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勇者姫【休止中】  作者: 幸月 美那
3/13

一息つけないお姫様

 ふと、エーファは目を瞬いた。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。

 ゲイルの背中に乗り、ピアート王国に旅立ってから、三日経っている。

 その内の一日だけ、ゲイルが老夫婦の家に降り、エーファをゆっくり休ませてくれた。彼らとはどういうわけか、知り合いらしい。

 そのおかげで、彼女は体の痛みなどを起こさずに済んだのだが、疲れだけは貯まっていた。

 それで時々、無意識のうちに眠ってしまうことがよくあったのだ。

 今ではしっかりとつかまっていなくても、安全に乗れるようになった、エーファは欠伸を一つした後、背伸びして、目を擦るとゲイルの背中を優しく撫でた。

 意外にも、彼は撫でられたりするのが好きらしく、時々笑ったりしているので、何かあるごとに必ず、乗せてもらったお礼がてらそうしていたのだ。

「ゲイル、あとどの位?」

 そう言いながら、エーファは随分と遠い所に幽閉されていたものだとしみじみ実感した。

「もう着くぞ」

 早口に答えたゲイルが下を向き、飛び始めた。そうすることで、人のいない場所を見付け、混乱を招かないようにしていたのだ。

 そして、数分後。彼が、ピアート王国の入り口である、白い大門の少し前に降り立った。

「あれ……」

 彼の背中から降りながら、エーファは違和感を感じていた。

 何だか、様子がおかしい。王国がいつもより静かだったし、大門周辺は人で賑わっているはずなのに……。

 突然、エーファは走り出した。そして、門をくぐり、王国の中に入る。

「……っ!」

 その瞬間、彼女はその目で恐ろしいモノを見て、思わず、顔を背けてしまった。

「こんなことって……」

 そこはあの時――――彼女がさらわれてしまった時から、「時間」が止まってしまっていた。つまり、王国中の人々が石にされていたのだ。

 あまりの恐怖に、エーファは震え、その場に座り込んでしまった。

 すぐに、彼女は「それ」が魔王の仕業だと思い付く。

 そのすぐ後に、エーファは胸の中に二つの感情が込み上がって来たのが分かった。

 愛する王国の民を石にされた怒り。そして、そんなことを簡単にやってのけてしまう魔王への恐怖。

 そのどちらの感情も彼女には抑えることができなかった。

「……エーファ姫!」

 耳元で声がしたので、彼女は振り返ると、そこにはいつの間にかユタがいた。

 ……よくよく思い出してみれば、一緒に着いて来るかを聞いていなかった上、彼をあの塔に放ってきたのだ。

 どうやって来たのかは知らないが、ユタには着いて来る意思があって、ここまで来たのだろう。けれど、そのことに怒っているのか、若干頬が引きつっている。

「大丈夫?」

 それよりも、エーファのことを心配する方が大事だと思ったようだった。

 彼女は首を振ると、無理矢理に立ち上がって、城へと歩き出す。

 何も言わず、ユタがその後に続いた。


 城でも、やはり「時間」は止まっている。

「サルーナ……」

 次々と溢れ出る涙を止められず、エーファはその場に崩れ落ちると、ついには声を上げて泣いた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ゴメンナサイ…………。彼女の胸はその言葉でいっぱいだった。

 全部、自分のせいだ。王国の人々も両親もサルーナも皆、魔王が自分をさらいにさえ来なければ、こんな姿にはならなかったはずなのに。

「エーファ姫、大丈夫……?」

 ユタが心配そうに声を掛けて来る。

 大丈夫ではないし、涙も止まらない。そう思ったが、エーファは何も言わず、立ち上がって、庭に歩いて行く。

 王子様が来なかったのはきっと、皆と同じように石になったからに違いない。彼女はそう考えて、見るのはつらいが彼の元に行くことにしたのだ。

 黙って、ユタも着いて来る。心配なのか、彼女の隣を飛んでいた。

 すぐに庭へ着き、噴水まで歩いて行ったのたが――――。

「な……んでっ?」

 そこに王子様の姿は見当たらなかった。

 なぜ、王子様はここにいないのだろうか?もしも、石化していないのだとしたら、彼はどこに行ったというのだろう?

