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ヒッタイトのスパイ

 テーベで野菜売りをしているハルシラは、今日も朝早くから荷車に山盛りの新鮮な野菜や果物を積んで市場に出かけた。

 品数が豊富で粒も大きく痛みも少ない、おまけに店主も野菜売りには似つかわしくない長身で細面の知的な風貌だったので、ハルシラのお店はいつも大賑わいだった。

「さてと、今日も頑張るか」

 そう呟くとハルシラはロバを急がせた。 

 市場の目抜き通りには、商人の馬車やロバや牛車が、ぎっしりと商品を積んで忙しそうに行き交っている。

 行き交う商品には香料や香油の入った、泥で封印された陶器の壺、小麦の袋、象牙、黒檀、豹の毛皮、貴金属、ダチョウの卵や羽根、束になったレバノン杉の木材など様々で、それら商品は南は上ナイルのエレファンティネの港から、北は下ナイルのナイル・デルタの各港を行き来する船で運ばれてきたものばかりだ。 

 市場に着いたハルシラは自分の店舗に入ると、店の奥の小さな部屋に歩いて行って、部屋のドアを閉め鍵をかけた。それから奥の小さな祭壇の前で跪き胸に手をあて頭を下げた。

「偉大なるアメン神よ」

 そこまで言ってハルシラは沈黙した。すると祭壇のアメン神の像が答えた。

「我はアメンの僕なり」

 ハルシラは立ち上がり像の背後の小窓に話しかける。

「カフィ、計画は成功したか?」

「いえ、計画は失敗しました」

 野菜屋の路地裏からカフィが答えた。

「またしてもか」

「猛毒をもったコブラを葡萄畑に放ったのですが、王子に噛みつくどころか逆に手なずけられてしまいました」

「な、何だと! 馬鹿な!」

「これまでも王子は猛毒を持った蠍、蜘蛛、蜥蜴をことごとく手懐けました」

「悪魔の化身め」

「今度こそ必ずや王子を暗殺します」

「言い訳は聞きたくない!」

 カフィは構わず話し続ける。

「わたしは王子の恐ろしい話しを聞きました」

「なんだその話しとは」

「王子がアフミームの別荘でフェニキア娘相手に、『真の神はアテン一神のみ』と繰り返し説くのを聞いたのです」

「なんと恐ろしいことを。王子はあからさまにエジプトの他の神々を否定したのか」

「あの王子は危険です。異端の信仰をさらに強力に広めようとしています」

「アメン神を脅かす存在はたとえ王家であろうとも排除しなければならない。それがエジプト帝国のためであり、アメン神の意思なのだ」

「分かっております」

「近いうちにファラオが王子に牡牛の儀式をする。王子が王位継承者として相応しい勇気と力を持つ者か試すためだ」

「と言いますと」

「王子は猛牛と勇敢に戦い事故死するのだ」

「聖牛アピスをけしかけますか?」

「それだけでは駄目だ。牛に細工しろ」

「細工……」

「薬草から精製した興奮剤を餌に混ぜて牡牛に食わせておけ」

「薬が効いて牡牛が大暴れ。王子は死ぬというわけですね」

「証拠は残るまい」

「ですが儀式には厳重な見張りがいます。牡牛に近づくのは容易ではありません」

「大丈夫だ。飼育係のチャアを味方に引き入れている。おまえは監視に気づかれないようチャアに薬を渡せ。そして王子の最後を見届けるのだ」

「畏まりました」

「わたしはアメン大司祭、メリプタハ様に異端の信仰のことを報告しなければならない」

「分かりました」

「カフィ頼んだぞ」

「アメン神に栄光あれ」

「アメン神のご加護あれ」

 ハルシラは暗殺者カフィから報告を受けると、アメン大神殿に行くことにした。ハルシラは表向きは野菜売りだが、アメン神官団の既得権益を守るために、アメン大司祭メリプタハから密命をおびたアメン神官の一人なのだ。 

 目抜き通りは相変わらず混雑していて酷く埃っぽい。

 ハルシラは店の前までロバを連れてくると、お客さんに愛想笑いしながら愛嬌をふりまき、王族や貴族のゴシップなど世間話をして話題をさらった。ハルシラは神殿に納品するための野菜類、モロヘイヤ、レタスや、葡萄、スイカ、メロンなど果物類を山盛り詰めた籠をロバに背負わせると、使用人のフイに店番を命じ店舗を後にした。


