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勇者姫【休止中】  作者: 幸月 美那
9/13

忠誠を誓われるお姫様

「うわぁ……綺麗!」

 セントリア大陸イレント郡の小国ニロップ。そこに着いた瞬間のエーファの第一声がそれだった。

 王が統治しているのではなく、いくつかの小さな村が集まっているそこには、豊かな自然があり、たくさんの生物が住んでいる。そこに住む、ほとんどの人々は心優しい性格の持ち主が多く、全員がその自然や生物を協力し、保護しようという意気込みを持っていた。なので、争いなどとは無縁の地なのだ。

 一行は歩き回って、最初に会った老女に色々と話を聞いた。どうやら、彼女は魔女らしい。話が終わると、事情を察したのか、案内をしようと申し出たのだ。おまけに、何でも入り、いくらでも収納できるという、魔法のポーチまでくれた。

「それで、どこに行くんだい?」

 ニロップに来た目的は、女神が住んでいるという曰く付きの湖のそこにある、聖なる土を手に入れることだ。

「湖です」

 それだけでどこのことを言っているのか分かったらしい、魔女があからさまに顔を歪める。

「湖? あの、女神が住んでるヤツかい? ……止めた方がいいと思うけどねぇ? ま、案内はしてやるさ」

 そう不平を言いつつ、魔女は一行を湖へ案内したのだった。


 案内されて着いた先は草原。その中心にある湖は、咲き乱れた色々な種類の花に囲まれている。そのほとりには一本の木が立っていた。

 その木を見つめていた、エーファはあることに気が付き、ゲイルの肩を叩くとあるモノを指差す。

「ねぇ、ゲイル、あれって七色の木の実?」

 その先には陽光を受け、キラキラと赤や緑などの七色に輝いている木の実が一つだけなっていた。

「たぶんな」

 彼の答えを聞いて、エーファは心を踊らせた。

「こんな近くにあるなんて、ついてる~!」

 その会話を傍らで聞いていた魔女が、呆気に取られたように二人を見つめる。

「何だい? あれも入り用なのかい? おかしな連中だねぇ……全く」

 そうぶつぶつ言いつつ、魔女が杖を振って、高い位置にあった七色の木の実を呼び寄せ、エーファに渡した。

「ありがとう、お婆さん!」

 満面の笑み付きのエーファのお礼に、魔女がまたもや「礼なんていらないよ」などとぶつぶつ言った。

「で……お前さん。 もしかして、湖の中に入るのかい?」

「もちろん!」

 エーファの答えを聞くなり、魔女が彼女の上から下までをじろじろ見つめた。

「あの湖はねぇ、女神が住み着いている曰くがあるだけあって、女じゃないと入れないんだよ。 男が入れば、たちまち中に引き込まれ、溺れ死んでしまう。 かと言って、女が入って、必ずしも安全だとは言えないんだよ。 入って、男と同じように溺れ死んでしまう場合もある。 言っても聞かないんだろうけど、あそこには入らない方がいいと思うがねぇ? それよりも入る入らないの以前の問題に、お前さんの格好じゃ……ねぇ」

 エーファの格好は全て、ミィーヌのコーディネートによるものだ。真っ白なブラウスに、膝ぐらいまでの長さで水色のティアードスカート。足首より少し長めの茶のブーツを履き、紺のマントを羽織る。そして、長い金色の髪は邪魔にならないよう、一つにまとめるのだ。もちろん、背中に弓矢、腰には剣を、常に装備している。それがちょっと姫らしい(ミィーヌ談)、エーファの旅の格好だった。

