21.デモを導きし者達
もう三日も王宮から出れていない。
守るべきはずの存在から敵意を向けられているのがとても痛々しい気持ちになる。
「っざけんなよ。守られる身分で、調子こきやがって。」
アンタレスが支柱を蹴っていた。
ここに残るもの達の徒労感は大きいものがある。
気持ちは分からなくもないが、さすがにみっともない。
「見苦しいぞ。その気持ちは胸にしまうのが大人だ。大人になれ。」リベルが代弁してくれた。
物にぶつけられない怒りを抑えて地べたに座っていた。そして、大きなため息を吐いて愚痴を零した。民衆への罵倒が止まらない。しかし、それのお陰で少しは落ち着きを取り戻していた。
「よく冷静になれんな。俺様にゃ無理だ。」
「アンタレス。君は何か行動に移したのか?」
彼は何も言えなくなっていた。
「俺は拷問対象に情報集めをさせている。オヌシはどうなんだ? おっと、噂をすればやってきたな。」
アンタレスは俯いていった。
一般人の男が近づいてきた。
「口先だけの愚者に興味はない」と吐き捨てられていた。
静まり返った。
やってきた男が、なぜデモが起きているのか教えてくれるそうだ。その話を周りも聞いていく。
「排出システムや機械化整形が急激に高額化し、その原因が王にあると広まっております。ただ、それをきっかけに他の色々な不満も出ておりまして……。」
「色々な不満だと?」
「はい。この国は王宮中心に回っておられるではないですか。だからこそ、国民の意見は無視されていると考えておられるのです。生活はよくなるどころか悪化してしまう。未だに魔物の被害がある。それなのに、国民が必死に頑張ったお金で、何もせずとも王宮に住まう王様や貴族は贅沢をしている。今や国民の生活は苦しいのに、です。そんな国民を無視する政治に嫌気が指して、このような事態になったのであります。」
国王中心の政治が仇となったみたいだ。
市民は気持ちが踏み躙られていると感じ、反乱に至ったみたいだ。
「因みに、王直兵様へも矛先は向いております。もちろん国兵もですが、こんな腐った王を守るのか、と。それに加えて、特権階級におられますし、何より悪い噂が……。」
「悪い噂だと?」
「え、ええ。風の神隠しの犯人はカストラ様ではないかという論が広まっておりまして。」
それを聞いていたカストラが近づく。
「見覚えがない。間違っている。私が原因と言いたいのか。」彼はどこか怒りを感じているように見えた。
「陰謀論だ。真に受けるとど壺にハマるぞ」とリベルが制止してくれた。
彼は再び国民の方を見た。
「これを主導しているのは誰だ?」
「そこまでは分からないです。」
「なるほど。有意義な情報だった。二ヶ月の猶予を担保しよう。」
「そ、そんだけか。せめて五ヶ月ぐれぇは……。」
「なら、主導者を教えてくれれば七ヶ月に引き延ばそう。もちろん、嘘や偽の情報を教えた場合は二度と支援を受けられないと思え。」
「わ、分かった。す、すぐに情報を集めてきます。」
「急がなくてもよい。その代わり、確かな情報を持ってくるんだ。そして、出る時は国兵に捕まっていたという設定にする。国兵につまみ出されて出るように。」
その国民が急ぎ足でその場から去っていった。
「アトラ君。今の状況に戸惑っているようだね。同じ同僚として、教えよう。先程の彼は俺が拷問している市民だ。」
拷問している市民。斜め上の説明が飛んできた。油断していると意味がわからなくなって気絶してしまいそうだ。
「俺の拷問は金と時間がとてもかかるが、確かな情報を得やすい。」
「金と時間がかかる?」
