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偽風のアトラ、スパイ譚  作者: ふるなる
風の国への潜入編/試験編

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2.記憶喪失なラプンツェル

 木の器にご飯が入っている。そこに乾燥した梅の葛、ゴマ、何の葉っぱか分からないけど葉っぱを入れる。最後にお湯で煮詰めた魚のダシを注いでいく。

 円卓の机に三つの茶碗が乗っている。

 そこに箸を並べた。

「さあ、お食べ。人間はねぇ、まずは食うことが一番大事なのさ。」

「悪いね、わざわざ用意して貰って……。」

「そんなこと言わんといていい。助け合いの精神じゃよ。」

 昨日、海辺で倒れていた女性は、プリマお婆さんの「あたしが預かるよ」の一言で、共に暮らすことになった。

 彼女は名前も出身も全てを覚えていないという記憶喪失の状態である。一応、言葉は分かるようだ。

 そして俺は、この女性が名前を思い出せなかった時の場合の仮の名前を考えて欲しいと頼まれていた。そのため夜眠る時も彼女の名前を必死に考えていた。

 記憶喪失……。海……。思いつく事柄を並べていく。きおく、うみ。きおうみ。きおぅみ。きをみ。――キヲミ。俺は一生懸命考えた名前を伝えるため「名前って分からないですもんね。そこで……」と言いかけた。

 ご飯入れた口を早く噛み砕き飲み込んだ彼女は言う。「少年……。実は、名前だけは思い出したんだ。」

 昨日のあの時間は何だったんだろう、と思った。

「あたしはメイサ。正直、記憶が無くて困ってはいるが、ここに拾われて救われた気がするよ。」

 茶碗の中のご飯が無くなった。

 お婆さんが「おかわりは?」と聞くと彼女は要らないと答えた。一方で、俺はもう一杯だけご飯をついで貰った。

 ゆったりとした時間が流れていた。

 そんな中で「この村はのぅ、風の国の民なのに知らないことが多くても不思議がられない閉鎖的な村なんだがの。それでも流石に知らないといけないことは幾つかあるんじゃよ」と言われた。続けて「ですからじゃ、今日は散歩がてら見せたい景色が見える場所へと行って、知っとくべき風の国の常識を伝えるとするかのぅ」と放った。

 ゆっくりとしながら散歩に行く準備をする。と言っても、準備するものは全くないが。

 隣ではソワソワしているメイサがいた。

「どうしたんだ?」

「出かけるのに何もしないとなると落ち着かなくてな。いつも出かける前はその何かをしていたはずなんだ。しかし、何か思い出せそうで思い出せないんだ。」

 その表情はムズムズしていた。

「名前だけは思い出せそうなんだ。センガン。ニードル。パック。エキ。ホワイトシタジ。ピンクシタジ。ファンデ。……カーラー。ライン。マスカラ。アイブロウ。リップ。あ、それとユーブイ。思い出せた言葉を羅列してみたが、何なのかは思い出せないんだ。少年は何なのか分かるかい?」

「いや、全く分からない。」

 悩んでいる間にも時間だけが過ぎていく。

「確か……ケショウ? と言う単語が鍵なはず。そもそもケショウとはなんだか。」

 そんな様子を見たお婆さんが何かに気づく。「ケショウ……。化粧……。メイクと呼ばれるものじゃないのかのぅ?」

 勢い余ってドンと足で音を立てていた。そして、指を鳴らす。「それだっ。」

「懐かしいのぅ。あたしの時代の同性はメイクをしとったからのぅ。もう廃れた文化じゃと思っとった。まあ、あたしゃ、そんなにメイク道具は持ってないがのぅ、あるものは使って良いぞ。」

 彼女はタンスから道具を取り出して鏡とひたむきあっていた。

 そして、支度の時間が終わったようだ。

「しかし、お婆さん。廃れた文化ってことは、もう今は殆どないってことかい?」

「そうじゃのぅ。若い子は大抵機械整形しとるからのぅ。顔を機械化させて可愛くするんじゃよ。メイクなんて必要ないんじゃよ。」

「機械化……。人間を機械化させるなんて、何か怖いな。」そう呟いていた。


 

