9 スピリュエールの獲得
アルルオーネ様と共に馬に乗り、村の東端にある正道教会を訪れると、私はアルルオーネ様に馬から降ろして貰った。
「有難うございました」
「いえ……さぁ、参りましょう」
レンドルク村の教会は村の大きさにしてはかなり大きな教会に思える。
私が通い付けていた王都の場末の教会よりも遥かに大きな教会だ。
荘厳な雰囲気を持っていて、身が引き締まる思いだった。
教会の入口の扉をくぐると、私達は中へと進んでいく。
すると精霊ジャガイモの夕食会でも見たローブ姿の男がこちらを見つけて進み出てきた。
司祭さんだろうか?
「これはこれはアルルオーネ様、本日はいかがなされましたかな?」
「はい。トムス大司教……今日はこちらのレーヌさんにスピリュエールを贈与して頂きたく伺いました」
え? この男の人、大司教様なの!? でもそうか……ドルク地方の中心であるレンドルク村なのだから、大司教様が居てもおかしくはないのか……。
大司教様とは正道教会に限られた数だけいる、司教及び司祭と助祭を束ねる管理職のような人だ。
この上に更に教皇様がいる。
「……レーヌさんにスピリュエールを……?」
「はい。こちら王都の教会本部からの、トムス大司教当ての手紙となります。ご確認ください」
アルルオーネ様が手紙を手渡すと、トムス大司教はその場で蝋印の押された手紙の封を開いた。そうしてトムス大司教が手紙を読む間、私達は手持ち無沙汰で教会の中をぐるりと見回していた。ひときわ目立つのは教会の中央の祭壇の奥にある大きな3枚のステンドグラス。その中心には、聖なる女神、ルーネ様が描かれている。
きっとこの教会はルーネ様を信奉して祀っているのだろう。
そんな事を考えていると、トムス大司教が声を荒げた。
「これは……!? まさか全てのスピリュエールをレーヌさんに贈与する許可だと……!? そんな馬鹿な……!?」
全てのスピリュエールとはどういう意味だろうか。
そんなに何本もスピリュエールを貰っても全く嬉しくないのだが……。
そうでなくても精霊帝である私は、スピリュエールなんてなしで魔法が使えるのに、宝の持ち腐れというものではなかろうか。
そんな疑問を頭の片隅に浮かべながらも、私は実際の表情は微笑みとなるように努めた。
「それは……まさかレーヌさんが全属性使いだということですか……!?」
「さぁ……そればかりは本人に聞いて貰わねば私には分かりかねますが……」
トムス大司教はそう言って私を見るが、私は努めてお人形のように笑顔を崩さないようにしていた。
「私には何のことやら分かりかねます」
笑顔でそう躱し、私はその話題はスルーすることにした。
「とにかく、ひとつずつスピリュエールの適性を確かめましょう」
「分かりました。良いですね? レーヌさん」
「はい。アルルオーネ様がどうしてもとおっしゃるならば……」
私はアルルオーネ様に返事をして、スピリュエールの適性を確かめることに同意した。
そうして、トムス大司教が「スオーミィ司祭! スピリュエールをここへ持ってきてください」と聖堂の奥に控えていた女司祭に声をかけた。
3分ほどしてスオーミィと呼ばれたクリーム色の髪を持つうら若い女司祭がいくつかの短杖を持ってきた。スピリュエールだ! 教会が所有するスピリュエールってこんなにたくさんあるんだ。私はてっきり聖遺物だけなのかと思っていた。
「まずは基本属性の3つが扱えるかどうかを確かめましょう」
トムス大司教が並んでいたスピリュエールの内一つを持つと、アルルオーネ様に手渡した。
「火、水、木の3属性ですね、レーヌさん持って頂けますか?」
「はい。分かりました」
私が言われた通りにその真新しいスピリュエールを持つ。
「では魔力を流してください」
アルルオーネ様に言われ、私は「はい……」と返事をすると、言われた通りに魔力を通した。
すると、真新しい短杖の先端に取り付けられた魔石が赤に光り、次に青に、そして最後に緑に光った。
「問題ないようですな。スピリュエールは保持者としてレーヌさんを認めた。素晴らしいことです」
トムス大司教は笑顔を見せる。
そして「ではたぶん無理でしょうがこちらを……」と言って、白い装飾のなされた短杖をアルルオーネ様に渡す。
「レーヌさん、こちらも同様に魔力を流してください」
「はい」
私はアルルオーネ様が持つ白い装飾のなされた短杖と、自身の持つ真新しい短杖とを交換すると、それにも魔力を流した。
先程と色の違う先端の白い魔石が赤に光り、次に青に、そして最後に緑に光ったかと思うと、白い光が当たり全体を照らし出すかのようにパーっと光った。
