15.大人になれない病
2章.開幕!
こんがり焼きあがったマフィンの上に乗った卵から黄身がトロッと流れ出ていく。厚みのあるベーコンから出る肉汁とペッパーのスパイスが上手くマッチングしている。傍に置いてある牛乳をゴクリ。喉が潤されていくのを感じる。
朝の重くのしかかる瞼も、美味しい食べ物を体の中に入れていく度に、気にしなくなっていく。目が覚めていく。
目の前にいるカシェルが美味しそうにベーコンエッグマフィンを頬張っていく。きっと他に人からは俺よりも美味しそうに食べていると見られているだろう。
食堂に眠そうな国兵がやって来て、朝ごはんを平らげている。彼らは俺らよりも遥かに美味しそうに食べていた。
「夜勤もある国兵って大変だね。」
そんな感想を聞いて、いたたまれない気持ちで彼らを見ていた。
そんな彼らは「本当にやめて欲しいよな。」「マジで俺らの番に鎌鼬の夜が来るなよって感じ」という話声が聞こえてきた。
「鎌鼬の夜って何なんだ?」
目の前の二人は知らなそうだった。
そこにグリーゼ給仕人がやって来た。
「それはねぇ、行方不明事件が起きる前兆だよ。」
彼女は何か知っているようだった。「行方不明事件?」と深く聞いてみる。
「"風拐い"とか"風の神隠し"とかは聞いたことがないかい?」
聞いた事なかった。何なのだろうか。
「この都市で度々行方不明者が出るんだよ。それをみんな、そう呼ぶのさ。その中でも、時々、暗闇の中で切り刻まれる事件も勃発していてねぇ。その事件がある時にゃ、必ず行方不明事件が起きているのさ。」
そんな事件が起きていたのか。
「あたしは一応従者の身だからね、そういう情報が手に入るんだ。あんたらも王直兵なら覚えときなよ。何とかしなきゃいけない問題だからねぇ。」
行方不明事件。真相は闇の中だが、頭の片隅には入れておこう。
「他にも"魔王"や"均衡を破壊する者"みたいに大事な問題があるからね。」
魔王は魔物を生み出す元凶だろう。そして、バランスブレイカーは……何故かメイサが疑われていたものである。それ故に詳細が気になる。
「バランスブレイカーって?」
「何やら風神様からの司令らしいのよ。風の国の民は風神様から風の能力を貰うわよね。けど、バランスブレイカーと呼ばれる人達は国外からやって来て、それとは関係ない能力を使うらしいわよ。その能力がバカ強いらしくてねぇ。簡単に風の国が崩壊しかねないからって、追放を命じられたらしいのよ。」
風の国を崩壊させかねない程のバカ強い能力とは一体なんだろうか。
「質問だ。その能力ってどのような能力なんだ?」と代わりに聞いてくれた。
「追い出さなきゃいけない三人がそれぞれ……確か、『乗り物を召喚する男』『炎を繰り出す女』『草を生み出す女』だったはずだわ。もし遭遇したら気をつけなさいね。」
そんな能力を見たことはまだない。多分、メイサも関係ないだろう、と俺は思っている。申し訳ないけど、今の彼女を見ていても、記憶喪失だと言うことを加味しても弱すぎる。
俺は二つの問題についても頭の片隅に入れた。
もしかしたらその問題と直面する可能性があるからだ。
皿の上は空になった。返却台へと皿を置いた。
そのまま食堂を後にして、自室へと戻る途中、カシェルが一つ提案した。
「カシェルね、明日、子どもの最後の誕生日会に行くんだけど、二人も来る?」
前回言っていた11人の子ども達の事だろう。俺もメイサもそれに頷いた。
しかし、最後と言っていたような気がしたが気のせいだろうか。
「じゃあ、約束ね」と笑顔を浮かべていた。
◆
王都から離れて山道を幾程か歩いた。
子高い崖山からは海が見渡せる。水平線の向こうには荒れ狂う暴風が壁となって我々を閉じ込めていた。
山林側には村が形成されている。そこから海の方へと目を向けていく。そこに建物がポツンと存在していた。
「あそこがね、カシェルが住み込みで働いていた『海の家』なの。今はママ一人で回すしかないから凄く大変そう。けど、それでも、カシェルを送り出してくれた優しいママなんだ。」
まさしく孤児院のようなものだろう。11人の子どもがいると言っていたが、孤児なら説明が容易だ。
「カシェルがね、住む場所がなくなって、何とか辿り着いた所があそこだったんだ。ウチの部屋、残ってるかなぁ~。」
上の空を楽しそうに見ている。
「ウチが来る数ヶ月前にお兄さんが働いていたらしくて、そのお兄さんが辞めちゃったからって、そこをカシェルの部屋にして貰ったのよね~。その時は既に綺麗さっぱりだったから不安だなぁ。」そんなことを呟いていた。
