表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第四話 ひとつだけ、確かめたいこと

 

 結局眠れぬ夜を過ごしたまま、私は学校へ今日も向かう。

 普段とは違う道を通って、目的の人物を駅で捕まえる。


「美羽、おはよう」

「え? 夕? おはよー。でも、なんでここ?」

「美羽と話したかったから」


 学校に近い改札口から出てきた美羽に答える。

 それだけで、美羽は私が何を話したいか察したのだろう。

 昨夕の大雨が嘘のように今朝は快晴だ。


「いいよー。けど、夕ってば目の下にクマできてない? 大丈夫?」


 学校へ向かう生徒や会社員が通り抜けていく中、美羽が私の顔をのぞき込む。

 あの告白以来、私はあまり眠れていない。

 そろそろ顔に出ていてもおかしくはなかった。


「大丈夫。今日で、終わらせるから」

「……そっか」


 美羽と並んで学校への通学路を歩く。

 お互いに言葉を探していたのだと思う。

 しばらくは言葉がなかった。


「わたしさ」


 美羽が、口を開く。


「あの日、ほんと泣いたんだよね。多分、人生で一番泣いた」


 そうだろう。

 黒瀬の一挙手で笑ったり、落ち込んだり。

 美羽の色んな顔を私は見てきた。


「でもね、わたしには聞いてくれる人がいたから。だから大丈夫になれた」


 脳裏に浮かぶのは、以前言っていた美羽の幼馴染みの男性。

 ちょっと軽いところがあって、美羽をからかって遊んでいるんだと彼女が怒っていた相手。

 合っているかは分からない。

 でも、その人の話をするときの美羽を見るのが私は好きだった。


「強がりも多分ある。でも、大丈夫だって思えたから。次は夕の番だね」

「私は……」


 美羽に促され、言葉に詰まる。

 言ってしまっていいのだろうか。

 言葉にして、美羽を傷つけはしないだろうか。


「ほら、わたしだって言ったんだよ? ちゃんと言ってよ」


 美羽の顔に笑顔はない。

 でも、目は真っ直ぐに向けてくれる。


「私は、黒瀬と付き合ってみようと思う」

「やっぱねー!」

「でも、一つ確認してから。その答えを聞いて納得できたら付き合おうと思ってる」


 笑顔だった美羽が、不思議そうに私を見る。

 私は昨晩考えていた。


 どうして、黒瀬は私に告白したのか?


 大変残念なことに、彼はその理由を私に告げていない。

 私も、聞いていないことに昨夜気付いた。


「え? マジで?」

「マジで」


 私の返しに、美羽が笑い声を上げる。

 曇りのないその声は、私の心を軽くしてくれた。



 *  *  *



 私は、放課後の裏門に黒瀬を呼び出していた。

 ここが始まった場所だから。

 ここで完結させたいと思ったのだ。

 裏門は校舎から遠いため利用者は少ない。

 今も、一人二人通り過ぎていくが、そろそろここを利用する生徒もいなくなるだろう。


 今日も風が吹いていた。

 冷たい、秋風。

 夕陽が差して、私だけの長い影を作る。


『橘のために俺を振るのはやめてほしい。おまえ自身の答えがほしい』


 あの告白から、まだ3日しか経っていないなんて信じられない。

 それだけ濃い3日間だった。


 校舎の方を見つめていると、背の高い男性が近づいてくるのが見える。

 黒瀬隼人だ。

 彼は、私の姿を見て走ってくる。

 まだ、呼び出した時間前なのに。

 そんなちょっとしたことで、口元がほころんでしまう。


「悪い、待たせた」

「大丈夫。まだ時間前だから」


 この場には、私と黒瀬しかいない。

 そこだけが、あの時と違う。


「用件は? 覚悟が必要か?」


 そんな聞き方ある?

 私は思わず笑ってしまう。

 黒瀬は


「おい、笑うところか?」


 と、ふくれていたけれど。


「黒瀬さ、私に大事なこと言ってないよね?」


 今日は私が夕陽を負っている。

 眉を寄せる黒瀬の表情がはっきりと見える。


「言っただろう」

「言ってないよ」

「篠田が好きだと伝えた」


 あぁ、本当に分かってないし足りてない。

 鋭いくせに鈍い不器用な男。


「なんで私なの?」

「ん?」

「だから、なんで私だったの?」


 突然、黒瀬の顔が赤くなった。

 夕陽のせいじゃない。

 私の言葉が、彼の心を動かした。


「……参ったな」


 視線を逸らす。

 口元に手を当てる。

 黒瀬の動きがせわしない。

 私は、じっと見つめる。

 彼が、そうしてきたように。


「理由があったわけじゃない。ただ、気付いたら好きだった」

「理由、ないの?」


 美羽を泣かせておいて?


「おまえが、教室で日誌を書いてるのを見た。今みたいに夕陽が差していて。なぜかは俺だってわからない。ただ、目が離せなかった」

「いつ?」

「春くらい。クラス替えしてすぐの頃」


 今は秋だ。

 半年くらい前の話だ。

 ――まったく、気付かなかった。


「ずっと、あの時から目が離せなかった。気付いてたら追ってた。追っていく内にまた好きになった」


 顔を赤らめて、それでも黒瀬が顔を上げる。

 真っ直ぐに見つめられる。


「母親の入院のことだって、どうせ橘以外知らないんだろ? そういう弱いとこ見せない奴だって、見ててわかったから」


 黒瀬が、困ったように頭をかく。


「これ以上好きになるのが怖かったから、告白した。それだけ」


 それだけ、って。

 そんな直球で言わないでほしい。

 だって、知らなかったのに。

 私は、何も。


「で、答えは?」


 彼に返せるだけの気持ちを、多分私はまだ持っていない。

 でも、離れてほしくないと思ってしまった。


「私はまだ、あなたが好きだと思う……としか言えない。ずるいかもしれないけど」

「充分だ」


 真正面から微笑まれて、落ちないわけがない。

 私のささいな傷にも気付いてくれる彼を、好きにならないわけがない。


「……やっぱり、好き」

「どういうことだ?」

「私も好きってことだよ」


 たった3日。

 それだけの間に、私の気持ちにひとつの名前が付いてしまった。


「これから恋人として、お付き合いしてください。よろしくお願いします」


 頭を下げて地面を見る。

 鼓動が早鐘を打つ。

 顔も赤くなっているだろう。

 目を合わせるのが恥ずかしくて、怖い。

 さっきまでの余裕はどこにいったのか。

 今すぐに戻ってきてほしい。


「こっちこそ、よろしく」


 上から落ちてくる声。

 顔を上げられずにいる私に差し伸べられた手。

 おずおずと、手を出す私。


「こっち来いよ」


 手を引かれて、抱き寄せられる。

 男の人って、こんなに胸が広いものなのか。


「恋人なんだろ? 目くらい合わせろ」


 頬を両手で挟まれて、上向かせられる。

 こんな間近で、黒瀬を見ることになるなんて。


「顔、真っ赤だな」


 そう言って笑う黒瀬の目が優しくて。


 私は、思わず目を閉じた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

この物語は、ここで一区切りとなります。


夕と黒瀬の三日間。


ほんの短い日々ですが、

気持ちが変わるには、十分すぎる時間だったと思います。


彼らが選んだ答えが、

少しでも読んでくださった方の記憶に残れば幸いです。


そして、この恋にはもう一つの視点があります。


橘美羽と幼馴染み・湊の側から描かれる小さな後日談です。


もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。

彼らの感情が、少し違った色で見えるかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