おかしいお姫様
「魔王を倒せたら――本当にできるのかなぁー……?――、まずは水晶に閉じ込める。 次に、逃亡防止の、ノイターに住んでる、凄腕の職人さんに作ってもらうビンにそれを入れる。 で、どこか適当な所に穴を掘って、女神が住んでると言われてる湖の底にある、聖なる土で埋める。 最後に、私の弓と同じ『神木』をそこにぶすっと差す。 それで封印ができる。 オプションで二本の剣を差せば、効果は抜群……って訳ね。 すごく大変そう」
それはエーファがゲイルの背中に乗り、小国ノイターに向かっている時のこと。
彼女はミィーヌからもらったリストの「封印」の欄を見ながら、ため息混じりにそう言った。
「対抗するモノは少ないけどね――――金色のドラゴンの鱗、聖水、七色の木の実だけだから」
ゲイルが羽を羽ばたかせながら、「ふむ」と相づちを打つ。
「確かに大変そうだな。 ……金色のドラゴンなら、知り合いだ。 彼はドラゴンの長のような存在で、私は以前、彼に仕えていた」
その言葉にはっと息をのむと、エーファはゲイルの体を見た。
「そっ……そうよね! ゲイルの体の色って、銀色だもんね! きっと、二番目にエライのよね、うんッ!」
ゲイルが苦笑しながら、「どうかな」と答える。
「私以外にも、銀色の者達はいるからな。 仕えていたという点ではそうなのかもしれないがな。 必要なら、後で彼に連絡しておこうか?」
エーファは「うん、お願い」と返事すると、腰に掛けていた剣を持ち出す。そして、柄に手を掛け、力を入れて抜こうとする。
だが、それは抜けることなく、反発するように熱を発した。
「……っ」
落とさないように注意しながら、彼女は剣を離す。
そして、肩を落としながら、鞘の部分を持って、腰に戻すとつぶやく。
「やっぱりだめ」
ゲイルも残念そうに息をつくと、「そうか」と答えた。
実は剣を見つけたあの日、名もなき大地を後にしたすぐに、エーファはそれを抜こうとしていたのだ。
もちろん、先程と同じように剣は抜けることなく、火傷を負いそうになるほどの熱を発して反発した。
それから何日かは試していたものの、やはり抜けることはない。けれど、除々に熱が軽くなっていることがせめてものの救いだった。
「……何かきっかけがいるのかも」
そっとつぶやくと、エーファは空を見上げる。
どんよりと曇っている灰色の空から、純白のふわふわとした雪が降っていた。
その寒さに震えながら、エーファは背中を撫でながら、ゲイルに尋ねる。
「もうすぐノイター?」
目を細めながら、彼が小さくうなずいた。
そして、その数十分後、目的地である小国ノイターにたどり着いたのだ。
一行はまず、一番賑わっている町の側の森に降り、凄腕だという職人がどこにいるかを人々に聞いて歩き回った。
ノイターの北の森にひっそりと住んでいるという情報を得ると、すぐさまそこへ向かったのだ。
「……何か出そうねぇ」
北の森は何も見えない程闇に包まれていて、そこら中から殺気に似たようなモノが放たれていた。
エーファは思わず震えながら、人化したゲイルにぴったりとくっついて、そう言った。
きっと、彼がいなければ、もうとっくの昔に死んでいたかもしれない、と彼女は思った。ユタでさえ、彼の肩にがっちりとつかまっていて、うつ伏せになったまま、ぴくりとも動かないのだ。
「気の強い奴は帰りに出るかもしれないぞ」
特に何も感じていないらしい、当の本人が魔法の光を強くする。そして、周りを目を細めて、見回した。その時だけは彼からドラゴンの威厳が放たれるのだ。
「怖い……怖いよぉ」
エーファは半泣きになりながらも歩き続ける。周りには魔物か何かがいるに違いないと思った。
ふと、ゲイルが優しく彼女の肩に触れる。そして、包み込むように彼女を抱き寄せ、微笑みながら、ささやいた。
「安心しろ、私が守ってやる。 だから、大丈夫だ」
思わず、心臓がドクンと跳ね上がる。身体中がだんだん熱くなり、顔が真っ赤になって行くのを感じながら、エーファはうつ向いて、二度うなずいた。
そうこうしている内に、周りの暗さが少しずつ減って行き、反対に眩しい程の明るさが増して行く。
「着いたぞ」
ゲイルの言葉を聞いて、彼女はパッと顔を上げ、前をじっと見つめた。
そこには陽光を浴びている小さなレンガの家があり、その煙突から、時たまぽっぽっと真っ白な煙が円の形になって出て来ている。
光に反応して、エーファは無意識に駆け出す。そして、他の二人が追い着かない内に、その扉をノックしたのだった。
そこから出て来たのは、ベージュ色の作業着と水色のエプロンを着て、頭に赤いバンダナを付けた、髪も長いヒゲも真っ白の老人。
