9.公平な審査官
久々の村の匂いはどこか安心感を与えてくれる。故郷でもなんでもない、暮らしている時間も短いにせよ、故郷のような安心感があるのは何故だろうか。
机の上に四人分のお茶漬けが出された。磯の香りがとても香ばしい。そこに海苔の佃煮を乗せて頂く。口の中に優しさとしっかりとした濃さが広がり満足感で満たされそうだ。
「しかし、家の方は大丈夫なのかい。といいつつ、人のことは言えないけどな。」
「カシェルなら大丈夫。ママや子ども達には伝えてあるから。それよりもやっぱりメイサちゃんだよ。記憶喪失だったんでしょ。早く記憶が戻るといいね。」
「そうだな。」
茶碗の中が無くなった。
天使族の能力は便利だなぁ、と一人感嘆していた。その場から動かずして食べ終わった茶碗が羽によって桶へと運ばれていくからだ。
「プリマお婆さんの手料理、すっごい美味しいね。」「ああ、とっても助かってるよ。」
そこで思い出したかのように、
「もし試験に合格したら王宮に住み込みなの知ってる?」と聞いてきた。それに対して「知らなかった」と返す。
「もうこんな美味しい手料理、滅多に食べられなくなるんだから、今堪能しなきゃねっ」と強く念をおされた。
けど、そうか……。「そうなると寂しい思いをさせちまうよな。」
それを聞いて何故か笑っていた。「気にするではないのぅ。あたしゃ一人は慣れてるんだで。それに、送り出すことにも慣れとるからのぅ。寂しくもなるが、誇らしくもなる。あたしは一人でも幸せじゃよ。」
「とってもいいお婆さんだね。」
彼女の言葉に、こちらも笑顔になりかけていた。
「あっ、そうだ。メイサちゃん。もしさウチが王直兵になったら、ウチの従者にならない?」
「従者?」と返されていた。俺もそれについては分からない。
「うん。王直兵ってね、一人だけ従者を付けることができるんだって。身の回りの世話とかそういうために作られた制度らしいんだけどね。従者はね、同じ部屋で過ごせるのよ。これを使えば一緒に王宮に入れるって訳なの。」
「そんな制度があるのか……。」
「うんうん。身の回りの世話とかはしなくていいから、一緒にお話しよっ。」
「考えとくよ――。」
ほんわかとした雰囲気に包まれている。
「いつか二人にも紹介したいな~」なんて言われながら、みんなで食器を水洗い場で食器を洗っていった。羽は濡れるからという理由で手洗いしていた。「何を」と聞く。
「カシェルの~、ママと子ども達をだよ。」
食器を洗い終えて、それらをお盆に置く。そのお盆は羽によって空中を独りでに進んでいった。
彼女は手を折りながら「みんな可愛い子なの。スミス君に、リオ君に、ガーネちゃん、ニグル君、ノープ君、ヤペオシ……」そこで止めさせる。「ちょっと待て。多すぎないか。何人いるんだ、子ども達は」と思わぬ汗を流して聞いた。
「11人だけど?」と何食わぬ顔でさらりと返された。
メイサから質問だ。「君のママは何歳なんだ?」
何食わぬ顔で「35歳だけど?」と返されていた。それを聞いて「若っ」と言って唾を吹き出してしまった。
家へと戻る。
何気ない時間を過ごしていると、お婆さんが何かを持ってきていた。「お主に宛ててじゃな」と渡されたのは折りたたみ式ビデオだった。
コンパクトに折りたたまれたそれはまるでスマホにも似てるが機能はビデオ機能だけ。さらには充電式にも関わらずバッテリーは残ってなく、さらにはコンセントなどというものは存在しない。では、どうやって使うかと言うと雷の国出身の人はそれを持って微力な電気を体から流すことで使用可能になるのだ。
もし他者が横取りしても、風の国ではそれを見ることはできない。スパイには有難い機能だ。
また、俺以外のスパイが存在してることを示唆しているが、よくよく考えればそれもそうだろうと思った。スパイが誰もいないのなら、情報収集がメインになるだろう。しかし、俺のメインは殺害。情報収集については任務外だったため、スパイは他にも潜り込んであることが分かった。
これは俺以外のスパイからのお手紙だ。
微力な電気を流していく。画面に映像が映し出されていった。
