
この作品を本気で伸ばしていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
家門の紋章を掲げて行う決闘は、相手に対する宣戦布告であり、一族の名誉を賭けた戦いでもある。通常、決闘は身分が近い者同士で行われるものだが、公爵家のアンジェラが伯爵家の子息に過ぎない攻略対象たちと戦うのは、あまりに不釣り合いだ。
決闘は魔法闘技場で行われる。武器や魔法の使用は自由。痛みはリアルに感じるが、死に至る傷や重傷を負っても、勝負が決すれば魔法によって完全にリセットされる。
ヘンリーはアリスの隣に歩み出た。
「恥を知れ、アンジェラ。君にはもう我慢ならない」
彼は右手の白い手袋を脱ぎ捨て、右掌に浮かぶ王家の紋章を見せつけた。そして震えるアリスの方を向いた。
「アリス、君も紋章を出すんだ。僕が守るから」
それを見た側近たちも、次々と手袋を脱ぎ捨てた。
「殿下がそうおっしゃるなら……アリスの敵は僕の敵でもある」
クラウンが静かに、しかし力強く宣言する。
「面白そうじゃねえか。久しぶりに暴れられるな」
グランは好戦的な笑みを浮かべ、紋章を掲げた。
ジュリアスとダヴィンスもそれに続く。
「あの魔女を野放しにはできない。アリスを侮辱した罪は重いよ」
「僕も参加するよ。君たちだけにいい格好はさせないからね」
普段無口な銀髪のジンも、少し離れた場所で無言のまま紋章を示した。
彼ら六人の掌には、黄金に輝く紋章が浮かび上がっていた。
紋章の色は家門の力と繁栄を表す。金が最高位で、次いで銀、赤、白と続く。男爵家のほとんどは白だ。
俺も四ヶ月前に父から紋章を受け継いだが、街の発展に伴って色が変化しているかもしれない。赤か、あるいは銀くらいにはなっているだろうか。
帝国を代表する六つの紋章が並び、眩い光を放っている。その光景は圧巻だ。
女性が決闘を行う場合、代理人を立てることができる。彼らはアリスの代理人として戦うつもりだ。
「アンジェラ様……大丈夫でしょうか」
アミリアが心配そうに言った。彼女とアンジェラは親しくないが、恩義を感じているのだ。
本来なら、俺はこのイベントに関わらないつもりだった。傍観者に徹するはずだった。
だが、なぜだろう。アンジェラを見ていると、無性に腹が立ってくる。彼女を追い詰めている連中に、強烈な苛立ちを覚える。
アンジェラは絶望的な表情で周囲を見回し、助けを求めていた。だが、彼女と目が合った男子生徒たちは、気まずそうに視線を逸らし、冷淡に背を向けた。
「ハハハ! なんだよ、誰も助けてくれねえのか? 普段の行いが悪いからそうなるんだよ」
グランが嘲笑う。彼の言う通り、アンジェラは嫌われている。貴族社会では、落ちた人間は徹底的に踏みつけられるのが常だ。
ゲームにおけるアンジェラの結末は、どれも悲惨なものばかりだ。敗北し、家門に泥を塗り、大勢の前で恥をさらす。
待っているのは絶望と苦痛だけ。自殺か、追放されて平民に落ちるか、あるいは一族もろとも処刑されるか。
ヘンリーは冷酷な目でアンジェラを見据え、自分の指から婚約指輪を抜き取ると、彼女の足元に投げ捨てた。
「アンジェラ……君との婚約は破棄する。卒業まで待つか迷ったが、もう限界だ」
愛する人から指輪を投げつけられ、拒絶の言葉を浴びせられたアンジェラの顔からは、血の気が引いていた。
「公爵令嬢も、これでおしまいね……」