 カルナク神殿はテーベの東岸にあるエジプトの神々を祀るエジプト宗教の総本山だ。アメン信仰の中心的な宗教施設で、およそ五百メートル四方の神殿領に歴代ファラオが寄進した施設があり、その中心にアメン大神殿がある。 

 初期エジプトの国家神が太陽神ラーであったのが、十八王朝の初代ファラオがテーベ出身でアメン神を特別に庇護し、その後、太陽神ラーと習合してアメン・ラーとなるとアメン神は国家神にまで高められた。それ以来、エジプトが戦に勝利する度に新しい施設や黄金、土地、食料などを王家がアメン神殿に寄進したため、いつのまにかエジプトを二分し、王権にまで干渉するほどの権力と財力を手に入れた。 

 アメン神官団の影響力はアメンヘテプ三世の父、トトメス四世の代でピークに達し、若い頃から神官団の横暴に反発したアメンヘテプ三世は、王位継承出来ないのではないかとさえ噂された。 

 実際アメン神官団はありとあらゆる手段で王位継承に干渉し、自分たちに忠実な皇太子アアヘベルの擁立を試みた。ところがミタンニから輿入れしたアメンヘテプ三世の母親ムートエムウィアーは、エジプト王権内でのミタンニ閥、特にミタンニ系ヘブライ人の後押しで、アメン神官団の干渉を牽制、アアヘベル皇太子を出し抜き、我が子アメンヘテプ三世に王位継承させることに成功したのだ。

 ハルシラはカルナク神殿につくと、商人やゴミの回収業者や召使いが出入りする専用出入り口に行った。

「レタスを持ってきた」

「甘いレタスか?」

「苦いレタスだ」

「苦いほどよく効くからな。通って良いぞ」

 ハルシラは変装していたので、神殿に入るときは交代する門番と合い言葉で確認し合っていた。神殿の中をしばらく進むとアメン大神殿が見えてくる。ハルシラは変装を解き神官らしい服装に着替えると大神殿の礼拝堂に入った。そしてアメン神の巨大な像の前で跪き祈りを捧げた。

「ハルシラ、ご苦労であった」

 礼拝堂の巨大な石の柱の影からメリプタハが出てきた。背が高くがっしりした体格で、皺の多い額の下の目が異様に鋭く光っている。 

「大司祭さま」

 ハルシラは恭しく頭をさげた。

「王子は異端の信仰しているみたいだが」

「ご存じでしたか」

「エジプトの細部にわたしの目となり耳となる者がいるのだ」

「フェニキアの娘には何でも話しているようで」

「今度はフェニキアの子娘か」

「ネフェルティティという娘でございます」

「存じておる。ティイ王妃が認めたほどだ。もし王子と結婚すれば我々にとって大きな障害となるであろう」

「今のうちに葬り去った方が宜しいのでは」

「ハルシラ」

「はい」

「まがりなりにも我らは全知全能の神アメンに仕える身。どんなことがあろうとも人の道から外れるようなことをしてはならん」

「で、ですが、このまま王子がファラオとなれば、必ず我々を弾圧するに違いありません。王子の我らへの敵対心は国王やティイ王妃よりもさらに激しいのです」

「国王も若かりし頃より我らアメン神官団を遠ざけ、我らの力を削ごうとされてきた。我らが王権に口出しするのを嫌われたからだ。だが我らとて好んでしているのではない。巨大になりすぎた帝国を隅々まで統治するには行政と武力だけでは限界が来ておるのだ」

「といいますと」

「法も武力も精神性の堕落した人間には無力と言うことだ」

「エジプトの民の精神性は堕落していると」

「大多数の民が真の信仰を知らない。みな上辺だけの信心だよ。神に祈るのは自分のことばかり。殆どが我欲に満ちていて、自分の願い以外の事で祈る時は、我が子の健康や試験や就職のこと、親兄弟のことばかりだ」