「人間というものは慣れた生活のランクを下げることが難しい生き物だ。それを利用している。拷問する相手にツーランク程度上の生活を、我々の支援によって長いことさせてあげるんだ。金、自由、豪遊、立場、妻子、動物……余裕があるからこそ様々な物に手を出し、抱えて暮らしていく。慣れた時を見計らって、支援を打ち切り、元の生活に無理やり戻してやるのだ。今までの豪勢な生活は一瞬でなくなり、耐え難い苦痛に感じる。今まではその暮らしを普通にしていたのに、だ。すぐに弱音を吐いて、ツーランク上の生活に戻りたいと縋るようになる。そうなれば早い。簡単に情報を与えてくれる。もちろん、求める有意義な情報を与えられなかったり、嘘をついたりしたら、支援を打ちきれば良い。それさえ分かれば、拷問される側も理解し、我々にとても従順になる」最後に、「それを知ると、先程の民の言葉は確かな情報と言えると思わないか」と締める。
この状況の解説に信憑性が増していく。
ただ、それが分かった所で何になるのだろうか。
「私に関する偽情報の流布は許せぬが、このデモの現状況はいたし方ない。これは、我々王宮側の政界と国民側が乖離することで生まれる歪みなのだ。政における当然の理だ。」
淡々と話されていく。
「政治とは権力に触れる行為。権力に驕り私欲に溺れる者は等しく二流だ。その上で、多くの国民の現状を把握できぬ者は三流だ。残念ながらこの国は三流だ。政界の身の回りは政界に擦り寄る利権者達で埋め尽くされ、下々の民など目に付かない。アピールで下町に降りようとて、国民への理解には到底及ばない。アピールでしかないからだ。王直兵は忙しく、政界は国王もしくは貴族が担当している。貴族の私から言わせて貰えば国王と貴族は政治に置いては三流以下だ。」
彼なりの政治への考えは聞いてとてもタメになっていく。思わず聞き入ってしまいそうだ。
「世の中、時の政権に不満を持つ者は少なからず存在する。そして、政治・経済には好不調の波がある。不調の時に綻びが現れやすいのだ。不調が大きかったり長く続いたりすると綻ぶ。そこに今回のように国民との乖離が大きかったりするほどその綻びは大きくなる。身を切って踏ん張れるのか、それとも民意を重視して不満を逸らすか。どちらも出来なければ、亀裂ができて取り返しのつかないことになる。今は亀裂が入りかけているのだ。」
彼は立ち上がり、窓の外に見える群衆を眺め始めた。
「実はこの事を王様に伝え、民意を重視するために国民の意見を取り入れる機関の設置を提案したが、聞き受けてはくれなかった。今回のこのデモについても、今までのやり方で――力でねじ伏せて鎮めようとしている。フウライボウの一件も同様だ。もうこの国の佳境に足を踏み入れている。国が崩壊するか、亀裂だけを生んでデモを鎮めるか、どちらかしかないだろうな。貴様らも覚悟して見ておくといい。」
王宮から見下ろす風景は、まるでゴマ粒みたいに小さい塊が固まっているようにしか見えない。ここから見る景色はどこか悪い色に染まっているように思えた。
きっとそこにいる人達からは俺らのことは見えていないだろう。お互いに見えている景色が違うんだ。
「俺らにとっては守るべき市民でも、彼らにとっては倒すべき敵なのかな。」
残念ながら、その運動は止む気配がなかった。
◆
窓からデモの群衆を見下ろしやすい場所がある。今日、いつもは絶対にいないだろうと思われる先客がいた。――王様だった。
「フウライボウより一報です」と側近の兵士が手紙を読み上げる。
「実際は直接伺いたい所、デモ隊がおり入宮が困難なため、手紙で失礼します。長らく続くデモ活動に心身共に疲弊されておられると思います。心よりお察し致します――」
「そんなもんはいい。要件だけを読み上げろ。」
「は、はい。デモ隊を止めるための武器を特別に譲っても良い、と。その対価として規制や関税を取りやめ、さらに補助金を付与して欲しいと記載が。」
持っている杖で床がつつかれた。
杖の音が響いている。そこにいた他の先客もその音に驚いていた。
「そんな屁理屈はいらぬ。その手紙を突き返してこい。」