 その疑問の答えを考えている内に、エーファは泣き止んだ。だが、いくら考えても、その答えは見付からない。

「おやおや。 姫様が妖精とドラゴンを連れてお帰りかい?」

 突然、どこかから、しわがれた女性の声が聞こえて来た。

 はっと顔を上げて、エーファは緊張した表情で辺りを見回す。

 ガサガサという音が近くの茂みから聞こえたかと思うと、そこから、頭が全部真っ白で、漆黒の瞳を持つ女性の老人が現れた。手には小さな蒼い宝石のちりばめた杖が握られている。

「おばば!」

 老人を見た瞬間、エーファは嬉しそうに声を上げて、飛び付くように抱きついた。

「元気そうじゃの、エーファ」

 老人が器用に彼女を受け止めると髪を優しく撫でて、くつくつと笑う。

「さすが、おばばね! やっぱり、この国自慢の魔法使いだもんね!」

 その老人の女性はピアート王国一の魔法使いだった。元々、彼女の家系が魔法使いのもので、先祖代々、王族に仕えているのだ。

 彼女は「賢者」とも呼ばれていて、知らないことはほとんどないし、魔法以外に武器もほとんど使えないものはなかった。

 エーファも彼女から、弓を教わったのだ。それで、彼女をとても気に入っていて、「おばば」と呼んで慕っている。

「で、おばば、どうして王子様がいないか……知ってる?」

 魔法使いがふっと笑って、「答えは簡単さ」と肩を小さくすくめてみせた。

「私が彼に石化よけのものをあげたから、いないんだよ。 魔王が去るとすぐにどこかへ行ってしまったようだよ。 エーファ、良い事を教えたげようか?」

 色々考える事があるなと思いつつ、エーファはこっくりとうなずく。

「実はねぇ、彼は舞踏会の少し前にやって来て、石化よけのものをくれって自分から頼みに来たんだよ。 まるで、あの日のことを“知っていた”ような口ぶりだったねぇ……」

 意味ありげに、魔法使いがにやりと笑いながら、そう言い放つ。

「え……」

 その様子も訝しく思えたが、エーファは彼女の言葉の方が気に掛った。

 「知っていた」とはどういうことなのだろう?いや、まだ決まった訳でもないが…………。

 自分がさらわれた理由には何か、「裏」があるのかもしれない。

 エーファは無意識にうつむいて、考えているといつの間にか、隣に来ていた魔法使いに肩をぽんと叩かれた。

「今、考えるのはおよし。 何か知りたいのなら、彼の故郷に行ってみるといい。 けどねぇ……そのままで行くのは危ないから、良いモノをあげよう。 着いておいで」

 そう言って、魔法使いが元来た茂みの中に入って行く。

 少し躊躇した後、エーファはゲイルに伝言するよう、ユタに頼んだ後、茂みの中に入って行った。

 そこには蒼く光る魔法陣が描かれていて、その真ん中で魔法使いが手招きしている。

 エーファがそれに足を踏み入れると、彼女が地面に杖を強く叩きつけた。

 すると、一瞬で景色が変わり、木だけで造られているものの、なぜか不思議な感じのする家の前に来ていた。

「うぇ……」

 来たのは初めてではなく、そこが魔法使いの家だと知っている、エーファだが気持ち悪そうに座り込んだ。

 彼女は瞬間移動(魔法使いのもの限定)が大の苦手だった。魔力が強すぎるせいか、体に影響が出てしまうらしい。

「相変わらずだねぇ」

 呑気にそう言いながら、逆に楽しげな表情をしている魔法が彼女を抱き起こし、家の中まで歩かせた。

 中はまたもや木造の丸いテーブルと二脚の椅子があり、隅の方に暖炉があり、そこに黒い大鍋が置かれている。

 魔法使いがエーファを座らせた後、その反対側にあるクローゼットの元へ行くとそれを開けた。

 「えぇと、どこだったかねぇ……」などとつぶやきながら、魔法使いが何かを探している姿を、エーファはテーブルに伏せて、じっと見つめていた。

 数分後。

「あったあった」

 魔法使いが弓と筒を両手に持って、クローゼット(その時には上半身が中に入っていた)から出て来た。

「エーファが修行していた時に作っていた弓矢だよ。 いつか必要になった時にあげようと思ってたんだけど、今がまさにその時みたいだねぇ……」

 そして、エーファの前に来るとその二つを差し出す。

 エーファは身を起こすと、じっとそれらを見つめた。

 ――ただの弓矢ではなさそうだ。弓は何の変哲もないように見えたが、どこか神々しかったし、筒の中に入っているであろう弓は、開けるまでもなく、普通とは違う矢だと分かる。