事情を話すと、彼は二つ返事で仕事を引き受けてくれ、一行に中で待つよう言った。
そして、約半日ほど掛けて、蒼い隣光を放つ、大きさ十センチ、幅五センチ程のビンを作り上げたのだ。
一行はその職人に厚く礼を述べた。
照れ臭そうに手を振りながら、彼が「いやいや」と返す。そして、その後、人が変わったようにさっと表情を変え、目をすっと細めるとこう言ったのだ。
「……夜が近い。 森に住むモノ達は夜が近付くと、だんだん狂暴になって来ます。 どうか、お気を付けて」
思わずドキリとしながらも、一行はまた旅立った。
日がもうすっかり暮れた頃。
一行はやっと、森の半分まで帰って来ていた。随分と時間が掛った理由は、行きの時よりもずっとそこが暗くなっていたので、道が分からず、迷ってしまったためだ。
「……こんなことなら、泊めてもらった方が良かったかも。 でも、あれ以上お世話になる訳にもいかないもんね、仕事をお願いするだけで大変なのに。 で、ゲイル、どうしてそんなに怖い顔してるの? すごく不安になるんだけど」
エーファはため息をつきながら、ゲイルの顔をじっと見つめる。
先程から、目を細め、しかめ面をしながら、彼が辺りを見回しているのだ。
「……嫌な予感がしてな。 もしかしたら、囲まれているかもしれん」
確かに、よく耳を澄ましてみると、茂みなどからガサゴソとひっきりなしに音がしていた。
ぶるりと震え、エーファは背中にある弓矢に手を伸ばしつつも、「まさか」と首を横に振る。
「職人さんは危ないって言ってたけど、ゲイルがいるんだもん。 絶対出て来ないよ……たぶん」
はっと息をのみ、ゲイルが右手に出していた魔法の光を浮かせ、構えを取ると「いや」と答えた。
その瞬間、大きな音を立て、狼から醜い魔物まで、ありとあらゆる生物が茂みから現れる。
「ひゃーーーーッ!」
思わず、エーファは奇声を上げながら、恐怖で跳び上がってしまった。そして、震える手で弓矢を構えつつ、ゲイルに話し掛ける。
「こ……っ、これ、どうしたらいい?」
ゲイルの肩にいたユタも異変に遅れて気付いたが、圧倒的な数の違いを知ると震え上がって、今度は彼女にぴたりと張り付く。
「さあな。 あまりにも数が多すぎる」
ゲイルのそっけない答えに、エーファは「えぇーっ」と抗議する。
「と、とりあえず、話を聞いてみる。 もしかしたら、説得できるかも」
深呼吸を数回すると、彼女は目を閉じて、「耳」を澄ます。
――――我らのナワバリ、侵した。 オマエラ、罪深い。 殺す、コロス。
そして、生物達の言葉を聞き、震え上がった。完全に血が上っている。話など到底できないだろう。
「……縄張りに入ったから、怒ってるみたい。 下手に攻撃したら、たぶん襲い掛ってくる」
ため息混じりにそう言うと、エーファはどうしたものかと悩んだ。
そんな時ふと、自分の中で「何か」が目覚めたのを彼女は感じた。すぐにそれは不思議な力だと知り、その力が少しずつ強くなって行くのが分かった。
まるで、今すぐにでも使ってくれと言わんばかりに、その力はうごめいている。
けれど、彼女はそうすることを躊躇った。使ってしまうと取り返しのつかないことになってしまう、そう感じたからだ。
しかし、背に腹は変えられない。今、その力を使わなければ、確実に死んでしまう。
エーファはその力を受け入れた。それに応えるように、その力もドクドクと脈打った。
「……なさい」
そう、小さくつぶやく。そして、目を開けると叫んだ。
「落ち着きなさい!」
すると、一瞬その目が曇ったかと思うと、生物達が躊躇するように後退りした。
その隙を見たゲイルが一瞬にして、魔法のバリアを張り、ドラゴンに戻った。そして、それらを威嚇するように咆哮した。
後退りしていた生物達の、一部は怖じ気付いて逃げ出し、その残りが勇猛果敢にもゲイルに跳び掛った。が、バリアに阻まれてしまう。
その間に、彼がエーファを背中に乗せると、空へと飛んだ。木々の中を通ったのだが、バリアが枝からさえも守ってくれたので、傷一つ付くことはなかった。
森から少し離れた所まで飛んでいる間、エーファはずっと震えていた。
「……どうした?」
その震えを感じ取ったのか、ゲイルがそう尋ねる。
……とんでもない力を受け入れてしまった。叫んだ直後、エーファは不思議な力の恐ろしさを悟ったのだ。
叫んだ後、何だかよく分からない生々しい感覚を彼女は味わった。それによって、彼女は否応なく、気付いたのだ。
自分はあの生物達を操った。……叫ぶことによって、操ったのだ。自分の意思で力を受け入れたものの、半ばあのは暴走していた。そんな力を彼女は使ってしまったのだ。
