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改宗する神官たち

 そのころ、アクナテン王の一行はアマルナに最も近いヘルモポリスのアテン神殿に入り、神官らの大歓迎を受けていた。

 神殿内部には広大な中庭があり、アケトアテンのアテン大神殿と同じように、昇る太陽を拝めるよう東に向かって大きく開かれた祭壇があった。

 神殿の金の玉座に腰を下ろしたアクナテンは、上下エジプトを統一したファラオが被る赤と白の二重の王冠をかぶっている。

 王のまわりにはネフェルティティの妹ムウトベネレト、白い髭をたくわえたラモーゼ、褐色の素肌に白く透き通ったシースーを身に纏ったアティ、全ての神官達が集まっていた。そして、カフタとヒラールは影のようにアクナテンにつき、怪しい者はいないか鋭く目を光らせていた。

「アテンの光りが陛下を守護されますように」

 ヘルモポリスの大司祭ネフメスは跪き頭を下げ、アクナテンを讃えた。

「ネフメス面をあげよ」

 アクナテンは落ち着いた口調で言う。

「は、はい」

 ネフメスが顔を上げるとアクナテンがにっこり微笑んでいる。

「久しぶりだ。あの時は世話になった。そなたに会えて嬉しいぞ」

 アクナテンは、若かりし頃、船の遭難で偶然この地に辿り着いた時のことを懐かしそうに思い出し笑みをうかべた。

「陛下もお変わりなく、とても嬉しゅうございます」

 ネフメスの目の前に、あの時の青白き王子が、まるで別人のような威厳をたたえて玉座に座っている。

 権力や財や地位がそうさせたのか、いな、アクナテンは、神が与えた数々の試練を乗り越えることで心が鋼のように鍛えられ、人々が驚嘆するほどの強い意志の力を身につけたのである。だからこそ、アクナテンは宗教革命を起こすことができ、新しい神アテンのために遷都するという大事業を成し遂げることが出来たのだ。

「そなたはヘルモポリス、トト神の大司祭だった。だが、こうしてアテン神に帰依しようとしている。後悔はないのか? わたしは無理強いはしない。人の心も魂も自分のものだ。だからすべからく心もみな自由なのだ」

 アクナテンは澄んだ瞳で老司祭を見つめながら静かな口調で言った。

「私は陛下の哲学、愛で一つの思想に感服しました」

 ネフメスの答えは決まっていた。

「余の哲学ではなく、アテン神が愛で一つの法則を余に授けたのだ」

「誠に偉大なる神アテン」

「余は愛で一つの世界を創ろうと決意した。対立ではなく対話。分断ではなく統合。対立する相手さえも愛の力で抱きしめとりこむ。さすれば必ずや愛で一つの世界が訪れる」

 アクナテンはそう言い切ってネフメスの返事を待った。

「なんと素晴らしい愛の哲学でしょうか」

 ネフメスをはじめ、居並ぶ神官達は感嘆の声を漏らした。

「そなたという真の愛を知る者を得て余はとても心強い」

「滅相も御座いません」

「ネフメス、そなたをヘルモポリス・アテン神殿の大司祭に命ずる」

 アクナテンは威厳を示した。

 この瞬間、ネフメスはアテン神の信徒として王に正式に認められたのだ。

 大司祭のネフメスが改宗したことで、ヘルモポリスの大勢の神官らが挙ってアテン神を崇める信者となった。

 アクナテンの発する彼独特の雰囲気は、そこに彼がいるだけで人々の心を揺さぶり感動させた。どんなに頑なに改宗を拒んでいた者たちでさえも、アクナテンが姿を現すと、彼のやわらかな声や身のこなし、決して流ちょうではないが、自分の言葉で懸命に話そうとする話し方や相手に対する真摯な態度に、誠実さや意志の強さや愛の深さを感じ取り心から改宗を望んだ。


 船首に大きなウアジェトの描かれた巨大な帆船が港を離れた。

 アクナテンの一行は、ヘルモポリスでの布教が完了するとナイルを下り、エジプトの行政の中心地、メンフィスへと向かったのだ。

 アクナテンはデッキで夕焼け空を眺めていた。

「次はメンフィスですね」

 アティはプントのパフラ祭司から譲り受けた魔除けの棒を持っていた。

「みなに会えるのが楽しみだ」

 アクナテンは気さくにこたえる。

「良い兆しが見えまする」

 細かな襞のある透き通るほど白いカラシリスを着たムウトベネレトだった。

「ベネ様」

 アティが微かに頬を赤く染める。

「ベネは未来を見通せるそうだね」

 アクナテンがにこやかな笑みを見せる。

「はい、ですが、未来は絶え間なく揺れ動いています」

「そのようだ」

「わたしに見えるのは無数の未来の一つで御座います」

「未来はそんなに多く用意されているのか?」

「はい。選択の数ほどございます」

「人間の意志ほど弱いものはない」

「ですが、人間の信仰心ほど強いものは在りません」

「神を信じる心が真ならば、人は無限の強さを得るであろう」

「そう思います」

「ならば揺れ動く人間の未来を決め、良き未来に導くには、無数の神を信仰することではなく、唯一の神を信仰する心ではないだろうか」

 アクナテンの涼やかな目に金色の太陽が光り輝いていた。



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