改革の狼煙
アメンヘテプ四世治世一年、
アメンヘテプ王はアメン神との決別を記念して、父王アメンヘテプ三世王がカルナク神殿の南で工事をしていたアテンの塔門を完成させた。だが、テーベのアメン神官団は王の威光などないかのように横暴と専横と腐敗を繰り返していた。
「神は言った。わたしは一つであると」
アメンヘテプは拳を握り締めた。
「偶像を崇拝してはならぬとも」
王は金の縞柄のネメスを頭に被り、腰から下は膝頭ぎりぎりの亜麻の腰布を巻き付けている。
「わたしもそう思います。神は目に見えない太陽光線で現されるべきです」
ネフェルティティは両肩を覆うほど幅広の首飾りに、ひだが体にぴったり付く薄い亜麻で出来た衣装を身につけていた。
「世界の神は天空に輝く太陽でありその光で表現されるべきだ」
アメンヘテプはネフェルティティの手をとりバルコニーに出ると、天頂に輝く太陽を仰ぎ見た。
「それが神の意志ではないでしょうか」
太陽の光りを浴びたネフェルティティの黒い瞳は、神への強い決意とアメンヘテプ王への深い愛が輝く。
「その通りだ。だが人々はわたしの言葉を誤解してアテンだけが神であると誤解している。わたしが言うアテンとはアテンという名の神ではなく天体の太陽のことだ。わたしがアテンを崇めると言うときほかならぬ太陽すなわち太陽光線をさす。太陽であればこそアテンはエジプト人にも世界中の人々にも自由に崇める対象となりえるからだ」
「人間は見えるものを信じ、見えないもの理解できません。民がエジプトの神々を信仰するのは、お姿が、偶像があるからこそ。それゆえ神を依り代にできるのです。姿形のない神様を信じろと言われてもどう信じてよいものか人々は戸惑うばかりでしょう」
「確かに君の言うとおりだ。民の意識の変革には時間が掛かるかもしれない。だが、人々の意識が変わらなければ、人間はいつまでも偽りの信仰に翻弄され、アメンの神官らに搾取され続けるのだ」
王と王妃は手をつなぎ王宮の庭園に歩いて出た。
庭園には巨大な椰子の木やガジュマルの木々、イエローベルやランタナが植えられていた。二人はゆっくりとハイビスカスの並ぶ細い道を歩く。やがて睡蓮が浮かぶ美しい池の辺で立ち止まり、屋根をピンクのバライロモクセンナの花で飾ったあずまやへ入った。
「神と民のあいだから神官と偶像を取り除くにはどうすれば良いのだろう」
アメンヘテプは腕を組みながら息を吸い大きく吐いた。
「神官の力を弱めるのです」
「どうやって」
「あなたの計画通り、遷都して宗教革命をより早く推し進めるのです」
「神がアマルナに遷都するよう仰った。だがそれだけではだめだ」
「宗教革命が成功すれば、アメンの神官団から既得権益も剥奪できます」
「たしかに、遷都することでアテンを人々に馴染みのあるものとし定着させることができる。そうなれば宗教革命をより早く推し進めることが可能かもしれない。だが、アメン神官団の財力を削ぐにはどうすれば良いか。我が王朝は歴代のファラオがアメン神を崇め、カナンの地を含む西南アジアに遠征し多くの国を征服した。エジプトは諸侯から貢物の献上を受け帝国は莫大な富を得てきたのだ。ファラオはその度にテーベのアメン神に巨額の財を寄進してきたのだが、それをいいことにアメン神官団は巨万の富を築いた。この悪循環を絶たねばならない」
「アテンは太陽、すなわち平和の神でございますね」
「さようだ」
「殿も以前から仰っていたように、徹底した平和外交に切り替えては如何ですか。そうすれば、富を王権に集中させることが出来るのではないでしょうか」
「なるほど平和外交に切り替えれば、アメン神への寄進は無くなりアメン神官団は弱体化する」
「アメン神官団の壊滅は間違いありません」
「平和の世が訪れれば軍備にかかる莫大な予算も削減できる。商業を活発にして経済を活性化する。諸外国との交易を盛んにし、商業活動と同時にアテンのラビを世界中に派遣してアテンの教えを広めるのだ」
「アテンは世界宗教としてこの地球を平和な光で満たすことでしょう」
「わたしの愛するネフェルティティ、君はなんて素敵なんだ!」
アメンヘテプはネフェルティティを強く抱きしめた。
それから二人は空を見上げ、太陽の輝ける神の光、アテンの光を浴びた。
このとき崇める対象は、天に輝く太陽とその光になった。すなわち、この瞬間、アテンは国家神となったのだ。
こうしてアメンヘテプは平和の神アテンのもと、徹底した平和主義を唱え、戦争を、人間を生け贄にすることや死刑を禁じた。さらに遊戯としての狩猟をも禁じたのだ。王宮ではそれまで動物の狩りや漁の模様を伝える壁画が多く描かれていたが、アメンヘテプ王の治世下では、羽ばたく鳥の姿や、群れをなす動物の絵や勢いよく泳ぐ魚の姿など牧歌的な絵が描かれるようになった。
さらにアメンヘテプ王はアテンの信仰を世界宗教に高めるため、エジプト国内の主な大都市にアテンの神殿を造った。カルナクにはアメン神殿の東側にセド祭のためのアテン神殿を造り、ヘリオポリス、ヘルモポリス、メンフィス、コプトスやヌビアにもアテンの神殿を次々と建設したのだ。
世界に新しい光が輝こうとしていた。その輝きはこの世界を地球を宇宙の暗黒でさえもその愛の光で満たそうとしていた。