「他人のことも祈っているようで、実は自分のことばかりなのですね」

「他者への愛がないのだ。いや、言いすぎかな。希薄なのだよ」

「つまり利己的な人間が多いと」

「そうだ。どんなに法や権力で締め付けても、あるいは武力でもって秩序を保とうとしても、人々が愛のない利己的な人間ばかりであるならば、秩序は乱れ帝国は内部からあっけなく崩壊する。我らが王家にもの申すのは、そういう理由からなのだ」

「御意にございます」

「真の信仰とは、神に人間の都合の良いことだけおすがりすることではない。人間が精神性を高め神の愛に近づき神の愛をこの世に体現することだ。だからこそ人間は劣化した意識と精神性を今一度見つめ直し、精神の復興を試みなければならない。神にお仕えする我々神官の使命とはまさにそのことなんだよ」

「恐れ入りましてございます」

「アメンヘテプが我らを必要以上に敵視するのは、国王と王妃の我らへの憎悪に御幼少のみぎりより感化されてきたものだ」

「三つ子の魂百までといいます」

「そのとおりだ。だから救いがたいのだ」

 メリプタハは両手を後ろに組んだまま深いため息をついた。

「何か御名案でも?」

「無くはない」

「お教え下さい」

 ハルシラは懇願した。

「アメンヘテプ三世王には異母兄弟がいる」

「アアヘベル様ですか?」

「そうだ。アアヘベル様こそ正統な王位継承者なのだ」

「ですがミタンニ人、いや、ヘブライの閨閥に阻まれました」

「そして今度は奴隷商人の国フェニキアの女だ。しかもフェニキア系ヘブライ人」

「わたしにはもう我慢できません」

「私も我慢ならないと思っている」

「ならば一刻も早く、忌まわしいヘブライの血統を絶たねばなりません」

「勿論だ」

「ではいかがなされると」

「エジプトの純血とエジプトの魂を持たぬヘブライ人に、これ以上祖国の神々と伝統を汚されてはならん。今こそエジプトの魂と純血を継ぐファラオを頂くのだ」

「まさかアアヘベル様を再度擁立されるとでも仰いますか」

「もちろんアアヘベル様こそファラオに最も相応しいお方だ。メンフィスで教育を受けられたあと、書記官の試験を優秀な成績で合格し、政変後も閑職とはいえ王妃の書記官として政務に当たられている」

「ティイ王妃の信任があついと聞いております。我々の味方になりますか?」

「大丈夫だ。アアヘベル様は敬虔なるアメン教徒でいらっしゃる。しかも殿下はファラオになる野心をお持ちだ。我々と利害の一致を見たのだ」

「それを聞いて安心しました」

「アメン信仰と帝国の伝統が蔑ろにされてはならない。我々は王子がいかに王に相応しくないかをティイ王妃に突きつけ、王子に失格の烙印を押さねばならない。その時登場するのがアアヘベル様ということだ」

「アアヘベル様なら誰も文句は言わないと」

「そういうことだ」

 話し終えると大司祭メリプタハはアメン神の巨大な像を見上げた。

「ところで大司祭様」

 ハルシラは神妙な面持ちで大司祭をみつめた。

「なんだね」

 大司祭メリプタハはアメン神を見上げるのをやめ、ハルシラに目をやった。

「王子は悪魔の化身なのかもしれません」

「突然なにを言い出すかと思えば」

「毒蛇を手懐けました」

「暇をもてあまして蛇使いの魔術でも学んだのであろう」

「蠍、毒蜘蛛、そのうえ毒蛇までも手懐けたのです」

「王子は魔術師にでもなったのか」

「毒を持つものその全てが悪魔の化身。王子は悪魔に魅入られたのでございます」

「悪魔は心の弱き者に巣くうという」

「王子はアメン神の愛と正義を脅かす者でございます」

「エジプト帝国はアメン神の御加護があって繁栄した。いわばアメン神が王朝の栄華を築いたのだ」

「そのアメン神を蔑ろにし、王家ファミリーは異端の神を信仰しています」

「由々しきことだ」

「しかも王子は神はアテン一神のみと言っているそうです」

「何だと! アメン神でさえ他の神々を否定したことはないのだ。なんたる傲慢さよ」

「このまま王子の横暴に目をつぶるわけにはいきません」

「あたりまえだ! 王子を絶対に王位につけてはならん」

「近々聖牛の儀式がございます」

「存じておる」

「危険な儀式です」

「……」

 メリプタハは固く口を結びハルシラを見つめた。

「わたくしはこれにて」

「儀式を見届けてまいれ」

「畏まりました」

 一部始終をアメン大司祭メリプタハに報告し終えたハルシラは、元の野暮ったい野菜売りの姿に戻ると急いでカルナク神殿を後にした。

(これは面白くなってきたぞ)

