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王子暗殺計画

 テーベ郊外に大邸宅を構えるアメンヘテプの叔父アアヘベルは、ふかふかの豪華な長椅子にうつ伏せ微睡んでいた。

 彼の傍にはお気に入りの召使いゼノビアという名のシリア娘が背中や手や足を香りの良いオイルで入念にマッサージしている。

 ゼノビアは去年の暮れ、出入りの宝石商から紹介された長い金髪の娘で、まだ十六歳と若く、しかもシリア美人で気立ても良かったのでいっぺんで気に入り召使いにした。マッサージを仕込んでみると華奢なわりに指先や腕に力がある。続けさせると日毎に上達する。しかも、アアヘベルの反応を見ながら彼のツボを、指や手や腕に憶えさせているのだ。そんなかいがいしさが彼の心に火をつけ夢中にさせた。

〈そろそろ妾にでもするか〉あれこれ好色なことに思いをはせながら欲情が理性を支配しかかったとき、

「ご主人様、宝石商です」

 部屋の入り口から従僕の声がした。

「今日は忙しいと申せ」

 アアヘベルは苛立った。

 すぐに姿を消した従僕だったが、

「耳寄りな話があると申していますが」

 すぐに戻ってきて申し訳なさそうに繰り返す。

「わかった通せ」

 アアヘベルは投げやりに言い放つ。

 ゼノビアにそのまま背中を揉ませていると、すぐに入り口付近に人の気配がした。

「お楽しみのところお邪魔して申し訳ありません」

 宝石商のヘヌトだった。

「おまえはいつもわしの楽しみを邪魔する」

 アアヘベルは肥満した体を不自由そうに動かして起き上がり、長椅子の中央に腰掛け、顎の黒いちょび髭を指先で整えた。

「とても耳寄りな話があります」

 ヘヌトが耳元で呟く。

「もうよい。下がれ」

 アアヘベルはゼノビアのプリッとした、小さいが弾力のある丸い尻を、平手で軽く叩き部屋から追い出した。

「いい娘でしょう」

 ヘヌトはニヤニヤしながら、部屋から出て行くシリア娘の、腰からふくらはぎのあたりをじろじろ眺めた。

「さてはおまえ先に手をつけたな」

「め、滅相もありません」

「どうだか」

「あの娘は正真正銘の生娘でございます」

 ヘヌトは慌てて否定する。

「マッサージをさせてみるとすぐにコツを覚えてのう。それに気遣いが細やかだ」

「べた惚れですな」

「いい娘じゃ」

 アアヘベルは下品な笑みを口角に浮かべる。

「ところで」

 ヘヌトは急に声を絞り周囲に人がいないのを確認した。

「なんじゃ」

 短気なアアヘベルは顔をしかめた。

「実は……」

 ヘヌトはアアヘベルの耳元で囁くように話し始めた。

「なに王子がラモーゼと数人の部下を連れ、プント国に向かっただと」

 アアヘベルは思わず声を上げた。

「で、殿下」

 慌ててヘヌトは唇の前に指を一本立てた。

「わしは何もか聞いてないぞ。確かな情報であろうな?」

「もちろんです」

「目的は何だ? なぜあんな遠い国へ行く」

「神のお導きだとか」

「夢想家の王子の言いだしそうなことだ」

「絶好のチャンスかと思いますが」

「王子がいなくなっても義兄アメンヘテプ三世が健在じゃ」

 アアヘベルはため息をついた。

「恐れながら正当な王位継承者は殿下でございます」

「たしかにそうだが、それもヘブライ閥に阻まれた」

「アメンヘテプ三世王は持病の糖尿病が悪化しています。そろそろ王位を退く時が近づいているのです」

「アメン大司祭メリプタハの動きは?」

「大司祭は殿下を支持しています。もちろん他の神官達も」

「……」

 アアヘベルは腕を組み押し黙った。

「エジプトは正統なファラオを待ち望んでいます」

「時は満ちたか」

「守りが手薄な今こそ絶好のチャンスかと」

「まかせたぞ」

「王子は海の藻屑となりましょう」

「抜かるな」

「殿下の時代は目の前でございます」

 そう言い残すとヘヌトは、商人らしからぬきびきびした動作でアアヘベルの前から姿を消した。


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