「良いのですか。これはこの状況を挽回する渡りに船では無いでしょうか。」側近は困り果てていた。
「良い。どうせ、このデモを仕組んだのはベラトリクスに違いない。そうだろ、カストラ。」
急に話題を振られた彼はすぐに視線をまっすぐ向けていた。
「そうでしょうか。その根拠は?」
「風の国にデモというものは存在しない。知っているのも精々、唯一のかの国代表の吾輩とその側近ぐらいだけだ。だのに、目の前ではデモが行われておる。デモの存在を嘯いた奴がいる。それができるのは――」
それを聞いて独りでに「雷の国をよく知る者のみ」と呟いた。
実際に雷の国ならばデモは存在する。反乱ではなく、デモだ。民主国家であるが故のデモであるが、俺の故郷の国に長いこと暮らさなければそれを目にすることはないだろう。
「雷の国出身かつデモが起きて得をする者。そんな人間が渦中に人物で一人いたはずだ。」
つまり「ベラトリクスか……」と呟いてしまっていた。
「アトラの言う通り、そいつだ。つまり聞く耳を持つ必要はない。」
そこに一人やって来た。「こんな所におられましたか。」
それに王様が「どうしたリベルよ」と返す。
「デモの主導者が分かりましたのでご報告を。この度のデモの主導者及び首謀者は、ギルドで働くメブスタという22の女性です。」
久しぶりに聞いたその名前に驚いた。まさか、あの人がこのデモの主導者だったとは。
「なるほど。ギルドならば情報を広めやすい。我々や国兵では手が回らない箇所を護衛するギルドの一員ならば情報を広く拡散できる。我々貴族にも、冒険者は国民の人望を集めている組織だったと耳に入っている。」それを聞いて彼は感心していた。
報告したリベルは複雑だろうな。彼は元はと言えば、ギルドに所属する冒険者であったからだ。
「その主導者とやらを、余の前へと差し出せ。」
国王は王の間へと向かっていった。
頭を上げた彼は、複雑そうな表情で俺らに仇なす群衆を見下ろしていた。そんな横顔が俺の瞳に映っていた。
◆
縄にくくられた体格の良い男。
その男はデモに感化された人間であった。夜中にバットを持って王様を殺害するために侵入してきたのだ。
だが、夜の間に王宮内を見張っていたタリタによって確保され、現在は縄によって拘束されている。
そこにいるスポーツ刈りの青色の髪の男。名前はルクバトと言う。ギルドに所属している男である。
彼は兵士に囲まれ、無理やり歩かされている。
そんな様子を偶然そこにいたカストラと共に眺めていた。
彼は「やはり、武力行使で変革を起こそうとするものが現れたか」と空を眺めながら言い放っていた。
どうしてこのようなことが起きると分かったのだろうか。せっかくのチャンスだと思い聞いてみた。
「政界を仕切る頭――この国では国王に対して、不満を募らせた民衆が武力に頼らずにいられるのは、民衆の意思が反映されている、もしくは反映できるチャンスがあると思われているか、だ。意思を反映できないと諦めざる得ない時、そこで武力行使の変革に手を染めやすくなるのだ。」
つまり「今は民衆の意思が反映されていない時ってことか……。」「その通りだ。」
虚しい後ろ姿が遠ざかっていく。
「彼は一体どうなってしまうんですか。」
「私の知るよしではない。」
虚しい足音だけが廊下に響いていた。
寂しくなった廊下にカシェルらがやって来た。
どこか心配そうな表情で「メブスタちゃんが捕まったんだって」と報告してくれた。「どうなっちゃうのかな……」と不安を溢れ出している。
ザワザワとした空気が王宮に立ち込めている、そんなような気がしていた。
今日は【アケル・ナルの一言】
風の国の国王は一般の意見を見れていないがね。
周りのイエスマンしか耳に入らない人とかイエスマンにさせてしまう人とかって、人柄が滲み出て失敗しそうだでなー。




