scene2
赤い鱗の背を強風が叩く。
ドラゴン、デュークは悠然と空を裂き、雲を置き去りにして飛んでいた。
ジンは必死にしがみつきながら、背後に違和感を覚えた。
「......なあ」
嫌な予感というものは、大概当たっているものである。
「後ろから、何かついて来てないか?」
前に座るアリアナは、余裕たっぷり振り返りもしない。
「なんに見えます?」
「ワイバーンと...それに乗った王国騎士団に見えるが...」
一泊。
「じゃあ、王国騎士団ですわね」
「確定させるなよ!
今回、王国騎士団は関係ないって言ったよな!?」
「案件とは別件ですわ」
「どういう理屈だよ!」
アリアナは楽しそうに肩をすくめた。
「だって、あなた賞金首なのに目立ってましたもの」
「俺は何もしてないぞ!?」
「王国騎士団、倒しましたわよね」
「殺してはいない!!」
ジンは頭を抱えた。
(やっぱり関わるんじゃなかった...!
ロクな事がない!!)
その間にも、後方から迫る羽音は増えていく。
数は...5、いや7。
「さあ、デューク!蹴散らしますわよ!」
アリアナが立ち上がり、風を切る。
「待て待て待て!
これ以上、罪を重ねるな!!」
だが、デュークはすでに反転していた。
灼熱の咆哮。
ドラゴンブレスが空を焼き、ワイバーンを次々と撃ち落としていく。
「な、何してんだお前!!!」
「何、王国騎士団みたいなことをおっしゃってるの?」
アリアナは振り返り、にっこりと笑った。
「ジン、あなたはこちら側ですわよね?」
「そんな覚悟、した覚えはねえよ!」
その瞬間。
「来ますわよ」
生き残った一匹のワイバーンが突進して来た。
激突!
その衝撃でデュークの体制が崩れる。
「うわぁぁぁあ!」
視界が反転して地面が迫る。
…ドン。
アリアナが軽やかに地面に着地する。
一方。
ジンは無様に地面に叩きつけられ転がった。
「...痛ってぇ…」
呻きながら顔を上げたその時。
剣の切っ先。
盾、隊列した白銀の鎧の列
いつの間にか囲まれていた。
「...嘘だろ」
王国騎士団...今度は逃げ場がない。
ジンの後ろでアリアナが、くすりと笑う。
「さーてどうしましょうか」
その笑顔は妙に楽しそうで、何よりも恐ろしいものに見えた。
騎士団の隊列が静かに割れる。
一人の騎士がゆっくりと出てくる。
足取りには迷いがなく、他の騎士たちも自然と道を開けた。
「...賞金首とは、随分落ちぶれたものだな」
低く煽るような声。
「いや...始めから落ちてたか…」
そう言いながら、騎士は兜を脱いだ。
現れた顔を見た瞬間、ジンの喉が鳴った。
「......フェイノール......!」
かつての仲間だった。
同じ傭兵団にいた。
ジンより器用で、野心的でジンが去った後に...残った男。
「無様だなジン」
フェイノールは鼻で笑う。
「お前の失態のせいで、俺は随分遠回りをした...。
だがな...」
胸を張り、背後の騎士団を誇示する。
「騎士になった。
そして今、お前のおかげで俺は出世するぞ」
ジンは歯を食いしばった。
反論の言葉は、喉の奥で砕けて出てこない。
その沈黙を破ったのは、間の抜けた声だった。
「……なんだか」
アリアナが首を傾げる。
「感じが悪い方ですわね、あの方」
「黙れ、悪役令嬢!」
フェイノールが声を荒げる。
「大人しく断罪されろ!
そして俺の出世の糧になれ!」
「断罪……?」
アリアナはきょとんとした顔をしてから、くすりと笑った。
「十年以上経っているのに、まだ断罪だなんて。
化石みたいな人たちですわね」
「黙れ!
断罪されろ、悪役令嬢!」
次の瞬間。
――ガチャン。
乾いた金属音。
アリアナの腕輪が光り、空間がゆがむ。
そこから現れたのは、彼女の身の丈を遥かに超える巨大な黒斧。
ジンの背筋が凍る。
「ジン」
アリアナは斧を肩に担ぎ、振り返った。
「自分の命は、自分で守ってもらえるかしら?」
「待て!
やり合う気か!?
数が……!」
「向こうは、やる気十分ですわよ」
その言葉を合図にしたかのように、騎士たちが剣を構える。
戦闘が始まった。
「おい!
殺すなよ!
間違っても殺すなよ!!」
必死に叫ぶジンに、アリアナは楽しそうに微笑む。
「まあ。
敵を気遣えるだなんて、余裕ですわね」
黒斧が、ゆっくりと振り上げられる。
ジンは剣を握りなおした。
(...逃げられない)
なら...生き残るしかない。
賞金首悪役令嬢と、その一味として。
ジンは剣を振るい、目の前の騎士を叩き伏せた。
—その間にも、背後では嵐のような轟音が響いていた。
黒い軌跡。
巨大な斧が振るわれるたび、王国騎士団の陣形が紙のように崩れていく。
「おいおい...圧倒的だな」
ジンは思わずつぶやいていた。
技量とか、数とかそんなことではなかった。
次元が違う...。
純粋な”力”で蹂躙している。
その様子をフェイノールが冷静に見ていた、
純粋な“力”で蹂躙している。
その様子を、少し離れた場所からフェイノールが冷ややかに見つめていた。
「さて……」
口元を歪める。
「どこまで持つかな」
次の瞬間。
――ふっ。
空気が抜けるように、アリアナの手から黒斧が消えた。
一瞬の静寂。
フェイノールの目が光る。
「ついに尽きたか」
勝ち誇った声。
「ブラックアックスを支える精神力が尽きたんだ。
お前ら、捕らえろ!」
騎士たちが一斉に動き出す。
「おい!」
ジンが叫ぶ。
「やばいぞ、アリアナ!」
だが――
「……ふふ」
アリアナは、不機嫌そうに眉をひそめた。
「随分となめられたものですわね」
彼女は、両手を大きく掲げた。
次の瞬間、空間が軋む。
――ドン。
先ほどよりも、さらに巨大なブラックアックスが出現した。
禍々しいほどの質量。
大地が、その存在を拒むように震える。
「覚えておきなさい」
アリアナの声は、静かで、しかし断言だった。
「私の精神――
そして、お宝にかける情熱は、無限ですわ」
振り下ろされる黒斧。
一撃。
王国騎士団の前線が、まとめて吹き飛んだ。
その混乱の只中。
――影が落ちる。
聞き覚えのある咆哮。
「デューク!」
赤いドラゴンが空から舞い降りる。
「逃げますわよ」
アリアナが振り返る。
「捕まって」
「言われなくても!」
ジンは必死にしがみついた。
次の瞬間、二人は空へと放り出される。
地上が、急速に遠ざかっていった。
しばらく飛んだあとデュークは速度を落とした。
ジンが隣を見ると、
アリアナはぐったりと背にもたれていた。
「……おい」
呼びかけると、アリアナは薄く笑う。
「少し……使いすぎましたわね」
その声は、いつもの余裕を欠いていた。
ジンは、さっきの言葉を思い出す。
――無限。
だが、目の前の現実は違った。
(……無限ではない)
圧倒的に強い。
だが、決して万能ではない。
それを知ってしまったジンは、言いようのない不安を感じた。
それと同時に。
(だからこそ)
目が離せなくなっている自分にも気づいていた。
賞金首悪役令嬢アリアナ。
その“一味”として。
物語は、まだ始まったばかりだった。