「あら、いけないの? この下にまだワンピースみたいで真っ白な、かっわいーシャツも着てるのよ♪ だから、それで潜ります」

 プラス、シャツ。それを聞いた途端、魔女が肩をすくめて、やれやれと首を横に振った。

「……全く、呆れるよ。 まあ、これをあげよう」

 そう言って、大きさ十センチ、横幅五センチのビンを取り出し、エーファに渡す。

「中に入るぐらいなんだから、目的は聖なる土……だろう? それで土を取りな」

 エーファはこっくりとうなずき、また礼を述べて、頭を下げる。

「さて……と。 悪いけど、私は帰るよ。 それじゃあ、気を付けるんだよ」

 魔女がそう言い残すと、魔法を使って、消えた。

 その途端、エーファは湖を覗き込む。その水は透き通っていて、陽光を浴びてきらきらと輝いている。危ないとはとても思えない。

「……入るのか?」

 いつの間にか、彼女の背後にいた、いつものように人化しているゲイルがそう尋ねた。

 エーファは「もちろん」とうなずきながら、マントを脱ぎ捨てる。

 そして、振り返ると、ゲイルをじっと見つめた。そして、ぷくっと頬を膨らませて、こう言い放つ。

「あっち向いてて、ゲイル」

 慌てたように、ゲイルが赤くなると、「わ……悪い」と謝りながら、後ろを向いて、その場に座り込んだ。

「姫、水の中で息できる魔法を掛けてあげるよ」

 その間に、ユタがそう言って、彼女に魔法を掛ける。そして、それが終わるとすぐに、ゲイルの肩に乗って、顔を伏せた。

 彼らが後ろを向いていることを確認すると、エーファは着ている物を脱ぐ。そして、シャツ一枚だけになると、ビンを持ってすぐさま湖の中に飛び込む。

 ユタの魔法のおかげで、息苦しくなることはなかった。何事もなく、底へと潜って行く。

 湖はさほど深くなかったらしい。五分後、彼女は順調に、底に辿り着いた。

 そして、ビンの蓋を開け、底にある聖なる土をその中に入れて行く。

 それもまた、何の問題もなく、数分で済んだ。そして、元来た場所に踵を返す。

 あまりにも簡単だったので、エーファは何だか恐くなった。このまま無事に帰れるだろうか?

 そう考えつつ、泳いでいるとやがて、陸が見えて来た。ほっと息を付き、エーファはそちらに手を伸す。

 その瞬間。


――――ふふふ。


 どこからか、複数の女性の笑い声が聞こえた。かと思えば、いきなりガクンと足に衝撃が走り、急速に底へと引っ張られる。

 エーファは身を強張らせると、恐る恐る足の方を見た。そこには、不気味な程真っ白な複数の手が存在していて、それらが彼女の足を引っ張っている。

 彼女はゲイルとユタが異変に気付いてくれることを祈って、手に持っていたビンを地上に向かって、思い切り投げた。

 そして、その直後、エーファは底に後戻りさせられたことに気付く。抵抗する術もなく、奇妙な手によって、そこに仰向けに寝かされ、どこからか伸びて来て増えた、その手に強く押さえ付けられて、身動きが取れなくなった。

 突然の出来事に、エーファは驚愕し、文字通り手も足も出なかった。

 それよりも、この不自然に存在している手は一体何だろう?まさか、これが湖に付いている曰くの「女神」なのだろうか……?


――――あらァ、「女神」ですって。 誰がそんな風に流してくれたのかしらねぇ……ふふふ。



――――ふふふ……本当ねェ。 私達、そんないいモノじゃないのに。


 彼女が疑問に思っていると、先程の笑い声と同じ複数の女性の声が聞こえて来た。

 その話と今受けている仕打ちから判断すると、どうやら、女性達は邪悪な存在なのだろう。

 エーファはそう考え、心の中で聞く。

(あなた達は一体何なの?)


――――私達? 私達はネェ、怨霊みたいなもんよ……ふふふ。


 ……怨霊。その言葉を聞いて、彼女は見る見る青ざめる。そして、この先どうなるのかを案じる。

 それと同時に、なぜ、湖に怨霊というモノが存在しているのか、そんな恐ろしいモノがいるとしたら、この底にある「聖なる土」も偽物ではないのか、と疑問を感じていた。


――――あらあら、心配しなくても、聖なる土は本物よ。 それは私達が来る前から、ちゃんとあったんだからァ……ふふふ。



――――なぜ、私達がこの湖にいるかって? それは単純にね、一番最初の怨霊がここで殺されたからよォ……ふふふ。



――――あれはひどかったわよねぇ。 彼女はねぇ、彼氏とこの湖に来ていたんですって。 そこに、浮気相手が来て、いきなり言ったらしいわ、「その人はもう私のものよ」ッテ……ふふふ。



――――彼氏もひどかったわよ、その女の元に行って、「その通りだ、諦めてくれ」だもの。 彼女はね、浮気されていることも、彼氏がすっかり心変わりしていることも知らなかったの。 すっごく打ちひがれていたらしいわ、カワイソウニ……ふふふ!



――――当然のことだけど、彼女は「嫌、そんなの」って言い返したのよ。 そうしたら、女がいきなり走って来て、彼女を湖に突き落としたの! そして、彼女は悲しみに囚われ、この湖の怨霊となった。 それ以来、彼女は湖に入って来た者を殺すようにナッタノ……ふふふ。

 

 

――――男は皆殺し、女は「ある条件」を満たしている者を殺して、仲間にする。 そのルールに基づいて、彼女は人を殺して行った。 だから、今こうやって私達が在るノヨ……ふふふ。


 女達の話を聞いて、エーファは納得したと同時に、自分はその条件を満たしているのだろうかと不安になった。


――――もちろん、あなたはこれから、私達の仲間になるのよ。 私達は手しか存在していないけど、こうやって、触っているとあなたのことが、まさに手に取るようにワカルノヨ……ふふふ。



――――ふふふ……ニクイ、ニクイ! あなたにはすごく大切なヒトがいるんでしょう? ……そんなの、ユルセナイ!