山道を下っていく。彼女に至ってはスキップをしながら下っていた。
小さく見えていたその建物も、近付く事に大きく感じていく。それなりの大きさも、広さもある。柵の内側では元気な声が聞こえてくる。
「一つ大事な事を伝え忘れてた。あそこにいる子ども達なんだけどね――」と先程の明るいトーンとは打って変わって、地面と並行に伸びるトーンで話し始めた。
少しだけ俯いたような気がした。
「『魚の家』に来る子はね、みんな"大人になれない病"にかかった子ども達なんだよね。」
「大人になれない病?」思わず聞き返した。
「うん。みんな大人になる前に亡くなっちゃうんだ……。長く生きれたとしても10歳の誕生日を迎えた夕方には病で亡くなっちゃうんだ。」
どこか虚しい声が響いていた。
「今日はね、10歳になるガーネちゃんの誕生日なんだ。」
「それで……最後の誕生日会か。」
腑に落ちた。本当に最後の日だ。それならば最高の日にさせて上げたいとも思えてしまう。
立派な柵と、それで出来た門。
俺らはその門を抜けて行った。
近くにいた子ども達が「カシェルお姉ちゃんだ~」と言いながら駆け寄る。
飛びっきりの笑顔を見て、彼女も釣られて笑顔になっている。
「ノープ君。スオフェ君。久しぶり。」活発そうな褐色の細めな体型の男の子と眼鏡をかけた活発そうな男の子が近付く。
他にもやって来る。「会いたかった~。」
「ガーネちゃんもリオちゃんもヤペオシカ君も久しぶり。」ワンピースを着た大人しそうな女の子に、スタイリッシュ気味な女の子、知的な雰囲気を醸し出している男の子も近付いた。三人ともイメージと違い活発に走り回っていたようだ。
子ども達が一斉に集まる。そんな異変に気付いた一人の女性もやってきた。その周りに子どももいる。
「あっ、ママ。あっ、ラペちゃんとルマフォ君、久しぶり~。」
呼ばれた二人はそこにいる女性に引っ付いていた。小さく「久しぶり」と聞こえたような気がした。
修道院服を着て十字架のペンダントを首から掛けている。被っているベールからは美しく揺らめく金色の長い髪が見える。
「これはまあ、カシェルさん。お久しぶりです。ガーネちゃんの誕生日会に来られたのですね。来られるのなら一報くらい頂ければ、ケーキの一切れぐらい用意しましたのに……。それでそちらのお二人方は?」
とても穏やかで言霊からも優しさが溢れ出ている。純真無垢な雰囲気が気取らない美しさと可愛さを振りまいていた。これ程、美しく可愛い人もそうそういないだろうと思う。
「仲間のアトラ君とメイサちゃんだよ。そうそう、みんな、カシェルね、王直兵になったよ。」
ふふっ、と笑って「お手紙で読みましたよ。都市の情報は全く入らないですから、とても新鮮な情報でした」と伝えられた。
じゃあさ、じゃあさ、と無邪気に「これからもお手紙を送ろっか」と言うと、「お願いしますわ。子ども達が喜びますもの」と返ってきた。
彼女は俺らの方に視線を向けた。
「わたくしはシスター・アリスと言います。気軽にシスターとお呼び下さい。カシェルちゃんは気さくでいい子だけど、天然だから困らせたりしてませんか?」
優しさに包まれていきそうだ。
それを聞いたカシェルは「困らせてないよ~」と頬を膨らませている。とても仕事をする大人側とは言えない。まるで子どもみたいだ。
「そもそも、天然なのは当たり前じゃない?」
なんか言い出したぞ。
「この世の中みーんな天然じゃないの? だって、養殖の人なんている訳ないじゃん。」
なるほど天然と養殖に分けて考えていたのか。面白い視点だった。シスターは口元を抑えながら、ふふふ、と微笑んでいる。そういう所が天然なんだぞ、って言いたい。
そんな時、大泣きの声がした。急いで近付くと「痛いよぉ」と泣き叫んで膝を突き出している男の子がいた。
それを見てツンとした表情をした子もいた。
「レビル君が押してきた~。」「カジキが悪いんじゃん。」二人はツンケンとした雰囲気に包まれている。
急いで救急箱が持ち運ばれて、慣れた手つきで消毒をして、絆創膏を貼っていた。その手際の良さに流石シスターだな、と思った。
事情を聞いて、カジキと言う男の子に「押しちゃ駄目よ。分かった」と目線を合わして注意した。彼もその言うことを素直に聞いて「分かった」と返事した。
そんな一連を見て「凄いな。こんな多くの子ども達相手に……とても大変だろうにね」と隣から感想が溢れ出ていた。
