第三話 気付いてしまった気持ち
雨の日の買い出しは、気が滅入る。
「今日はお米を買おうと思っていたのに」
パスタに変えようかな。
そう思わせるくらい、雨は強い。
アスファルトを打った雨粒が跳ね返るくらいに。
私は、学校帰りに家の近くのスーパーに立ち寄っていた。
母親が入院しているため、私が家事をしているからだ。
入院と言っても風邪がこじれて肺炎になりかけただけだ。
今は順調に回復していて、あと数日で退院できるらしい。
「篠田」
突然声を掛けられカートを握ったまま振り向くと、そこに黒瀬がいた。
彼も学校帰りらしく、制服姿のままだ。
少し伸びた前髪が近づく度に揺れている。
いつもはあまり感情の出ない双眸が、気のせいか嬉しそうに見えてしまう。
背が高く、切れ長の目に薄い唇と、整った容姿が近づいてくる。
日常の中にいる黒瀬を初めて見た。
「黒瀬?」
「ここで会うの、初めてだな」
「そうだね。黒瀬、よく来るの?」
「時々。たまに夕飯当番になるから」
黒瀬が料理!?
普段ぼーっとしている、あの黒瀬が?
私の気持ちに気付いたのだろう。
「俺、料理するの好きだし」
「そうなの!?」
びっくりしすぎて、とうとう声を出してしまった。
「驚きすぎ」
おかしそうに笑う黒瀬から目が離せない。
こんな風に笑う人だったのか。
ふと、教室で目が合ったときのことを思い出す。
あの時は、もっとやわらかく笑っていた。
「そういう篠田も料理すんの?」
「あー、うん。うち、今お母さん入院していて。すぐに退院するんだけどね。その間だけ」
言うつもりのないことまで口にしていた。
余計な心配をかけるつもりはなかったのに。
あの告白以来、私は未だに黒瀬にどう接していいかわからないでいる。
「……頑張ってるんだな」
「え?」
「その絆創膏。ずっと気になってた」
私の指先を指す黒瀬。
そこには絆創膏が貼ってある。
「頑張り過ぎんなよ。おまえ、加減知らなさそうだから」
私の何を知っていると言うんだ。
そう思うのに、彼の言葉が私を包む。
特別大きな声でもないのに。
スーパーの音楽の方がずっと大きいのに。
私の心に、黒瀬の優しさが染みこんでくる。
ずるい。
あんな酷いことをしておいて。
私も美羽も傷つけて。
それなのに、どうして私の中に入ってこようとするのだ。
「今日は雨止みそうにないから、荷物はもう少し減らした方がいい。じゃあな」
「うん、ありがと」
背の高い彼は、鮮魚コーナーへと向かっていった。
「……気付いてたんだ」
指先の絆創膏に触れる。
私の傷に、彼は気付いていたのか。
私だったらきっと、黒瀬が絆創膏をしていたって気付かない。
その自信があった。
* * *
告白の返答の猶予期間とはいつまでなのだろう。
肉じゃがを炒めながら、私は考える。
3日位だろうか。
一週間くらいは待ってくれるものなのだろうか?
「待ってくれそうだな」
鍋を丁寧にかき混ぜながら、呟く。
黒瀬は、きっと急かさない。
私が納得するまで考え、答えを出せるようになるまで待ってくれる。
そんな期待が芽生えていた。
「でも、下手に長引かせて断るのもな……」
私が悪女みたいだ。
醤油の甘く香ばしい香りが食欲を刺激する。
告白された直後は、感じなかった空腹も今は感じられる。
『その絆創膏。ずっと気になってた』
ふと、黒瀬の言葉を思い出した。
こんな小さな変化に気付くくらい、彼は私を見てくれていたのかと思うと胸がくすぐったくなる。
そして、痛みがやって来る。
黒瀬を好きだった美羽。
私のことが好きだという黒瀬。
どうしてこうもままならないのだろう。
黒瀬が美羽に告白してくれたなら、私はこんな思いは――しないでいられたのだろうか?
ダメだ。
それだけはダメだ。
気付くな。
目を向けるな。
私は美羽を裏切りたくない。
『黒瀬に、ちゃんと考えて答えてあげてね』
ねぇ、美羽。教えて。
私は、なんて答えたら正解なの?
読んでいただきありがとうございます。
夕の迷いも、黒瀬の想いも、
少しずつ形になり始めています。
それでも、まだ答えは出ません。
よろしければ、この先も見届けてください。




