見つけ出すお姫様
「王子様ーどこ~?」
鬱蒼とした森に、生き生きとした声が上がる。
「王子様~? 姫はここにおりまーすっ」
その声の主――――エーファの背後で、咳払いをする者がいた。
「分かってるよ! ……ちょっと呼んでみただけじゃない、ゲイルのケチっ」
その本人である、人化しているゲイルにぷいとそっぽを向くと、彼女は頬を膨らませながら、うつ向く。
実を言うと、出発の三日前にグレンから、王子様が剣を手に入れたかもしれないということを聞かされていた。どうやってそれが分かったのかが定かではないが、彼女には本当のことだと感じた――――いや、今もそう感じているのだ。
もしかしたら、彼はまだいるかもしれない。そんな気がして、仕方なかった。それに、会いたくて会いたくて、仕方ない。だから、呼んでみたのだ。
何だか、彼のことを考えていると、会えないことが残念に思えて、エーファは思わず、目に涙を溜めてしまっていた。
エーファは自分で気付いていなかったのだが、王子様のことを考えていたせいなのか、それと同時に頬を染めていた。
彼女のそんな姿を見て、なぜか腹立だしそうに、ゲイルが眉間にしわを寄せると、顔を背ける。
「…………?」
二人を側で見ていたユタが訝しそうに、首を傾げる。
一方、エーファは自分を叱咤した。ここで泣いてはいけない、と。乱暴に涙を拭うと、彼女は無理に笑顔を作り、顔を上げる。
「行こう! もうここに来て三日目だもんね、そろそろ何か手掛り見付けなきゃ」
彼女の言葉を聞き、ゲイルが「そうだな」とうなずく。その時の彼の顔はいつもと変わらぬ表情で、先程の腹立だしげさは微塵も現れていない。
ユタが一層不思議に思って、更に首を傾げていると、いつの間にか、エーファとゲイルは少し歩き出している。
「ユタ、何してるの、早く行こう!」
「う……うん」
彼が二人に追い付くと、一行はその場から離れたのだった。
「あー……疲れたッ」
しばらく経って、エーファは不機嫌にそうつぶやいた。
彼女の言った通り、その日は名もなき大地に来て、三日目。王子様が見付けに行った剣の片割れを探していたが、どこにあるかも分からなかったので、そう簡単に見付からなかった。
それで、今はまず、手掛りを何か探すことにしたのだ。そうして、たどり着いたのが一行のいる鬱蒼とした森だった。
もちろん、何も見付からず、分かったことと言えば、名もなき大地に人類は存在していない、ということぐらいだ。
……なので、野宿することになった。だが、何が存在しているか分からない、この土地でおちおち深く寝入ることなど、エーファには到底できなかったのだ。
夜、眠らなくても大丈夫だというゲイルに見張ってもらい、何とか眠りに就くことはできたが、疲れはちっとも取れなかった。
「無理もない」
ゲイルがうなずきながら、近くの茂みでガサゴソと音を立てている、得体の知れないモノを魔法で追い払う。
ドラゴンであるゲイルが追い払う位なのだから、よっぽど危険な存在だったのだろう。日中でもこんな風に危ないのに、夜はもっと危険なモノがいるはずだ。やはり安心して寝ていられない。そう考えて、エーファは思わず、身震いした。
「休むか」
辺りを見回し、安全を確認すると、ゲイルがその場に座り込んだ。
「どうせなら、疲れが取れる木の実とかあったらいいのに」
エーファも一息つくと、座りながら、そうつぶやく。
幸いにも、名もなき大地に食料「だけ」は豊富にあった。特に木の実が多く、味が絶品だとか、はたまた魔法力が高まったりする、色々な効果をもたらすなどの、様々なものが存在しているのだ。
「あるよ、それ」
ユタが近くの木を見つめて、そう言った。そして、その茂みから、木の実を一つ取ると、エーファに渡す。
「ほら、レルタの実。 これ、名もなき大地以外にもあるけど、他ではあんまりないから、食べちゃいけないんだぁ。 けど、ここはたくさんあるから、食べても平気だよ」
受け取ると、エーファはそれ――――レルタの実をじっと見つめた。
薄黄色の色をしたそれは、どこか満月のように真ん丸で、天辺には小さな緑の葉がちょこんと生えている。
彼女は試しに一口かじってみる。すると、すっと肩の力が抜けたような気がした。味も悪くなく、ほんのりと甘い。
「……すごい」
ユタがこっくりとうなずく。
そんなやり取りを二人がしている間、ゲイルが辺りを見回していた。
「おい、見てみろ」
そして、あるモノを見つけていて、会話の合間を見付けて、二人に呼び掛ける。彼は少し先にある水晶を指差していた。
「水晶のこと? あれがどうかした?」
真っ先に、反応したのはもちろんエーファだ。それをじっと見つめて、そう言った。
「あれだけじゃない。 向かいにも、少し先の所にも、同じのが等間隔で地面に埋まっていて、道のようになっている。 ――つまり、その道をたどっていけば、何かあるかもしれないということだ」
「……なるほどね。 疲れも取れたことだし、行ってみよう」
ゲイルの言葉に納得するとうなずき、エーファは立ち上がった。そして、歩き出す。
残った二人も立ち上がると、彼女を追った。
水晶でできた道はかなりの距離があり、一行を危険な地帯へと導いていたらしい。
進めば進む程、獰猛な生き物が増えて行き、それらに襲い掛られたのだ。大半はゲイルが倒したが、時々数が多すぎて、「溢れる」ことがあった。なので、エーファは弓矢を常に構えておかなければいけなくなっていたのだ。
