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アアヘベルの野望

 シリア女の召使い、ゼノビアのマッサージで恍惚となったアアヘベルは、ベッドに俯けに寝てだらしなく腕を投げ出していた。

「宝石商のヘヌトがお目通りを願い出ておりますが」

 執事がそう言いながら部屋に入ってきた。

「あいつはタイミングが悪い奴だ」

 アアヘベルは小さく愚痴をこぼす。

「直ぐに通せ」

 執事にそう言って、アアヘベルはゼノビアの尻を軽く叩く。

「アアヘベル様」

 ヘヌトが入ってくると入れ違い様にゼノビアが片目を瞑りドアから外に出ていった。

(なるほどお邪魔だったか)

 ヘヌトはいつものことだとすぐに理解した。

「ゼノビアはいい女でしょう」

「真面目で純粋でじつにいい女だ」

 アアヘベルはそういいながらベッドの端に腰掛けた。

 ミシっと音がする。

 最近、体重が百キロを越えた。

 すっかり肥満体型の典型だ。

「ところでファラオがまた長旅に出かけられたという噂をテーベの貴族からききました」

 ヘヌトもアアヘベルにすすめられ、レバノン杉で出来た椅子に腰掛ける。

「砂漠のど真ん中に遷都したかと思えば、奇妙な芸術を造り始めるわ、神々を否定してしまうわエジプトの秩序は崩壊した。あいつはいっそ砂漠で野垂れ死にしてしまえばいい」

 アアヘベルはアクナテンのことになると妙なプライドが出てつい感情的になってしまう。

「部隊に後を追わせましたか?」

「ヘヌト、立場をわきまえよ」

「これは失礼いたしました」

 ヘヌトは青ざめ跪き手を上げ頭を下げた。

「もう、よい」

 アアヘベルは帯を締め直した。

「はっきりしていることは、もうこれ以上あいつに国を任せられない」

「何をなさるおつもりで」

「政変を起こす」

「なんと大胆な」

「決めたのだ」

「作戦を教えて下さい」

「今は何も言えない」

 アアヘベルは腰に白い布一枚巻き付けて窓から外を眺めた。

「そ、そうですか。我らは殿の指示あらばいつでも手となり足となって動きます」

「そなたは口だけだからのう」

「め、滅相も無い」

 ヘヌトは顔からスッと血が引くのを感じた。

「おまえは二度失敗し、一度裏切った。一度目はプントで二度目はアケトアテンでしくじった。しかもパロイを始末しろという余の命令を無視したな。アクナテンを本気で殺すつもりはなかったのだろう?」

「決してそのようなことは……」

「ならばどうしてプントの時にすぐ始末しなかった? アケトアテンでファラオの船を難破させたときなぜ止めを刺さなかった?」

 アアヘベルは今まで見せたことのない鋭い目つきで睨んだ。

「……」

 ヘヌトは血の気を失いカエルのようにひれ伏した。

「言い訳はしないのか?」

「どのような処分でも」

 ヘヌトは床に鼻を押し当てたままじっとしている。

「よかろう。わしはアクナテンのように狭量ではない。これでも心が広いのだ。面を上げよ」

「は、はい」

 顔をあげると、アアヘベルがにっこり微笑んでいる。

「ところで今日は何用じゃ」

「クレタの高級ワインで御座います」

 ヘヌトは慌てて箱からそのワインを取りだした。

「あたしがお注ぎします」

 いつのまに部屋に戻ったのか、ゼノビアがヘヌトからワインをとり、アアヘベルのグラスに注ぐ。

「おお、これは美味そうだ」

 彼はゴクリゴクリと飲み干し、喉を鳴らした。

「そろそろ帰ります」

 ヘヌトがそう言って部屋を出かかると、

「貴国とは先代のファラオいらい国交がある。われらは今もそれを遵守しているのだ。内政干渉するなとシュッピルリウマ一世に伝えよ」

 アアヘベルはそう言ってヘヌトを見据えた。

「か、畏まりました!」

 ヘヌトは正体が見破られていたのかと思うと恐怖で身を震わせ、逃げるように屋敷から出て行った。

「小心者め、わしを見くびるなよ」

 アアヘベルは舌打ちしてソファに寝転がった。

「お暇を頂きとう御座います」

 こんどはゼノビアが床に両手をついて頭を下げている。

「理由は?」

 アアヘベルの眼光が鋭く輝く。

「わたしもヘヌトと同じくヒッタイトの間者で御座います」

「そのようなこととうに存じておる」

「ではわざと泳がせていたのですね」

「いや、そなたのマッサージが極上でな、手元に置きたかったのじゃ」

「ご冗談を」

「どうだ、そなた余のボディーガードにならんか」

 アアヘベルはベッドにうつ伏せ無防備に背中をゼノビアに晒している。

「皇帝からあなた様のお命いただくよう命じられております」

「嘘であろう。それにわしの命を奪ってシュッピルリウマに何の利がある?」

「……」

「妹のことなら心配するな」

「それをどうして」

「ここはエジプトじゃ。余の目は節穴では無い。この国のことは全て見ているぞ」

「ただいま戻りました」

 執事のトオの声が響いた。

 トオはアアヘベルのところまでやって来て、一人の少女を差し出した。

「ルキパ!」

「お姉ちゃん」

 ゼノビアは駆け寄って妹を抱き締める。

「クルダはどうした」

「仰せの通り国外に追放しました」

「トウ、ご苦労であった」

 アアヘベルは起き上がり、ベッドの前に立った。

「アアヘベル様、ありがとうございます」

 ゼノビアとルキパはアアヘベルの足下にひれ伏した。

「これでそなた達は自由じゃ。何処へでも好きなところに行くがよい」

 アアヘベルはいつもの笑顔にもどり姉妹を優しく見つめた。

「もう故国には帰れません。どうかこのままお側において下さい」

「だろうな」

 アアヘベルはわざとらしく心配してみせる。

「はい」

「よかろう。だが、そなた達に頼みたいことがある」

「何なりと」

「アケトアテンに行って王と王妃の様子を逐一報告して欲しい」

「わかりました」

 ゼノビア姉妹はこうしてアアヘベルの手下となり、テーベの港からアケトアテンへ向かう船に乗った。



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