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硝子の花園  作者: イチジク浣腸


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2/5

異国の街

ベルレーヴェは白かった。

遠くから見た時はただ灰色の空と煤煙に包まれていたが、近づくにつれ、それが雪であり、霧であり、そしてこの国の歴史であることを、鷹宮朔真は知った。


冷えきった石畳を馬車が静かに駆け抜け、軋む音だけが通りに響く。

帝都から数千キロの彼方、ヴェルマクス帝国の首都――その名をベルレーヴェ。

広大な中央広場と古いゴシック建築群に囲まれたこの街は、大神日天煌国とは何もかもが違っていた。


朔真の任務は明確だった。

政治、法律、工業、芸術、それらを視察し、帝国政府に報告する。

ただの官吏に過ぎぬ彼が、こうして一人、異国の地に立っている。


「与えられた責務を果たす。感情を差し挟む余地などない」


そう己に言い聞かせ、朔真は連日の報告書作成と視察に従事していた。

だが、ある夜。

視察の帰途、彼はふと立ち止まった。


看板に刻まれた古い文字――

“Theater des Nordlichts(北光座)”

忘れ去られたような小さな劇場。

しかしその木扉の隙間からは、柔らかな灯とかすかな音楽が漏れていた。


無意識のうちに彼の足はそこへ向いていた。

場内は薄暗く、客席の半分も埋まってはいなかったが、どこかしら荘厳な気配があった。


やがて、幕が上がる。

音楽が流れ、雪のように白い衣装の少女が舞台の中央に現れる。


――リゼロッテ。


その名を彼が知るのは、もう少し先のことだった。


彼女は、他のどの踊り子とも異なっていた。

その舞は、技巧に溺れず、感情に染まりきらず、ただひとつの純粋な魂として観る者に届いた。


冷たい街に、凍りついた心に、彼女の動きは確かに熱を運んできた。


彼女の瞳には、遠くを見つめるような哀しさがあった。

まるで自由を夢見ながらも、どこへも行けぬ鳥のようだった。


朔真は、ただ息を呑み、舞い終えた彼女を見つめ続けていた。

拍手の中、席を立つ者の中で、彼だけが、微動だにせずに。


その夜、彼の胸の中に、名もなき焦がれが芽生えていた。


まだ何も始まっていないのに。

すでに、何かが変わり始めていた。


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