 ハルシラは大司祭の怒りがより激しくなるのを期待していた。

 アメン神官団にとってエジプト帝国はアメン神の帝国であり、この大帝国を動かしているのはファラオではなくアメン神官団なのだという意識が高まるからだ。

「所詮、ファラオなど飾り物にすぎない」

 テーベの世襲アメン神官団の口癖だった。

 実際、アメン神官団の財力と権力は王家を凌ぐほど強大になり、アメン神官団がファラオを退けエジプト帝国の最高権力者として君臨するのは時間の問題となっていた。

 もはやテーベの上級世襲、アメン神官団にとってエジプトのファラオに相応しいのはアメン大司祭であり、テーベは世界の中心となる帝都なのだ。

 

 ハルシラのロバが市場の入り口に差し掛かると、頭に大きな籠を載せた、目が大きく真っ黒な長い髪の若い女が微笑みかけてきた。

「野菜売りのお兄さん。わたしにレタスを分けて下さらないかしら」

 女は豊かな乳房を露わにし、体の線を誇示するようにピッタリでなめらかな、裾がくるぶしまである白く透き通ったチュニックを着ていた。

「レタスは苦いものしかないが」

 好色なハルシラは女の乳房やくびれた体の線に見とれた。

「苦いほど男が勇ましくなるってほんとかしら?」

 女は挑発するような眼差しをハルシラに向けた。

「男だけじゃない女も、いや神々も元気になるって言い伝えがある」

 ハルシラはニヤリとして籠の中から新鮮なレタスを一つ掴んで女に見せた。

「まあ、どんな話かしら」

 女はレタスを持ったハルシラの手に自分の左手を優しく添えて微笑んだ。

「イシスはレタスを食べオシリスと交わりホルスを産んだ。ホルスはエジプトの王になるはずだった。ところが男色だったセトはレタスを食べ精力をつけるとホルスをレイプした」

「まあ、レタスって神々も狂気にする媚薬なのね」

「そうさ、レタスは神々の媚薬なのさ」

「気に入ったわ。わたしにそのレタス下さいな」

「それじゃ、白いミルクがたっぷり出る、一番新鮮なこのレタスをお嬢さんにあげよう」

 そう言ってハルシラは手に持ったレタスをそのまま女に手渡した。

「お兄さんって優しいのね」

 女は微笑みながらハルシラの右手に華奢な自分の指を絡め、小さな紙切れを渡すと、プリっとしたお尻を左右に大きく振りながら歩き去った。そして人混みの中に消え入るように入っていくと瞬く間に姿が見えなくなった。

「いい女だ」

 ハルシラは自分の右手に女が残していった小さなパピルスの紙片に書かれた暗号にチラと目を通すと、すぐにその紙片を握りつぶして粉々にした。

 人混みに紛れ大通りから姿を消したヒンティは、薄暗く人の姿もまばらな路地裏の細い通りに向かった。それから土壁の入り組んだ通りを足早に歩き、薄汚い小さな家に入っていった。