 家を出て草っ原の坂道を上がっていく。プリマお婆さんは歳の割には元気だが、それでも体力には限界がある。俺らはゆっくりと歩を合わせて進んでいった。

 サンダルフォンの墓という目印ポイントがある。そこを曲がって少し先に進むと谷のような場所に出た。

 少し高めの台地だからか、遠くの町が小さく見える。

 人為的なコンクリートに似ている壁に円状に囲まれた大きな町。レンガ調の家々が建ち並んでいるようだ。その真ん中には立派なお城がそびえ立っていた。

「あれが風の国、最大にして唯一の都市――チュウセじゃ。ほとんどの村はあの都市と連携しとる。我が因習村のように水神様みたく危険な存在と隣り合わせの村は極僅か。そんな我が村とて、王都がこの国の中心ということだけは知らないといけない常識なんじゃよ。」

 雷の国のようなコンクリートとビルに埋め尽くされた灰と銀色の寒色系の都市とは全く違う。レンガタイルと木造っぽい建物の暖色系の都市だ。それに、中央の城が他の建物と比べようも無い程に大きく圧倒的だ。

「あの中央の城には一国の主――国王が国を治めている。かの王が風の国の絶対的存在なのじゃ。そして、その国王直(・・)属の()隊がおる。(みな)、その兵隊を"王直兵(おうちょくへい)"と呼び、今現在は九名存在しとる。彼らは風の国の重鎮的存在で、それなりの権力と強さを兼ね備えとる。決して逆らってはいけないぞ。」

 風がゆらりと吹いている。

 この国の常識を俺はまだ知らない。この常識を身につけていくことが必要かな、と思ったりもした。

「ひとまずお昼でも頂こうかのぅ。」

 レジャーシートを広げて包みを開けた。そこにはおにぎりが三つある。小さなおにぎりが二つと特大おにぎりが一つだ。

「じゃあ、俺、これ貰うな」と特大おにぎりを手に取った。

 それを見て「デカすぎやしないかい、少年」と引き攣り笑いをしていた。

「因習村の名物、海塩の塩おにぎりじゃよ。美味しいかい?」

 その問いに対して、二人で美味しいです、と答えた。

 

 ひとまず腹拵えも終わり、村へと戻ることになった。ゆっくりと爽やかな風に煽られながら歩いていく。

 ある程度、戻った所で少し騒々しい風が吹いた。そんな様子を察知してか「丁度良い。秘密の洞穴があるのじゃ。行こうかの」と進む方向を少しだけ変えた。

 草っ原の坂の上場で、すぐ先が森の場所がある。生い茂る蔦の茂みに隠れた洞穴が存在していた。草を払い除けて中へと入る。

 少しすると黒い靄を纏った大きな猪が村へと進んでいった。

「珍しい。魔物がここまで来るなんてのぅ。」

 そう言った矢先、村に行く前で方向転換をし、村を遠ざけるように真横の方向へと進んでいった。

「やっぱり魔物もそこまでという訳じゃのぅ。そうそう、これも風の国の常識なんじゃが、数年前からこの国には魔物と呼ばれる人を襲う能力を持った動物が現れるようになったんじゃよ。ただ、我々の村は悪霊神を祀る村のため、魔物が寄り付かないのじゃが、ここまでやって来たのは珍しいのぅ。何かあったのかのぅ。」

 雷の国には魔物という存在はなかったが、風の国には存在しており脅威となっているのか。


 

 ある程度したら草を分けて洞穴から出た。そこから下っていくと、何やら村が騒がしい。見知らぬ集団が目に付いた。少しすると村で爆発すら起きていた。

 急いで下る最中に村人のおじいさんがやって来た。「大変だでよー」と慌てて伝えてきた。

 何があったのかを聞いた。

「それがそれが、()の奴ら、そう、王直兵が訪ねて来てよぉ。人探しをしてるっちゅうから、アンタ、記憶喪失やないかぁ、何か分かってることがあると思うて、アンタの事伝えたんよ。そしたら、そしたら――」はぁはぁ、と息を荒らげながら話していた。

