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忍び寄る死

 アケトアテンの王家の墓は、大アテン神殿の東端からおよそ三キロほど東に進んだ境界碑の近くにある。ここはテーベのナイル川西岸にある王家の墓ほど大規模ではないが、アクナテンをはじめとする王族の墓として造られていた。

 

 アクナテンとネフェルティティは墓所の入り口に立っていた。

 疫病で死んだ第二王女マケトアテンに永遠の別れをするため。

 大司祭メリラー、パネシーといったアテンの神官たちや、乳母をはじめとする召使いたちが祈りを唱えながら悲しみの声をあげた。

 泣き女たちは悪魔を追い払うため、声のかぎり泣き叫んだ。

 アクナテンはネフェルティティと一緒に墓所に入っていった。

長い通路は太陽の光が玄室まで届くように、東から地下の玄室まで真っ直ぐのびていた。

 墓所の奥に着くと花崗岩の棺に、布に巻かれたマケトアテンの小さな遺体が置かれていた。

「まだ十一歳だったというのに、なんて惨いことを。娘はアメンの神官たちに殺されたのだ」

 アクナテンは感情を露に憤り、涙を流し拳を固く握り締めた。

「今はこの娘のために祈りましょう」

 ネフェルティティは感情を抑え、夫であるアクナテンの背中にやさしく右手をあてた。

 アクナテンは堪えきれず、棺にしがみつきむせび泣いた。

「アテンは愛と平和の神なのだ。だからこそこの世界に争いや憎しみ無き世を造らんとしたのに。何故なのだ! 何故、彼らは分からない! 何故、彼等は我欲を手放さない! 何故、テーベのアメン神官団はこれほどまでに強欲なのだ。何故、それほどまで権力に執着するのだ!」

 アクナテンは目を真っ赤に腫らし、娘の遺体にすがりついた。

「憎しみに愛を、争いに一致を、闇に光を」

 ネフェルティティは悲しみに堪えながら、小さく呟く。

「そうだった。裁くのではなく愛と統合、闇に光だったな」

 アクナテンは荒ぶる感情を堪え、涙を拭いゆっくりと立ち上がった。

「アテンの光にマケトアテンを見送りましょう」

 ネフェルティティはそういってアクナテンの手を握った。

 アクナテンは落ち着きを取戻し、王妃の手を強く握り返して静かに頷く。

「アテンよ、娘を光に導き給え」

 アクナテンがそう言うとネフェルティティをはじめ神官たちが胸に手をあてて祈った。

 

 マケトアテンの葬儀から数日後のことだった。

「お姉様! お姉様! だれか!」

 王妃の妹、ムウトベネレトの叫び声が王宮に響き渡った。

「ベネ、どうした!」

 真っ先にアクナテンが王妃のところに駆けつけた。

「お姉様が、血を吐いて倒れたのです」

 ムウトベネレトは血だまりにうつ伏せになっている姉の背中にしがみついていた。

「ネフェルティティ!」

 アクナテンは慌てて膝を付き、妻を抱きかかえた。

 苦しそうな息づかい、ネフェルティティの顔は死人のように真っ青だった。

「王妃様!」

 騒ぎを聞きつけ、毒味吟味役のカフタや侍医のメリトプタハ医師が王妃の部屋に入ってきた。

メリトプタハ女医は王妃の首すじに手をかざし脈を確かめる。

「脈が弱い。呼吸にも少し乱れが」

「毒ではありません」

 カフタがファラオを振り返る。

「ネフェルティティ」

 アクナテンは妻の顔を見つめ優しく声をかけた。

「あなた……」

 ネフェルティティが微かに目を開けた。

「ネフェル……」

 アクナテンは王妃が意識を取り戻すと、涙目になり、二の腕でぎゅっと抱き締めた。

「心配かけてごめんなさい。急に目眩がして」

「疲れがたまっているのだ。君に負担ばかりかけてすまなかった」

「わたし、まだやり残した仕事が……」

 ネフェルティティは自分の足で立とうとする。

「あとはマイアに任せれば良い」

 アクナテンはそう言って王妃を抱きかかえ寝室のベッドに寝かせた。

「陛下」

 王妃の寝室からアクナテンが出てくると侍医のメリトプタハ医師が呼び止めた。

「まさか王妃は……」

 アクナテンは悪い予感がした。

「血を吐く疫病を患わっていらっしゃいます」

 メリトプタハはそう言って口をかたく結んだ。

「姉を助けて下さい!」

 ムウトベネレトがその場に泣き崩れる。

「すぐにアフミームに療養に出そう」

 アクナテンは玉座によろめくように腰掛け、俯いて目を閉じ右手で額を抱えた。

「もうそこまで体力が持たないでしょう」

 侍医のメリトプタハはそう言いながら唇を震わせた。

「そんなに酷いのか?」

 アクナテンの目が絶望に沈む。

「長いこと感染を隠していらっしゃったのだと思います」

「なんと言うことだ。わたしは王妃を一人にして布教の旅をしていたのだ。あぁ、あの時もそうだった、プントに旅した時も」

 アクナテンは若い頃燃える山を探しにプントへ行ったとき、多くの部下を死なせてしまったことを思い出した。

「陛下、紅海で亡くなった者達は、皆、光になってアテン神の元へ旅立っていきました。どうか、もう自分を責めないで下さい」

 アティがヒラールと一緒にやって来た。

「姉は自分の使命を全うしようとしているのです」

ムウトベネレトは玉座の前に跪き、顔をあげファラオを見つめる。

「わたしには命を賭けてやらねばならぬ使命がある。アテン神の光で世界を愛と平和に導かねばならぬのだ」

 窓から太陽が輝くのが見えた。 

 アクナテンは立ち上がり瞬きもせず太陽を見つめた。

 

ネフェルティティ王妃はその日のうちに北の王妃の宮殿にうつされ、療養することになった。

 それから数日後、同じ疫病で第二王妃のキアが死んだ。

 アケトアテンを首都に定めてから、テーベ、アメン神官団の静かな攻撃は日増しに激しさを増していった。それはテーベのアメン神殿を閉鎖してからも変わることはなく、むしろアメン神官らの手口はこれまで以上に陰湿で巧妙になっていった。



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