やがて、日が暮れ始めた頃。やっと、一行はその道の先に辿り着く。
「うわぁ……」
そこには尋常ではない大きさの水晶で作られた、高さ四、五メートルぐらいの塔があったのだ。その周りはたくさんの水晶に囲まれていて、性格な横幅は分からない。
エーファはその塔に近付き、中を覗く。
「あっ……剣!」
すると、そこに石でできた台があり、刀身が銀の鞘に収められている剣がその上に置かれているのを、彼女は見た。
「……入り口がない」
水晶の塔を一周して、エーファはがっかりした様子でそうつぶやく。
「これ、どうやって入るのかな?」
そして、ゲイルとユタにそう尋ねる。
ゲイルが何か考えている素振りを見せながら、水晶の塔を一周した。
「試されているな」
躊躇っている様子を見せつつ、彼が水晶に触れる。
「これはおそらく……いや確実に普通の水晶ではない。 他とは違う、特殊な力を持っているんだ。 だから、入り口を閉ざすことで、剣を手に入れるだけの素質があるかを計られ、試されている」
「試すって言われても、どうしたらいいのか……」
エーファは途方に暮れた。ゲイルの話に「最初」という言葉が使われている所から判断すると、中に入って剣を手に入れたとしても、使えない可能性があるのだ。
「これは推測でしかないが、剣に関して大事なのは、強い思いなのではないかと思う。 根拠はないが、剣の話を聞いた時になぜかそう感じた」
「なるほどね」
確かに一理あるかもしれない。エーファはそう思って、水晶の塔に近付き、触ろうと手を伸ばす。――が、なぜか手が震えて、触ることができない。
そこに助け船を出すかのように、ゲイルが彼女の側に寄ると、背後から左腕を回す。そして、彼自身の手を重ねると、耳元でこう囁いた。
「思い切って触ってみろ。 大丈夫だ」
彼の意外な行動に思わず赤くなってしまい、エーファは心拍数が急速に上がって行くのを感じた。
今日のゲイルは何だか大胆だ。一体どうしたんだろう?そう思わずにはいられなかった。
「……どうした? 触れてみろ」
ゲイルが促したので、彼女は固唾をのんだ後、そっと塔に触れる。
すると、水晶全体が彼女に反応したかのように一瞬、蒼く光った。
それを確認すると、ゲイルが満足げにふっと笑うと、エーファから離れる。
「どうやら、素質はあるようだな。 後は中に入れるかどうか、そして、剣を手に入れた所で使えるかどうか……だ」
「う……うん」
先程まで起こっていた出来事を忘れるよう、そして、その時の気持ちを振り払うように、エーファは大きく頭を横に振る。そして、深呼吸をすると、水晶の塔に向き直る。
「――強い思い……」
そうつぶやき、故郷のピアート王国を思い出す。両親とサルーナ、見境なく愛していた人々。今は石になってしまっているが、必ず元に戻してみせる、……絶対に。
彼女はそう強く思ってみた。――――が。
「………………あれ?」
反応はなかった。そんなに簡単なことでもないのだろうか?
不安になっていると、ゲイルが横から口を挟む。
「足りないか、何かが違うのか……」
エーファは水晶の塔から目を離し、考え込む。王国の人々を救う以外に、強く思っていることなど、思い付かなかった。魔王に対峙することも思い付いたものの、それだとは少し言い難い。
しばらく考えていると、ふと王子様のことが頭をよぎる。――会いたい。その瞬間、そう思った。
今目の前にある剣のことを聞き逃してしまった王子様。彼が魔王を倒そうとしているのならば、もちろん彼を手助けしたい。……そのためにもこの剣を手に入れなければ。
そう思った瞬間。ほんの一瞬、水晶が反応するようにキラリと光る。
「…………!」
視界の隅でそれを見た、エーファは驚き、水晶の塔の方に向く。そして、恐る恐る手を伸ばす。
すると、彼女の手は水晶に触れることなく、それを通り抜けたのだ。
……反応した。何を基準にそうなったのだろう?先程まで考えていたことを反芻した後、そう疑問に思った。
ふと、エーファは、自分の体が糸で中に引っ張られているような感覚を覚えた。それに従い、導かれるようにして、水晶の塔へと入って行く。
気が付くと、彼女は剣の置かれた石の台の前に立っていた。
一瞬、普通とは違うその剣を触れるのに躊躇する。本当にこの剣を手に入れてもいいのだろうか?
そんな思いに囚われ、エーファは無意識に踵を返しかけた。
けれど、そんな思いに必死に振り払い、恐る恐るといった感じで、エーファは剣に手を伸ばす。
剣に触れた瞬間、彼女は抵抗する力を感じた。しかし、一瞬でそれは消える。
包み込むように、彼女は剣を抱く。
――――ドクン、ドクン、ドクン…………。
そうしてみると、剣が心臓と同じように波打っていることに、彼女は気付く。
……やはり、普通の剣ではない。エーファは改めて、そう実感する。
「帰ろう」
独りごち、彼女は両腕に剣を抱いたまま、水晶の塔を後にする。
外では、ゲイルとユタが首を長くして待っていた。
「どうだった?」
エーファの姿を見るなり、ゲイルがそう聞く。
「うん、手に入れたよ。 ……行こう」
そんな答えに、彼が納得したようにうなずき、ドラゴンに変化する。
その間、彼女は剣を抱いたまま、思い詰めた表情で空を見上げていた。
「準備ができたぞ」
ゲイルの言葉にうなずいて応えると、その表情を一瞬にして消し、エーファは彼の背中に乗る。
そして、名もなき大地を後にしたのだった。