第12章 悪役令嬢救出作戦(1)
野外合宿を終え、生徒たちが街に戻った日の夕方。
アンジェラ・ヴァサ・レダス公爵令嬢が行方不明になったという報せに、現場は騒然となった。
彼女は森ではぐれ、モンスターの生息域へと迷い込んでしまったのだ。
捜索範囲は十平方キロメートルにも及び、日はすでに落ちかけている。騎士団による捜索は難航を極めていた。
「アンジェラ様……心配です」
アミリアが不安そうに呟いた。彼女とは親しい間柄ではないが、以前助けてもらった恩義を感じているのだろう。
俺にとって、アンジェラの生死などどうでもいいことだ。彼女とは何の関わりもないし、彼女がこれから辿る悲惨な運命も知っている。それでも、俺の心は揺らがなかったはずだ。
「くだらない……」
俺は小さく吐き捨て、楽しげに談笑する王子たちのグループを一瞥した。ヘンリーは婚約者の失踪など気にも留めていない様子だ。ダニエルとラモンドは、俺の険悪な雰囲気を察して黙り込んでいる。
「指にはまったダイヤモンドを自らドブに捨てるなんてな。救いようのない馬鹿だ」
俺が冷たく言い放つと、二人の顔色が変わった。意味を理解したのだろう。
「おいアラン……滅多なことを言うもんじゃないぞ。誰かに聞かれたら一族郎党処罰されるぞ」
ダニエルが心配そうに忠告し、ラモンドも同意して頷いた。
「ああ……関わらないのが一番だ。あのアリスとかいう女が絡んでるなら尚更な。これからとんでもない騒ぎになるぞ」
彼らの言う通りだ。レダス公爵家は長年王家を支えてきた名門だが、もし王子が婚約者に対して行った仕打ちを知れば、王家との関係に決定的な亀裂が入るだろう。帝国の屋台骨が揺らぎかねない大問題だ。
だが、俺はこのまま見過ごすことができなかった。
俺は舌打ちをし、苛立ちを隠せないままその場を離れようとした。アミリアが俺の腕を掴んで引き止める。
「何をするつもりですか?」
不安げなアミリアの顔を見て、俺はふと思った。もし彼女が「本物のアミリア」だったら、今の俺の感情は違っていただろうか。
「ちょっと……野暮用を片付けてくるだけさ」
俺はアミリアを安心させるように微笑み、彼女の頭を撫でた。彼女は驚いたように俺を見つめたが、俺はその手を優しく外し、背を向けた。
日はもう沈んだか。
俺は厩舎から馬を借り、全速力で森へと向かった。
アンジェラが最後に見られたのは、森の東側、嵐が発生した危険地帯だ。
彼女は馬鹿ではない。嵐の中を無闇に移動したりはしないはずだ。おそらく、騎士団の駐屯地がある山脈の方角へ助けを求めに向かったのだろう。
だが彼女は知らない。嵐が去った後、騎士たちはすぐに街へ撤退してしまったことを。そして、人の気配が消えた場所には、モンスターが集まってくるということを。
森の入り口で馬を降り、俺は自分の足で駆け出した。
制服姿に剣一本。時間との勝負だ。彼女がモンスターと戦い、持ち堪えている間に見つけ出さなければならない。
俺の足は速いが、捜索範囲が広すぎる。五感を極限まで研ぎ澄まし、わずかな痕跡を探す。
「……?」
やがて、崖の近くで血痕と争った跡を見つけた。
血はまだ新しい。近くにいる。
俺は周囲を見回し、再び走り出した。
***
森の南側にある洞窟。
アンジェラは剣を構え、荒い息をついていた。
全身傷だらけで、高価なドレスはボロボロに裂け、軽鎧には無数の斬撃痕が刻まれている。腹部には深い切り傷があり、片手で押さえているが血が止まらない。疲労と失血で、剣を握る手が震えている。
彼女はゴブリンの群れから逃げ、この洞窟に身を潜めていたが、すぐに見つかってしまった。
ゴブリンは単体では子供より少し強い程度だが、集団になれば脅威度は跳ね上がる。
さらに厄介なのはその習性だ。罠や奇襲を好み、相手が女性であれば、殺す前に集団で陵辱する。女性にとってはオークと並んで最悪のモンスターだ。
「わ、私は……こんなところで死ぬわけには……殿下の元へ帰らなくては……」
アンジェラは十匹以上のゴブリンを前に、気丈に声を張り上げた。ゴブリンたちは言葉を理解しないが、彼女の悲痛な叫びを嘲笑うかのように、下卑た笑みを浮かべている。
奴らは距離を取り、彼女が力尽きるのを待っているのだ。
傷口から流れ出る血が、彼女の意識を奪っていく。壁に寄りかかり、必死に剣を構え続けるが、魔力はすでに尽きている。
ゴブリンたちがじりじりと包囲網を狭めてくる。その醜悪な顔、獣のような瞳。アンジェラが膝をついた瞬間、奴らは好機とばかりに一斉に舌なめずりをした。
「まだ……死ねない……殿下……助けて……」
アンジェラはヘンリーの名を呼び、意識を失って倒れ込んだ。剣が手から滑り落ちる。
それを見たゴブリンたちは、獣のような雄叫びを上げて洞窟内へ殺到した。涎を垂らし、欲望に目をぎらつかせ、彼女の体に群がろうとする。
一匹が先陣を切って飛びかかった。
「!!!?」
だが、その手がアンジェラに届く前に、ゴブリンの首が宙を舞い、胴体が地面に崩れ落ちた。
他のゴブリンたちは急停止し、何が起きたのか分からず周囲を警戒した。
恐怖に駆られた数匹が背を向け、洞窟の出口へ逃げようとした。だが、背を向けた瞬間にそれぞれの首が飛び、絶命した。
それを見た残りの二匹も慌てて振り返ったが、その首もまた、何者かの姿を見る前に切り飛ばされた。
残ったのは一匹だけ。
そいつは悟った。背を向ければ死ぬ。動けば死ぬ。
恐怖に震えながら横目で見ると、足音が近づいてきた。
いつの間にか背後に回られ、切っ先を喉元に突きつけられている。
圧倒的な殺気と威圧感に、指一本動かすことができない。
ゴブリンは極限の恐怖で失禁し、涙と鼻水を流した。手にしたナイフを強く握りしめ、最後のあがきとして、倒れているアンジェラに向かって全力で投げつけた。
一閃。
目にも止まらぬ速さで振られた剣が、ゴブリンの首を跳ね飛ばした。投げられたナイフは、素手で掴み取られていた。手のひらにかすり傷がついたが、それだけだ。
「お前らみたいな手合いが、一番嫌いなんだよ」
冷徹な声と共に、血に濡れた剣を振るって血糊を払い、静かに鞘に納める少年。
彼はゴブリンの死体の山を跨ぎ、倒れているアンジェラを抱き起こした。