「なになに~ウチらにも見せて~」とやって来た。非常に不味い状況だ。
――――――
映し出されたのはとある宮殿の中のような豪勢な場所だった。そこには三人の男が座って会議をしていた。いや、一人は人間なのかどうかも怪しい。
「もちろん確認し終えた。そもそも二次と最終の試験日が二週間も空いているのはこのためだろう。そのために空いているのに、何もしないのは愚か者なだけだ。俺は愚か者ではない。」その内の一人であるリベルはため息と共に言葉を吐き出していた。
まさかの映像だ。どこから入手したのか分からないが、俺のために情報を得たのだろう。これならスパイだとバレずに済む可能性も高そうだ。
「早速議論を始めよう。最終試験、誰が王直兵に相応しいかの議論をな。」
何色かのピンク色の髪をした女の子にも見える小さな男の子が手を挙げた。「ワチはタリタ君とアトラ君が良いと思うっす。」
「その心は?」
「タリタ君は言わずとも分かるじゃないっすか?」
「まあ、そうだな。タリタは国兵に限らず我々王直兵ならその性格も実力も分かる。彼が相応しいとされるのはとてもよく分かりますよ。では、もう一人の方はどのようで?」
「応用力がありそうっすもん。それに、しっかりと芯は通ってる性格に思えるっす。」
「なるほどな。一理ある。では、ウヌク・アルハイはどう思う?」
天井付近まである大きな体躯。それなのに腹は見えない。足も見えない。ほぼ、口で体が構成されている一頭身の存在。曲がっている角も二本、頭に付いていることもあり、凡そ人間には到底見えない。
「おでは……分からない。リベル……は、どうなんだい?」
それにしても人間離れした大きな口だな、と思う。それで喋れているのが奇跡にも近い。
「俺はあの天使族の子が良いと思っている。」
「カシェルちゃんっすね。己は反対っすよ。」
「どうしてだ?」
「どうしても何も天使族っすよ。あの前国王を謀り、殺害したルシファーの一族なんすよ。この子も裏切るに決まってるっす。それに天使族は絶滅したはずの一族……ということはこの子は多分、奇跡的に生き残れた唯一の存在なんす。そういう子って心が不安定だから復讐とかにも走りやすくて危なっかしいんすよ。」
俺は映像から目を離して恐る恐る横を見た。彼女はそんなことないもん、なんて言いながら首を横に振っていた。
「憶測に過ぎないだろう。カシェル君がそうとは限らない。俺は王直兵の未来に一躍買ってくれるだろうと思う。能力の強さも然り、対応力も然り、だ。」
「はいはい。分かったっすよ。」
女の子っぼい男の子は腕を頭に組みながら椅子に深く背もたれた。
「けど、珍しいっすよね。リベルさんは過去3年間、女は絶対に王直兵にさせないぞ、っていう雰囲気してたのに。」
彼はどこか上の空で話し始めていた。
「思い違いだ。俺は公平に審査をしているだけだ。その中で偶然にも、俺の考える合格ラインに女性が一人も達していなかっただけなのです。」
「へー。わざわざ女の子には不利な条件の試験を組んで落としているんだと思ってたっすよ。」
「戯言を。我々は誇り高き仕事をしているのです。まあ、王直兵にも限らず、他の仕事全般そうですが、わざわざ審査側、雇う側が考慮してまで仕事の内容を変える、代わりに誰かが迷惑被ってまで雇う必要はどこにある?」
どこか冷たいような、芯の通った瞳をしていた。
「わざわざ特別扱いを設けて仕事の質を落とす必要なんてないでしょう。」
ピンク髪の子は足を伸ばして足をバタバタとバタつかせていた。
「で、そのカシェルちゃんは例外的に合格ラインに立っていたって訳っすね。」
「その通りだ。公平に見た結果、俺は彼女を一躍買ったのだ。」
「その公平ってなんすか? 公正ってのとなんか違うんすか?」
リベルがよくぞ聞いてくれた、みたいな顔をしている。
「公正とは縦基軸で平等にするということ。公平とは横基軸で平等にするということだ。分かりやすい例がある。背の低い子、背的に真ん中の子、背の高い子、その三人が高いフェンスの先を見ようとしている。そこに三つの箱があり、それを置き台にすることできる。公正ならば、背の低い子には二つの置き台、真ん中の子は一つの置き台、高い子は置き台なし。そうすることで、皆が全員見れるという平等論だ。公平はと言うと、背の高さ関わらず一律に一つの置き台だ。」
