第6章 患者さんたちとの関わり
※この連載に書いてある文章はすべてノンフィクション(実話)です。
話が戻りますが、SさんとKさんが退院した後に私の部屋に新しい人が入院してきました。その人は80代とは思えない背筋がピンと伸びてすたすた歩くおばあちゃんでした。私と同じで入院生活にかなり疲れていて、「早く退院したいよね。」とよく話していました。いつもベッドで横になってラジオを聴いていて、部屋の暖房の強さも自由にしていいよと言ってくれるとても優しいおばあちゃんでした。2週間ほど経って入院した理由を聞くと彼女は言いました。
「夫が去年亡くなって心が弱って眠れなくなっちゃったの。長く連れ添ったからね。数日前に1周忌だったから本当はお墓参りに行きたかったんだけど、出先で身体壊したら息子に迷惑かけちゃうから諦めたの。」
そのおばあちゃんが退院したあと、同じ部屋になったのは60代であろう女性でした。その女性Fさんは家事を頑張りすぎて3か月間飲まず食わずの寝たきりになってしまい、へろへろで入院してきた人でした。
「私が寝たきりになってから上の子が私の代わりに家事を全てやってくれてね。旦那も少し優しくなって家事とかやってくれるようになったんだけど。このままじゃ上の子が倒れちゃうと思って自分が入院する覚悟を決めたんだ。十数年前も入院したことあるんだけど、昔より決まりが厳しくなっていて驚いたな。」
Fさんとはよくいろいろなことを話しました。私の入院理由を聞くと、Fさんは「もったいないよ、そんなこと考えるなんてもったいなすぎる。」といつも言ってくれました。私のことをよく褒めてくれて、私はとてもありがたかったです。だからFさんが突然院長先生に「明日胃カメラね。」と告げられてとても怯えていたときも私は必死に励ましました。私が家から持ってきた本の内容を教えたりぬいぐるみを預けたりハグしたり…。とにかく全力で応援しました。私と同じで心配性だったFさんの不安な気持ちが少しでも和らいだらいいなと心から願っていました。
あんなに怖がっていたのに、あの日無事に胃カメラを乗り越えたFさんは素晴らしいと思います。
私と近い世代の患者さんも2人いました。
見た目は私より年下かなと思っていたとても華奢で細い女の子がいました(Eさんとします)。Eさんは私が開放病棟に入院したての頃は声を発する姿を見たことがなく、たまに食事中に走り出して自分の頭を壁に叩きつけることがある子でした。しかし、私が開放病棟にいて1か月ほど経つと、廊下をワォーキングする時間に混ざるようになり、お話をするようになりました。そして話しているうちに私よりも8歳も年上であることを知りました。最初はどうしても信じられなかったのですが、話をしていると話す内容が私より年上で少しずつ納得しました。Eさんは両親から虐待を受けていたり、母親が病気を患っていたり、家庭環境が劣悪だと話していました。日中は普通に笑顔で話をしていたのに、夜になったら突然長テーブルを真っ逆さまにひっくり返すこともありました。「今まで普通に話していたのにどうしたんだろ。辛いことを思い出したのかな。」と衝撃とショックを受けて彼女の複雑な心情に気づけなかった自分に抱いた切ない気持ちを今でも覚えています。
もう1人は22歳の女の子で入院4回目の子でした(Iさんとします)。私がそろそろ病院に入院して2か月経つ頃に入院してきました。だからIさんとは少しの期間しか関わることができませんでした。Iさんは「一緒に話してもいい?」と私に尋ねてくれました。それから2人でいろいろなことを話しました。IさんもEさんのようにかなり大変な人生を歩んでいて、真面目でまっすぐな人でした。真面目だからこそ、完璧を求めてしまうからこそ、Iさんも何度も入院しているのだろうと話を聞きながらずっと感じていました。私が家から持ってきたとある絵本を見せると、そこに書いてある優しい言葉たちにIさんは涙していました。私はその瞬間、彼女が他の人からこういう優しい言葉をかけてもらったことが今までなかったのだろうと悟りました。私は内緒でその絵本を彼女にあげました。私はIさんに対してそう思っている、これからもそう思い続けると伝えたかったのです。これから何が何でも生きていてほしかったのです。
私が食べている座席の右斜め前に座っていた男性の患者さんもとても素敵な人でした(Hさんとします)。Hさんは私と同じ入院理由でした。お子さんがたしか3人いらっしゃって、公務員として働いていたものの「自分は何の役にも立っていない」という気持ちから心が疲れてしまい、家で首を吊ろうとしたものの実行できずに病院へ来たという流れだったようです。2回目の入院のようで「いい大人になってもなかなかうまく生きられないんですよ。でも、気楽にゆるーくやれるように入院生活中心掛けてるんですよ。」と話していました。Hさんは私が相撲好きであることに関心を持ってくださり、私が相撲への愛を語ってテレビを貸してもらえたらいいなと伝えると、Hさんは優しく言ってくれました。
「俺も毎日四股踏んでみよう。相撲も観戦します。11月場所も一緒に観ましょうよ。」
Hさんの実践的な態度がとても面白くて私は笑いました。そして「一緒に観ましょう」と言ってくれたことがとても嬉しかったです。11月場所中、「今日の取り組みは○○でしたね。」「今の技はどういうことなんですか?」などと相撲関連の話を私にしてくれました。そのことが私の心にどれだけの光を与えてくれたか言葉では表現できません。
つづく
患者さんたちのことを思い出すと、いろいろな方々がいらっしゃいましたが、みんなそれぞれに傷を抱えていてその中に優しさがあって、いろいろなバックグラウンドがあって、大人になったとしても生きることがどれだけ大変で難しいことかを感じましたね。生きてるだけで100点満点ってめっちゃ正しいことなんですよ。だからみなさまも私自身も生きてるだけでえらいのです。