埋めたいお姫様
広間の扉を閉め、振り向いたエーファはゲイルが少し先に立っているのを見つけた。
何もない風を装って、彼が窓の外を見つめていたが、顔は動かさずに視線だけを彼女の方に向ける。だが、気付かないふりを通した。
素直ではない彼を見て、エーファはくすりと苦笑して、彼に呼び掛ける。
「ゲイル」
「……あぁ、エーファか」
ゲイルがわざとらしくそう言いながら、振り向く。あくまで、今気付いたかのように振る舞っている。
エーファは彼の隣に立つと、「あのね」と前置いて、口を開いた。
「私、この間のことを――――」
「いい、言わなくて。 私もそのことを話そうと思って待っていたんだ」
ゲイルが話を遮って、やっと素直になって話し出す。
「ここ最近、話をしていなかったが……たえられなくなった。 エーファ、正直、私はお前と話をしないと何だか落ち着かない。 だからだな、その……えーと…………おかしいな、上手く言えない」
エーファには彼の言いたいことが何なのか、きちんと分かっていた。そのしどろもどろな様子を可笑しく思いながら、彼女も口を開く。
「私も同じ気持ち――――私もゲイルと一言も話さないと何だか落ち着かないの。 でも、仲直りしようって思っても、思うようにできなかった。 ……ごめんなさい、ゲイル、素直になれなくて。 でも、それももう終わりにする。 ゲイル、また元の通りに仲良くして下さい」
飛切りの笑顔付きで、エーファはそう言うと頭を深々と下げた。
そんな彼女の様子を見て、ゲイルが目を見開き、あたふたと慌てる。顔を上げさせようとして、両手を宙に浮かせた。だが、どうすればいいのか分からないらしく、そのまま立ちすくんだ。
一国の姫が忠誠を誓われたドラゴンに頭を下げている――――まさに異様な光景だった。
「あー……エーファ? とりあえず、顔を上げてくれないか。 ……こちらの立場がなくなる」
結局は両手を引っ込め、困ったようにそう言ったゲイル。
だが、当の本人であるエーファは顔を上げず、頭を横に大きく振った。そして、怒ったように口を開く。
「……返事は!」
「え……っ、あ、は……ハイ」
その怒声にたじろいだのか、ゲイルがどもりつつ答えた。
彼の返事を聞いて、エーファはやっと頭を上げた――――それも、先程よりも満面で、満足そうな笑み付きで。
最初はその機嫌をうかがうかのように彼女を見つめていたゲイルだったが、その笑顔を見ているうちに、彼の口元が自然と綻んでいった。
ふと、何か思い立ったのか、ゲイルがエーファの方に向き直る。そして、その場に跪く。
「仲直りの印にもう一度誓おうと思う。 ――……エーファ、お前がこれから先、どんな困難に立ち向かおうと、私はこの身を捧げよう。 そう、例え、魔王に立ち向かおうと、だ。 お前が危ない時、私は盾になろう。 お前が戦う時は剣になろう。 ……私は禁じ手とされている、ドラゴンの特別な術を使う覚悟すらできている。 そして、お前にどこまでも着いて行く決心も――ある」
そう、はっきりとした声で言い、彼はエーファの目をじっと見つめた。
エーファはゲイルの瞳を見つめ返して、思った。以前とは違って、彼から手を取ろうとしない――――だからきっと自分から差し出すのを待っているんだ、と。
しばらく、彼女はゲイルを見つめていた。そして、その間に何かを感じ取ったのだろうか、彼にうなずいてみせると、左手を静かに差し出す。
「ありがとう」
頭を下げたゲイルが、その手を優しく取り、そっと唇に当てる。そして、口を開いた。
それは誓いの言葉で、今度はエーファにも分かるものだ。
「我が姫君に、永遠の忠誠を誓おう」
誓いが再び立てられた後、二人は長い間、お互いに取るに取らない話をし合い、お互いに笑い合った――――それはまるで、しばらくの間開いていた“キョリ”を埋めるかのようだった。