「それだと、小さい子はフェンスの先見れなくないっすか?」
「それは仕方がないことだ。」
「ちょ、ちょ、見捨てるんすか?」驚いている。
「今の話だとそう思うのも仕方あるまい。だが、条件を増やしましょうか。まず木箱はどこから手に入れる、ということなのですよ。フェンスの先を見る前に一律に木箱を与えるのです。そこで小さい子は大きい子から木箱をお金で買っても良いし、木箱を増やすために予め元手を増やしてから別の場所で購入しても良い。そうすれば小さい子もフェンスの先が見えるでしょう。」
話しているリベルはどこか楽しそうだ。
「そういう……もんなのか……。」
「えぇ。逆に公正だと、大きい子は木箱を与えられないのですよ。つまり大きな損失を受けているのです。小さい子が二つの木箱を元手にお金を稼ぎ、木箱を増やした暁には、それこそ不平等だと思いませんか?」
「そういう……もんっすかねぇ……。」
「では、小さい子が木箱を変えるお金があるのに、その公正にあやかって木箱を二つも貰っていたら、それは平等なのでしょうか?」
「うーん……平等じゃなさそうっすねぇ。」
「そう、人は身分、信じているもの、性別、社会で与えられた立場、生まれた場所、様々な要素で、考える正義は変わるのだ。つまり、人によって考える正義は違う。誰かにとっては良いと思われても、誰かにとっては悪いことと思われる。つまり、不明瞭で曖昧なのだ。」
突然、彼は立ち上がった。
「公正とは、誰かの犠牲の上で正義を成り立たせる平等だ。だのに、その正義とは不明瞭で曖昧なものなのだ。そんなものを重んじる気はさらさらない。それよりも『公平』なのですよ。例え不平等と言われようとも、そこに区別も差別も存在しない。ただ皆等しくスタートラインに立ってよーいドン。努力した者こそが報われることになる。とても分かりやすい不公平なきルールだと思わないかね。」
ピンクの子はもうつまらないみたいな表情を浮かべていた。
「まあ、そっすね~」などと明らかに適当な返事をしていた。
「じゃあ、カシェルちゃんが合格候補一位ってことでいいんすかね?」
「いや、一位はタリタだ。俺も彼について認めている。もはやほぼ合格圏内だろう。二位がカシェルだ。」
「で、三位がアトラ君っすね。」
「そうだ。四位がルクバーで、ルクファクが五位だと考えているが、どうですか?」
それに対して了承の意を返された。
「三位以下の者にはそれなりの試練が与えられるが、それを乗り越えられるか、だな。憶測だが、難しいだろう。合格者はきっと二人だけだな。」
「三位のアトラ君が失格にならずに、諦めず粘り付いてきたら熱いっすね。」はっきりと楽しげに放たれた。
「難しいだろう。彼の機転は目を見張るものがあるが、彼はまだ能力を出し切れていないのだからな。」
「じゃあ、足りない能力を機転でカバーできれば良さそうっすね。」
「まだ、16の若人だ。流石に難しいだろう。」
その通りだ。俺は能力を出し切れていない。本気の能力発動は雷を体から発散しかねない。スパイとバレないためにも能力は温存しないといけなかったのだ。ピンク髪の子が言う通りに、機転でカバー出来るかどうか。俺はそこが試されそうだ、と感じた。
「さて、総評はこれぐらいで良いか。」
それに対して「いいっすよ」「おいも大丈夫」と返された。
そこでビデオが終わった。
――――――
「凄いね。まさか王直兵の内部情報が送られて来るなんて。」
「この事は他言無用でお願いするのじゃ」と返された。その映像は誰がどのように撮ったのか、ということは気になってくる。一つ分かるのは王宮内にスパイ仲間がいるのだろうと思った。思うだけで確信には至らない。聞くことさえ空気感に阻まれていた。
「ひとまず言えるのは、俺は相当頑張らなきゃならないみたいだな。」
ビデオのお陰なのか、それともビデオのせいなのか、緊張感が走っていった。




