第一話 突然の告白
「篠田、今ちょっといいか?」
放課後、裏門から帰ろうとしていた私は黒瀬隼人に呼び止められて振り向いた。
隣にいた美羽は、彼の顔を見たとたん耳が赤くなっている。
でも、なぜ私?
彼は美羽との方が親しいはずなのに。
「おまえが好きだ。付き合ってほしい」
真っ直ぐ見つめられて告げられた言葉を脳が理解するのを拒んだ。
私は固まる以外のことができずにいる。
秋風の冷たささえ、今の私には届かない。
「篠田のことが好きなんだ。俺と付き合ってほしい」
前髪が少し目元にかかっていた。
その奥から覗く瞳から目が離せない。
夕陽の影になっていても、その視線の強さが私を縛る。
――断ろう。
そう考えたとき、隣からヒュッと息を呑む音が聞こえた。
そして、それはすぐに駆け出す音に変わる。
美羽が背を向けて走り出したのがわかった。
わかっていても声をかける余裕が私にはない。
目の前の彼が、私から視線を外してくれないのだ。
「あの、悪いんだけど」
「橘のために俺を振るのはやめてほしい。おまえ自身の答えがほしい」
断ろうとして、間髪入れずに遮られる。
予想外の反応に、一瞬言葉を忘れてしまった。
しかし、目の前の彼は私にとって美羽の想い人以上でも以下でもない。
「でも……」
「お前が出した答えなら受け入れる。でも、他の奴のことを考えてのことなら諦めない」
こんなこと、言う人だった?
彼は、あまり周囲に関心がなさそうに窓の外を見ているタイプなのだと思っていたのに。
「ねぇ、何で美羽がいる前でわざわざ言うの?」
私の口から出た言葉は、自分でも驚くほど淡々としていた。
あぁ、そうか。
私は今、怒っているんだ。
あまりにも無神経な彼の行為に怒ってたんだ。
「二人きりの時に言ったら、おまえはすぐに俺を振るだろう。そして、なんにもなかったみたいに笑うんだ」
――むかつく。
はっきりとそう言われて、私の真っ白だった頭は瞬間的に赤く染まってしまった。
勝手に私の行動を決めつけるな!
「むかつくのはこっちだよ! 明日から美羽になんて顔して会えばいいの!? あなたのせいじゃない!」
「知ってる。でも、俺はお前のことが好きなんだ。あいつじゃない」
私は、返す言葉を持っていなかった。
美羽の気持ちを知ってて言ったの?
酷い。なんてひとでなし!
そう思うのに、彼はきっと私が怒ることさえ考えて告白したんだ。
だって、怒りをぶつけても彼は微動だにしない。
ただ、そこに立って待っているだけ。
「……もう少し、考えさせて」
結局私――篠田夕――は、そう伝えることしかできなかった。
* * *
翌日、私の隣の席は空いたままだった。
昨日一緒に下校しようとしていた橘美羽の席だ。
来ないだろうとは思っていた。
本日空席となった美羽の席の先には、昨日私に告白してきた黒瀬の姿がある。
机の上に片肘ついて、顎を乗せて眠そうにしている。
慌てて目を逸らそうとしたとき、ふっと笑う彼の表情を見てしまった。
何? 今の。
あんな告白をしておいて、私を見て笑えるの?
それも――あんな優しく。
なんて人!
私は慌てて手元の教科書に目を落とす。
そこに並べられていた文字は、ただの記号の羅列となっていた。
「授業でやるの、そこじゃない」
「知ってる。予習してるの」
「まじめだな」
机越しの会話。
今までなら、美羽越しにしか話さなかった。
「あいつ、休んだんだな」
「そうだね」
目は合わせない。
さっきの笑みが、脳裏から離れない。
「逃げるなよ」
何に対して?
退路なんてもの、勝手に塞いだくせに。
「教科書、破くなよ」
言われて気付く。
教科書には、私の絆創膏を貼った指の跡がしっかり残っていた。
お読みいただきありがとうございます。
夕の物語はまだ始まったばかりです。
傷つく人がいて、迷う人がいて、
それでも前に進もうとする気持ちを書きたいと思っています。
よろしければ、続きもご覧ください。