隣から声がして振り向くと、黒いドレスを着たシリア姉さんが立っていた。
「相手は公爵令嬢だぞ。それにレダス家は強大な権力を持っている」
俺は前を見据えたまま言った。
「たとえ婚約者でも、公衆の面前で公爵令嬢に恥をかかせるなんて、両家の全面戦争になりかねないわ。それに、帝国の柱である五大貴族の跡取りたちが、あの女の味方をしている。自分から決闘を申し込んだ公爵令嬢の末路、どうなると思う?」
姉さんの声は冷え切っていた。
「腐った肉を切り捨てるだけだ」
「えっ……」
アミリアが息を呑む。
「そう……彼女の人生は終わったわ。あんな短絡的な行動に出なければ、まだ救いようがあったかもしれないのに」
シリア姉さんは感情のない声で言い、事の成り行きを見守った。俺も黙って見ている。
アンジェラは絶望の淵に立たされていた。必死に涙を堪え、震えている。
ヘンリーはそんな彼女を指差した。
「どうした、アンジェラ! 我々六家を相手にする覚悟はあるのか? 誰も君を助けない。今ならまだ間に合う。アリスに土下座して謝れば、許してやらないこともないぞ」
グランが追い討ちをかける。
「へっ、あの魔女の味方なんて一人もいねえよ。哀れだなあ。友達ごっこすらしてくれないなんてよ」
周囲の女子生徒たちからも、クスクスという嘲笑が漏れる。
「傑作だわ。あの顔見た?」
「誰も代理人になんてならないわよ。ママに泣きついたらどうかしら」
「あいつ嫌いだったのよね。いつも偉そうで。いい気味だわ」
残酷な嘲笑の嵐。だが、最も残酷なのは婚約者のヘンリーだ。
アンジェラは立ち尽くし、口をパクパクと動かしているが、声にならない。
最悪の状況だ。
部外者の俺でさえ、胸糞が悪くなる。寄ってたかって一人の少女をいじめ抜き、孤立させ、嘲笑う。
アミリアが不安そうに俺の腕を掴んだ。シリア姉さんも同様だ。
「アランさん……どうしてそんなに怖い目をしているんですか?」
アミリアの言葉に、俺はハッとした。俺はどんな目をしている?
ただ、胸の奥でどす黒い怒りが渦巻いているのを感じる。
顔には出していないつもりだが、目は口ほどに物を言うらしい。
俺が一歩踏み出そうとすると、シリア姉さんが咄嗟に腕を掴んだ。
「やめて! 何をする気か知ってるわ。でも結果は見えてる。自分を犠牲にするような真似はやめて!」
姉さんは必死の形相で俺を引き止める。アミリアも手を離そうとしない。
「やめてください……」
彼女たちの優しさは嬉しい。だが、俺の心は決まっていた。
アンジェラへの同情? いや、そんな高尚なものじゃない。
ただの自己満足だ。俺がやりたいからやる。それだけだ。
俺は二人の頭を優しく撫でた。二人は驚いて手を緩めた。
「大丈夫だよ」
俺はニッコリと笑って、二人を安心させた。
そして、前へと歩き出した。
人垣が割れ、驚きの視線が俺に注がれる。
俺はアンジェラの前に立ち、彼女を見下ろした。彼女は混乱した瞳で俺を見上げている。目尻に涙が浮かんでいるのを見て、俺はポケットからハンカチを取り出して差し出した。
「男爵のハンカチでは、お気に召しませんか?」
彼女は呆然としながらも、震える手でハンカチを受け取った。
「彼らに涙を見せてはいけません」
「あ、ああ……あ、ありがとう……」
俺は耳元で囁き、彼女は小さく頷いて涙を拭った。
王子たちのグループは唖然としていた。特にアリスは、幽霊でも見たかのように青ざめ、俺を凝視している。
シナリオ通りじゃないから混乱しているのか?