「とっても大変な仕事だけど、とっても楽しいんです」とその言葉に気付いた彼女が言い「だって、わたくし子どもが大好きですから」と言い切っていた。
そんな彼女に対して「凄ぇな……」と思わず言葉が落ちていた。
太陽は頂点から落下し始めていく。
一同はみんなハウスの中へと入っていく。
その中で用意された長机には美味しそうなショートケーキが並んでいる。中央には『ガーネちゃん! 成人誕生日おめでとう!』と書かれた板が吊るされていた。
誕生日席で彼女は涙を汲みながらみんなへの感謝を述べていた。
そして、乾杯の時。
カシェルは子ども達から「僕の半分あげる!」と言われ、ケーキを貰いながら子ども達と楽しんでいた。
部外者の俺ら二人は端っこでみんなの大切な時間を邪魔しないように微笑ましい空間を眺めている。
まだ食べている子ども達もいるが、食べ終わった子は自由に歩き初めていた。落ち着きはないが、それ故の心の栄養素がある。
そんな俺らの元に一人の男の子がやってくる。
背筋を伸ばした真面目そうな男の子だった。
「お兄さん、お姉さん。二人は王直兵だって聞いたけど、本当?」
「あたしは違うが、隣にいる方は王直兵だ。」
「時間がないから単刀直入に聞くけど、お兄さんは強いの?」
「どうだろうな。けど、王直兵には腕っぷしでなったんだ。自信はあるな。」
「そうか。じゃあ、僕からお願いがあるんだ。」
そんな時にベルの音が鳴った。シスターが鳴らしていたのだ。
「時間だね。お別れの挨拶だ。要件は何れ言うよ。」彼はそそくさと言ってしまった。
子ども達みんなが席へと座り、主役のガーネが泣きながら感謝を伝える。そして、夕陽に変わりつつある外へと移動した。
玄関口にシスターが立ち、その周りに子ども達がいる。カシェルもその付近に立った。その目線の先にはガーネが立っていた。ふわり風ひら、スカートが揺れる。
みんなが涙を浮かべている。もちろん、カシェルもだ。ただ、例外的に二人の男の子と一人の女の子は涙を流してはいない。その内の一人であった、俺らに話しかけてきた男の子が代表として一人前へと出る。
「涙は僕らには似合わないよ。」
「そうだね。」そんなことを言いつつ涙が瞳から溢れ落ちている。
男の子が急に彼女のことを抱きしめた。
そして、耳元で囁く。
「ガーネの思いを無駄にはしない――」その言葉は風に流されてやってきた。きっと他の人には聞こえていないだろう。たまたま部外者だからとみんなから離れたていたからこそ、聞こえてきたんだと感じる。
彼は離れて、みんなのいる場所へと戻った。
瞳は涙を流しながら、けれども笑顔を浮かべた女の子は、夕陽に打たれながら、本当に唐突にその場へと倒れていった。
みんなが号泣している。カシェルも同じように泣いている。シスターは片手を動かして何やら神に祈っている。
穏やかな笑みを留まることなく続け、安らかに眠る。夕陽は徐々に落ちていき、辺りを暗く灯し始める。
◆
一晩中泣きじゃくったからか目の周りが赤く腫れているのが見て取れる。
「年長さん組は凄いなぁ。スミス君もリオちゃんもニグル君も……ノープ君は泣いてたけど、涙はかっこ悪いからって我慢するなんて。ウチなんて一晩中泣き止まらなかったのに……。」
王宮の外にある噴水をぼんやりと眺める。彼女は朧気に昨日のことを思い出したみたいだ。「また、涙が出ちゃうよ……。」
太陽は相変わらずサンサンと、いや、ギラギラと俺らを照らしている。噴水のため池には日光を程よく反射していた。
「"大人になれない病"がこの世から無くなればいいのにね。出来ないからなぁ。病気を治す手術方法とかワクチンとか薬とか――」そらを見上げて呟いていた。
空はまばらな雲が浮いている、そんな青空だった。
俺らのすぐ近くから、ふっ、という声と共に「魚の家か……」という一言が聞こえた。そして、その言葉を発したルグニテが俺らの近くにいた。
「"大人になれない病"を信じてるとか本当に滑稽だ。」どこか見下すような目線を向けて、含み笑いを浮かべていた。
「何よ……」と食ってかかる。
「何でもない。ただ、愚かな奴らを笑っていただけさ。」
彼はそれだけを言って去っていく。
その言葉の真意はなんだろうか。大人になれない病について何か知っているのだろうか。
彼の片耳のピアスが風に揺れていた。
【シェルタンからの一言】
子どもの純粋さをいつまでも忘れずに持ち続けたいものだな。大人になるに連れて汚れていく。だから汚れないように気をつけなければいけない。恐いぞ~。穢くなると人に偉ぶったり批判したりすることしかできなくなるから。




