目的を果たす王子様
「……見つけた」
彼は息を切らしながら、そうつぶやいた。
そして、つい先程見つけたばかりの目的の物をじっと見つめる。
それがある場所にたどり着くまでがかなり骨折りだった。誰も詳しくは知らないというこの大地では、どこを探すのも手探りだったからだ。
ほとんど何も見えない真っ暗な洞窟の中で、何らかの力で蒼く発光している水晶に囲まれ、それは大きな水晶に突き刺さっている。
尻餅をつくようにして、彼は座り込むと、少し息を整えるため、しばらく休憩することにした。
途端、ここまで来たのはいいが、自分にあの剣を抜くことができるだろうか、行きは魔法使いに送ってもらったが、帰りはどうやって戻ろうか、などという疑問が彼の頭の中に浮かんで来た。
帰りは……問題ない。彼はそう思った。彼の最愛の姫の影響なのか、動物や不思議な生き物に言葉が少しだけ通じるようになっていたからだ。……最も、彼女のように話すことはできなかったが。
彼は洞窟に来る前、他では存在していないと思われる、見たこともない動物を、たくさん見たのだ。その中に、人が一人乗れそうな大きさの、純白の美しい鳥を見掛けていたので、その鳥に頼んでみようと考えたのだ。
少し呼吸も落ち着いたので、彼は立ち上がると、真っ直ぐに剣の元に向かう。
そして、恐る恐る手を伸ばすと、試しに軽い力で剣を引き抜こうとした。もちろん、それはびくともしなかった。
今度は強めの力で抜こうとしたが、剣はまたもや、ぴくりとも動かない。
「やっぱり……簡単にはいかないな」
彼は独りごちると、今度は精一杯の力を振り絞って、抜こうとする。だが、何度やっても、結果は同じことで、剣は全く動く気配を見せなかった。
やがて、体力も尽きて来て、彼はまたもや息を切らしながら、その場に座り込んだ。
「諦め……ない」
そうつぶやき、深呼吸すると、彼は立ち上がり、剣を強く握る。
「――僕は……」
「僕は……」
二度つぶやき、彼は手に力を入れる。
「僕は姫を絶対助けるんだぁ――――っ!」
そして、洞窟内に反響する程大きな声で叫びながら、全身全霊の力で剣を引いた。
すると――――。
「あ」
今まで動かなかったのが嘘だったかのように、剣がすんなりと水晶から抜けたのだ。
その勢いで、彼は尻餅をついてしまった。そして、「いてて……」と独りごちながら、剣をじっと見つめる。
それは銀で作られていて、一見、他の剣と変わりなく、特別にはとても見えなかった。ただ、周りの蒼い光を受け、きらきらと輝いている。
しばらくじっと見つめると、彼はその刃に、周りのものと同じと思われる、水晶がはめ込まれていることに気付いた。
その水晶は周りのとは違って、弱々しく発光している。
本当にこれが魔王を倒せる剣なのだろうかと、彼が訝しんでいる時。
“だ……れ……だ?”
ふと、彼の耳に男性の低い声が聞こえて来た。
「へっ?」
彼は驚いて、口をあんぐり開けると、周りをゆっくりと見回し、声の主を探した。
周りには誰もいない。不思議に思っていると、剣の水晶が先程とは全く違う、眩いまでの光を発した。
「もしかして……?」
“その通りだ! 私が少ない力を駆使して、お前に話し掛けている。 本来なら、人の形を取るのだが……今は無理だ。 まず、名前を名乗れ、名前を”
剣を地面にそっと置くと、彼はきちんと座り直して、自己紹介した。
「はい。 僕はリューティストゥナルグ・ナティアと言います。 あ、長いですよね。 きちんと言うコツはリューティスで切ることなんです――リューティス、トゥナルグみたいな感じで。 でも、きっと全部言うの面倒だと思うので、略称のリューグでいいです」
“国名を名乗っているということは……お前は王子だな? 名が必要なら、タスクと呼べ。 色々言いたいことがあるのだが、もう力がない。 こうやって話すのでさえ、精一杯なのだ。 いいか、今から言うことを聞き漏らすなよ”
彼――――リューグはうなずいて、剣の水晶であるタスクの次の言葉を待った。
……が、しばらく沈黙が続くばかりだ。
「ど……っ、どうしたんですか?」
慌てて、リューグはそう尋ねる。
“介入された! 色々話すことがあったが、もうあまり話せない! 力を奪われた! けれど、これだけは言っておく”
タスクの言葉を聞き、彼は息をのんだ。どうやってこの状況を知ったか分からないが、介入する人物は一人しかいない。――それは魔王だ。
“いいか、――の人を探せ”
タスクが早口にそう言ったが、介入されたのか、はっきり聞こえなかった。その間に、水晶の光がだんだん弱々しくなっていく。
「聞こえないよ!」
“くっそ……! いいから、探せ! 一番最初に、お前の心に浮かぶ人物を――そうすれば、上手く行く!”
光が弱くなったり強くなったりしているのを見ると恐らく抵抗しているのだろう、今度ははっきりとタスクが言った。
「えっ」
リューグはぽかんと口を開けて、驚愕した。真っ先に心に浮かぶ人物は……たったの一人しかいない。
“――せ!”
最後に、タスクがはっきり聞こえない言葉を残す。その途端、光がふっと消える。
しばらくの間、リューグはその場を離れることができず、ひたすら戸惑って、剣を呆然と見つめる。
だが、決心を固めると立ち上がって、剣を腰に差すとその場を去ったのだった。
それは、エーファがグレンの元を旅立った日の三日前のことだ。