ここはゲームじゃない。お前の思い通りにはならない。他人の人生を踏みにじって自分の幸せを掴もうとするその根性が気に入らない。
「どこの馬の骨だ? 邪魔すんじゃねえよ」
グランが不機嫌そうに吐き捨てる。貴族としての品位のかけらもない。彼は黒髪の俺を毛嫌いしているようだ。
ジュリアスは冷静に俺を観察し、記憶を探っているようだった。
「あの髪色……確か、辺境の男爵家の息子か。一人でモンスターの群れを倒した『黒の勇者』とかいう。親が箔付けのために流したデマだという噂だが」
彼はあからさまに俺を侮辱した。イファン領の現状を知らないから言えることだ。
俺は彼らの言葉など意に介さず、アンジェラに向き直った。
「私があなたの代理人を務めてもよろしいですか?」
俺の申し出に、会場全体がどよめいた。アンジェラ自身も信じられないという顔をしている。
「いかがですか?」
返事がないので、俺はもう一度尋ねた。
「わ、私は……み、認めるわ」
アンジェラが震える声で承諾すると、周囲から新たな嘲笑と陰口が湧き上がった。
俺はそれを無視して、王子たちの方へ向き直った。
ゆっくりと手袋を外し、右手を掲げる。
瞬間、会場が黄金の光に包まれた。
俺の掌に浮かび上がった紋章は、太陽のように眩く輝く金色だった。六人のそれよりも遥かに強く、美しい輝きを放っている。
「アラン・ファザート男爵、アンジェラ・ヴァサ・レダス嬢の代理人として、決闘に参戦します。異存はありませんね?」
会場は静まり返った。
男爵家が金の紋章を持つなど前代未聞だ。家門の力が爵位を遥かに凌駕していなければありえない。
ヘンリーが我に返り、鼻で笑った。
「なんだそれは。功績を捏造しただけでなく、紋章まで偽造するとはな……」
その言葉に、周囲の空気が緩んだ。
「そうだよな。男爵が金の紋章なんてありえない」
「目立ちたがり屋め」
「あいつ、本当にペテン師だったんだな」
嘲笑が再び広がる。アンジェラの顔に不安が戻った。
クラウンが俺に歩み寄ってきた。威圧的な態度だ。
「おい、お前……まあいい。本気なのか? 俺たち全員を敵に回すことになるぞ」
彼は唯一の実戦経験者だけあって、迫力がある。
「俺たちに勝てると思ってるのか? 自信過剰もいいところだな。それとも、一対一でやるか?」
ジュリアスが冷静に提案した。感情を表に出さないジンを除けば、彼が一番理性的だ。
「必要ありません。全員まとめてかかってきてください。一人ずつ相手をするのは時間の無駄ですから」
その言葉に、グランが激昂して俺の胸ぐらを掴んだ。
「テメェ、何様のつもりだ! ナメてんのか!?」
クラウンが慌ててグランを引き剥がす。
「本気で言ってるのか……」
「もちろんです。……さて、アンジェラ様。この決闘におけるあなたの要求をお聞かせください」
俺はアンジェラに尋ねた。
「殿下に……私から離れてほしい。それだけよ」
周囲からブーイングが飛ぶ。
「最低!」
「どれだけ執着してるのよ」
「力ずくで手に入れようなんて、見苦しいわね」
アンジェラは唇を噛み締め、視線を落とした。ヘンリーが一歩前に出る。
「君は本当に醜いな。力ずくで僕を取り戻せるとでも思っているのか? 君との婚約を破棄したのは正解だったよ」
アンジェラは自嘲気味に呟いた。
「ええ……分かっているわ」
彼女は知っている。ヘンリーとの関係はもう修復不可能だと。それでも彼女は、たとえ嫌われても、アリスという害悪を排除しようとしているのだ。
「では、そちらの要求は?」
俺が尋ねると、アリスがヘンリーの後ろから顔を出した。
「私は……アンジェラ様に、酷いことをするのをやめてほしいです。それだけです……」
いかにもヒロインらしい、健気な要求だ。聖女ぶるのは大変だろうな。
「双方の要求は確認しました。場所は魔法闘技場。武器、防具、魔法の使用は無制限。制限時間はなし」
俺が条件を提示すると、六人は鋭い視線を向けてきた。
彼らのレベルはせいぜい十程度。RPGの序盤もいいところだ。
一方の俺は、はるかに格上だ。数の有利など意味をなさない。さっさと終わらせるに限る。
ダヴィンスが侮蔑の眼差しで言った。
「まあ、そういう形式なら受けて立つけど……後悔しても知らないよ」
クラウンが話をまとめた。
「決闘は明日の朝、終業式の後に行う。逃げるなよ」
彼らは背を向けて去ろうとした。
俺はヘンリーに近づいた。クラウンが立ちはだかろうとしたが、ヘンリーが手で制した。
「これは遊びじゃない。覚悟はできているんだろうな」
「もちろんです」
アリスはヘンリーの背後に隠れながら、怯えた目で俺を見ている。
「ですが殿下、もしあなたが負ければ、あなたの側近たち五人がアリス嬢と付き合うことになるかもしれませんよ。その時になって泣かないでくださいね」
俺の挑発に、ヘンリーは余裕の笑みを浮かべた。自分が負けるなど微塵も思っていないようだ。
「それともう一つ」
俺の声色が低くなり、殺気を込めた視線をヘンリーに向けた。
「男なら、女をあんなふうに扱うもんじゃありませんよ」
俺の放った殺気に、ヘンリーは不快そうに眉をひそめた。
俺がこの決闘を受けた本当の理由。
それはアンジェラを助けるためというよりも、寄ってたかって一人の女性を言葉の暴力で甚振る、この王子様気取りの連中に教育的指導をしてやるためだった。