 彼は神妙な表情で「アンタの身柄を引き渡せ、つって攻撃し始めてたんでよ」と伝えた。

「全く相変わらずの乱暴だねぇ。だから、国の輩は好きになれないんだわぁ。メイサちゃん、アトラ君。あなたらはそこの洞穴で隠れていなさい。」

 二人は村へと戻り始めた。ゆっくりではあるもののいつも以上に急ぎめだ。

 遠くから眺めていく村。騒々しい雰囲気が離れたここまで流れてくる。そして、定期的に爆発が起きていた。

 このまま村が壊されていくのを見過ごして良いものだろうか――。しかし、村のおじいさんは「国の奴ら」と言っていた。即ち、相手は風の国の中枢の人物であり、雷の国のスパイだとバレる可能性が高いかも知れない。それだけは避けなければ。

 あの日の惨劇と、今目の前で起きていることが重なっていく。

 あの村を助けたい。行った所で無謀なだけかも知れない。それでも、俺には雷の国のスパイという立場がある。

「俺の善意か――。それとも、任務か――。」なんて隣にいるメイサにも聞こえないようにごにょごにょと呟く。

 一度、目を瞑って、すぐに目を開いた。

「迷ってるな、俺――。」

 胸に手を置いた。ぐっと鼓動が高まるのが分かる。そして、呪文のように言葉を唱えていく。「今の俺には二つの選択肢がある。行く選択肢と、行かない選択肢。このままウジウジと悩んで立ち止まっていることすら行かない選択肢に足を突っ込んでいるんだ。そのことには気がかりしかねぇ。行かない選択肢は、きっと、ずっと後悔するだろうな。」

 俺は何も無い空に向かって、

「決断する時に迷うな。どうしようもない後悔ってもんは、いつだって覚悟なく迷って決断した時。後悔した所で遅いんだ。なることはなる!」と言い放った。

 隣から「どうしたんだ?」と戸惑われた。

 すぐに村に行くことを伝えた。

「行った所で何になるのよ。それに、お婆さんも言っていた、王直兵には逆らうな、って。」

 惨憺たる村の景色に目を向けた。

「村が一大事なんだ。逆らってでも変えなきゃいけない状況なんだと、思うんだ。」

「それでも――。」

「もう俺は覚悟を決めた。俺は行く。」

 坂道をひたすら降りていく。

 惨劇の場所に向かって。



 人の頭蓋骨が浮いている。

 その骨が一直線に建物へと向かっていった。建物にぶつかると否や爆発し、家を木っ端微塵にしてしまった。

 人の骨が幾つも浮いている。ブーメランのように回転しながら村人に衝突し、村人を痛みつけていた。

「おいおい。いるんだろ、部外者の女が。早く出せよ。じゃねぇと、もっと痛い目を見るぜ。」

 ゆるっとした服に茶色のコートを羽織り、ポケットに手を突っ込んでいる人物がいる。カチモリヘアが目立つ男の表情は少し悪そうな笑みを浮かべていた。

 さっき状況を伝えてくれたおじいさんが横たわっている。そこにその男がやって来て「おいおい、早く出せって言ってんだろぉ」と倒れて無抵抗な彼を蹴り飛ばした。

 男の周りに浮かぶ骨が村人を痛みつける。

 男の後ろにいる兵隊達は列を組んで何もしず傍観しているだけだった。

「もっと痛い目見なきゃ分からねぇかぁ。落ちぶれ村落共。」笑いながら倒れている人々を躊躇いなく蹴っていた。

 もう堪忍袋の緒が切れそうだ。

 腹の底から「おい、やめろ」と言い放つ。それを見て、「着たのか、アトラ……」とお婆さんは動揺していた。

「『おい、やめろ』だぁ? 誰に向かって言ってるか分かってんのか?」

「そやつは王直兵なんじゃ。歯向かうのは危険すぎるのじゃ」と忠告を受けるが耳からすり抜けていった。

 それを聞いた男がたか笑を浮かべながら「ああ、そうだ。俺様はなぁ、王直兵(・・・)のアンタレス様だ。あんたら下民が口答えできる立場にねぇっつぅの」と言い放つ。

「知らねぇな……。俺の瞳には村を破壊する悪い奴、以外には映らねぇんだわ。」

「おいおい、俺は正義側の人間だぜ。この国のルールは全て国王にある。その国王直属の兵隊である王直兵の俺のすることは、ぜーんぶ正しいことなんだよっ。」

「住む場所を襲い、破壊し、無抵抗な人をいたぶるお前の、どこが正義なんだ?」

 