「おばば、これは……?」

 エーファは手を伸ばしてみたものの、触ることができずにいた。……何だか触ってはいけないような気がしたのだ。

「その弓の土台はのぉ……とある場所にある『神木』なるもので作っておる。 弦と弓は腕の良い職人に作らせ、私が魔法で、弦には光、矢には決してなくなることのないものと、光、闇、火、水、風、地の属性を付加させたのじゃ」

 すっと手を引っ込めると、エーファは弓矢から目をそらし、うつ向く。

「おばば、そんなすごいの……扱える自信がないわ」

 弓矢をテーブルにそっと置いた魔法使いが、彼女を優しく抱き締めた。

「自信を持つのじゃ、エーファ。 どんな者にしか武器を作らないと、私は言った?」

 しばらく黙っていたエーファだったが、ぼそりと答えをつぶやいた。

「……『資質』がある者」

 魔法使いがこっくりとうなずき、また話し始める。

「そうじゃ。 お前にはその『資質』がある。 だから、その弓矢を使える。 私が保証しよう」

 エーファは顔を上げると、まじまじと魔法使いの顔を見つめた。

 その視線を受け止めるかのように、魔法使いも彼女をじっと見つめる。

「――分かったわ。 おばばを信じる」

 満足そうに口元を歪めると、魔法使いが彼女から離れて、もう一度弓矢を差し出した。

 エーファは恐る恐る、手を伸ばして、その弓矢をつかむ。

「…………ッ!」

 その次の瞬間、エーファは声にならない叫びを上げた。弓矢から大きな力の奔流を感じたのだ。

 一瞬、どうしていいのかと混乱したが、彼女はそっと目を閉じた。そして、その奔流――――力を受け止め、自分自身の中に吸収する。

 しばらくして、彼女は手を伸ばすと弦に触れた。


――――キイィ……ン。


 まるで、彼女と共鳴するかのように、普通ではあり得ない、高い音を弦が発する。

 それを確認すると、エーファは目を開け、満足そうに微笑みながら、弓矢を撫でた。

「使えそうよ、おばば」

 納得したというようにうなずくと、魔法使いも微笑む。

「さすが、私の弟子じゃ。 これで旅先何があっても大丈夫じゃな。 この弓矢で助からない時はいつでも私が力になろう」

 エーファは早口に礼を言うと立ち上がり、外の方を見つめた。

「……行かなきゃ」

 彼女の言葉を聞き、魔法使いが外に出て、一瞬にして魔法陣を描いた。

  エーファも外に出て、魔法陣に入ると、来た時と同じように王国に着いた。

 一瞬よろめくと、彼女は城を出て、ゲイルの元へ急いだ。見送りのため、魔法使いもその後に続く。

 彼女の姿を見ると、ゲイルが乗れと言う代わりに、身を屈めた。

 すぐさま、エーファは彼の背中に乗るとしっかりつかまって、魔法使いを見つめた。

「色々ありがとう、おばば」

 何も言わず、魔法使いがゆっくりとうなずく。……心なしか、どこか複雑そうな表情を浮かべている。

「困った時は私の名前を呼ぶのじゃよ」

 空高く、ゲイルが飛び上がった。それと同時に、エーファは大きく手を振る。

「本当にありがとう、おばば! ……ゲイル、次の行き先はナティア王国よ」

 王子様の故郷の名前を告げると、彼女はもうかなり小さくなった魔法使いのを見つめた。

 ……今度はどこか不安そうな表情だ。何か言いたげだったが、口を固く閉ざしている様子が彼女には見えた。

 魔法使いが何を伝えようとしているのか、エーファには少しも分からなかった。

 けれど、やはり彼女の決心は揺らがない。何があっても、前に進んで行く。

 見えるかどうかは分からなかったが、エーファは魔法使いに笑ってみせた――大丈夫だと言うように。

 すると、それに気付いたのか、魔法使いがうなずくと口元を緩め、大きく手を振った。

 手を振り返した後、エーファは魔法使いから目を離し、何も言わず、じっと前を見つめたのだった。


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