「そんな……レーヌさんは光属性に適性をお持ちのようだ……」
トムス大司教が驚くように言い、アルルオーネ様が「では……やはり聖女様の適正があると……?」と唸るよう言った。
「これは驚くべきことです。聖女様の適正者が見つかったのはアルルオーネ様の母君であるルーナ様以来です……まだルーナ様は王都でご存命だが……。しかし、これが手紙の全てのスピリュエールをレーヌさんに贈与する許可の意味なのでしょうか……?」
トムス大司教が驚愕の表情で語る。
え? アルルオーネ様の母君は聖女様なのか。知らなかったな……。
まぁ、アルルオーネ様がお生まれになったのが20年前とすると、私が転生する3年前には生まれていたことになるわけだが……。しかし現王のルドビー国王は今年で45歳だ。私が処刑されたのはルドビー国王が王太子で18歳、公爵令嬢だった私が17歳のときのことだったはずだ。先王のルドラ様が崩御されたのは12年前の57歳の時と習った。であるならば、先王は50歳に突入しようかという49歳の時に、アルルオーネ様の母君だという聖女ルーナ様と結ばれたということだろうか。つまり、私が処刑されて7年後にアルルオーネ様が生まれ、その3年後に私が転生したということになるだろう。私がルーナ様を知らないのも無理はない。聖女様として活動されたのも私が死んでからと考えるのが妥当だろう。その活動も王族となれば下火になっていくものだろうから、やはり私が知らないのも当然に思えた。
「では最後に……こちらは聖女様とはいえ、さすがに駄目でしょうが試していただきましょう」
そう言ってトムス大司教が持ったのは虹色に輝くスピリュエールだった。
私はこの色合いの意味を知っている。
基本属性、火、水、木に加えて光属性、そして光と対になる闇属性、更に土属性と風属性の2つの属性を加え、7大属性となっている。
この虹色はそれら7大属性全てを扱えるスピリュエールであることを示しているのだ。
他にもアルルオーネ様が使っていたような氷属性などもあるが、7大属性を変化させたり混ぜたりして使える属性だ。
トムス大司教の手からアルルオーネ様に渡った虹色のスピリュエール。
私はそれをアルルオーネ様から受け取って良いものかどうか悩んでいた。
けれど、どうせ聖遺物のスピリュエールを使いこなしている姿は王都の場末の教会で既に見られてしまっているのだ。あれも虹色のスピリュエールだった。ならば今更隠そうとしたところで、どうにもならないのではないだろうか?
「レーヌさん、こちらもどうぞ」
「はい……」
私はアルルオーネ様から虹色のスピリュエールを白の装飾が施されたスピリュエールと交換で受け取った。受け取ってしまった。
「では先程までと同様に、魔力を流してくださいレーヌさん」
アルルオーネ様に言われ、私は短杖に魔力を込める。
虹色の短杖の先に付いていたこれまた虹色の魔石からは赤の光、緑の光、青の光、そして白く光ったかと思うと、真っ黒な闇色でも光り、そして土色に光ったかと思えば、緑の光に似た薄緑色で光った。
「おぉー! なんと……全属性使いであるとは……!?」
トムス大司教は驚愕の表情を浮かべている。
だが当然だ。私は全ての精霊達を束ねる上位精霊の更に上位、精霊国の精霊人であり、そしてそれら精霊人全員を束ねて統治する精霊帝なのだから、全属性の魔法使用許可が精霊から下りるのは当たり前過ぎる結果だ。
それでも私は驚くような素振りを見せることにした。
「レーヌさん……素晴らしいことですが恐れ多くもある……私は全属性魔法適性を持つものを初めて見ました」
アルルオーネ様も驚きの表情と同時に、私に対して畏敬の念を抱いているかのようだ。
「まさか私が全属性魔法適性を持つだなんて……驚きです……。アルルオーネ様は全属性使いではないのですか?」
私はアルルオーネ様のことに話題を逸らした。
「残念ながら私は闇属性を持たない6属性使いなのです」
アルルオーネ様は些か悔しそうに言う。
「6属性使いでも大したものなのですよ。レーヌさんが規格外過ぎる……。しかし、王都の教会本部はこのことを知っていたようですな……。とにかく、レーヌさんにはその虹色のスピリュエールを贈与致しましょう」
トムス大司教が右手で自身の顎を撫でながら言う。
そうして、私は念願のスピリュエールを手に入れた。
これさえあれば、どんな魔法を使っていても不思議ではあるまい。
私は心躍る想いで、虹色の短杖、スピリュエールを握りしめた。