表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/59

帰国

 ヒラールを伴って下山したアメンヘテプたちは、プントにおよそ百日間滞在しエジプトに帰ることになった。

 船の遭難で亡くなった乗員の遺体は、できる限り拾い集め、ミイラに出来るものはミイラにし、損傷が激しいものは荼毘に付して棺に収め持ち帰ることにした。エジプトにいる家族の元に返してやりたいというアメンヘテプの思いやりだった。もちろん遺族には生涯困らないだけの年金を与えることにした。

 そんな王子に思いがけない申し出があった。

「アメンヘテプさま、お願いしたいことが御座います」

 帰り際、プントの王と王妃、そしてパフラ祭司が、アメンヘテプを呼び止めた。

「アティ、君は王女……」

 アメンヘテプはプント王と王妃のすぐ側に、美しく着飾って控えるアティを見てすぐに察した。

「あたしを一緒にエジプトに連れて行って下さい」

 アティの真っ黒な瞳は真剣だった。

「アティ、気持ちは分かるが……」

 アメンヘテプがそう言いかけると、

「娘は太陽光の神に巫女として仕えたいと申すのです」

 王妃がすぐにさえぎった。

「え……」

 アティの気持ちは容易に察しがついていたが、まさかその理由が巫女になることだったとは、さすがのアメンヘテプも言われて初めて気付かされた。

「娘をどうかエジプトの神の巫女にして下さい」

 プントの王様は左手でアティの背中を優しく押し、アメンヘテプの前で片膝をついて頭を下げた。

「アティ、君は寂しくないのか? もしエジプトに来れば、もう二度とご両親や兄弟姉妹と会えないかもしれない。それほどエジプトとプントは離れているのだよ」

 するとアティは切れ長の大きな瞳を輝かせ、

「覚悟は出来ていますが、あたしと一緒に、妹のチィも来てくれるのです。それに付き人も五十人あまり。ですから寂しくはありません」

 そう言って、二つ違いの妹で、姉そっくりで聡明そうなチィを紹介した。

「娘二人にはエジプトで最高の教育と教養を身につけさせ、立派な巫女に成長して欲しいのです」

 王妃は神の導きで燃える山に登り、無事、神の言葉を持ち帰ったアメンヘテプを心の底から信頼しきっていた。

「畏れながら、巫女になられるとはいえ、アティ様は王女様です。ティイ王妃がこの話をお許しになるか」

 ラモーゼから言われるまでもなく、アメンヘテプは母上のことを思い出していた。

「母も信心深いアティ王女のことを気に入ってくれるはず」

 アメンヘテプは、眉間に険しい皺をよせるラモーゼとカフタに笑顔を見せた。

 アティはまだ幼かったが、神の戒、を知る太陽光の神アテンの信徒として、既に、アメンヘテプにとって欠かせない存在となっていた。

「御意のままに」

 二人の忠実な家臣は、アメンヘテプが一度決めたことを決して変えないことを知っていたので、アティ王女を連れて帰ることに同意した。

 こうしてアティはエジプトで神に仕える巫女となるため、王子と一緒にエジプトへ行くことになった。

 

 エジプトから遠いプントまで遙々来たからには交易も兼ねていた。

 エジプト船が持ち込んだ物は、ワイン、ビール、果物、干し肉、エイシパン、銅製の剣、ガラス玉や宝石がちりばめられた装身具などで、その見返りとしてプント国から、没薬、乳香、ヘケヌーの香、イウデネヴの香、ソンテルの香、ケシトの香、シナモン、黒色顔料、黒檀、キリンの尻尾、象牙、金、豹の毛皮、キリン、尾長猿、ヒヒ、ゾウ、猟犬などの動物に至る様々な物が、船に積み込まれた。

 アメンヘテプは、帰路、アカシアの木箱に大切に保管された、神の戒、の巻物を幾度となく箱から取り出しては、神の言葉を心と魂に永遠に刻み込むように、一字一句丁寧に読み返した。

 そうして夜更けまで学び続けるアメンヘテプの側には、いつもヒラールがボディーガードとして鋭い目を光らせていた。

 燃える山を訪ねた長旅は、アメンヘテプの心と魂と肉体を鍛え抜いた。

 若き王子アメンヘテプは、神の試練に耐え、光りとしての自分の使命に目覚めたのだ。神は若き王子の清らかな心に人類の行く末を託したのだった。 

 およそ二ヶ月後、アメンヘテプの船団は、無事、エジプトに着き、大勢のテーベ市民から勇気を称えられ祝福された。王子暗殺を企てた叔父のアアヘベルはその様子を、宝石商のヘヌトから一部始終聞くにおよび、苦々しい思いでゼノビアのマッサージを受けるのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