話題が尽き、ようやく別れることになった後、部屋に戻ろうとしたエーファは、その途中でリューグを見つけた。
彼は不安そうな瞳でこちらを見つめている。
なぜそんな表情をしているのか、疑問に思って、エーファは首を傾げながら彼を見た。
けれど、リューグ本人はというと、目を泳がせながら、エーファから視線をそらすばかりだった。
一層不思議に思った彼女は彼に少しずつ近付きながら、その名を呼んだ。
「リューグ」
それに反応したリューグが、やはり彼女と目を合わせようとせずに後ずさりする。
「……彼は誰なんです!?」
そして、そんな疑問を大声で口に出した。
「え……」
思いがけないことを聞かれ、エーファは呆然とする。
リューグの言う「彼」とはゲイルを指していることは彼女にも分かった。けれど、どうして、ゲイルのことを口に出したのか、彼女には分からなかったのだ。
(…………あ)
しかし、しばらく考え、彼女はようやくなぜなのかが分かった。
いわゆる嫉妬というヤツだ。リューグはゲイルがドラゴンだとは知らない。勘違いしても無理はなかった。
無意識のうちに言ってしまったのか、リューグがまずいことを口に出してしまったと顔を赤らめ、エーファに背中を向けて、うううと唸っている。
そう言って、リューグがエーファの両手をぎゅっと握った。
その次の瞬間、彼女は顔を赤らめる。そんなことをされたのは初めてだったからだ。
「僕には言おうと思っていたことがあるんです。 ……姫、私達はあまりに長い間会わずにいて、距離が開いてしまった――――そうは思いませんか? だから、僕は姫と以前のような関係に戻りたいんです。 姫はどうですか?」
リューグの問いに、彼女は答えを少しの間考える。彼女にすれば、彼のことを想っていただけに、お互いの距離が開いているようには思わなかった。けれど、久々に会って、何だかぎこちない感じがすることは否定できない。なので、彼の言うことも少しは分かった。
「……うん。 私もあなたと以前のような仲に戻りたい。 久々に会ったかしら、何だか感じが違うの。 でも、『距離が開いてしまった』というのはどうかと思うわ。 ……私達ってそんなに軽い関係だったの?」
その考えをまとめ、エーファは苦笑しながら、そう話す。
「私はずっとあなたのことを想っていたわ。 ……あなたはそうではなかったの?」
リューグにつかまれていた両手を引っ込めると、エーファは無意識のうちに涙目になりながら、そう告げる。
その時、彼女はリューグだけに見せる“顔”を見せていた。いつもの元気いっぱいでお転婆らしいものとは違い、弱々しくもあり女らしくもある、涙もろいもの――――彼女の持つ、ある種の「姫」らしい“顔”だ。
エーファのそんな“顔”を見て、リューグが慌てる。
「そんなことはありません! 僕もあなたのことはずっと思っていました。 あの……そういうつもりで言った訳じゃないんですが、気を悪くさせてしまったようで申し訳ありません」
エーファはひっくと一度しゃくり上げると、首を横に振った。
「ごめんなさい、私も取り乱してしまって。 ……少し気分を変えたいわ。 ここの散歩にでも行かない?」
そう言って、先程の“顔”を振り払い、彼に優しく微笑んでみせた。
リューグも微笑み返し、何も言わずにこっくりとうなずき、エーファに手を差し出した。
彼女はそっと彼の手を取ると、ゆっくりと歩き出す。彼もその後に続いたのだった。
しばらく、ふたりは話をしながら、城の中を歩き回った。
ゲイルの時と同じように、どれも他愛のない話だ。けれど、やはり、ふたりはお互いに笑い合って、しばらく会わなかったことにより生じた溝を取り除くことができた。
結局、別れたのは夕方になる少し前だ。
エーファはゲイルとリューグの二人と長い間話をしたので、少し疲れを感じていた――――なので、部屋に戻り、一眠りすることを決めたのだった。