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アメン神官団の悪魔儀式

 テーベのカルナク神殿のアテン神殿は人々の前に開放されていた。アテンの神官の中にはアメンの神官だった者も多くいた。彼らは表向きアテンに帰依を誓っていたが、そのほとんどがアメン神を隠れて信仰していた隠れアメンであった。

 テーベのアメン神殿の全ては封鎖され朽ちるがまま風雨にさらされ、神殿や祈念碑が今にも崩壊寸前の状態だった。

 テーベにおけるアクナテン王が建造したアテン神殿は、アメン大神殿の東の周壁の外側にあった。この神殿はアメンヘテプ三世の治世末期に建造が始められ、アクナテン王が完成させた神殿である。テーベの熱心なアテン信者やアテンの神官たちがこの神殿に集まり、朝早くから東に昇る太陽にむかって祈りを捧げるのだ。


「今日もカエルの腹で食事があります」

 隠れアメンのミンモセがハプウ神官とニブラ神官に囁くように声をかけた。

「畏まりました」

 二人の神官は両目を光らせて頭をさげた。

「ではわたしは先にまいります」

 ミンモセの後にハプウ神官がついて行く。

「では後ほど」

 ニブラ神官は微かに笑みを浮かべ二人を見送った。

 それから振り返って歩き出そうとしたとき、

「ニブラ殿」

 椰子の木の陰から男の声がした。

「だれだ」

 ニブラは警戒心をあらわに腰に隠し持った短剣の柄を握った。

「警戒されるなわたしだ」

 姿を現したのはアテンの第二の預言者と言われるパネヘシ司祭だった。

「パネヘシ殿」

 ニブラはすぐに恭しく頭を下げた。

「今日はスメンクカーラー殿下が、近々このテーベに赴任されるかもしれないというので、陛下の命で来たのです」

 パネヘシ神官は曇り一つない目でニブラに微笑む。

「そうでございましたか」

 ニブラは心を見透かされそうな気がして思わず目をそらす。

「それにしてもミンモセ殿と何を相談されていたのですか?」

 突然、パネヘシの目が鋭くなった。

「相談だなんて、ただの雑談ですよ」

 そういってその場を立ち去ろうとする。

「呪術でも行っているのでは」

 パネヘシは去りかけたニブラの背中に鋭い言葉を投げかけた。

「……」

 ニブラは黙ったまま立ち尽くしている。

「どうなのかね」

 パネヘシは追求を緩めなかった。

「よくおわかりで。ばれてしまったのならしかたありませんね。どうぞこちらへ」

 ニブラは振り返り、にたりとして着いてこいと促す。

「どこへ行かれる」

「アテン神殿です」

「なに」

「着いてこられればわかりますよ」

 ニブラはアテン神殿に向かって歩き出す。その後をパネヘシが黙ってついて行く。


(これは面白いことになったぞ)

 二人の様子を椰子の茂みから覗き見していた、ヒッタイトの二重スパイ、ハルシラが用心深く追いかけた。


 しばらくするとテーベのアテン神殿が見えてきた。

 ニブラとパネヘシは神殿の中に入っていく。

「こちらです」

 ニブラが小さな隠しドを開けると二人とも入っていって出てこない。

( こんなところに隠しドアがあったなんて)

 ハルシラも石のドアを引き開け用心深く中に入っていく。

 ドアの奥には隠しドアがあってそのドアをくぐると、細くて長い長い階段が延びていて巨大な地下ホールに繋がっていた。

 テーベアテン神殿の地下にこんな巨大な地下室があろうとは。

 ハルシラは自分の身を隠す場所がなく、石の階段の陰から中の様子を窺うことにした。

 ホールは地上のアテン神殿がすっぽり収まるぐらい巨大で、地下ホールに張り巡らされた大理石の床には悪魔儀式のための幾何学模様の不気味な絵柄がデザインされていた。

 ハルシラが着いたときにはハプセンネブとパネヘシが激しい言い合いをしているところだった。

「よく呪術のことを見破られましたな」

 姿を現したのはアメン暗黒司祭のハプセンネブだった。

「ハプセンネブ、国を裏切ったか!」

「裏切りなどしてない。国神アメンを裏切ったのはアクナテンだ!」

「次々と起こる不幸な出来事はすべてお前たちの呪術のせいなのだな」

「アメン神のお怒りに触れたのだ」

「詭弁をろうしても無駄だ」

「残念です。どうやら異端の宗教、アテン教に凝り固まって、ろくに話も出来ないようですな」

「このことは陛下に申し上げねばならん」

 パネヘシが振り返って帰ろうとしたときだった。

「おかえしするわけにはいきません」

 数名のアメンの神官らが彼を取り囲んだ。

「どういうつもりだ」

 パネヘシが両目を怒りで震わせていると、

「生け贄になって貰います」

 ニブラが不敵な笑みを浮かべてパネヘシ司祭の右手を捻り上げた。

「放せ! 」

 激しく抗うパネヘシをアメンの神官らが棍棒で幾度となく殴りつけ、石の床に跪かせた。

 アメンの神官らはハプセンネブの命じたとおり、魔法陣の中心にぐったりしたパネヘシを寝かせ、両手両足に鉄の楔を打ち付けて磔にした。

 準備が整うとアメンの神官らは苦しむパネヘシを円形に取り囲むように立ち、不気味な悪魔の呪文を唱えはじめた。


(仲間割れか、それにしても酷いやり方だ……すぐに祖国に連絡せねば。エジプトは内戦状態とな)

 ハルシラは急いでその場を後にした。

 ハルシラが地下ホールから出るとき、小石がカツンカツンと乾いた音を立てながら落ちた。

「何者だ!」

 ハプウ神官が音のする方に杖を投げた。

(しまった)

 ハルシラは死の者狂いで逃走した。

「あの者、逃がしていいのですか?」

 ミンモセが後を追えと指示を出そうとする。

「ほっとけ、あいつはまだ使える。泳がせておくのだ」

 ハプセンネブはハルシラが密かに潜入していることを、彼が二重スパイであることをとうの昔に知っていたのだ。

 翌朝、アケトアテンのアクナテンの寝室に、心臓をえぐられたパネヘシの酷たらしい遺骸が投げ捨てられていた。

 

 ハルシラの報告でエジプトが内戦状態にあることを知ったヒッタイトのシュピルリウマ一世は、表向きエジプトとの和平を望む書簡を送りつつ、シリアの王アジルなどエジプトの衛星国に謀反を促す書状を送りこれまでにない圧力を強めていった。そしてシリア王アジルはとうとう密かに寝返り、ヒッタイトを宗主国として認めたのだ。



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