「ただいま戻りました」

 ヒンティは居間のレバノン杉でできたテーブルの上にハルシラから預かったレタスを置いた。

「遅かったな」

 奥の部屋から濃い髭を蓄えた痩せて背の低い男が姿を現した。ヒッタイトの情報将校クルダだ。

「二頭のよく訓練されたチムズ犬を連れた警察がいたのでまいたのです」

「あの犬は鼻も耳もよく利く。一度マークされたら逃げ切れん」

「マークはされていません」

「だが警察がこの辺りをうろついているのなら、此処もそろそろ移動せねばなるまい」

「我らの動き、気づかれたのでしょうか?」

「テーベの警備はここ数ヶ月で格段に厳しくなっている」

「王位継承が近づいているからでしょう」

「おそらくな」

「ところでハルシラからの手紙です」

 ヒンティはそう言ってテーブルのレタスを手渡した。

「ご苦労」

 クルダは鋭い目つきでそのレタスを両手で一気に割ると、中からオストラコンが出てきた。

「王家アテンを崇め、アメンと対立。アメン、アアヘベルを支持……」

 オストラコンに刻まれた文字に目を通すと、クルダはその陶片を粉々に砕いて土粉にしてしまった。

「おまえはさらに諜報を続けろ」

「はい」

「ここは今日で引き払う。新しいアジトは追って連絡する」

「畏まりました」

 ヒンティは出口から外に人の気配がないのを確認すると、まるで影のように姿を消した。

「あの女は信用できるのか」

 部屋の奥に身を潜め二人の会話を聞いていた宝石商のヘヌトが姿を現した。

「ヒンティはエジプト兵に家族を皆殺しにされた。その恨みで頭がいっぱいなのだ」

 クルダは椅子に腰掛けると葉タバコを噛んだ。

「エジプトに復讐を誓ったというわけか」

「そうだ。だから利用している。だが役目が終われば始末する」

「そのほうが良いだろう。あの女はもう警察にマークされているようだからな」

「警察犬チムズはよく鼻が利く。一度臭いを記憶されたら逃げ切れん」

「あの犬種は利口だからな」

 ヘヌトも話しながらテーブルの椅子に腰掛けた。

「ところでアアヘベルの動きはどうだ?」

「近々アメン神官団の支持を取り付けるためカルナクを訪れる」

「大司祭メリプタハに会うのだな」

「そうだ。アアヘベルは権力に執着している」

「激しい野心と執着それに復讐心は心も理性でさえも狂わせる」

 クルダは葉タバコの真っ黒な唾を吐く。

「我々に好都合な駒だ」

「奴の野心、王妃には気づかれてないだろうな?」

「ティイ王妃なら大丈夫だ。アアヘベルを書記官として信頼している」

「いや、切れ者の王妃のことだ。わかっていながらわざと手元におき、動きを監視しているのかもしれん」

「鋭いな」

 ヘヌトはビールを一気に飲み腕を組んだ。

「エジプトを潰すにはミタンニ王国が邪魔だ。我らヒッタイトはアッシリアと手を組み、ミタンニを北と南から挟んで侵略する。その為にもエジプトに内乱を起こしミタンニへの軍事援助が出来ないようにしておく必要があるのだ」

「アアヘベルを王位につけ、ヒッタイトの傀儡政権を樹立というわけか」

「いや、皇帝はそうお考えではない。アアヘベルが国王になればアメンの神官勢力が奴を支援してエジプトは安定する。だから次の国王には」

「皇帝は夢想家の王子が国王になるのをお望みというわけか」

「あの宗教狂いの夢想家、アメンヘテプが国王になれば、王家とアメン神官団との対立は決定的になる」

 クルダは何か口に入れていないと落ち着かないのか、葉タバコを噛んでは土の床に吐き続けた。

「おまえはタバコが好きだな」

 眉間に皺を寄せヘヌトが咎める。

「ああ、こいつは一度やると病み付きになるぜ」

 クルダは意にも介さずタバコを噛んでは吐く。

「アアヘベルは王子を暗殺しようとしているようだが、おまえは支持に従うふりをして王子を守れ」

 クルダはタバコを噛むのをやめた。

「なにかあればゼノビアがアアヘベルを始末する」

 ヘヌトの目が鋭く光った。

「あの女なら間違いあるまい。なにしろ奴の妹ルキパを人質にとっているからな」

 クルダはアジトの奥の部屋を横目でチラリとにらみ、ニタリとほくそ笑んだ。

「このロリコンやろう人質に手をつけるんじゃねえぞ」

 ヘヌトが困り顔でアジトを出て行こうとする。

「ゼノビア次第だな」

 クルダは悪びれた様子もなくタバコを噛んだ。

 それからヒッタイトのスパイ達はアジトから姿を消した。



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