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番外編:美羽と湊

 

 その日、俺は大学が休講だったこともあり、自分の部屋のベッドの上でスマホをいじっていた。

 流れてくる動画で興味を引くものを眺めるだけの時間。

 こんな無駄な時間も悪くない。

 そう思っていたときだった。


「湊! いるんでしょ。ドア開けて!」


 誰かなんて、聞かなくてもわかる。

 このやかましさ、隣に住む幼馴染みの橘美羽だ。


 ――ただ気になるのは、涙声だったこと。


「空いてるって。入ってこい」


 起き上がり、スマホをベッドの上に置く。

 ドアを開け中に入ってきた制服姿の美羽は、目を真っ赤にしていた。

 止めようがないのか、涙がこぼれ落ち頬に筋を作っている。


「湊!」


 思い切り抱きつかれ、少し後ろに体が揺れる。

 今着ている服、白いニットなんだけどな。

 ……まぁいいか。

 そう思いながらも、美羽の赤茶色の髪を撫でた。

 泣きじゃくる声が、胸元から聞こえてくる。

 嗚咽混じりに、体を震わせて。

 美羽はしばらく俺の胸で泣き続ける。

 中学になった頃から少し距離を置きはじめていたというのに、よほどのことがあったのだろう。

 なんとなく予想はつくが。


「何があった?」


 嗚咽が止んだ頃を見計らって声を掛ける。


「振られた」

「そっか」


 俺は美羽を撫でる手を止めずにいる。

 ふわふわの猫っ毛が心地よい。


「それだけ?」


 泣きすぎて声がひどく掠れていた。

 そして、まだ俺に抱きついて離れない。


「何? 慰めてほしいの?」

「……うん」


 今日の美羽は素直だった。

 俺の手が、止まるくらいには。


「じゃぁさ、まずは話を聞かせろよ。なんて慰めればいいかわかんないだろ」


 距離を置かれている今、俺は美羽の学校生活のことをあまり知らない。

 腕の中の少女が、誰を好きになって誰に振られてしまったのか、それすら知らない。


「黒瀬がね、夕を好きだって言ってた。わたしの前で、はっきりと」


 夕はわかる。

 美羽の親友の篠田夕。

 やかましい美羽とは対照的な大人しめの子だ。


「それは酷いな」

「そう、ひどいの! 絶対、わたしの気持ち知ってるくせに! なんで、わたしの前で……」


 思い出したのか、また嗚咽が始まった。

 美羽の腕が緩まる気配はない。

 都合の良い抱き枕にされている。


「嫌い! 嫌い! 大嫌い! 黒瀬も、黒瀬をとった夕も大嫌い!」


 とったと言うのは語弊があるだろうが。

 美羽の言ったことが事実なら、黒瀬ってやつの行動は確かに酷い。

 絶対に、確信犯だ。


「そうだな。嫌いになるよな」


 俺が当事者だったら手が出ていただろう。

 髪を撫でていた手を背中に回し、優しくさする。

 いまだに震えているからだが、美羽の気持ちを雄弁に語っていた。


「……でも、ほんとは嫌いになりたくないの。でも、嫌いなの」

「そっか」


 嗚咽混じりに、それでもかすれた声で話しかけてくる美羽。

 ぐちゃぐちゃな心を懸命に整理しようとしている彼女は、俺の知らない少女の姿だった。


「そう自然と思えるおまえは強いよ」


 俺の知らない間に、とても。

 美羽は、成長している。

 そして、俺はそれが寂しい。


「嫌いなのに? 嫌いになりたくないのに、でもやっぱり嫌いになりそうなのに?」

「なりそうで、なってないんだろ?」

「でも、なりそう」

「それなら、それでもいいだろ。今のお前には許されてるよ」


 そっと、美羽の背に両手を回し抱きしめる。

 こんなことをしても、きっと美羽は気付かない。


 ――気付かないのだ。


「やっぱ、やだ。嫌いになりたくない。夕はいい子だもん。黒瀬だって優しいとこあるし」


 わざわざお前の前で告白した奴が?

 そんなの、優しい奴のすることじゃない。


「優しいのは美羽だろ」

「わたしは優しくない。嫌いって気持ちもあるもん」

「それを嫌だと思ってる美羽は優しいよ」


 背中に回した腕に力を込めて、美羽を抱き寄せる。


「……湊?」

「お前は間違ってない。嫌いになってもおかしくないよ」


 香水と汗のにおい。

 美羽が、ここまで走ってきたのがわかる。

 そして、すぐに俺のところに来たことも。


「ただ、相手が違っただけだ」

「どーゆー意味?」


 抱きついた勢いのまま、俺の膝の上にいる美羽が顔を上げる。

 ひどいくらい目が赤い。

 まぶたの腫れも一晩では引かないだろう。


「お前が間違えたのは、好きになる相手だけだってこと」


 美羽の額に自身の額を重ね、まだ涙がこぼれ落ちている美羽の瞳を見つめる。

 美羽が、離れようとしているのがわかった。

 ばーか。今更離すわけないだろ。


「俺にしとけよ」


 信じられないとばかりに大きく開かれた瞳。

 だよな。ほんとお前、気付いてなかったもんな。


「あんた、頭おかしいの? 私、振られたばっかなんだけど」

「だから伝えたんだ。言うなら今だろ」


 目と同じくらい顔を赤くする美羽。

 それだけで、今の俺には充分だ。


「俺を好きにさせてやるから、今は泣きたいだけ泣けよ」


 ――必ず、俺に落としてやるから。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


本編では描ききれなかった美羽と湊の、小さな揺れと静かな痛み。

二人の選んだ言葉や距離の保ち方が、

夕と黒瀬の恋とはまた違う色で、あなたの胸に残っていたら嬉しく思います。


恋は、一つの視点だけでは完結しません。

だからこそ、もう一つの物語として彼らの想いを描きました。


これで『三日で恋に落ちるなんて、思ってなかった』に登場する

すべての気持ちが揃いました。


もし、この三日間が少しでも心に触れていましたら、

評価やブックマークでそっと応援していただけると励みになります。

また次の物語を紡ぐ力になります。


最後まで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。


またどこかで、彼らの続きを書く日がくるかもしれません。

その時は、ふと覗いていただけたら嬉しいです。


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