彼女自身、あの力の本質は分からなかった。けれど、もう二度と使ってはいけないことだけは分かる。
「……先程のことか? あれは見たことがない上に、叫んでいる時に瞳の色を金色に変えていた」
彼女の考えていることを察したのか、ゲイルがそう言った。
瞳の色を変える程の強い力だったのか。そう思い、エーファは力を使ってしまったことを一層後悔する。
彼女はなぜ、あの力を手に入れることになったのか、察しが付いていた。恐らく、ピアート王国の姫特有の能力だろう。
話せるだけで十分だったのに。まさか、操ることができるなんて、思いもしなかった。
「ゲイル……私、色んな生き物と話せる力が強くなっちゃったみたい。 あそこにいたの、全部――――」
「――使うな。 二度と使うんじゃない。 危険なモノだ」
やっとの思いで打ち明けた話をエーファが全部話し終わるまでに、ゲイルがそう遮る。どうやら、ほとんどのことを悟ったようだった。
「気を付ける」
エーファはすぐさま、うなずく。そして、懐から、リストを取り出し、目を通すと次の目的地を告げる。
「シェリミアにお願い」
返事をする代わりに、ゲイルが翼を大きくはためかしたのだった。
次の目的地である、大国シェリミアに着いたのは約二、三時間後。
着いた後、一行はノイターの時と同じように、人々に聞き込みをした。
目的の物は魔王を封印する水晶。彼らの話によると、それはシェリミア王家持っているようだった。大変貴重な物らしく、王家が管理をしているらしい。そして、その管理者が王女だそうだ。
すぐさま、一行は王家の城を訪ねた。そして、何の問題もなく、王女に会うことができた――――なぜなら、シェリミアはピアートの友好国だったからだ。
赤毛の王女は、十八のエーファより少し年上の二十二で、周りを明るくしてしまう程の美しい笑顔の持ち主だった。舞踏会などでエーファとは会ったことがあったので、王女は彼女との再会を喜んだ。
だが、貴重な品であることは重々承知であるが、どうしても必要なので水晶を一つ分けてほしいという、エーファの依頼にはさすがに良い返事をしなかった。
「そんな……困りますわ、エーファ様。 私もぜひ協力したいですけれど、あれは本当に貴重な物で、数が非常に少ないのです。 どうか、お分かりになって下さい」
何度も説得してみたものの、王女は首を縦に振ろうとは絶対にしなかったのだ。
エーファはどうしたものかと困り果てた。魔王を封印するのだと言えば、王女もすぐさま水晶をくれるかもしれない。けれど、本当のことを話せば、彼女は自分とは違い、か弱いので、怯えてしまうだろう。そう思って、最初に言わなかったのが、裏目に出たのだろうか……。
「お願いします! どうしても……どうしても、水晶が必要なんです! 分けてもらわないと、本当に大変なことになるんです――――詳しくは言えないけど!」
頭を下げて、エーファは上手く誤魔化しつつもそう頼み込み、王女をじっと見つめる。
王女も探るように彼女の目をじっと見つめていたのだが、突然、頭を押さえてふらついたのだ。
とっさに、エーファは彼女を支えた。そして、彼女をソファまで連れて行き、腰掛けさせる。
「……ごめんなさい。 私、最近、この熱さのせいか、急にふらついたりするんですの……」
一瞬にして、王女の元気そうな顔色が青白くなる。その目も虚ろになり、どこを見ているのかさえ、おぼつかなくなった。
「……そこまで仰るのなら差し上げますわ。 暖炉の上に鍵付きの木箱があるでしょう……? そこにいくつか入っていますので、鍵を……」
そう言って、王女が震える手で懐から取り出し、エーファに渡す。
エーファはそれを受け取ると、すぐさま木箱を開ける。その中には五個の掌サイズの水晶が入っていた。それを一つ取って、鍵を返すともう一度頭を下げる。
「ありがとうございます!」
王女がうなずくと、ベッドに向かう。
「……申し訳ないけれど、休ませていただくわ。 エーファ様、気を付けて、お帰りになってね……」
そう言ったきり、彼女がすうと寝息を立ててしまった。
そんな彼女をじっと見つめると、ふと、エーファは一つの視線に気付く。
「何……ゲイル?」
それはゲイルだった。説得している間、入り口付近で黙って立っていた彼が、なぜか、怪訝そうな目でエーファを見ていたのだ。
「いや、何でもない……」
彼が首を振りながら、そう答える。それはまるで、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。
「なら、いいけど? 次はニロップに行きましょう」
そして、一行はまた旅立つ。
次の目的地に向かう間、なぜか、エーファは不安を感じていたのだった。