 彼は突然、数字を数え始めた。1、2、3、4、5、6、「ああ、ウゼェんだよ」と六つ数え終わると大きな声を荒らげた。

「おい、生意気なお前、最後のチャンスだ。六つ秒数を数えると怒りがおさまるらしいんでなぁ。そのおさまっている間に一つ聞く。返答次第では許してやるよ」と言って、怒りに任せて武器である骨を掴んでは折っていた。

「風神様が国外から来た『均衡を破る者(バランスブレイカー)』の追放を要求した。そして、この村で記憶喪失の女が漂流したと聞いたぞ。その女に疑いがある。そいつがどこにいるか教えろ。」

 首を鳴らす。

「知らねぇなぁ。というか、知ってても教えねぇよ。」

「じゃあ、お前もこの村も終わりだなぁ。」

「終わらせねぇよ。」

「『終わらせねぇ?』笑わせんな。どうやって終わらすんだ?」

「お前を力付くでも追い出す。」

 浮いている骨が回転し始めた。「ああ、そうかい。じゃあくたばりな」と言い放たれると同時に回転する骨が襲って来た。

 避けきれずに衝突した。勢い余って少しだけ後ろに飛ばされる。当たる直前にガードした腕の衝突部位は痣になっていた。

 骨はまだまだ沢山、空中に浮いている。そのどれもが俺のことを狙っていた。

 ポケットから手を出して俺の方に向ける。それが合図となり、幾つもの骨が俺に向かって攻撃するために向かってきた。

 一発目。上半身を斜めにして避ける。

 足に力を入れて大地を蹴る。アンタレスに向かって進んでいく。二発目、三発目は移動している俺には当たらずに勢い余って地面へと当たり、バウンドした。

 拳に力を入れて振りかぶる。

 頬を捉えた。

 このまま一撃を食らわせたと……思った。 


 人骨の盾、そう呼ぶに相応しい、分解された肋骨や脊髄の集合体が盾のように密集して浮いていた。

「俺様を誰だと思ってる。雑魚が粋がるなよ。俺には一撃すらいれられねぇよ」と余裕を持って嘲笑っていた。

 腹の近くに骨が浮いている。よく見ると回転していた。ブーメランみたいな回転を横方向とするならば、その骨は縦方向の回転。まるでドリルのような回転をしていたのだ。

 その骨が勢いよく放たれた。

 回転も相まってが威力が大きい。なかなか遠くまで飛ばされた。

「諦めろ。お前じゃ俺には勝てねぇよ。」

「勝てるか、勝てないかじゃないんだ。これは勝てない計算を目算に入れちゃいけない本気の戦いなんだ。」

 そこにプリマお婆さんがやって来た。手には武器となる鉄の板を持っていた。

「大事な、もんだろ。持ってきたよぉ。」

「ありがと。とっても助かる。」

 鉄の板を磁力で引き寄せ、手に持った。

「お前も()で物を(・・・)操る(・・)能力か。だが、俺様の方が強ぇ。物量もお前のとじゃ比べようもないほどになぁ。」

「能力の強さは関係ない。そのことを証明するために、まずは一撃を食らわせる。」

 板を前にして持つ。

 板が盾の代わりとなり、回転してる骨を弾いた。

 手を放し、板に触れる。板は真っ直ぐ、アンタレスの顔面に向かって飛んでいった。もうすぐで宙に浮く板が張り手を行う。

「そんなもん、効かねぇよ」と骨の盾が攻撃を防いだ。自信げに笑っていた。

 

 それは――囮だ。


 顔目掛けて進む板に視線を取られ、近付く程に視界が狭くなる。その合間を通ってすぐ近くまで走り込んだ。

 もうすぐそこ。手の届く位置だ。

 拳に力を込め、顎に向かってアッパーをお見舞いした。勢いよく斜め上後ろへと飛んだ。

 落ちた鉄の板を拾う。

 彼は顎を抑えながら「痛ってぇなぁ」と呟きながら立ち上がった。

「てめぇ。俺様を怒らせたようだ。覚悟しろよ。」

 さらに多くの骨が空中に浮かび上がった。今度はそこに頭蓋骨も含まれていた。

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