――――しかも、この湖の側にいるモノ達も大切に思っている……何てニクタラシイ! そのつまらない魔法も取ってあげるわ、だから、あなたの「姿」を見せてアゲナサイ……ふふふ。


 その言葉を最後に、新たな手がエーファの顔に伸びてくる。そして、その周りの「何か」をつまむかのように、手が動いた。

 途端、エーファは息苦しくなったのを感じた。魔法が解かれたのだ。

 一気に、口の中に水が入り込んで来る。それもまた苦しいので、彼女は咳き込み始めた。

 その次の瞬間、彼女を捕まえていた手が一斉に離れる。同時に、声――――もはや女性のそれではなくなった、おぞましい声が聞こえて来た。


――――フフフ、シネ、シンデシマエ!


 エーファは、その声が随分遠くから聞こえているような気がしていたのだ。どうやら、耳にも水が入り込んだらしい。

 そして、彼女は自分の意識がだんだん遠のいていることにも気付いた。

 手が離されたことで、エーファは体が少しずつ浮いて行くのを感じた。

 そして、今まで開けていることができていた目も、かすんでよく見えなくなっていることにも気付き、そっと目を閉じる。

 どの位そうしていたのだろうか、やがて、まぶたの向こうが眩しくなったのを、エーファは感じた。陽光が届く所まで来たのだろう。

 だが、その時、エーファはほとんど希望をなくしていた。全身から力が抜けているし、意識を保つのも限界に近付いている。

 ……あぁ、もう駄目かもしれない。彼女はそう感じて、意識を手放そうとした。

 ――その時。

「エーファ!」

 誰かが彼女の名前を呼んだ。ゲイルだ。そう悟った瞬間、エーファは思い切り、引っ張られた。

 咳き込みつつ、彼女は深呼吸をする。すると、意識が元の状態に戻った。

「ユタ、回復してやれ」

 そんな言葉が聞こえたかと思うと、激怒したドラゴンの雄叫びがして、大きな水しぶきが上がる。

 そして、目の暗みそうな眩い光が辺りを包み、それと同時に、恐ろしい悲鳴が聞こえた。

 その間もずっと、ユタが魔法を使ってくれていたので、エーファは完全に回復することができ、そっと目を開ける。

 彼女の視界には、いつの間にか人に変化していたゲイルが写った。彼は息切れをしながら、こちらに向かっている。

「大丈夫か、エーファ」

 エーファは起き上がり、両手をついて、座るとうなずいた。

「……何とか。 でも、死ぬかと――――」

 最後まで言い終わらない内に、彼女は突然起きた衝撃の出来事に目を見開く。

 その側に寄ったゲイルがいきなり、彼女を強く抱き締めたのだ。

「ゲイル……?」

 戸惑いながら、エーファは様子を伺うかのように、彼を呼ぶ。よくよく考えてみれば、名前を呼ばれたのも初めてだったかもしれない。

「……すぐに助けることができなくて、すまなかった。 言い訳になるが、お前が潜った後、怪しげな女達が現れて、倒すのにてこずったんだ。 無事で良かった。 ……お前を失ったかもしれないと思うと、胸が張り避けそうだ」

 そう話したゲイルがはっと息をのんだ。そして、ばつが悪そうに彼女から目をそらす。

 それに対して、エーファは彼の言葉の意味を追及する。

「ねぇ、ゲイル。 今のどういう意味?」

 顔を赤くしながら、彼が「口が滑った」と独りごちた。

 そして、しばらく迷う素振りを見せ、咳払いをすると、「今言うべきことではないのだが……」と前置いた。

「好きだ」

「えっ……?」

 ゲイルの率直過ぎる告白に、エーファは思わず聞き返してしまう。

「好きだ、エーファ」

 覚悟を決めたのだろうか、彼が何の躊躇いもなく、もう一度言った。

 そこで初めて、エーファは頬を赤く染める。ゲイルのことはもちろん大切だと思っていた。だが、一番ではない。彼女にとって、一番大切な人は――――。

「で……でも、私――――」

「いい。 言わなくても……いい。 聞かなくても、お前の気持ちは十二分に分かっているからな……」

 彼女の言葉を遮り、ゲイルがどこか悲しそうな表情で、そう言った。

「だが、私の気持ちは変わらない。 もちろん、この気持ちが報われないのも分かっている。 最初から分かっていたことだから、もうどうするかを決めていた。 エーファ、私はこの先、何があってもお前を守る。 私はこの身と命とをお前のためだけに捧げよう……」

 何も言えず、戸惑っていたエーファから離れると、ゲイルが彼女を立たせた。

 そして、その左手を取り、軽く口付けると、彼女が分からない言葉を発する。

“この身がある限り、私はあなたに忠誠を誓おう”

 今度は右手を取り、また同じように口付け、続けて言った。

“我が愛しき姫君に”

 最後に、ゲイルが跪くと、彼女の両手を額に当て、そして、しばらくすると顔を上げる。

 それと同時に、エーファの胸元に、銀色の翼の形をした印が浮かび上がったのだった。



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