誕生
翌年ティイは男子を出産した。すがるような思いで神を頼ったティイの願いを神は叶えてやったのだ。王位を継ぐ男の子にやっと恵まれた国王と王妃は王子をトトメスと名付け、とても大切に育てた。それから五年後ティイは再び男の子を産んだ。二人目の王子はアメンヘテプと名付けられた。
狩りやスポーツを好み快活で明るく社交的な長男トトメスと対照的に、弟アメンヘテプは、病弱で細身、面長の顔はいつも青白かった。読書を好み、自然の中で思索に耽るか、気分悪そうに寝ていることが多かったので、周囲はアメンヘテプがそう長く生きないだろうと噂した。
アメンヘテプはいつも兄について遊びに行き、父親より兄の後ろ姿を見て過ごすことが多かった。兄はそんな年の離れた弟をよく可愛がり面倒を見た。それほど兄弟は仲がよかった。
アメンヘテプは幼い頃から霊感が強く、人の心を読み、天使や霊の姿を見ることが出来る不思議な能力を持っていた。それゆえ心に疚しさを持つ家臣や神官らは、幼い王子に見つめられると、心の中を全て見透かされた気分になり落ち着きを失うのだった。
王子はさらに、目に見えない高次元の存在と言葉を交わしメッセージを受け取ることが出来た。ところがアメンの神官たちは王子の不思議な能力を目の当たりにすると喜ぶどころか、激しい嫉妬と強い脅威を感じた。何故なら霊媒として神々と繋がりメッセージを受け取る能力は、一部の神官や神に仕える巫女に備わる特殊な能力であり、アメン神官団の権威と力の源になっていたからだ。
ところが王子が物心つく頃になるとその能力は次第に薄れていき、性に目覚める年頃になるとほとんど失われたかにみえた。王子の能力に密かに脅威を抱いていたアメンの神官達は内心大喜びして「王子の清い魂も人間の肉をまとって生まれたがゆえに穢れてしまったのだ」と陰口を叩いた。
アメンヘテプ王子が十二歳になるころには、見違えるほど健康になり、気管支炎や喘息に苦しむこともなくなった。それどころか外でよく遊ぶ活発な少年になり、伴を連れながら砂漠の遺跡を探検したり、オアシスやナイルの動物たちを観察したりして遊ぶことが多くなった。
旅好きの王子は侍従のラモーゼを伴って長い旅をすることもあった。王子の旅は東西南北の様々なエリアに及び、訪れた地域はフェニキアからレバノン、シリア、そしてミタンニ王国やヌビアのアスワンから更にその奥地の秘境といわれる広大なエリアに及んだ。旅は王子の心と肉体を鍛え見聞を広めた。